最終話.彼方へ
それから2年の月日が流れた。
俺はハルバンから南門を出てすぐに広がる、ライフィフ草原にやって来ていた。
ギルドに行ってクエストを受注した後、初めて訪れたのがこのフィールドだ。そう思うと無性に懐かしいような、ごく最近の出来事だったような、不思議な心持ちになる。
あの日はよく晴れた日で、ぽよぽよしたスライム相手に、俺たちは必死で格闘したのだ。
あの頃、当たり前のように隣に居たユキノは――今はもう居ないけれど。
髪と頬をくすぐる風の感触が心地良い。
ここでは何だか時間が、穏やかに流れているようだった。
せっかくだからと寝転がり、俺は脳裏で、この2年間の出来事を振り返る。
まずはハルバニア王国の、早急な立て直しが進められることになった。
最も大きな問題だったのは、国の主軸であった国王や宰相、王族たちが、こぞって失踪してしまったことである。理由を、俺たちは知っていたが……戸惑う国民たちに正直に明かすなど出来るはずもない。
その、あまりに大きすぎる喪失の結果として、王政は廃止され、ハルバニアは民主制の国家として生まれ変わることになった。ハルバニア王国はハルバニア民主国と名を改めたのだ。
国民によって選出された代表者たちが中心となり協議し、政治を進めていく。代表者の中にはレツさんやエンビさん、それにシュトルのエリーチェ・ハヴァスの姿もあった。
父・ガモンさんに課せられた誤解や悪名を晴らし、名誉を回復させること。そしてタケシタによって荒らされた港の再建に取り組んだエリィは、多くの町民からの支持を受け、代表に選ばれたのだという。
遠くから目にしたエリィは、前に出会った頃よりも背筋を伸ばし、しゃんとしていた。いつも心細そうに俯いていた面影は無かった。その姿を見ていて、きっと彼女たちが居ればこの国は大丈夫だと俺はほっとしたのだった。
こうして立ち上がった新生・ハルバニア民主国だが、目の前の問題は山積みだった。
ネノヒの煽動した魔物や、血蝶病者によって城下が荒らされたフィアトム。
門から召喚された魔物が溢れ返り、城も街も大打撃を受けたハルバン。
ドラゴンに潰され、家屋はほとんど跡形も無く倒されてしまったスプー。
ハルバニアを代表する2つの都市と、小さく温かな村の再建に尽力を尽くしたのは、多くの冒険者たち。それに冒険者ギルドで働く執事たちだった。
それに――
「おら、チンタラやってんじゃねぇよ。とっとと運んで城のひとつやふたつ建て直せや」
「無茶言わんでください隊長! ていうかアンタが重い! アンタが!」
ギャーギャー騒ぎながら修理に使う材木を運び込んでいるのは、元近衛騎士団の団員たち。
国王が姿を消したことにより、彼を守護する立場の近衛騎士団は解散した。現在彼らは、ギルドに所属する冒険者となっているが、いずれは新たな形で騎士団を立ち上げるつもりだとレツさんから聞いていた。
そして、彼らが汗水垂らして運ぶ材木にどっかりと寝転がっていたのは……ルメラによって殺されたはずの、ホレイさんだったりする。
――死者は生き返らない。
そう神々は断言した。つまりホレイさんはあのとき、死んではいなかったのだ。
というのも俺はスプーの跡地で彼がワイバーンに乗って現れたとき、《分析眼》でこっそり彼のスキルを確認していたので、「そういうことか?」と気づいていたりはしたのだが。
彼のリミテッドスキル名は《分裂自身》。
これは本人に一応確認したことだが、それは自分を二体に分けてそれぞれ別の行動を取れるスキルなのだという。分裂のデメリットに関しては渋って教えてはもらえなかったが、恐らく能力が半減するとか、そのあたりなんじゃないかと俺は思っている。
だからセバス・チャンとホレイ・アルスターとしての活動が両立できたわけだ、と納得しかけたが、エンビさんによると冒険者ギルド執事長はいつも姿をくらましていたし、レツさんによると近衛騎士団団長はいつも姿をくらましていたらしい。何となく、2人が指導者としても優秀なのはその影響な気がする。
ある日、俺はホレイさんにこう訊いた。
「トウジョウさん。ユキノはあなたの能力のことを知ってたんですか?」
「おい、その名前で呼ぶな。……ユキノってどっちのユキノちゃんだ?」
「どっちも……ですかね」
「……どちらに言ったことも、見せたこともねぇな。勘づかれてた可能性はあるが」
とのことだった。
彼が生存していたことは素直に喜ばしかったが、俺はその問答であることに気づいて、少しムッとしたりした。
――『もう目的は果たせた。オレにはハルバニアに帰る理由も、資格もない。それならいっそ、一矢報いる方を選ぶね、オレは』
自分でも神々には勝てない。そう痛感していたはずのホレイさんがあのときそう発言した理由。
そんなのは一つしか思いつかなかった。つまり彼が一矢報いた相手は、ルメラでも、他の神たちでもない……ユキノだったのだ。
自分の正体にユキノは気づいている。
それに気づいたホレイさんは、自分の死を餌にして芝居を打ったのだ。
もしかしたら一度くらい、ユキノに「父」と呼んでもらいたかったとか? ……なんて思うと、その勝手さに呆れるような感心するような、複雑な気持ちになる。
「ホレイさんって性格が悪いですね」
「うるせぇ、バーカッ!」
小突かれて、俺は肩を竦めてその場から退散した。
ユキノにはそんな風に、身勝手だけど自分を思ってくれる父親が居る。それは少しだけ羨ましかった。
……ユキノと、あの後の顛末についても振り返らねばならない。
「――今から私が、その箱を食べますので。むしゃむしゃっと」
そんなことを言い切ったユキノは、呆ける俺の手の中にある黒い小箱をあっさり奪い去ってしまった。
そして――むしゃむしゃという感じではなく。ごっくん、と一息に呑み込んだのだ。俺とナガレは唖然として、そんな彼女を見つめていた。
とんとんとん、と軽く食道のあたりを叩いて、顔を上げたユキノが爽やかに笑う。
「……はい、これで大丈夫です。私の体内で、神々は監視しておきますね」
「……だ、大丈夫なの?」
どもりつつ問うと、ユキノは小さく首を傾げた。
「分かりません。私もスキルで造られた箱を呑み込んだのは初めてですので」
そ、そりゃそうだよなぁ。
「でも、どうにでもなりますよ、きっと。あとは今後のことです。兄さまとミズヤウチさんはすぐにハルバンにご帰還ください」
「ユキノは? 一緒に帰るんだろ?」
俺の言葉にユキノはほんの一瞬、目を細めたが――やがてふるふる、と首を横に振った。
「いいえ。ユキノは一緒には行けません」
「なんで……?」
「私には、ひとりの神としての使命が残されています。これからは残りの神々を監視して過ごすことにします」
「…………」
言葉を失う俺に、ただユキノは微笑む。
それは決して、ぎこちなくはなかった。無理をしている様子でも、隠している様子でもなかった。
ただ、ユキノはきれいに笑っていた。何だかそれが当たり前で、ずっと前から決まっていたような、そんな顔をしていた。
俺と見つめ合って、少しだけユキノは困ったように眉を下げた。
「……そんな顔しないでください、兄さま。それと引き留めるのも、ダメです。兄さまがそうしたら、決意が――揺らいでしまうかもしれません」
「…………でも」
「お忘れですか? 私って、分裂するのも得意です。能力はまだうまく使いこなせませんが、近いうちに分裂して、また会いに行きますから」
「……俺を神の座に引き上げることはできる?」
今度こそユキノははっきりと首を振った。
「出来ません」
理由はなかった。
ただ決然と、短くそう告げて――ユキノはそれから、黒髪の魔物に背負われたナガレに話しかけた。
「ミズヤウチさん。最後に、ちょっとだけいいですか?」
+ + +
「そういえば、あのとき……」
「シュウ?」
「わっ」
物思いに耽っていて、まったく気づかなかった。
上から覗き込んできたナガレに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
長く伸びた髪の毛を耳元で抑えていた彼女が、ぱちぱち瞬きする。
「ご、ごめん。驚かせるつもりじゃなくて」
「俺こそごめん! ちょっと考え事しててさ」
非があるのは明らかに俺だった。
慌てて身体を起こして謝ると、微笑んだナガレが「隣、いい?」と小首を傾げる。
もちろんと俺は頷いた。スカートを気にしつつ、ナガレがすぐ近くに腰を下ろす。
……2年前よりもさらに、美しく成長した少女。
水色の長い髪と同色の瞳を和ませて、ナガレは軽く笑んでいる。
睨むような目つきと、固く張り詰めていた口元の面影はない。
親友の遺品であるマフラーも、その首には巻かれていなかった。今でも身につける日はあるが、その日数は少しずつ減りつつある。ナガレ自身がどう考えていたとしても、俺にはそれが、良いことのように感じられていた。
既に彼女も俺と同じく着替えを終えていて、先ほどまで目にしていた紺色のドレス姿ではなく、普段の、動きやすい冒険者としての衣装だった。
ようやく、動悸は少しずつ収まってくる。彼女のドレス姿はあんまり可愛らしくて、直視するのも難しかったのだ。赤い顔をレツさんにからかわれて、余計慌てたりはしたけど。
「レイラさん、きれいだった」
ナガレがその光景を思い描くように目を閉じていた。
「アサクラくんもずっと笑顔だった。素敵な、式だったね」
「そうだね。あのアサクラが結婚なんて、未だに信じられないけど」
軽口を叩くと、くす、とナガレが柔らかく笑う。
今日はアサクラと、エルフの女の子・レイラの結婚式と披露宴が催されたのだ。
場所は扉の先にあるエルフの国。送り迎えはリセイナさんが担当してくれた。
まだ、国民すべてにエルフの存在や、エルフの国の存在を説明したわけではない。そうするにはハルバニアの体制も、エルフの人々の準備も整っていないのだ。
だから今まで隠されてきた彼らのことを知るのは、国の代表者に選出された数人だけだが、今のところ話し合いは順調に進んでいる。いずれは、何らかの形で両種族の関係を回復し、共存していこうと、多くの人が前を向いている。今日のアサクラとレイラの結婚も、そのひとつの架け橋となるはずだ。
ちなみにエルフ側の中心人物となっているのは元老院ではなく、コナツとリセイナさんである。リセイナさんは最初、自分が表舞台に立つから大丈夫だとコナツを気遣ったようだが、コナツはそれを断ったらしい。
「もうあたしは姫巫女じゃないけど。だけど、家族を守りたい気持ちは一緒だよ」
そう言われ、リセイナさんは号泣してコナツを抱きしめたそうだ。
……という話をアサクラは吹聴しまくって、彼女にブン殴られていたのだが。
俺よりも2年早く十九歳を迎えたアサクラは、すっかり(外見だけなら)精悍な青年になり、今やその身長は180センチを優に超えていたりする。羨ましい。
一足早くエルフの国に辿り着いてから、彼の面倒を見ていたのがレイラさんと、その両親だった。
というのはアサクラから聞いていたのだが、その馴れ初めに関しては俺は本日の披露宴で朗読された「アサクラ日記 ~愛するレイラ編~」なる書物によって知ったのだった。完全なサプライズ演出にアサクラは悶絶していたが、彼の隣に座るレイラさんは真っ赤になりつつ嬉しそうにしていた。
「……シュウ。あのね、レイラさんが教えてくれたの」
俺は頷いて言葉の先を促した。
ナガレとレイラは気が合うようで、ふたりでしょっちゅう出掛けたり、レイラの家で遊んだりしている。エルフ独自の文化や慣習を知ったナガレは、よく俺にもその話をしてくれるのだ。
「レイラさんたちエルフの人々は、自分たちの祖先の名前を全員憶えている。それが代々の伝統なんだって」
「ああ、俺もリセイナさんにそう聞いたことがあるよ」
そして彼女は「それでね」と、真剣な顔でその名前を口にした。
「レイラさんの、いちばん昔の祖先の名前は――ルメラさん、なんだって」
「! ……本当に?」
うん、とナガレが頷く。
彼女は体育座りをして、目を細めながら囁いた。
「レイラさんもずっと、不思議だったんだって。扉の先にあると言われる世界と、自分の祖先が、どうして同じ名を持っているのか」
「…………」
「ルメラさんは――自分の一族に、憶えていてほしかったのかな。私は確かに、ここに居たんだよ……って」
俺は思い出していた。
あの人は"塵芥黒箱"に封印される最後の瞬間まで、自分の正体について語ろうとはしなかった。
掴み所のない人だった。平気で残酷なことを行い、人を嘲笑う。無邪気に罵り、笑顔を奪う。
誰よりも楽しそうだった。同時に、誰よりもきっと――退屈だったのだ。
この世界に誰よりも飽いていた人。自分も、他人も、振り払うように過ごしていた人。
「どうだろう」
「……もう、分からないよね」
ナガレが俯きかける。俺は左右に首を振った。
「でも、俺は……いつまでも憶えてるよ」
そっか、とナガレが顔を上げる。
そうだよ、と俺は返す。それ以上はうまく、言葉にはできそうになかった。
停滞した空気を払うように、ナガレが話題を変えた。
「そういえばさっきの」
「え?」
「考え事って、どうしたの?」
ああ、と頬を掻く。
「えっと、ユキノが2年前の別れ際に何か、ナガレに言ってたなって思い出して。あれは何て言われたの?」
「あー……」
ん?
すぐに回答があるかと思いきや、ナガレは困ったように目線を彷徨わせていた。
空を見て、草原を見下ろして、俺を見て、それから視線を逸らす。
口元がごにょごにょ気まずそうに動いた。
「…………ひ、秘密」
――まさかあのナガレが俺に隠し事をするなんて!
「な、なんでうれしそうな顔してるの? なんで?」
「いやぁ。なんか感慨深いっていうか……だってナガレ、訊くと何でも素直に答えちゃうから」
「そう? でもそれは――」
「それは?」
「……えっと、これからシュウはどうするの?」
めちゃくちゃわかりやすく話題をすり替えられた!
しかしナガレを追い詰めすぎると、その俊足で地平線のどこまでも逃げていってしまうので、これ以上追及するのは止めておいたほうがいいだろう。
「国の代表者に、って推す声も多かったのに断っちゃったし」
「だって俺には、分不相応だよ。そういう役目は」
「そんなことないと、わたしは思ったけど」
俺は立ち上がった。
ナガレはそんな俺を、じっと見上げている。大きく伸びをしながら、俺はのんびりと言う。
「――旅に出ようかなって思うんだ」
「旅?」
「そう。とにかく最初は、スプーに行こうって。お世話になった人たちが居るからさ」
「スプーに……」
「この2年で復興工事もかなり進んだらしいけど、この目で改めて見たいんだ。手伝えることがあったらまた手伝いたい。それにフィアトムの様子もやっぱり気になるしね。それで、」
一度、言葉が途切れてしまう。
まだ自分の中でも言語化できていない部分があるせいだった。ちゃんと、ひとつの形としてまとまらない。
――だけどナガレは、待っていてくれる。
思えば、いつだってそうだった。俺が躊躇ったり、戸惑ったりしても、ナガレは急かすことなく、ただ俺の傍に居てくれた。
彼女の存在が隣にあると、俺はいつもよりずっと穏やかでいられた。
だから喉に突っ掛かった言葉を、少しずつ、目の前に取り出していく。
「その後は……うん。何をしようかな。たくさんやりたいことがある。ギルドのクエストももっと受けて、伝説のSランクを目指すっていうのも、目標が高くてやりがいがありそうだ。
一度、ギルドの創設者だっていう《来訪者》の人にも会ってみたい。たぶんまた召喚される《来訪者》やこの国の人を思って、その人はギルドを作ったと思うからさ。メイドとか執事とかは、完全に趣味だろうけど」
「うん」
「それにダグくんに聞いたら、この世界にはまだ大量のアクティブスキルがあるんだって。料理とか、農業とか、それにやっぱり鍛治とか。得意なことがたくさん増えたら、毎日がもっと楽しくなるのかなって。生きがいが生まれるのかなって。俺、今までそういう余裕がなかったから、全然目を向けてこなかったけど」
「……うん。それはすごく、素敵だよ。本当に」
「俺も、なんだかフワフワしてるけど……考え出すと楽しみなんだ。バカみたいな話だけど、ワクワクして寝られない日もあるくらいだ。それでさ。そのとき。いや、これからずっと……」
穏やかだったはずなのに。
すっかり、俺は緊張している。心臓がやかましくて、今にもブッ倒れそうだ。
だけど伝えると決めていた。今日、彼女にそれを言うのだと。
深呼吸をする。一回、二回、三回。
俺は隣に座る彼女を振り向いて、告げる。
「――俺の隣には、ナガレに居てほしい。ナガレのことが誰より大切で、好きだから」
「……わたし、が?」
「うん。君が俺を人間にしてくれた。誰かを好きになるってことを、教えてくれた。だから……もしも頷いてくれるなら、この手を取ってくれ」
目を見開いたままの。
座り込んだナガレに、そして俺は腕を伸ばした。
ぎゅうと目を瞑る。祈るような気持ちだった。だけど指が震えている。手足も、格好悪いことにガタガタだった。
……このままずっと暗闇だったらどうしよう?
そんなことを心配した矢先に、差し出した手の人差し指を、ほんの小さな感触が訪れる。
「…………はい」
俺は目を開けた。
ナガレはぽろぽろと涙を零して泣いていた。
でもそれは、悲しくて流す涙じゃない。俺にもそれだけは分かった。
「……わたしも。わたしもシュウが好き。ずっとずっと、好きでした」
親指と人差し指の間で、ちょこんと指を掴んでいた彼女の手を、俺はそっと取った。
おずおずと、ナガレが立ち上がる。俺たちは見つめ合った。俺の目にも涙が浮かんでいた。
「夢みたいだ。君が、俺のことを好きなんて」
「こっちの台詞、だよ。だってシュウは、すぐどこかに行っちゃいそうだから」
拗ねたように頬を膨らませるナガレに、俺は苦笑する。
やっぱりそれは、こっちの台詞だと思う。すばしっこいナガレを追いかけるのは、結構苦労するのだ。
彼女の頬を流れる透明な雫を掬い取って、俺はそうっと顔を近づける。
「……!」
意図に気がついたのか、ほんの少しだけ目を泳がせたナガレだったが……頬をリンゴのように真っ赤にしながらも、両目を閉じてくれていた。
俺はごくりと息を呑み、彼女の肩をやさしく掴む。
あともう数センチだった。数センチで届く。
その柔らかそうな唇に、自分のそれを――
「――ふたりは幸せなキスをして終了ってやつですね許しません許しますけどうぐぐぐ許せませんっ!」
――くっつける未来はあっさりと奪われた。
「ゆ、ユキノっ?!」
「ユキノさん!?」
びっくりすると同時、あっさりと身体が離れる。
南門から飛び出てきた影が、俺たちのことをビシ! と勢いよく指差していた。
誰かと言えばユキノだった。能力を使って会いに行く、と言っていたのでお馴染みの親指姫サイズでやって来るのかと思いきや、どういう理由か外見は15歳……いや、17歳に成長したユキノの姿だ。
その後に続いて、のしのしと、大きな足音まで聞こえてくる。
「おねーちゃん。それ、あきらかにおじゃまむしだよ。しゅーとめだよ」
『ニャアニャア』(その通り。このままじゃ俺の彼女と妹が修羅場すぎる展開に)
考えるまでもなくコナツとハルトラだった。巨大化したハルトラに跨がったコナツはドレス姿のままなので、どうやら披露宴の会場から扉を渡ってきたばかりなのか。
思わず溜息を吐いてしまう。この2人と1匹、さてはずっと門の影から覗いていたな……。
苦言を呈するコナツとハルトラに、ユキノはぷいっとそっぽを向く。
「お邪魔虫でも姑でも構いません! 私は兄さまの――」
たぶん。
妹ですから、とユキノは言いかけたのだろう。
でも俺はそれどころではなかった。というのも、ユキノがたった一瞬、目を離したその隙に。
「…………!」
ぐいっと引っ張られたと思えば、ゼロ距離にナガレの顔があった。
え? あれ?
これはもしや……などと混乱している間に、その短くも甘い触れ合いは終わってしまっていたのだが。
顔を離すと、呆然とする俺に照れたように笑ってから、ナガレはユキノに向かってビシ! と人差し指を突きつけた。
「……ご安心を。油断は、してません……から!」
「ななな、ななな、な……」
「どうしようハルトラ。お姉ちゃんが激しくバグっている」
『ニャア……』(これはもう手の施しようがありませんね)
「それじゃあシュウ、行こう」
「えっ? えっ?」
次はナガレから、俺の手を掴む。
俺は目まぐるしい事態に置いて行かれそうになりながら、ナガレに引っ張られるように草原を突っ切って走って行く。
ナガレは笑っていた。涙はすっかり乾いたようだった。
「このままどこまでも、だね。シュウ」
振り返りながら、ナガレが大きな声で言う。
ようやく彼女の速度に追いついた俺は、強くその手を握り直す。
「このままずっと、ずっと走ってみようか。ナガレ」
「……ちゃんとついてこられる?」
「が、頑張ります。全力で足をブン回します」
「……ふふ、冗談。あのね、わたしね、今とっても楽しい」
走る俺たちの間を祝福するように、風が通り抜ける。
大地を踏みしめると草が高鳴る。
空に手をかざすと、太陽が口元を緩める。
いつしかそんな風に、この場所に俺を繋ぎ止めようとしてくれた人が居たように。
今は握った手の感触が、俺と世界とを繋げている。
そうしてまだ見ぬ彼方まで、続いて行く。
「兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~」今回にて完結です。
初めての連載をこうして最後まで、そして毎日、無事続けられたのは読んでくださったみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。
作品裏話的なものも活動報告に書きたいなと思っておりますので、よろしければぜひご覧ください。 (19/12/24追記:活動報告を追加しました。そちらにて番外編リクエストも随時募集しております)




