186.交戦
咆哮を上げて襲いかかってくる魔物たちの群れ。
しかしその中で、最も速く反応し、魔物すら凌駕してみせたのは――
「……ナガレッ!」
「……っ!」
ナガレ。
"一等流星"のスキル名に相応しいスピードで屋根の上まで跳躍したナガレが、自らの身体より巨大な大鎌を振りかぶる。
それこそ星が夜空に煌めくように走った鎌が一閃、空を切り裂いた瞬間、屋根に上がっていた6体の魔物のうち2体がそこから転げ落ちた。狼型の魔物だ。
「シュウ!」
空中に舞い上がったまま、ナガレが俺の名を叫ぶ。
それよりはやく俺とレツさんも動き出していた。ナガレが作った絶好のチャンスだ。
「ッらァ!」
レツさんが長大な槍で力任せに魔物を突き刺す。
その右側から逆さまに落下してくる魔物の首筋を、俺は手にした短剣で掻き切った。
『ギシャアアアアッッ!』
凄まじい断末魔と、数秒遅れて血飛沫が舞う。
そのとき、ほんの一メートル先からレツさんが槍の柄部分を俺に向かって伸ばした。
疑問に思うより先に、すぐに意図に気がついて軽くジャンプし、柄の上へと飛び乗った。
「っし、行けシュウ!」
絶妙なタイミングで、レツさんが片腕で握りしめた槍を思いきり上空に向かって振った。
その動きが臨界点に達すると同時、俺自身も上に向かって全力でジャンプする。すると一瞬で、俺は屋根の真上まで躍り出ていた。
ナガレのように、自分の跳躍力だけで民家の3階ほどの高さまでは上がれないが――レツさんのおかげだった。
着地後、すぐにその戦場の様子を確認すると、
「はあ――っ」
裂帛の気合いと共に、ナガレが大鎌を軽々と振るっている。数の上では不利な戦いを強いられていても、ナガレは一歩も引いていなかった。
残り4体の魔物は、狼型が2体。熊型が2体。
動きがいくら俊敏といっても、狼型のそれではナガレには敵わない。既に2体は手負いだった。
しかし鈍足だがパワーのある熊型には、なかなかナガレも攻撃が通らず手こずっているようだ。
「そっちの狼は任せる!」
「! わかった!」
すぐに頼もしい同意が返ってくる。
俺は広い屋根の上で涎を垂らしている熊型の前へと躍り出た。
呆然としている合間に一撃を、と狙ったもののそう簡単には行かない。熊型2体は俺の接近に気がつくと一斉に向かってきた。
「くッ……」
まずは1体目の突進を横に転がって避ける。
次に向かってきたのは図体のでかい2体目だ。鋭い爪を大きく振り下ろしてくる一撃を躱し――かけたものの、「そうだ」と気がついて魔法名を叫ぶ。
ここはエルフの国じゃない、ハルバニア王国の敷地内だ。
それなら俺にだって魔法が使える。
「《反射》!」
相手の攻撃を丸ごと反射する。
その魔法を唱えると同時、眼前まで迫っていた泥まみれの爪先までもが――血の色へと染まる。
『グルウウアァッ! アグウウッ!』
結果。
自らの顔面から胴体にかけてを、縦横無尽に切り裂かれた熊がひっくり返り、野太い絶叫を上げる。
その焦げ茶色の巨体を見下ろし、俺はすかさず短剣を喉元に突き刺した。
屋根の素材ごと貫いた一撃。
『ガッ……ガア…………』
しかしまだ、痙攣するようにビクビクと四肢が動いている。
尚、強く刃を押し込もうとしたところで、下方からレツさんの声が響いた。
「シュウ、頭下げろ!」
警告が終わるか終わらないかのタイミングで全力で頭を下げる。
すぐ頭上を、何かが掠めた。感触からして、髪の毛の一、二本くらいは持っていかれたかもしれない。
『ッ!』
数秒後に恐る恐ると見上げれば、意味のある声を上げることもなく。
俺の頭上にて反撃を繰り出そうとしていたもう1体の熊の額に、レツさんの手にしていた長大な槍が――突き刺さっていた。
そいつはふら、ふら、と何度か足元を彷徨わせたかと思えば、ドシーン! と大きな衝撃音を伴って後ろに倒れる。
屋根全体が震えるほどの衝撃だった。俺はそこまでを見届けて、ようやく、自分が何をしていたかを思い出した。
泡を吹いたまま、両腕の下で魔物は動かなくなっていた。
完全に息が止まっているのを確認してから、獣くさい喉元から短剣を抜き取る。
止めていた息をようやくそこで吐いた。……ちょっと危なかった。
「レツさん、ありがとうございます」
「気にすんな。それとナガレの嬢ちゃんもお疲れ様だ」
屋根の下を見て礼を言えば、軽い返事が返ってくる。
確認してみると、少し離れた位置で戦っていたナガレの足元に、狼型2体が力なく横たわっていた。
さすがナガレ。既に自分の相手は仕留めてしまったようだ。
「ナガレの嬢ちゃんもシュウも、中々だったぜ。お前ら近衛騎士団入らないか? わりとマジで」
「えっと……考えておきます」
本気とも冗談ともつかない勧誘に苦笑いする。
ナガレと共に屋根下へと飛び降りると、既に現状での戦闘は終了していた。
光魔法を駆使して戦っていたオトくんが、全員の顔を見回してぺこりと丁寧に頭を下げる。
「皆さん、お疲れ様です。さすがに危なげない戦いぶりでしたね」
彼の言う通り、俺たちとは分かれて魔物の相手をしていた2チームとも怪我のひとつもない様子だ。
それでもお互いの顔を見遣って安堵していると、眼鏡のフレームをきゅきゅっと拭いたエンビさんがこちらに足早にやって来た。
何だろう、と警戒していると、エンビさんが近づいたのはナガレだった。
「……大鎌を自在に操る、見事な戦い振り。もしかするとあなた、シュトルで冒険者登録を行ったミズヤウチ様ではありませんか?」
ナガレはすっかり狼狽えていたが、おずおずと頷く。
「そ、そうです。けど」
「やはりそうでしたか。聞きましたよミズヤウチ様、クラス選択で付与魔術師を選ばれたとか? しかし今の戦い振りを見ても、どう考えてもあなたは近接系のクラスの方が向いているかと愚考する次第なのですが如何でしょう? クラスチェンジのお考えはありますか? ここハルバンにあるギルドであればものの数秒で手続きも完了しますけれども」
「え、えっと……でもわたし、その、付与魔法しか使えないから……このクラスが、合ってるのかなって……」
「クラスチェンジ……うっ頭が!」
ぺらぺら商売顔になって喋り出すエンビさんと、頭を抑えて呻くオトくんに囲まれナガレはすっかりおろおろしている。
俺だってナガレが付与魔術師と聞いて「ええ?」と疑問に思ったくらいだったので、エンビさんが食いつくのも当然といえよう。むしろこの人なら食いつかないとおかしいくらいだ。
「で、結局さっきからエンビとシュウは何を話してんだ?」
そんなレツさんの質問には、エンビさんとネムノキとが答えた。
そしてありがたいことに、レツさんもネムノキの話を信じてくれたようだ。
「騎士団もギルドも総出で戦ってるが、まだ魔物の数は増え続けてる。そういうことならオレもシュウたちの護衛に就くか」
レツさんがそう言ったときには、俺は申し訳なさでいっぱいだったが……レツさんは「いいんだよ、好き好んでやるんだから」と気軽に笑ってのけた。
もちろん、レツさんが共に居てくれるのであれば頼もしいどころの話ではない。
しかしその感謝も伝える最中に、また新たな敵は訪れる。
路地裏を伝って現れた、その数は――16体。
再び武器を構える俺たちを眺め、エンビさんが微笑む。
「薙ぎ払って突破しましょう。準備はいいですか? 皆さん」
にっこり、と営業スマイルでエンビさんが告げる。




