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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
最終章.兄妹の反逆編

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212.甘露寺ゆゆ2

 

 今思い返せば、本当に、痛々しく、哀れな記憶の塊。


 僕は愚かにも信じ切っていた。

 これまで散々に苦しんできたのだから、この先には必ずハッピーエンドが待っているはずだと。


 世界がそんなにやさしくないと、最初から知っていたはずなのに――迂闊にも僕は、気を抜いていたのだ。


 その日のことは今でも忘れない。

 晴れて木渡中学校への入学が決まり、入学式の日、桜舞い散る中を着物姿で歩く最中。

 僕はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回しては、慌てて姿勢を正すのを繰り返していた。

 我慢しようと思っても、口元は思わず緩くなってしまう。ようやくこの日が来たのだ、と感慨で胸がいっぱいだったのだ。


 僕以外の子どもは当然というべきか、ほとんどは両親か、そのどちらかと並んで並木道を歩いている。

 もちろん、遠方から母や父が駆けつけてくるわけもなかったから、僕はひとりだった。

 きっと他の子どもからは哀れみや、純粋な疑問の目を向けられていたことだろう。いや、甘露寺ゆゆの美貌を理由にして、より注目は集まっていたのかもしれない。


 とにかく見窄らしさなど、どうでも良かった。

 僕は早く雪姫乃に会いたかった。


 思えば今まで間違いだらけの日々を送ってきたのだ。

 別にそれを後悔しているわけじゃない。でも、きっと、もっとマシな人生だってあったはずだ。僕はそれを、もう少し何かが違ったなら選べたはずなんだ。


「…………?」


 ふと目線をやった先に、僕は自分と同じく、大人と並んでいない子どもが居るのに気がついた。

 最初はすぐに目を逸らす。しかしそれから、ゆっくりと、またその後ろ姿を注意深く見た。

 それは肩口ほどまでの黒髪を揺らす少女の姿だった。


 ――どくん、と鼓動が鳴った。


 ……雪姫乃。

 雪姫乃だ。だって、僕には分かる。

 前の学校で虐められていたらしい彼女の髪は不格好に、バラバラに切られていて、でも美容院なんかに行くお金はないから雪姫乃はその髪を家の鋏で切りそろえたのだ。

 結局、下手なおかっぱ頭になっていて、ますます不格好になってしまったから、雪姫乃はそのときも泣いていた。

 ……そのときより、どうも、髪型のバランスは整っているようにも感じるけれど。


 見間違いではなかった。

 あの後ろ姿は、僕の、たったひとりの義妹のものだ。


 僕は静かに拳を握る。

 緊張のあまり手汗がひどい。呼吸も乱れている。たぶん心臓は、口から飛び出しそうなほど騒いでいた。

 すぐだ。すぐに見つけた。これもきっと、運命なのだ。

 尻込みしている場合じゃなかった。ユキノを見つけたらすぐに声を掛けるのだと、僕は10年も前から心に決めていたのだ。


 そうして足を踏み出しかける、


「雪……」


 そのまま僕は、一歩も進めなかった。


 雪姫乃の隣に、同い年くらいだろう――茶髪の、背丈の低い少年の姿があったからだ。


「……え?」


 ふたりの会話する声は、決して大きな音量ではなかったが、急に風通しが良くなったかのように背後の僕の耳にまで届いた。


「兄さん、今日は良い天気、ですね」

「うん、そうだね。……雪姫乃は大丈夫?」

「はい。あの……学校は嫌いですけど。兄さんと同じクラスになれたらな、って」

「そうだったらいいね。一緒に宿題ができる」

「ふふ……」


 唐突に立ち止まった僕を、追い越した人々が見遣る。

 心配そうに。あるいは気味悪そうに。

 僕はそのまま、入学式が始まる時間になっても、ずっとその場から動けずにいた。


 雪姫乃の隣に当たり前のように居たのは、他でもない、()()()だった。



 +     +     +



 どんなに絶望しても。

 時間は流れるまま、決して止まりはしなかった。

 今は甘露寺ゆゆというひとりの少女として生きる僕も、学校生活に馴染むため一定の努力をしなければならなかったのだ。


「髪サラサラでいいよね。どんなシャンプー使ってるの?」

「着物で歩くのって大変そう」

「甘露寺さん、一緒に帰らない? 駅前に新しいクレープ屋ができて……」


 甘露寺の外見が優れているのは、場合によっては、他の人間と仲良くなるのに障害となるのは分かっていた。

 だからこそ僕はなるべく、愛想を振る舞うことにした。もちろん男子にだけではなく、現在は同性というべき女子を相手にして、だ。

 謙遜したり、お世辞を挟んだり、お茶目な言い様をしてみたり。そうするだけで人は相手を異物としては認識しなくなる。同調できる存在だと、受け入れるのだから。


 そんな生き方は、僕が鳴海周であった頃には考えもしないものだったが。

 努力の甲斐あって、甘露寺ゆゆはしょっちゅう着物姿の変わり者でありながらも学校という小さな社会に溶け込んでいく。


 しかし周や雪姫乃はそうではなかったようだ。それは僕の記憶通りだった。

 いや、記憶よりも手酷く、というべきだろうか?


 というのも不思議なもので、僕の目から見る限り、周は石島たちに虐められても、どうやら一切の抵抗をしていないようなのだ。

 おきまりの体育館裏や屋上に呼び出されて暴行を受ける光景を覗き見すると、周はただ一方的に殴られるだけだった。

 力の弱い僕はそれでも、にらみ返したり、「やめろ」と嫌がって暴れたりしていたのに。

 そうではなくて、ただ殴られ、蹴られていた。痛いに決まっているのに、呻き声のひとつも上げやしなかった。

 なんだかその様は非常に恐ろしく、僕は最後まで覗き見ることができないほどだった。

 そう認識したのは石島たちも同じだったのか分からないが、僕に対して行われていたものより、この世界の周への暴力は凄惨なものだった。


 雪姫乃のほうも、しょっちゅう穂上や土屋といった女子連中から陰湿な虐めを受けていた。

 が、それは、僕の記憶にあるよりかは幾分かマシだった。虐めにマシも何もないのだが。

 その理由を、最終的に僕は見抜くことはできなかった。主犯格である穂上の態度が、若干軟化してるように見えたこともあるが、気のせいかもしれなかった。


 つまり結論から言うならば、ここは僕の知る世界ではなかった。


 似ている。似通っている。重なっている。……けれど。

 そのままではなかった。何かが少しずつズレて、揺れて、確実に違う世界として動いている。

 遺憾なことに、もともとの世界では居なかったはずの甘露寺ゆゆという存在も、その変化には一石を投じていたのだろうと思う。

 いや、もしかしたら元の世界にもゆゆは存在していたのに、それを僕が勝手に転生し、乗っ取ってしまったのかもしれない。……それはもう、確かめようのないことだ。


 たった一度だけ、雪姫乃と喋ったことがあった。


「次の授業は体育でしたっけ?」


 それなりに仲良くしている矢ヶ崎千紗に話しかけたつもりが、振り返った先に思いがけず雪姫乃が居たのだ。

 僕はぎょっとして、そのまま固まってしまった。突然のことで頭がうまく回らなかったのだ。

 呆然とする僕を、愛想笑いと共に見返した雪姫乃はぽつりと言った。


「……そうですよ」


 これも大きな違いだった。

 僕の知る雪姫乃は、学校ではいつもびくびくおどおどとしていて、そういう態度が、他の生徒に付け入らせる隙を生んでいた。

 だがこの世界では違った。逆、といってもいいかもしれない。


 甘露寺ゆゆの目から見る鳴海雪姫乃は、いつも凛としていた。

 颯爽としていて、どこまでも美しく、気高かった。嫌がらせを受けようと、毅然とした態度を崩すこともなかった。


 僕はそんな彼女の姿を目にして驚き、自分の知る雪姫乃との差異を考えようとして――愕然とした。

 信じられないことだったが。

 甘露寺ゆゆとして、日々を送っていくうちに……僕の頭の中にある鳴海周としての記憶は、着実に薄れつつあったのだ。


 ――何で?


 家に帰った僕はその日、まだ使っていないまっさらなノートを取り出した。

 そこに慌てて、書き出そうとする。


 まずは自分の、周の、誕生日。

 血液型。視力。あとは、そうだ……身長と体重。

 出生地のこと! 髪の長さ……なんて分からない。

 好きな色、は……何だろう。いやそんなこと、どうでもいいんだ。


 最初に暮らした家の住所は?

 その次は? ……クソ、番地が曖昧だ。いやそんなことだってどうでも、良い。


 異世界に召喚されて女神にスキルをもらったんだ。

 最初に目覚めた城の名前。…………。

 何だっけ。あの世界の王の名前。長いなって思ったんだ。長かった。はずだ。

 もらったカードの色……えっと? そもそもカードの名前は何だ? いや、カードなんて、本当に貰っていたのか?


 僕は誰だ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……どうしてッ」


 書き殴った黒い線で、まるで引き裂かれたみたいに汚くなった。

 一枚をビリビリに破いて、放る。また必死に書こうとする。

 でも喉奥で詰まって、何にも出てこない。全部が消えていってしまう。

 藻掻く。泡と涎を噴いて、口元は汚れていって、とても、正気でいられなかった。


「だって僕は、本物の、鳴海周なのに。そうだろッ? そう――だよな?」


 うろうろと部屋の中を彷徨い、虚空に向かって呼びかける。

 それなのに喉から洩れる声は、紛れもない少女のものなのだ。

 この細い手首も。骨みたいな二の腕も。丸い肘だって。……周の身体じゃない。


「嫌だ。だって僕は、確かに、鳴海周だ――鳴海周として、生きてきたんだ」


 このままじゃ、近いうちに僕は死ぬだろう。

 ……母の言う通り、全てが妄想の産物になってしまったら、それが僕の二度目の死なのだ。


 とてもじゃないが耐えられなかった。

 割れそうなほど痛む頭を両手で抑え、僕は喘いだ。嫌だ嫌だと首を振って、ますますひどくなる頭痛に生理的な涙を零す。

 誰かに確認したかった。僕が誰なのか。僕が本当は何者なのか。

 そして真実を証明してほしかった。


 ……でもそれを知っているのはたったひとりだ。


 その事実を改めて痛感した瞬間、僕は暴れるのをやめ、結論を口にしていた。


「――――あの世界に戻る」


 それしか方法はなかった。


 あの世界には、今も本物の雪姫乃が居るはずだ。

 もしかしたら浦島太郎みたいに、【キ・ルメラ】の時間は地球より早く過ぎ去っているのかもしれない。

 ユキノは大人になっていたり、老婆になっているのか、もしくは既に命を落としているのかもしれない。

 最悪の可能性を考えるなら、あのまま言葉の通じぬ魔物へと成り果ててしまったことだって充分、考えられるけれど。


 でも僕を証明できるのはこの世界で生きている偽物の雪姫乃じゃない。

 周の隣に居ない雪姫乃が、本物のはずがないんだから。

 だって雪姫乃は言ったじゃないか。


「だって、私にとって兄さんはひとりですから」


 ……その言葉だけは。

 僕はゼッタイ、忘れない。

 ずっとずっと刻んで、誰にだって、踏み荒らさせはしない。


 あの、ちっぽけで可哀想な、小さな雪姫乃。

 僕を知るのが雪姫乃だけなように、雪姫乃を知るのだって僕だけだ。

 だってここにいる誰も、僕たちのことなんか知らないのだから。


 目的は定まった。

 あとはその、運命の日を待つだけだった。


 ――――やがて、僕にとっての狂おしいほどの月日が流れ、僕は木渡中学校の三年生となった。


 無事に二組に入れたのは、甘露寺ゆゆとして使うことのできる力を行使した結果だ。

 今さら、自分より歳が十も二十も上の人間と床を共にすることなど苦ではなかった。


 修学旅行に向かうバスに乗り込む日の僕は、もしかしたら、あの入学式の日よりワクワクしていたかもしれない。

 決められた窓際の席に座り、ぼぅっと窓の外を歩く生徒の顔を眺めていると、その中に思いがけない顔を見つけた。


「……合歓木、空?」


 思わず声に出して呟いてから、口元を隠す。


 前回のとき。

 つまり、僕が鳴海周として生きていた世界では、アイツは修学旅行には参加しなかったはずだ。

 だから異世界に召喚された三年二組の人間は、合計して28人だった。

 今回、彼が修学旅行に参加するなら、自分を含めて30人の生徒が転生するということになる。


 ――周が何か言ったのか?


 もしくは、言わなかったのか。

 詰まらない二択だったが、どちらにせよ、彼は自分とは別の対応を合歓木に行ったのだろう。

 何故なら前回の世界では、僕は合歓木に呼び出しを受けた際、彼を一方的に罵倒したからだ。


「ボクだよ、周ちゃん。覚えてる――かな」

「……憶えてるに決まってるだろ」

「本当? うれしいや。あのねボク、ずっとキミに」

「今すぐ失せろ」


 はにかんでいた表情が凍りつく瞬間は、見ていてちょっと面白かったっけ。


「お前の所為だ。全部、お前の所為だ」

「……えっ……?」

「お前なんかを庇って事故に遭った。あのとき頭を打ってから、ずっと頭痛が鳴り止まなくなった」


 僕は動揺する合歓木の胸倉を、あの乱暴者の石島のように掴み上げ、彼を思いきり睨みつけたのだ。


「僕は母親を殺した。分かるか? お前が言ったんだよ、あの日。お母さんとお父さんを殺したいって」

「……周ちゃん……」

「その声がずっと頭の中で響いてる。反響してる。()()()。僕は突き動かされるように、あの日、母さんを――階段から突き落として殺したんだ」


 本当なら一発、殴ってやりたかった。

 でも結局、僕は力任せに突き飛ばしてその場を立ち去ったのだ。

 あの日以来、合歓木の姿は学校で見かけなくなった。別にどうでも良かったから、気に掛けはしなかったけれど。


 だけど今回の世界では、合歓木は学校に登校している。

 どうやら美術室に通い詰めているらしい、と合歓木のことが気になるらしい矢ヶ崎が言っていたが、そのときも聞き流しただけだった。

 そんなことは大勢に影響しないだろう。僕が考えるべきことは他に……


 ――何だよ、前回とか今回とかって。


「……ふふ」


 馬鹿らしくなってきて笑みを洩らす。

 これじゃあ僕までもが、自分の生きてきた世界が過去の遺物だって認めてるようじゃないか。


「……ふふ。ふふふ……」


 笑い続ける僕を、前の席の女子たちが「どしたの~?」と苦笑しながら振り返ってくる。


「……いえ。ただ、これからのことが楽しみだなって。そう思っていただけですわ」


 ――そうして、また、

 ――世界が、



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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりイマイは最低でしたね(;´Д`)そろそろカンロジさんの過去話か終わりになりそうですね(●´ω`●)
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