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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
最終章.兄妹の反逆編

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193.同じもの


「アサクラッ!」


 半壊した礼拝堂に辿り着いたとき。

 俺たちを迎えたのは、いつもの陽気な笑顔を浮かべたアサクラではなかった。


「遅かったですね、ナルミくん」


 俺とナガレはその場で立ち止まる。


 祭壇のあたりに佇んでいたのはカンロジだった。隣にはハラの姿もある。

 そしてふたりの背後には、壊れかけた天井にどうにか収まるサイズの、巨大な門が設置されている。

 エルフの用いる扉によく似たデザインのそれは目線を誘うように光り輝いていた。十中八九、女神さまが用意した門というのはこのことだろう。

 だが今は、門に注目している時間はなかった。


「……カンロジ」

「しかもひどい濡れ鼠。外は雨……という感じでもなさそうですわね。津波にでも巻き込まれました?」


 くす、とカンロジが笑う。指摘通り、俺は髪の毛から爪先までずぶ濡れの状態だった。


 レツさんたちと別れた後、ハルバニア城を囲む形で広がる湖を、作戦通りに泳いで渡ったからだ。

 だが寒中水泳は想像していた以上にだいぶしんどいものだった。何せ水は凍りつくように冷たかったし、湖は深く、足を着ける場所もほとんどなかったのだ。

 それでもどうにか泳ぎ続け、俺は城の底にある排出口を開放解錠(アンロック)"で解放した。

 思っていたとおり、その先は以前エノモトが収容されていた地下室へと繋がっていた。こうしてそこから城内に侵入を果たしたというわけだった。


 泳ぎながらも湖畔から地下室まで1本のロープで繋ぐことに成功したため、次はそれを伝ってナガレ・最後にオトくんが順番にやって来た。

 太く丈夫なロープを取り出してくれたのはオトくんだった。いざというときのために手持ちのマジックバッグに入れていたらしい。用意周到すぎるオトくんに感謝だった。


 青い顔でガタガタ震えていた俺たちだが、もちろん休む時間もなかった。地下室に大量の湖の水が入ってきてしまったからだ。

 しかし排出口を塞いで水を取り出す作業は途中、オトくんがひとりで大丈夫だと引き受けてくれた。もう時間が残されていないことを、彼も理解してくれていたのだ。

 冷えた俺とナガレの身体を、別れ際にオトくんは炎魔法で温めてくれてもいた。何から何までお世話になりっぱなしだ。


 ……だがそんな事情を、カンロジにわざわざ説明する義理もない。

 だから俺はそれには答えず、沈黙を返した。しかし質問してきた本人も、答えがあるとは特に期待していなかったらしい。


 カンロジは着物の長い裾を破りながら、それを腰まで引き上げてくるくると器用に巻き上げていた。

 おそらくは、カンロジの纏っていただろう着物の帯が遠くに転がっているからだろう。


 そして――そんなカンロジの奥に。

 横たわるアサクラの姿があった。

 その近くで動き回る、あの黒髪のバケモノの姿も。


『ギシャッ、シャシャ――!』


 魔物の言葉を意味のある音に翻訳するスキル"段階通訳(スピークス)"を持ってしても、その言葉はただ「音」として耳障りに響くだけだ。

 血蝶病になり、魂を失って魔物化したユキノの、残された身体。アルファ世界のユキノの末路ともいうべきもの。

 その、黒髪の塊から剥き出しの手足を生やしたそれが、『ウシッシー!』と刃物同士を擦りつけるような不快な音で鳴いては、アサクラの周りを上機嫌そうに走り回っている。

 足先からは氷が生まれ、生えて、次々と大理石の床を埋め尽くしつつあった。立ちのぼる冷気に、僅かに身体が震える。


 全身を鋭い氷柱に貫かれたアサクラを中心に、血の海が広がって、それらも既に氷によって固まりつつあった。

 無論、倒れ伏すアサクラにはその冷たさがじかに伝わっているだろう。

 それなのにアサクラは声を上げることも、身動ぎひとつもしなかった。

 ……それが、答えだった。俺は呆然と、ただ、ひどい疲労感と、虚脱感を覚える。


 間に合わなかった。


 それだけだった。

 何度も助けてくれたアサクラの危機に、俺は間に合わなかった。ただその事実だけが、いつまでも頭の中をぐるぐると回る。


 しかし茫洋とする間、大人しく相手が待っていてくれるわけもない。

 ミニスカートのような装いになったカンロジが、改めて俺に視線を投げて寄越した。


「アサクラくん、弱いなりに頑張ってましたよ。ここまで生き残っただけのことはありますわね。ふふ」


 カンロジは余裕を見せつけるように微笑んでいる。

 でもその姿は、観察する限り、かなり手負いのように思えた。

 右肩からはかなり出血している。それよりひどいのは手だ。

 左手には、指の付け根から手首に至るまで包帯が巻かれているが、その8割方は血の色に染まってしまっている。

 また右手の甲も、破った衣服を包帯代わりに巻かれていたが、そこからは今も血が垂れ続けて、衣服の色はすっかり変色してしまっている。


 そんな様子を見て、思う。


 ――アサクラは、ちゃんと頑張ったんだ。

 俺は血蝶病であることを隠して、ひとりで姿を消したアサクラのことを少し、疑っていた。

 でも、違う。真実はきっと違ったのだ。

 アサクラはたぶん、俺たちのためにカンロジと戦った。必死に、命を賭けて、戦い抜いたのだ。


「アサクラを侮辱するな」


 俺がそう言うと。

 カンロジの動きが、ぴたりと止まった。何か薄気味悪そうな顔で、俺を眺める。


「アサクラは必死に戦ってくれた。俺の分まで頑張ってたんだ。それを何にも知らないで、笑うなよ」

「…………似たもの同士、ですわね。ナルミくんとアサクラくんって」


 肩を竦めてカンロジが言う。溜息みたいな声音だった。


「お互いを庇って、称えて、それで何になるんですか? アサクラくんが負けたのは事実でしかありませんわ。敗者を祭り上げるのなんて無意味では?」

「だとしても俺は、アサクラの覚悟を尊重したいから」

「覚悟……?」


 カンロジがくすくすと笑う。俺はただ無表情で、そんな彼女の様を見つめていた。


 覚悟を尊重する。

 言うのは簡単だった。でも俺は実際に、アサクラの「覚悟」というのを明確に理解していたわけではないだろう。

 アサクラの師匠であるリセイナさんなら、おそらくはそのあたりについても詳しく聞いていたかもしれないが。

 もしかしたら、既に亡くなってしまったアラタやアカイであったなら、より深い部分をアサクラ本人から聞き取っていたかもしれない。


 でも俺はそこまで、アサクラの内面のことを知らなかった。

 それでも、知っていることもたくさんある。驚くくらい多く、だ。

 だったらせめて、俺が知る限りのアサクラのことを、思い出すことしかできない。


「だって逃げたって良かったはずだ。でもアサクラは逃げなかった。そういうヤツは、格好良いと思う」

「……そうですか」


 カンロジはやはり、いまいち納得いかなそうな表情だった。実に素っ気なかった。

 たぶん、俺とカンロジの意見や考え方は、根本的に合わないんだろう。

 そう思うとますます不思議だった。


 アルファ世界のナルミ・シュウは生まれ変わり、ベータ世界に別の人間として辿り着いた。

 しかしベータ世界にもナルミ・シュウは居る。そうして当たり前のように生活を送っている。


 でも――俺とカンロジは、同一人物のはずなのに。

 実際は考え方のほとんどが、まったく合わない。噛み合わない。


 その違和感に目の前のカンロジも、果たして気づいているのだろうか?



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