表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
最終章.兄妹の反逆編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

209/234

196.君は眠るように

 

 途端。


『ギ、ィッ――――?』


 実に不可解そうな、奇妙そうな鳴き声を最後にして。

 その魔物の姿が、掻き消えた。

 正しくは、俺がそのほっそりとした手足に押しつけた黒い箱の中へと、瞬時に吸い込まれていた。


 あとには静寂だけが残る。

 俺は何の温度もない正方形の箱の、開けていた蓋部分を閉じてから、それを呆然と見下ろした。


「……やった……」


 出来た。

 勝ったわけじゃない。でも、不利な状況下から強制的に戦闘の終了まで持って行けたなら、それは勝利と捉えて良いはずだ。


 俺は初めてハラの魔法を目にしたときから、その魔法の本質について考えていた。

 人でも物でもいくらでも、黒い箱に入れて持ち運ぶことができる。それだけ聞くと便利な力だ。でも。


 塵芥黒箱(ダストボックス)"。

 つまり、それが正しく()()()だというのなら。

 持ち運ぶことが本質ではない。このスキルは本来、不要なものを捨てるための力なのだろう。


 このスキルをどうしてハラが得たのか。

 目を見開いたまま動かなくなっているハラには、もう聞くことは叶わない。

 それでも、中学一年生の頃、彼と河原でキャッチボールをした日のことが、ほんの少し脳裏を過ぎった。

 ……だけど、ここで立ち止まっている時間はない。


 ――ソラ、を。


 彼を、助けなければ。


 妙にふらふら、揺れる頭でどうにかバランスを取り、振り返る。

 その弾みにも転びそうになる。頭に靄がかかっているような違和感があって、少し気を抜けば卒倒してしまいそうだ。

 そこで、危なっかしいのを見かねたのかナガレが肩を貸してくれた。

 ありがとう、と俺は言う。ちゃんと言えたはずだ。


「ああ……シュ、……ウ」


 すぐ近くにある、整ったナガレの表情が大きく歪んでいた。

 目尻には、涙の粒が浮かんでいる。どうしてだ? 俺はそんなことをぼそぼそと問うた。

 ナガレが答える。


「だって、シュウが……傷ついている、から……」


 俺が、傷ついている?

 ようやくそこで俺は、自分の身体が何かおかしいのに気がついて見下ろした。


 左肩の肉が丸ごと削げ落ちていた。

 繊維が引きちぎれているからか、その下に奇跡的にまだくっついている腕は、そのせいでうまく動かせないらしい。

 剥き出しのピンクの断面を、しばらく呆然と見つめる。何だか痛みらしい痛みも感じないから、現実のことじゃないみたいだった。

 もしかすると俺は既に死んでいて、だから痛みがないのか。だとしたら心臓にも穴が空いてるんじゃないかな。あながち間違ってもいない気がする。


 魔物は――ユキノの身体は、俺が箱をぶつけるその瞬間、あの髪の毛を伸ばして俺を攻撃したのだろう。

 受け身を取る余裕もなかったので、それで大いに一撃を喰らったのだ。あのままやられるよりかはマシだっただろうけど、些か格好はつかなかった。


 俺はナガレに導かれるようにして、ソラの傍らにしゃがみ込んだ。

 するとソラは、口の中で何か言葉を転がしつつ、ぐらりと倒れ込んできた。


 そのままうまいこと、俺の膝の上に転がってくる。

 冗談みたいな調子だった。いっそわざとか、とも思う。

 それでまた、ぺらぺらと呑気な話題でも振ってくるのかと思いきや、


「……大丈夫」


 と、ひび割れた声で囁く。


「間に合った、と思う。しばらく経てば、起きるよ、アサクラ。……うん。良かったぁ」


 その言葉と同時に、アサクラの身体が、再びの黄金色の光へと包まれた。

 未だ俯せのままのアサクラだが、その全身から流れていた血は、いつしか消え失せていた。

 いや、消えたわけじゃない。アサクラの体内へと戻されたのだ。


 そこで遅れて気がつく。先ほどソラが口の中で唱えたのは《半蘇生(リヴァイバル)》だ。

 たぶん最後で最後の、それが彼の魔法だったんだろう。


「……ソラ」

「……今もソラって、呼んでくれるんだ。全部もう、知ったのに」


 そんなことを笑顔で口にするソラは、俺の状態には気づいてないようだった。

 目を開いている。だけど目の焦点は合っていない。膝の上から俺の声がする方をどうにか見上げて、眼差しはぼんやりとしているだけだ。


「あの、シュウちゃんだけじゃない……キミだって……、ボクのこと、恨んでるはず、だ」

「……何で俺が、ソラを恨むんだよ」

「だって……ボクが、修学旅行に行くキミを、止めていれば……」


 震える腕が、俺の服を掴む。

 ソラの真っ赤な瞳から、ぽろぽろと、涙が零れ落ちていた。


「違うんだ……ほんとは、もっと前……キミじゃなくて、ボクが、車に轢かれるべき――だったのに」


 誰かが嗚咽する声が、耳朶を打つ。

 ナガレだろうか? それとも、アル? それとも……。俺にも、もう分からない。

 だけど一つだけ、分かりきっていることがある。

 ソラの言葉は、決して正しいことじゃない。

 もし、そんな理由で彼が――記憶を取り戻し、ソラの過去をも知った俺を避けていたというなら、そんなのを俺は、認めるわけにはいかないのだ。


「知らない」

「え……?」


 短く突っぱねると、ソラは困惑したような、悲しげな顔をした。

 俺は首を振って、堂々と言ってやった。


「そんなの、分かりようがない。過去のことなんて、今さら、どうこう言ったって仕方ないだろ」

「そりゃー、そうだけどさぁ……」


 ソラが唇を尖らせる。

 困っている顔なのに、なぜか少し楽しそうで、満足げでもあった。


「でも、ボク、ちょっとはがんばった、よね? シュウちゃんの友だちを……アサクラを、助けられ――」


 ソラが激しく咳き込む。

 血の塊を吐いて、それから苦しげに身震いをした。次第にぐったりと、華奢な身体からは力が抜けていくような感じがした。

 どうしても引っ張り上げたくて、俺はそれこそ血を吐くように言い放った。


「お前はほんとバカだ」


 バカだ。

 すっごくバカだ、本当に。


 何もかも記憶を忘れても、ちゃんと残っていたものはあった。

 ソラのことを思い出せなくなってからも、俺はよくひとりで空を見上げて、蟻の行列を凝視して、落葉を追いかけて、いろんなところに出掛けていった。

 ユキノに出会ってからもそれを教えた。ユキノは俺ほどではなかったが、よく真似をして花弁を追いかけてテッテと走っていた。

 それは、ソラの教えてくれたことだ。俺の知らなかったことだ。


 だから今さら、望みが叶うなら。

 こんな時じゃなくて、もっと、長く、ゆっくり、話がしたかったのに。


「何にも分かってない、俺のこと。勝手に決めつけてるだけだ。いつも」


 違う。

 こんなことを言いたいんじゃない。

 頭の芯が熱くなって、グラグラ茹だって、揺れて、目の奥にマグマを飼っているみたいな感触がする。

 喉仏からも、何か、ひとつの言葉を放つたび、血やらマグマやら、煮えたぎった何かが飛び出しているようだった。

 それでも振り絞らなくてはならなかった。伝えなくてはと全身が訴えている。

 だってもう時間がない、


「ソラだって」


 とうとう、沸騰した何かが零れ落ちる。


「ソラは、俺の友だちだよ。ずっと前から、そうだったんだ」


 ソラの青白い頬の上に、いくつもの水滴が流れていた。

 堰を切ったみたいに流れ落ちていく。抑えることはできなかった。

 今まで、心のどこかで抑制されていた感情の渦のようなものが、溢れて止まらなかった。いったい自分のどこにそんなモノが隠されていたのか、不思議でならない。


 顔をぐちゃぐちゃにして泣く俺の頬に、やがてそっと、ソラが手を伸ばしてきた。

 目の下を柔らかく擦られる。その手は恐ろしいほど冷たく冷え切っていた。


「……シュウちゃん。ボク、キミのことがとても、好き」


 大好きだよ、とソラは夢見心地に繰り返す。

 俺はその氷のような手に自分のそれを重ねた。感触で気がついたのか、ふふ、とソラが微笑む。


「出逢った頃からさ。キミがいちばんキレイで、優しくて、悲しかったから」

「…………」

「だから……ちょっとだけ、怖いんだぁ。……でもシュウちゃんがぎゅってしてくれたら、きっと平気だよ」


 俺はそっと、ソラの冷たい身体を片手で抱き寄せた。


 その拍子に噎せ返るほどの、むわっとした血のにおいが鼻腔に溢れる。それでもより強く抱きしめた。

 所々が赤く汚れた白髪に、顔を埋める。怖くなるほど痩せ細った身体なのだ。

 でもこうして腕の中に居たら大丈夫だろう。大丈夫のはずだ。

 祈るような気持ちで、ただ、問うた。


「…………これでいいか?」

「……うん」


 ソラはそう答えて、やはりうれしそうに笑った。

 それから何を訊いても、答えは返ってこなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 御都合主義でソラ君が助かる話も良いけど、やはりどうしようも無く力尽きてしまうお話も涙出てこれまた良いんですよね(;つД`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ