189.神々の集い
「いやァ、ここに来て面白くなってきたな」
全員が集合して。
最初にそんな風に呟いたのは、当然というべきか、ゲームの主催者である金髪の女神だった。
円を描くような形――それも契約者の出席番号順とやらに従い、時計回りに椅子に着席した彼らの――その中心に座る彼女は、少しの緊張も何もなく、ただテレビを見て独り言を洩らすような、そんな調子だった。
「イシジマだかは死んでっから――残り7人。その内のナルミ・シュウ、ミズヤウチ・ナガレはここに来てまさかの寒中水泳。これで凍死でもしたらシャレにならんが、まぁ何とかなりそうか?
ネムノキ・ソラはフィアトム城にかかる一本道の橋の上で交戦中、ね。今のところまったく魔力切れしてないとは人間にしては大したモンだな。
それにアサクラ・ユウとカンロジ・ユユ。それにハラ・ケンゴ……なるほどなぁ。にはは、面白い面白い」
だぼだぼの黒いジャージから、恐ろしいほど真っ白な素足を見せつけるように晒しだしている。
本当にそう思っているのかは別として、表情だけはニヤニヤと楽しげに歪ませた彼女の言葉に――まず反応を返したのは、口元にほくろのある美少女だった。紫色のドレスの裾をひらひらさせつつ、
「私の推し、であるアサクラ・ユウが……まさかここまで生き残るとは、思いませんでしたけどね」
笑みを含ませたその発言に、どっと笑いが起きる。
金髪女神もにはは、と腹を抱えて笑う。
「だなぁ! 本人も驚いてるだろ。だって目覚まし時計だぜ。前代未聞の能力だろ」
「ええ、本当。でもそれなりに、能力の有用性はあるみたいなんですけど」
「にっはは――そうさなぁ。何せアサクラの願いに答えたのは、美と健康の女神サマ、だからなぁ」
その場に集った全員。
それは、異世界からやって来た住民たちに「リミテッドスキル」と呼ばれるアイテムを授けた神々である。
それぞれ、個性溢れた格好をしている男女の子どもが30人あまり。
もしこれが、ありふれた学校風景であってなら、今からフルーツバスケットでも始まりそうな和やかな面々が揃っている。
しかし実態は、やはり違う。
これは代理戦争だ。それ以外の何ものでもない。
無邪気な子どもの顔をした神々は、自らの能力の欠片を応用し、無関係な人間たちに授けることで、彼らに殺し合いをさせていた。そんなことが繰り返し何度も、行われている。
表向き、その目的は「次のゲーム主催者に選ばれるため」ということになっている。
最後に生き残った人間と契約した神は、その権利を得ることができるのだ。
もちろん30人の内……否、ひとりは主催者の癇に障ったため存在ごと消滅させられたが……29人の内、本気でその権利獲得を狙っている者もいるだろう。
だがその数はかなり少ない。実際はほぼ全員が、ゲームの展開をひとつのエンターテイメントとして楽しんでいるからだ。
裏では賭け事も成立している。自分の推しに賭けても良いし、誰かの推しに賭けてもアリ。
何でもありだった。要は彼ら彼女らは、楽しければ別に何だっていいのである。テレビの中で展開される様々な人間ドラマ、それが退屈でなければそれなりに満足であった。何せ神というのはとんでもなく暇を持て余した存在だからだ。
騒ぎ立てる神々を横目で見遣りつつ、主催たる金髪の女神は小さく呟く。
口の中で言葉を転がすように、ひとりずつにじっくり焦点を当て、微笑みながら。
――「自分を失ってでも誰かを守りたい」女には、暴走の女神の祝福
――「少しでも早く目を覚まして、大切な人に会いたい」男には、美と健康の女神の祝福
――「恐ろしいものを潰して安心を得たい」男には、破壊の神の祝福
――「誰にも触れられたくない」女には、土の神の祝福
――「美しきものを独り占めして玩具にしたい」男には、拘束の女神の祝福
――「やられたらやり返して生きてきた」男には、鏡の神の祝福
――「自分以外の生き物をすべて醜悪にしてやりたい」女には、毒の女神の祝福
――「叔父が人殺しで周囲の目線に怯え続ける」女には、監視と観察力に優れた女神の祝福……
「……むっ? 今、私のこと見てました? 場を仕切る声の――じゃない、偉そうな声の――でもない、ええっと、ルメラ様?」
呟く声が止まる。
ルメラ、と呼ばれた金髪の女神は、にやっと笑って応える。
ルメラの視線に気がついたのは、ピンク色のツインテールの髪をした、メイド服の少女神――ラグウェルだ。
そばかすの散った頬が幼げで愛らしい。しかし実際はこれで、ゲームの進行のすべてを撮影・録音したのがこの少女だったりする。
他の神々がテレビゲームやスマホゲームの片手間にデスゲームの様子を逐一チェックできたのも、彼女の活躍のおかげだ。
まぁ、たまにカメラワークがおかしなことになったり、対象を見失ったり、ノイズだらけになったりと残念な出来ではあったが……それでも基本的に居間でお菓子を食べて寝っ転がりテレビを眺めていた主催者に比べれば、よっぽど活躍していたのがこのラグウェルである。
「ていうかぁ……ルメラ様? 見ましたよぉ、アレ?」
「は? アレって何だ?」
「だ・か・らァ――ほら、ザウハク洞窟で1回、ナルミ・シュウの前に出現して、アドバイスしてたでしょうっ?」
その言葉に賛同したのか、そこらから「そうだそうだ」という声が上がった。
今さらか、とルメラは小指で耳の穴を掻く。そうか、この前の号令の際に、特番を組んでたから……あれで見つかったか?
しかし痛くも痒くもないのでルメラが耳掃除を続けていると、若干焦った様子でラグウェルが言い募った。
「あれ、ルール違反じゃないです? だって自分の推し……契約者へのゲーム中の接触は控えるようにって、ゲーム開始前に配布されたルールブックにも書いてあったのに?」
「そうだな、控えるようにって書いたぜ。禁止とは書いてないけどな」
「え……っ、えぇー? それって屁理屈っぽいですがっ? だったらラグだってナオちゃんに――トザカ・ナオにアドバイスしたかったです?!」
ラグウェルはぷりぷりと頬を膨らませて怒っている。
怒っている、と言い表すよりかは、それを演じているだけの計算して作られた愛らしい表情であった。
「それを言うなら契約者に接触したのはアタシだけじゃないしなぁ。そうだろ、ゲヴ」
「……そこ突かれると痛いですなぁ」
そのラグウェルからちょうど10席離れた位置に座った小太りの男に、ルメラは声を掛ける。
自分の名前が呼ばれるとは想像していなかったのか、ゲヴはすっかり顔中を汗まみれにしており、周りの女神たちに悲鳴を上げられていた。
ゲヴが契約して力の一部を貸し与えていたのは、エノモト・クルミ。
かなり序盤で騎士団に捕まり、自害しかけたものの、自身のスキルによって中途半端に生き永らえてしまった女だ。
騎士団に捕まった《来訪者》への自害の指示を、ルメラは契約した神々に直接行わせていた。今回でいうなら、オオイシ・ツバサとコダマ・テッペイもそれに該当する。
どんなに感応感覚を引き上げてやったって、契約者以外の神の声を聞き取るのがやっとという具合にしかならないので、それならばと3人の神を送り込んだのだ。
何せ「自害」というのは、隷属印と呼ばれる奴隷印をつけてやったところでそう簡単には実行されない。命令者の姿形を視させ、それが自分にスキルをくれた張本人であることにショックを受けさせた状態なら、失敗なく行えるはずだと考えたのだ。
しかしこのゲヴは、エノモトに自害を命じるだけには留まらなかった。




