表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
最終章.兄妹の反逆編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/234

213.自分を殺す

 

「……僕の記憶を読み取ったか」


 俺とまったく同じ顔をした少年が、ぽつりと呟く。

 片手にユキノの髪の毛を掴んだまま、にやりと笑って。


「どうだ? 何か感想はある?」

「…………」

「ああ、いや、お前だって――僕なんだから。似たような経験はいくらでもしてきたよな。

 転生前も転生後も、実の父親に犯されたりとかね。……はは。本当に親には、どうやったって恵まれないみたいだな」


 俺は何も言葉を返せなかった。

 何を言っても、カンロジには響かないのが分かりきっていたのもある。

 そして実際、何かを言おうとしても、まともな言葉が浮かばなかった。


 その人生は俺のものとはやはり、違っている。

 カンロジの言を借りるなら、転生前も、もちろん転生後も。

 どちらが幸か不幸か、なんて話を、カンロジもしたいわけではないのだろうが……


 ――くらり、と目の前が霞む。

 慌てて足を踏ん張り、どうにかその場に留まる。脇腹からの出血のせいか、意識が朧げになりつつあった。

 俺の様子に気づいているのかいないのか、カンロジは歌うような口調で唱える。


「僕はね。二度目の転生を遂げたらすぐ、ユキノとトウジョウを探そうと決めていた。

 といっても、マエノが余計なことをしたせいで、ハルバニア城に数日間監禁されるアクシデントもあったけど。

 他の《来訪者》を焚きつけて、何とか城から脱出した後はフィアトム城に向かった。シュウが死ぬ間際、フィアトム城の真の門がどうこう、ってアナウンスがあったからだ。僕が死んでからこの世界では3年が経過していたけど、それでも行ってみる価値はあると思った」


 それは先ほど、俺が彼の記憶を視た際にも流れていたアナウンスだ。

 女神によるアナウンス。前回のゲームではフィアトム城が最後の舞台だったというから、その内容に間違いはないだろう。


「そこでトウジョウ――いや。ホレイ・アルスターに再会した。驚いたよ。アイツはこの世界での貴族の地位を手に入れて、近衛騎士団の団長にまで成り上がってたんだからな。

 僕が名乗ってもホレイは胡乱げにしていたが、話をする内に僕の正体を認めざるを得なかったらしい。彼の広々とした家の、その離れに……変わり果てた姿のユキノが匿われていた。

 ようやく僕は妹に再会できたんだ。僕にとっては15年ぶり、ユキノにとっては3年ぶりの再会だ。……でもそれで満足するはずもなかった」

「……血蝶病が進行したユキノとは、会話もできなかったから……か」

「その通り」


 カンロジがゆっくりと目を細める。


「あんな不気味なバケモノ、ただの抜け殻さ。だが利用価値はあった。

 バケモノはユキノのように、相手を狭い空間に固定する力こそ使えなかったけど……強力な氷魔法は問題なく使えたからだ」


 フィアトム城で俺たちを追い詰めた際にも、その魔法効果は容赦なく発揮されていた。

 直撃を喰らってワラシナは命を落としたのだ。……忘れられるはずもなかった。


「そして僕は気づいた。この国の人間たちは、5年前、この土地に《来訪者》が召喚されたことを忘れてる。

 ……いや。より正しく言うなら、《来訪者》が召喚されたにもかかわらず、()()()()()()()()。その結末も、「勇者候補は魔王を倒し損ねた」というものに変更されている」


 それは俺たちも確認していた。

 例えばコナツは5年前、カンロジたちと一時期、旅をしていた。

 しかし誰かと旅をしたという曖昧な認識しか、コナツには残っていなかったのだ。


 世界からは不自然に、《来訪者》たちにまつわる思い出が抹消されている――


「その理由を僕はホレイに確認した。あいつはこう言った。「ユキノちゃんの神々への願いが反映された結果だ」――と。

 つまり、神々は本当に、魔王を……他の《来訪者》たちを殺した人間を、勇者として認めて願いを叶えるらしい。そこで僕は決めた」


 滑らかだったカンロジの語りが、そこで一度途切れる。

 暗い、闇そのものを写し取ったような瞳が、舐めるように俺を見る。


「僕は決めたんだ。このデスゲームに勝利して、今度こそ願いを叶えると。

 もちろん願うのは「(ユキノ)の再生」だ。完全なる(シュウ)に戻るには、それしか方法はないんだから」


 俺はようやくそこで、言葉を投げかけようとした。

 しかし遅かった。カンロジは目を見開いたまま、笑って俺のことを見つめていたのだ。


「だから――死んでくれよ、シュウ」

「……!」

「この世界にシュウはふたりも要らない。分かるだろう?」


 カンロジは服から取り出した短剣の鞘を、慣れた手つきで外す。

 そして鈍く光るその切っ先を、迷うことなく――ユキノの喉笛へと突きつけた。


「……ッ」


 ユキノがびくり、と小さく震える。

 唾を呑み込んだのか、喉が僅かに動いた直後に、その柔らかそうな肌に短剣の切っ先が沈みかけた。それを目にした途端、俺は思わず叫んでいた。


「やめろ!」


 制止する俺の声に構わず、カンロジは冷徹な声で言ってのけた。


「僕からの、お前への要求はひとつだ。自殺しろ。でなければ、ユキノは今すぐに殺す」


 嘘でないことを証明するように、短剣の先端を、カンロジはゆっくりと動かし始める。

 つぅー……と、一筋の赤い血が、切り裂かれた皮膚の間から流れていく。ユキノは気丈にも歯を食い縛っているが、距離があってもそれと分かるほど華奢な身体は震えていた。


 もはや迷っている時間はなかった。


「……………………わかった」


 頷くと同時、俺はアンナさんに鍛えてもらったアゾット剣の鞘を抜く。

 ユキノが悲痛な声を上げた。


「兄さま、そんな――」

「黙ってろ」


 激しくユキノが身動ぐと同時、喉元に当てられた刃が動きかける。

 俺は鋭く言い放った。


「お前の要求には応えるよ。だからユキノには一切危害を加えるな。それ以上傷をつけたら、()()()()()()()()()()()

「……さすが、兄さまはご立派だな」


 カンロジがふざけた言葉と共に肩を竦める。

 俺はその切っ先がごく僅かに逸れたことを確認してから、自分の首筋に短剣をぴたりと当てた。

 これで頸動脈を切断する。即死にはそれが最も優れた方法だろう。どちらにせよこのまま腹から出血していれば、失血死しそうではあったけど。


「兄、さま……」


 ユキノの顔が大きく歪んでいる。それでも目を背けずに見つめてくる瞳の強さに、申し訳なくなってくる。


 ここで俺がカンロジの要求通りに死ぬのは――どう考えても、賢い選択ではないんだろう。

 そもそもここまでの道のりはどうなる? 殺してきたクラスメイトは? 命を賭けて戦ってくれた仲間たちの思いは?

 その責任を全部、俺は投げ捨てるのか?

 ……そんなの到底、褒められた行為じゃなかった。当たり前のことだ。


 だけど、と思う。

 それらの全てと天秤にかけたって、どうしたって、ユキノは俺にとっては大切だ。


 両目を閉じる。

 柄を握る左手が揺らがないよう、左手を覆い隠す右手ごと力を込める。

 死ぬのが怖いなどと、一度だって思ったことはなかった。


 それなのに今、ほんの少しだけ、手が震えている気がして――

 ようやく人間らしくなりつつある自分に苦笑しながら、俺はその腕を――


 振り下ろしたつもりだった。

 でも、止まっている。……脈に到達する前に、剣が。


「だ、め」


 すぐ近くで、声がした。

 だがその声が、俺の耳元できこえるわけがない。……最初は幻聴か、とさえ思った。


「だめだよ、シュウ。……死んじゃだめ」


 そこでようやく、閉じていた目を開く。

 剣を止めていたのは――――ナガレの手、だった。

 躊躇いなく刃物の元に差し出したのか、その右手の、親指と人差し指の間がぱっくりと開いている。

 大量の血を流しながら、それでもナガレは痛がる素振りさえ見せず、まっすぐ俺のことを見つめていた。


「…………何で」


 それを見止めた上で、俺は呆然と、呟くことしかできなかった。


 腱を切られ、傷ついた足だ。

 ここまで歩いてくるのだって困難だっただろう。何度も転んだのか、両膝からも血が出て、ナガレはぼろぼろの状態だった。

 それなのに。いつも。


 ――どうして君は、誰かが助けてほしいって思うとき、手を差し伸べてくれるんだ?


 声はうまく出なくて、ただ喉を震わせる俺に、ナガレは言う。


「だって、カンロジ、さんは――本当はそんなこと、望んで、ないの」

「え……」

「シュウが死んでしまったら……もうカンロジさんは、シュウにはなれない、から」


 ナガレの言っている意味が、俺にはうまく理解できない。

 しかしどうやら、カンロジにとっては違うようだった。


「……何を言ってる?」


 俺は見た。

 先ほどまでと打って変わり、カンロジの顔がすっかり青ざめている。

 怯むことなくナガレが返す。


「ここに倒れてる間、ずっと、あなたの記憶を探ってた」

「……僕の記憶を?」

「それで視えた――の。あなたの本当の気持ちが」


 気のせいで無ければ。

 そっと哀しげに、ナガレは眉を下げてこう言った。


「妹の前で兄を殺したら、あなたは二度と、(シュウ)にはなれない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ