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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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33.王の真意

 

 毎日のように彼女のことを思い出す。


 自分のカードを握るたびに。夜眠るたびに。

 脳裏に焼きついた光景が甦っては離れない。


 トザカが、自ら俺の剣を握り、刺し貫かれたこと。

 優しさを捨てるべきだと忠告した声が、誰より優しかったこと。

 そしてぼろぼろに泣きながら、彼女が、俺に最後に願ったことは――。


「そのときに、一緒に行こうって約束したんです。だから」


 声音は、どうしようもなく震えた。


「…………そうか」


 とだけレツさんは言った。

 低く、地を這うような声音だったが、表情は一切変わらなかった。


 それから彼は重なり合う俺とトザカのカードをしばらく無言で見ていた。

 軽蔑されただろうか、と思う。それでも構わなかった。

 どんなに言葉を尽くしたところで、俺がクラスメイトを手にかけた事実は揺らがないのだ。


「辛かったな」

「――、」


 うまく声が出なかった。


 知らず俯けていた頭を持ち上げると、レツさんは細めた目で俺のことを見ていた。

 その翡翠色の双眸に宿っている感情が、正しく何であったのか俺には分からない。

 軽蔑ではない。恐怖も同情も、憐憫でもなかった。

 レツさんはきっと、俺を慰めようとも思っていなかっただろう。


 それなのに、その言葉を聞いた途端に、閉じ込めていた感情が決壊した。


「殺したく、……なかった、んです」

「ああ」

「でも――トザカは死にたがってた。俺に、殺してほしい、と……言ってた。血蝶病になった全員を、殺してほしいとも、言われました」

「お前は、トザカナオに言われたからそうするのか?」


 俺は首を横に振った。喉の奥がひりつくように痛む。


「わからないんです。彼らが……俺を痛めつけるだけならいくらでも耐えられる。でも他の誰かを傷つけるなら、俺がその前に殺さないといけない。俺が殺すべきなんだって、そう、思うから」


 両手で持った赤いカードが俄に震える。

 俺はレツさんを見た。

 彼の瞳の中で、思い詰めた顔をした自分が言葉を紡ぐ。


「レツさんは俺を止めますか?」

「――いや」


 レツさんは少しゆっくりと息を吐いてから言った。


「血蝶病に罹った人間を討伐するのはそもそもオレたちの役目だ。それをお前も引き受けてくれるってんなら、オレに止める権利も、非難する権利もない」


 その落ち着いた声音は、俺をいじめていたイシジマたちに言い放ったものとよく似ていた。

 普段から人を助け、守ることを当たり前とする騎士のもの。俺はその声を聞くと安心する。

 それと同時に……不安にもなった。


「シュウ、お前は間違ってない。でも辛いなら止めたっていい。そのときはオレたちが責任を持って役目を果たそう」

「レツさん……」

「優しすぎるんだ、お前は」


 ……違う。

 本当はそうじゃない。トザカも、レツさんも、みんな誤解している。


 ()()()()()()()()()()

 でもそれを、それだけは、話せなかった。

 そのとき俺は確かに恐れたのだ。この人に、真に軽蔑されることを。


「城で、彼らに――何があったんですか?」


 じっとりと汗を掻きながら問う。

 俺がその問いを口にしたのは、単純に、隠した本心を悟られないためだった。


「よし、じゃあここからはオレが話そう」


 レツさんはその狙いには気づかなかったようだ。気軽に応じてくれる。


「オレがハルバニア城で《来訪者》たちの世話を担当してる……っていうのは説明したよな? 王都からはるばるオレが派遣されてきたのは、その大仕事を任じられたからだった。で……」


 レツさんはそのまま話を続けようとしたが、思わず俺は片手でそれを制した。


「話の腰を折ってすみません。王都はハルバンじゃないんですか?」

「ン? ああ……ハルバンは王都じゃない。首都の一つだ」


 え? そうなのか……。

 いや――待てよ。納得しかけたけど、その説明では引っ掛かるものがある。


「でも国の名前がハルバニアで、あのお城の名前もハルバニア城でしたよね?」

「そうそう、紛らわしいけどな。ハルバニア城は元王城だ。ラングリュート王が即位してから、王都は移されてる」

「元……」

「現在のハルバニアの王都は【フィアトム】という街だ。フィアトム城は、ハルバニア城の五倍くらいの敷地を誇るぜ。オレは二ヶ月前まで、そこで王の親衛隊を務めてたんだ」


 なるほど。

 ハルバニア城の警備があまりにも緩いというか、平和ムードに溢れてるのは、つまりそういう理由だったのか。


「県名と県庁所在地名が違う、みたいな感じですね」

「ケンメイトケンチョウショザイチメイ……?」


 レツさんがちんぷんかんぷんの顔をしていた。しまった、声に出てた。


「何でもないです。続きをお願いします」

「お、おう。それでだ。さっきの王都の説明にも関わってくるんだが、王は召喚の儀を、フィアトムではなくハルバンで行った。この理由は分かるか?」


 試すような目つきで見られ、俺は黙考する。


 ラングリュート王は魔王を倒すために《来訪者》を召喚した。

 レツさんの話によれば、彼はわざわざ王都から移動してきて、ハルバニア城で俺たちを召喚したということになる。

 本来なら、王都で執り行うことも可能だったということだ。それを敢えて避けたということは……。


「《来訪者》……俺たちを、王都に近づけたくなかった、とか?」

「ほとんど正解だ」


 ならもっと直接的だ。


「俺たちを、王都に入れたくなかった」

「そう」


 レツさんが指を鳴らした。いちいち仕草が決まっていて格好良い。


「そこには大きな矛盾がある。王は《来訪者》の力を頼りにしながらも、《来訪者》に怯えているんだ」

「それは……どうして?」


 もはや全く持って一問一答ではない。

 しかし質問ばかりする俺に不平も言わず、レツさんは姿勢を改めるとこう言った。


「シュウ、お前が腹を割って話してくれた以上は、オレも事情を明かしとく」


 続く言葉は驚愕に足るものだった。


「オレは内密に《来訪者》の調査を命じられている」

「調査……ですか」

「誰からかは言えないけどな。だが重大な仕事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を調査している。……お前も思い当たってるんだろ?」


 息を呑む。

 俺の表情を読んだ上で、レツさんはそれを明かしたらしい。


「ここらはほとんど被害もなくてマシだがな。フィアトムの方では毎年死人が出てるし、王族からも感染者が出た。

 それに三年前……当時の王が魔王を打ち倒すために秘術を用い、数十人の《来訪者》が召喚されたらしいんだが」


 真剣な表情で、囁くように呟く。


「これは噂だがそのときにも、数人の《来訪者》が血蝶病に罹ったらしい」

「え……」


 レツさんの話には違和感があった。すぐその正体に思い当たって、口を開く。


「で、でも王さま……ラングリュート王は、《来訪者》が魔王を倒したと帰還した後の……三年前の冬から、血蝶病は流行りだしたって」

「確かに王はそう説明した。オレもそれは聞いてたさ。そしてそんな偽りを口にした理由も、予想はついてる」


 俺は少し、考える。


「……《来訪者》を喚ぶと同時に、血蝶病が流行りだしてる。俺たちがそう認識したら、困るから……?」


 俺がその結論に至ったのに、レツさんは満足げだ。


「だから、王はわざとお前らの誤解を招く言い方をしたんだろう。オレはそう睨んでる」


 なるほど、理には適っている。でも……今さらながらラングリュート王に反発を覚える。

 国家元首たる人間がそんなに堂々と嘘を吐くものなのか。俺は呆れる思いだったが、レツさんは真面目な声でつけ加えた。


「それに《来訪者》がやって来ると病が流行り出す、それに彼らは血蝶病に罹りやすいらしい、なんて噂が広がったらどうなると思う。まず民間人は《来訪者》の存在に怯えるだろうな。人を襲う前に探し出して始末せよ、なんて魔女狩りじみたパニックが起こりかねない。あっという間に国が破滅するぜ」


 それからレツさんは低く抑えた声で言う。


「だから情報は統制される。《来訪者》の多くが血蝶病に罹った事実は伏せられている。今回もそうだった。一部の兵士だけに、感染した《来訪者》を秘密裏に討伐するよう王命が下っているだけだ」


 俺はそのとき、ラングリュート王の言葉を思い出していた。

 あまりに衝撃的だったので、一言一句に至るまで記憶している。


 ――『血蝶病を発症した者は魔物に成り果て、理性を失う。その者を倒すのは、魔物を殺すのと同じことだ。……つまり、発症者を殺したとして一切の罪には問わない。勇者候補たる冒険者諸君には、他者の犠牲の上に、名声を掴み取ってもらいたいと我々は思っている』


 ああ、そうか。

 俺はあの発言を、俺たち自身によるつぶし合いを勧めているようだ、と恐れたが……実際は違ったのだ。

 王は、またもや《来訪者》たちが血蝶病を発症することを危惧していた。

 だからこそ、あのときはああ言うしかなかったのかもしれない。

 もし正気を失った仲間を斬ったとして、それを国が責め立てることはないのだと。


「さて、だいぶ飛躍しちまったがお前の質問に話を戻そう。

 城で何が起こったのか――申し訳ないが、オレがお前に話せることは少ない。最初は、いつまで経っても出発しないのにやきもきしてな、面倒を見てやってたんだが……途中から()()()()()()()

「記憶がない……ですか?」


 俺はレツさんの言葉の意味を判断しかねて首を傾げた。

 彼はばつが悪そうに頷く。


「そう。記憶がない。というよりは……恐らく、記憶を消されたか、意志を封じられてたか、あるいは眠らされてたか」

「! リミテッドスキル……」

「多分な。似たような魔法はあるが、あそこまで強力なのを食らったのは初めてだ。参るぜ」


 レツさんはほとんど溜息のような声を出した。

 《来訪者》の世話を一任されていたというから、そんな彼にとってかなり苦い経験なのだろう。


「一週間ほどの記憶が朧げなんだ。城に居た誰も彼もがだぞ。気づいたときには城に《来訪者》たちの姿はなくなってて、情けなく慌てふためいたってわけさ」


 俺はその言葉の続きを知らず待ち構えていたが、そこでお預けが入った。


「さて、次はオレが質問する番だ」

「う……わかりました」


 仕方ない。順番である。

 レツさんは手にしたままの俺とトザカのリブカードの角を、俺の胸に向けた。




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