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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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31.帰郷


 山越えを経てハルバンに辿り着いたのは、ちょうど日が暮れ始めた頃だった。


 門番が守る門を抜け、久方ぶりにハルバンに入る。

 まず向かったのは宿だった。帰ってきてさっそく野宿では締まらない。


 一ヶ月ほど前、数日泊まっていた俺たちの顔を宿屋の主は覚えており、快く部屋を借りられた。

 以前も使っていた角部屋である。俺は腰に挿した短剣以外の荷物をすべて部屋に置き、ユキノに告げた。


「二人はここで待っててくれ。まずは俺が一人で城に行ってみる」

「何かあれば、すぐユキノをお呼びください」


 ユキノは不安そうだった。

 その隣では、コナツが既に寝台でうたた寝している。長い道のりで疲れたのだろう。

 俺は妹を安心させるために微笑んで頷き、その場を後にした。


 もう少しすれば夕焼け空も闇に染まり始める。できれば今日の内に城には行っておきたかった。

 光魔法が宿る外灯に照らされた道を早歩きで進む。

 俺は急いで進みながら、注意深く街の様子をも観察した。


 俺の顔を見て反応している人。もしくは不自然な行動を取る人物。あるいは見知った顔。

 その全てを探したが、特に不可解な動きをする相手はいない。


 買い物袋を提げた主婦に、帰路を急ぐ子ども。見回りの兵士。露店で呼びかけする店員。

 一ヶ月前と代わり映えのしない光景が広がっているだけだ。しかしそう易々と疑念が晴れるわけではない。


 何故なら、今の俺たちにとってハルバニア城は未知であり――もしかすると、()()()()と呼べる場所かもしれないからだ。


 トザカナオは、城に残るべきじゃなかった、と後悔したように言っていた。

 その言葉を額面通り受け取るなら、ハルバニア城に残ったが故に、彼女たちは血蝶病に罹り、隷属印までもつけられた……そう解釈することは、無理な飛躍ではない。


 そうなれば自ずと、犯人像も思い浮かぶ。

 立場上、一番怪しいのはハルバニア王国のトップである第二六代国王――ラングリュート・ヒ・アドルフォフ。

 続いて、その周囲に居た臣下たちの誰か。あるいはその全て。他、城に出入りをしている人間。


 候補は挙げ出すとキリがないが、どうしてもそのあたりに疑いはかけざるを得ない。

 もし彼ら、国の重役が俺たちを騙していたとしたら……そもそも前提から揺らいでしまう。


 勇者候補を異世界から召喚した理由。

 血蝶病に関する数々の説明。

 あれらが嘘偽りではないと、どうして信じられるだろう?


 しかしそれらはあくまで憶測だ。何か重要な証拠を掴んでいるわけでもない。

 それに何者かが意図的に血蝶病の感染者を生み出しているとして……その目的は何なのか?

 誰がどんな得をする? 利益がある?

 マエノたちがただの被害者だとしたら……俺が彼らを殺す道を決断したことは、正しいのか?


「はぁ……」


 何度も考えていることだが、結局最後は頭の中が疑問だらけになってしまう。

 思わず息を吐く。すぐに城を出た俺も、ユキノも、あのあと城で何が起こったのか現状では知る由もないのだ。どうしてももどかしい。


 そうなるとやはり、俺たちはできる限り情報を集めるべきなのだ。

 集め、吟味した上で、今後の立ち振る舞いも考えなければなるまい。

 そういった理由から手っ取り早さ重視で敵の本拠地かもしれない城に向かっているわけだが、大きな城の全貌が徐々に近づいてくるにつれ、知らず心臓の鼓動が速まってきた。


 大通りを抜ければ、ハルバニア城に続く並木道はすぐだ。

 一本道の手前に立つ二人の守衛は俺を見たが、会釈すると笑顔で返してくれた。

 特に注意を受けないのを良いことに、俺は並木道を歩き出した。王城にしては妙に緩いんだよな、この城……。


 が、情報収集に来たからといって、何も俺は王さまに会いに城に来たわけじゃない。

 この城で顔見知りの騎士といえば、俺にとってはあの赤髪の騎士・レツさんくらいしか居ない……と思い、まずはレツさんに運良く再会できればと考えていた。

 騎士団の副団長を務めていると名乗っていたし、会える可能性は低いだろうが、それ以外にアテもなかった。


 俺があの人を最後に見かけたのはハルトラの背に乗って洞窟から脱出したときだ。

 エノモトの話を信じるなら、城に残ったクラスメイトたちとしばらくの間レツさんは交流していたらしい。

 王が疑わしいなら、やはりレツさんも疑いを向けるべき筆頭ではある。彼の立場なら、マエノたちを罠に嵌めることも造作なかったのではないだろうか。


 でも、俺は一度ならず二度までもレツさんには助けられている。

 正直なところ、そういう相手を疑いたくはなかった。でもそれを理由に信じ切れるほど、俺はレツさんのことを知っているわけでもないのだ。悔しいことに。


「あっ! お前!」

「!」


 呼び止められた!?

 反射的に飛び上がる。声は正面からだ。

 俺は慌てて回れ右すると、早歩きでその場を離れた。とにかく目立つ真似は避けたい。


「おいシュウ、逃げんな! オレだオレ」


 しかし追いかけてきた声には覚えがある。

 恐る恐ると振り向くと、


「レツさん……」

「よっ。久しぶりだな」


 軽く片手を挙げられる。それは俺が知っているレツさんの仕草の一つだった。


 目当ての人物に都合良く再会できた。

 それを安心したものか警戒したものか、判断できず微妙な顔になる俺の前に、ずかずかと大股でレツさんが歩み寄ってくる。

 俺の眼前まで全身鎧を鳴らしながら近づいてきたレツさんは、ぴたりと立ち止まると、しばらく無言で俺を見下ろした。


「…………」


 沈黙が怖い。動揺のあまり顔もうまく作れない。

 ――スゥ、と聞き取れるほど深くレツさんが息を吸った。


「まぁお前に言いたいことは大量にあるし、訊きたいことはその何十倍もあるんだが」

「は、はい……」

「まずは――」


 遥か頭上から、大きな手が迫ってくる。

 俺は思わず恐怖のあまり目を瞑った。


 ――それからゆっくりと、頭に触れる。

 感触は、俺が知っているものじゃない。


「よく無事に戻った」


 レツさんは俺を殴りも叩きもしなかった。

 ただ、手を置いて、それからぐわしぐわしと力任せに撫でられる。

 ただでさえ力が強いので、貧弱な俺の身体はそれだけで撫でる方向に合わせて振り回されたが……その乱暴な愛撫を、振り払おうとは思わなかった。


「お前が生きてて良かった。ホントに、それに安心している」

「……レツさん……」


 変わらない。出会ったときからこの人は。

 今のレツさんの態度に、言葉に、嘘があるとは思えなかった。

 というよりたぶん、どんなに取り繕おうとしたって、俺はどうしてもこの人を信じたいのだ。


 日本で暮らしていた頃、虐められる俺を助けようとした人は誰もいなかった。

 親も、教師も、クラスメイトも、誰も彼もだ。

 でも、レツさんは俺を助けてくれた。当たり前のように、何の気負いもなく。

 それがどれほど俺にとって有り得ないことだったか。どれほど、救いだったか。


「お前のツラ見りゃ、城を出てから何かとんでもないことがあったのは察しがつく。よく生きててくれた」


 レツさんは最後にぽんぽん、と俺の頭を軽く撫でて手を離した。


「レツさん……俺は……」


 うまく言葉を返せない。

 言うべきことも、聞きたいことも、俺だってたくさんあったのに。


「が、悪いがここじゃ落ち着いて話もできねえ。ハルバンに信頼できる店がある、そこで落ち合おう」


 レツさんは小さな紙にさらさらとペンを走らせた。

 手渡された紙切れの感触は実に頼りない。

 俺は何か言おうと口を開いたが、それより数段レツさんが速かった。


「頃合いを見計らって抜け出す。それまで待っててくれ」


 大丈夫なんだろうかそれは。

 しかしツッこむ暇もない。耳打ちがてら、そのまま小走りにレツさんは城の方に去っていってしまった。


 取り残された俺は、渡されたメモに目を落とした。

 かなり急いでいる様子だったので、だいぶ乱雑だったが簡易的な地図が描かれている。


 合流場所を意味するのだろう丸印に囲まれた店の位置に、俺はよく見覚えがあった。



 +     +     +



 その後、待たせていたユキノたちと合流した俺は、さっそくレツさんに渡されたメモをユキノに見せてみた。

 ユキノも「あら」と目を丸くし、俺と似たような反応をしている。とりあえず俺たちは全員でレツさんとの待ち合わせ場所に向かうことにした。


 到着した店の看板には――「W」ではなく、「Ⅲ」と文字が刻まれていた。

 レツさんが書いてくれたメモに記入されていた店名も、やはり「Ⅲ」であった。読みは「スリー」か、それとも「トリプル」だろうか。

 でもその店名変更の理由だけは、少し考えれば予想がつく。


 俺を先頭に、次はハルトラを抱っこしたコナツ・ユキノという順番で店内に入る。


「こんばんは」

「…………あ!」


 顔見知りとばっちり目が合う。というかさっそく指を指されていた。


 入口側の防具屋に、奥側の武器屋。

 それにその真ん中に小さめの棚が置かれ、その前で店番をしていたらしいダグくんが驚きの表情で固まっている。


 店内には夫婦の姿はない。ひとまずダグくんに事情を話した方が良さそうだ。

 俺はなるべくフレンドリーに話しかけてみた。


「ダグくん、久しぶり。俺たちのこと覚えてる?」

「…………!」

「えっと、装飾屋さんデビューできたんだね。おめで――」

「…………ッ!」


 ダッシュで店の奥に消えてしまった。フレンドリー失敗。

 しかしダグくんは逃げたわけではなく、信頼できる保護者さんを呼びに行ってくれたらしかった。


 裏口の灰黄色の布をまくって出てきたのは、相変わらず奇抜な格好をしたアンナさんだった。


「おお、アンタたちはいつぞやの」

「お久しぶりです」


 ユキノが微笑んで頭を下げた。アンナさんは口端を上げてそれに応えてくれた。

 俺とユキノを見て、それからハルトラを抱きかかえたコナツで目線が止まる。

 アンナさんは軽く口笛を吹いた。


「それに……何だい、随分かわいらしい子を連れてるじゃないか。アンタたち、いつのまに子どもが」

「ちがうっっ!!」


 空気を震わす金切り声。


 一瞬、ユキノの声かと思った。

 しかし叫んだのはコナツだった。驚いたハルトラが毛を逆立ててその腕を飛び出す。


 天真爛漫を絵に描いたように無邪気だったコナツが、今は肩を怒らせている。

 握った両手の拳が、ぶるぶると大きく震える。

 コナツは怒りか、悲しみか、それともそのどちらもを内包したかのような震え声を絞り出した。


「ちがう。ちがうもん。おかーさんもおとーさんもちがうの、あたしは……」


 しかし休息に語尾が萎んでいく。


「あ……」


 我に返ったのか。

 言葉を止めたコナツは蒼白な顔色をしていた。

 怯えるように俺の顔を見て、それから目を見開いているアンナさんの顔を見る。

 俺はコナツがその場から逃げてしまうのではないかと思った。それほど、今の彼女は危うい雰囲気を持っていたからだ。


「――こりゃあ悪かった。アタシとしたことが、勘違いしちまった」


 でもそうはならなかった。

 接近してきたアンナさんが、コナツの目線に合わせるように腰を下ろす。


 コナツはまだ心なしか小さな身体を震わせていたが、アンナさんが頭を下げると、次第に落ち着きを取り戻したようだった。


「許してくれるかい?」

「……うん。いいよ」


 素直に頷く。アンナさんは目を細めて微笑んだ。


「ありがとう。アンタの名前は?」

「……こ、こなつ。……おばさんは?」

「アタシはアンナ。ここで武器屋を営んでる。旦那のダルは防具屋で、息子のダグは装飾品を売ってるよ」

「ふうん……だぐは、さっきのおとこのこ?」

「そうそう」


 遣り取りしている内に、コナツの気は収まったらしい。

 俺は安堵するが、コナツの態度は気に掛かっていた。

 しかし考える時間は与えられず、


「シュウ! おまえ! おまえおまえーッ!」


 次に襲来したのはダルだった。


 裏口を壊すかのような勢いで飛び出してきたダルは、俺を目にした途端に血走った目をギラつかせる。

 そして嵐のようなスピードで額を小突かれた。アンド肩を激しく揺さぶられる。いろんな部分が千切れそう。


「あのなぁ、「今後もよろしくな!」みたいなこと言っといて、そのあとまったく音沙汰ないヤツがあるかっ! 寂しかったぞアホぉっ! ていうか街中でも全然見かけないしどこほっつき歩いてたんだテメェッもうッホントアホッ」

「ご、ごめん、ごめんなさい。ちょっとスプーに行ってて……」


 俺が必死に謝ると、怒り狂っていたダルの動きがぴたりと止まった。


「スプー? モルモイの先にある田舎町か? 何だってそんなとこまで」

「ええと、事情があって……」


 それ以上どう説明したものか。

 困惑する俺に何か察したのか、ダルはそれ以上は聞かず、初対面のコナツのところに突撃していた。


「嬢ちゃん高い高いするかッ? オレの高い高いはマジで高いけどな! ガハハ!」

「やる! やってー!」


 もしかすると、この人がいちばん元気かもしれない。




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