185.副団長と副執事長
す、すごく根に持たれてる。
嫌な汗を掻く俺だったが、そんな反応にオトくんは苦笑いする。
「冗談ですよ。えっと、本日はみなさん揃ってどうされました? ハルバン、既に避難命令も出てて、住民の避難は済んでる状態ですが……」
「避難命令って……。ハルバンに何が起こってるんだ?」
俺が訊くと、エンビさんとオトくんは顔を見合わせる。
答えたのはエンビさんだった。
「明朝、急に空が赤色になったかと思えば、ハルバニア城の方向から多数の魔物が出現して街を襲いました」
「!」
俺たちは顔を見合わせる。
女神のアナウンスによれば、ハルバニア城の「真の門」とやらは明日の夜明けと共に開くはずだったが……。
「それじゃあ多分、もう「門」が開いてるんだねぇ」
やれやれ、と肩を竦めてネムノキが言う。
「門、ですか? そちらのお連れ様は何かご存知で?」
「まぁ、《来訪者》関連の珍事って思ってもらえれば早いかなぁ。ハルバニア城のどこかに異空間に広がる門が設置されてるみたいなんだよ。そこにシュウちゃんたち《来訪者》を向かわせないと、このまま魔物は溢れかえっちゃう。……らしいよぉ」
ちらちらと自分の肩の上を眺めているのは、そこに乗っかったアルの助言を受けてのことだろう。
その話は俺やナガレにとっても初耳だったので少なからず驚いた。
あの女神さまは、いつまでも門は開けっ放しにしておく、というようなことを言ったが……そうだ。よくよく考えれば、その条件だとゲームは成立しない。
だったら俺たちは、別にそこに行かなくてもいいからだ。危険を察知してそう判断する《来訪者》が居てもおかしくないはずだ。
でも、その門から魔物がやって来て、この世界を蹂躙するのだとしたら。
きっといつか、終わりは来る。逃げ続けることはできないはずだ。
つまり、強制的に門の中まで《来訪者》を招くために作られたシステムだということになるのか。……全く持ってタチが悪い。
エンビさんはネムノキの話を思案するように一度目を伏せたが、それからすぐに顔を上げた。
「話は概ね分かりました。では我々冒険者ギルドの執事が援護し、シュウ様たちをハルバニア城にお送りします」
「えっ」
思いがけない申し出だった。
同時に、もちろん心配になる。
まだ現時点では、目に見える脅威と遭遇したわけではないが……この先、女神たちからの妨害なんかもあるかもしれない。
無関係なエンビさんたちを俺たちの戦いに巻き込むのが、正しいとはとても思えない。
「……でも」
なんて言うのを俺はどうにか言葉にしようと思ったのだが。
その前にオトくんが「はいっ」と元気よく挙手をした。
あまりにきれいで真っ直ぐな挙手だったので、思わずつられて「はい?」とか言ってしまう。
オトくんは黒曜石のようなきらきらの瞳をにっこりと細める。
「ご安心ください、シュウ様。ギルド運営の執事たちは、全員がBランク以上の実力者です」
「そうなの!?」
初耳だった。全員ただ者じゃないオーラは漂ってたけど。
「そうなのです。ちなみにさっき変な鳴き声上げてたのは魔物です。ボクが倒したやつですね、あっちで焼け焦げてますが」
言われ、改めて右側の通路に目を向けてみるものの、そこには形を成していない黒焦げの塊が地面にへばりついているだけだった。
……これがオトくんが倒した魔物? 圧倒されていると、コナツが「たいしたべびーふぇいす……」と戦慄いている。
どうやらオトくんの言葉に嘘は一切ないらしく、エンビさんもその横で華麗に微笑んでいる。
「そもそも我々、騎士団の連中にコキ使われて街を守っていた身ですからね。ハルバンを守った上にシュウ様の目的にも力を貸せるなら、一石二鳥どころではありませんよ」
「騎士団、って――」
ドガ! と凄まじい衝撃音が鳴った。
話していた俺たち全員の爪先が地面から浮き上がるほどの衝撃だ。
その正体は、二メートルほど離れただけの地面にのめり込んだ……魔物と、その魔物ごと吹っ飛んできた人物だった。
「ひゃっ……」
びっくりしたのか、ナガレが可愛らしい悲鳴を上げて俺の袖を引っ張る。
巨大な熊のような外見の魔物の、その頭の上を見事に潰していた長い脚を持ち上げ、その人物がこちらをクルリと振り返る。
「おい、さっきっからなに堂々とサボってんだエンビ。……って、シュウだ。リセイナさんまで」
「レツさん!」
燃えるような赤い髪に、優しげな翡翠色の瞳。
全身鎧に包まれた肉体は、一目でそれと分かるほど鍛え上げられている。
そこに立っているのはレツさんだった。手にした長大な槍を器用に手の中で操りつつ、にかりと屈託なく笑う。
「お前があのアナウンスだかの内容を教えてくれてて助かったぜ。おかげでこうしてハルバンの危機に間に合った」
「いえ、そんな。アナウンスでは明日の夜明けのはずだったのに」
「昨夜には何とかハルバンまで戻ってきてたからな、問題ない。スプーには数人を残すだけになっちまったが、これが終わればそっちの復興の手伝いに戻る」
何とも頼もしいことをスラスラと口にするレツさんに、しかしエンビさんは渋い表情だ。
「大口を叩くくらいなら早急に魔物を全滅させてほしいですがね」
「うるせぇなぁ。どうしたって騎士の数が足りてねぇんだよ、あのアホ団長も居ねぇどころか裏切るし」
「それを言うならこっちだって執事長が長らく留守にしてますが?」
……そうだった。この2人、知り合いなんだった。
前に話した感じだと、何というか長い付き合いの腐れ縁、という印象だった。今もそれは変わらない。喧嘩するほど何とやら、だ。
「やっぱり付き合い長いのかなぁ、レツさんとエンビさん」
何となく独り言を呟いたような形だったが、それに反応したのはエンビさんの傍らで呆れ顔をしていたオトくんだった。
「あれ? シュウ様知らないんですか?」
「ん? 何を?」
「この2人のことですよ。元Sランクの最強コンビ、"烈風"のレツと"紫炎"のエンビといえば知らぬ者は居ないとゆうめ――」
「こらオト。それ以上は」
「言うんじゃねぇ」
が、左右から同時に羽交い締めにされてモゴモゴしている。
その話の詳細は是非気になるところだったが――それをのんびり聞いているわけにもいかなかった。
「! ……魔物、です!」
ナガレが鋭く叫ぶ。
話していた俺たちの周りには、魔物による包囲網ができつつあった。
しかし蠢くスライム型、狼型、熊型の目には赤い――まさに頭上の空のように危うげな赤い光が宿っていて、それぞれの個体の意志や、知性らしきものはほとんど感じ取れない。
まるで何かに操られるようにして、うろうろと彷徨った挙げ句、不意に目の前に現れたような……そんな違和感があった。
そして実際にその予想は、当たっているのかもしれない。森や山ではなく、ネムノキによればハルバニア城の門の中からやって来たというその魔物たちは、通常の魔物とは異なる仕組みの中で生まれた存在なのかもしれなかった。
大量の涎をだらだらと口元から垂らす魔物を見遣りつつ、レツさんが的確にその数を解析する。
「前方3体、後方4体。それに屋根の上からひーふー……6体か、多いな」
その解析とほぼ同時、オトくんが言い放つ。
「ボクとエンビは前方を担当します。大通りにはまだ数体の魔物が居たので、向こうから増援が来る恐れもありますし」
「それなら後方は任せろ」
『ミャア』(力、貸しますよ。姉御)
リセイナさんと、その言葉に追従するようにハルトラも巨大化する。
俺は目の前に立つレツさんと、隣のナガレに頷いた。
「……屋根の上の魔物は俺たちで」
「おう、任せとけ」
「うん。わかった」
それとほぼ同時に、魔物たちが仕掛けてくる。




