17.十五人の敵
大量の魔法が放たれた。
閃光が狭い世界を焼き尽くす。しかし容赦なく残酷な声は続ける。
「次は第二撃目、発射だ!」
さらに前列が入れ替わり、四方に魔方陣が展開される。
炎熱の球に、雷の牙。風の刃が所狭しと暴れ回り、縦横無尽に振るわれた。
「……よし、もういい!」
その言葉を合図として、爆音が止んだ。
洞窟を覆うほどの爆煙が少しずつ晴れていく。
穿たれて形を変えた地面や壁を目にしたとき、男は確かにほくそ笑んだらしい。
「ナルミ、残念だよ。こんなところでお別れになるなんて」
「……そうか。お別れじゃなくて悪かったな」
だがその歪んだ笑みは、明確な回答があったことにより、一気にポカンと間の抜けた形に開かれる。
「な――」
マエノはあんぐりと口を開けていた。
周りの黒フードたちも同様だ。声もなく凍りつき、俺を見て固まっている。
そうだろうな、と俺も思う。その反応は正しい。
マエノたちは今の攻撃で手応えを得ていた。
確実に、俺の命を奪ったと確信していたはずなのだから。
「なんでだよ……!? あれほどの魔法を食らって何で生きてる!? 何で、立っていられるんだ……?!」
俺は平然とその場に立っていた。
それは当然ながら、実は俺の防御力がチート級だったから、なんて理由ではない。
ユキノだ。
彼女は俺から引き剥がされる直前に気力を振り絞って《自動回復》を唱えたのだ。二十秒以内なら負った傷がすぐに治癒される自動回復魔法を。
マエノたちの攻撃は、確かに凄まじかった。しかし統率が取れていた故に、攻撃時間はきっかり二十秒だったのだ。
再生が困難なほどの致命傷であれば、確かに《自動回復》でも回復が追いつかなかっただろう。だがまだ冒険にも出ていないクラスメイトたちの攻撃であれば何とか耐えられる。
服が所々焦げたり破けたり、それと身体を何度も貫通され肉を焼かれた感覚は残っているが……それを悟られるわけにはいかない。
「残念だが、俺に普通の攻撃魔法は効かないんだ」
それっぽく平然と言いのけてみせる。無論ハッタリだ。
しかし予想通り、マエノは続けて攻撃してこようとはしなかった。
「くそッ、バケモノめ……!」
悪態を無視し、鞘から片手剣を抜いて構える。身体は何とかまともに動いてくれた。
マエノから目線をずらし、ずっと右側――包囲網から避難したエノモトに抱えられたユキノを見た。
呼吸がか細く、それに荒い。ほとんど意識はないようで、目を閉じてぐったりと動かない。
その場のイニシアチブを取り戻すつもりか、マエノが低く嗤ってこう言った。
「悪いが毒を使わせてもらった。ナルミさんに回復魔法を使われると面倒なんでね」
「毒――か」
マエノはユキノのリミテッドスキルがどういった物かまでは知らないだろう。
だがマエノの戦略は正しい。俺が怪我を負ったなら、それがどんなものであれユキノは瞬時に回復してみせただろう。
でも彼女は自分自身の傷を癒すことができない。ユキノが毒を食らってしまった時点で、ほとんど俺は無力化されたも同然だ。
「矢を射たのは誰だ?」
誰も答えなかった。俺は四方の黒フードたちを見回し、それらしい人物をすぐ見つけた。
「……タケシタ……か」
「ひッ」
名前を呼ぶと、怯えたように隣のエノモトのさらに後ろに下がる。
深くフードを被ってはいても、シルエットですぐそれと知れる。
その露わになった太い右手に、武骨な武器が装着されている。クロスボウだ。
矢を設置して引き金を引けば簡単に矢が射出される。対人用としても広く知られている武器である。
救おうとした張本人が、ユキノを暗闇から射たのだ。
この暗がりの中、確実に攻撃を当てることができたのは、何かそういった補正スキルを持っているのか。それとも殿のエノモトが誘導したのか。攻撃の際に物音がしなかったのも何か理由があるのか。
――いや、それは今や大した問題じゃない。
俺がこの場で彼女に問い質したいのはただ一つだ。
しかしそれを馬鹿正直にこの場で話すわけにはいかない。
「殺す気でユキノを狙ったのか?」
俺は怒りを抑えて敢えて淡々と問うた。
タケシタの反発は思った以上に強かった。
「ち、違うッッ!! ただ無力化するだけだもん、私は指示された通りにちゃんと――」
「タケシタッ!」
ホガミが怒鳴った。情報を漏らしたタケシタは恐怖のあまりかその場に座り込んでしまう。
でもそのお陰で、少なくとも致死性の毒ではないと判明した。心の中だけでそっと息をつく。
そもそもエノモトが魔法で守った時点で、俺はともかくユキノに殺意がないのは明白だったが。
どちらにせよ危険な状況には依然変わらない。ユキノを連れてすぐにここを突破しなければならない。
敵は、正面に立つ前野隼人・高山瑶太・穂上明日香。
それに右に榎本くるみ・竹下瑠架を含む五人。
左には四人。その内の一人は多分、クラスで一番身長が高い児玉徹平。
さらに後ろにも三人立っている。全部で十五人。ちょうどクラスの半数だ。
まじまじと観察もできず、顔も見えにくいのでマエノたち六人以外のクラスメイトが誰かまでは確信がない。それに姿を隠している敵が潜んでいるかもしれない。言い出すとキリがないが……。
俺は必死にこの後の流れをイメージした。
まずエノモトから隙を突いてユキノを助け、歩行もままならないだろうユキノを抱えてこの包囲網を抜ける。
逃げている間も背後から狙われるだろう。魔法はともかくタケシタのクロスボウは?
行きはほとんど遭遇しなかったとはいえ、魔物に挟み撃ちにされる可能性だってある。
「…………」
途方も無い話だった。ほとんど絶望的にも思える。
だけど諦める理由だけが思い浮かばない。まだ、完全に負けてはいない。
呼吸を深く吸って、何とか鼓動を落ち着かせる。手足が震えている余裕はない。
会話から相手の表情を、思考を、意図を、隙を盗み取って、一発逆転の手を狙う。
「エノモトが言ったことは全部、俺たちをここにおびき寄せるための罠か?」
呼び捨てるとエノモトは一瞬身体を震わせたが、すぐに俺を睨んできた。
「……全部じゃない。でも、一部は嘘よ。ホガミさんの指示で」
「いや、大体は俺の指示だ」
マエノがすぐさま訂正すると、エノモトは嫌そうな顔をしてさらに続けた。
「……二人の指示で、真実を交えながらあなたたちには話した。その方がバレにくいからって」
隣のホガミが鼻を鳴らす。今も射殺さんばかりの目つきで俺を見ている。
「私は演劇部所属だから、なんてしょうもない理由で誘導役を任された。それと表立って二人を虐めたこともなかったしね。ならず者のイシジマくんがルカを人質に取って籠城して、私は親友を助けるために奔走する。そして嫌われ者の二人を連れて、死の洞窟へと趣く……とっても美しいストーリーでしょ?」
エノモトは不思議と吹っ切れたような表情でそう語る。ある意味ようやく、真実を話せて安心しているようだった。
思えば最初から微かな違和感はあったはずだ。そもそもエノモトは、ギルドから出てくる俺を狙ってわざとぶつかってきたに違いない。
それに目立つ制服ではなく、目立たない黒いフードを被って行動していたのは……密かに全員で俺たちの様子を観察していたのかもしれない。
ユキノは薄々それに気がついていたのではないか。だからあまり乗り気ではなかった。
それなのに俺は――クラスメイトの口車に乗せられて、まんまと窮地に立たされている。
ユキノにとって優しい人になれればそれでいいと、あの日誓ったはずなのに――。
「それで、お前たちの目的は何だ? 何で俺を殺そうとした?」
再起できないところまで思考が落ちていきそうになる。
それを振り払うため、そして現状を打開するために俺は再度質問した。
しかし誰も答えようとしない。あれほど饒舌だったマエノも黙ってしまった。
俺は痛いほどの沈黙に困惑し、耐えられず再度口を開く。
「それにこの場にイシジマが居ないのはどうしてだ? あいつが主犯格なんじゃ」
「だから言ったじゃない、ナルミくん」
俺の問いに答えたのはやはりエノモトだった。
苦しむユキノに肩を貸したまま、ひっそりと囁く。
まるで、そう――女神のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて。
「イシジマくんは納得しなかった。怒って暴れて、この洞窟の奥に逃げたって。まぁ、人質は居ないんだけどね」
「……?」
「人質が居るわけないの。だって、あの人たちは私たちから逃げたんだから」
「どういう……意味だ」
握った剣先が震える。緊張に唾が込み上げる。
動揺する俺の前で、エノモトは脈絡なく黒いマントをその場に脱ぎ捨てた。
胸に、飛び立つ寸前のように浮かんだそれを、指先でなぞる。
何でもないことのように彼女は言った。
「私の場合は胸元だから、きれいにフードで隠れてたんだけどね。顔や首元に出た人もいたから、見えるといけないねってお揃いのフードを買ったんだ」
頭の中に記憶が再生される。それは確かにラングリュート王の声音をしていた。
その病を発症した者は、まず、身体のどこかに蝶を思わせるような赤い痣が浮かび上がるのだという。
目眩や発熱を皮切りに、幻覚や幻聴といった幻覚症状が起こる。そして痣の模様が大きく育った頃には、その病人は人間から魔物へと成り果て、周囲の者に襲いかかる。
――そのことから、その病はこう呼ばれている。
「私たち、みんな仲良く血蝶病を発症したの」
読んでくださりありがとうございます。
面白かったらブクマや評価などいただけたら嬉しいです!執筆の励みになります。




