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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第七章.アルファからの来訪者編

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171.欲しがりません、会うまでは

 

 それからのボクは大忙しだった。


 まずは、資金を稼ぐ必要があった。

 乗船料金や装備にそれなりのお金を費やしたので、手元の残高がかなり心許なかったのだ。

 フィアトムからシュトルに戻るにも、やはり乗船料金は必要だし。というわけで手っ取り早く、冒険者パーティに一時的に加入することにした。


「ボク、全体回復魔法が使えるんだけどぉ」


 と言えば、どこのパーティも二つ返事だった。

 回復役はどのパーティでも重宝されるし、それがレアの全体回復ともなれば、むしろ向こうから頭を下げられるくらいだ。


 フィアトムは王都として栄える街だが、それも度重なる血蝶病者や魔物による進撃によって危うく追い込まれている。

 ボクはフィアトム城を降りて、冒険者パーティに入って、魔物を倒す日々を送った。……結局、やってることはお城に居た頃とほぼ変わらない。攻撃力のないボクは味方の背後で、支援魔法をひたすら放っていた。

 その頃はフィアトムに、数多くの冒険者がやって来ていた。狩っても狩っても魔物が湧いて出てくるのだから、良い狩り場だとすら言われていた。

 しかしその体勢もその後、強力な赤い巨鳥が現れたあと崩壊していくのだが……そのときボクは、まだそんなことを知らずにクエストをこなしているだけだった。


 そんなとき、嫌なニュースが耳に入ってきた。


 アラタが死んでしまったのだ。

 魔物に追われる中、仲間を救うために犠牲になったらしい。

 ……それをボクは、ギルドに向かう最中に偶然会ったアサクラから、聞いたのだった。

 アサクラはアラタとは中学からの親友だったそうだ。普段は明るい彼の表情はもちろん優れなかったが、それでも、最後は笑って「お前も気をつけてな」と手を振って去って行った。


「ネムノキくん。改めて伝えておきますね」


 沈黙したままま立ち止まるボクに、アルが小声で言う。

 それなりの人数が集まっているために、フィアトム城に向く神々の監視の目も日に日に厳しくなっているらしい。

 アルは、分子レベルに分解されているだとかでその包囲網に引っ掛かることはないのだが……それでもボクは彼女と話すときは、すれ違う人の耳にも聞き取れない程度の音量で話すようにしていた。


「これからもクラスメイトは死にますよ。八割……いえ、九割方は。兄さんを助けるためには、必要なことです」


 淡々と、続ける。


「そしてなるべく人数を減らさなければ、最後のダンジョンへの道は開きません。30人のクラスメイトが――おそらく、25人ほど死なないと、神々に私の一手は、届かない」


 わざと。

 わざと、そんな冷たい物言いをするのだろう。アルの声はごく僅かに震えていた。本人も気づいてないかもしれないが。


「あのお城で、回復魔法が使える人材はネムノキくんとワラシナさんだけでした。あなたがいなければ、彼らは近いうちに瓦解する。……気づいた上で、名乗り出たんですよね?」

「……うん」


 そうだよ。間違いない。

 ボクはみんなを見殺しにするかもしれないと気づきつつ、手を挙げた。ひとつの迷いもなく。一切の躊躇もなく。

 だってボクが助けたいのは――みんなじゃない。

 シュウちゃんだ。小さい頃、腫れ物扱いされていたボクのことをまっすぐ見つめて、言葉を返してくれて、命まで救ってくれた……そんな男の子だけだ。


 でも、彼は…………今のボクを見たら、なんて言うだろう?

 別に見返りが欲しくてやってることじゃない。けど、もしも彼がボクを、軽蔑したら?

 だって優しい子だ。自分を苦しめる母親を笑顔にするために父親を殺そうとするような子だ。それが、ボクの大好きな、シュウちゃんだ。

 彼のために大勢を見殺しにするボクは、彼の目にはどう映るのだろう。


 シュウちゃんは――ボクのことを、拒絶するだろうか?


「…………大丈夫だよぉ」


 じくじくと、胸が痛む。

 アルはそれ以上何も言わなかった。だからボクも、それ以外には何も言わなかった。



 +     +     +



 必要な資金が貯まって、ボクはさっそく客船に乗って再び港町シュトルへと戻った。


 シュウちゃんと再会したのは、シュトルにある、冒険者ギルドでだった。

 とにかく彼が無事生き残っていることに、とにかく安堵する。心底ほっとしていた。離れている間に彼が命を落としていたら、死んでも死にきれない。


 すぐ近くにはユキノちゃんの姿もある。もちろんボクと仲良くしているアルではなく、ベータ世界のユキノちゃんだ。

 それにユキノちゃんが取り押さえているのは……愛らしい顔立ちの、金髪に桜色の瞳をした女の子だ。

 見覚えはない子だが、「あれ?」と心に何かが引っ掛かる。


「あれは……」


 もしかすると。

 っていうかもしかしなくても、


「あの子――」


 思った通り、アルも反応している。

 ボクは思わず、ギルドの扉をくぐる前に入口脇の柱に身を隠した。アルが何かを話したそうだったからだ。

 アルは潜めた声で言う。


「……日本で、別の私があなたに少し話した、エルフの少女のことを憶えていますか?」

「うん。もちろん。奴隷の女の子のことだよね?」

「はい。それが、あの子です。兄さんたちと一緒にいる……」


 それは保健室で、ぽつりぽつりとユキノちゃんが話してくれた物語。――彼女と、そして彼女の兄が冒険した記憶の、記録だった。

 その中に登場したのが、鎖に繋がれた奴隷の少女だ。シュウちゃんたちはその子と少しの間、共に旅をしたのだという。


「アルが、うまく仕組んだの?」


 そうじゃないんだろうなと思いつつ訊いてみると、「違います」と即座に返答が返ってくる。デスヨネ。


「私は現在、ほとんどの事象に干渉できませんから。私自身も、信じられません……」


 だったら。

 アルも関与してないんだったら、何故――その子が今、シュウちゃんと共に居るんだ?


 シュウちゃんが、奴隷商から同じ女の子を買った?

 そんな偶然が有り得るとは思えないけど。それともボクと同じように、アルファ世界の自分の記憶を一部分共有したシュウちゃんが、あの女の子を探した……とか?

 ……いや。それより有り得そうな可能性もある。

 誰か、ボクやアル以外に……3年前の出来事を再現しようとしている人が居る、とか?


 ま、いま考えても分かりようがない。とにかく目の前の問題に落ち着いて対処してみよう。


「確かシュウちゃんが頼んで、あの子に「扉」だかを召喚してもらったんだったよねぇ?」


 記憶違いはないだろうが念のため確認すると、アルは肯定する。


「そうです。エルフの国に繋がる扉を召喚してもらったことがあります。カギを持っていなくて、すぐにあの子は奴隷商に返してしまったのですが」

「……アル。ちょっとシュウちゃんのリブカード覗いてきてよ」


 出し抜けにボクがそんなことを言ったので、アルは呆気にとられたようだ。


「兄さんのカードを? 何ですか、藪から棒に」

「ホラ。いまシュウちゃん、ギルドの人からカードを受け取った。ユキノちゃんに見せるためにそのまま手に持ってる、覗くチャンスだよぉ」

「えー……」

「ほらほら早くぅ」


 そもそも他人のリブカードを覗くのはマナー違反だ。それは個人のステータスの塊で、生命線でもあるから。

 なんて言わずもがなの常識があるから誰もが一応は控えているものの、覗けそうなチャンスがあれば仲間のカードでもこっそり覗く。そういう行為は実際のところ横行している。


 急かすと、かなり渋々とだったがアルの気配が一旦離れたみたいだった。

 それから数秒と経たず戻ってきた。ちょっと興奮した感じで、ボクの横合いから少女の甲高い声が言い放つ。


「ネムノキくんっ、兄さん、リミテッドスキルが略奪虚王(リゲイン)"というものに変わってます! やはり世界線によって、願望の変化が生じるんですね」


 弾む声音を耳にしつつ、一度その場を離れる。

 いつまでもギルドの出入り口に立っていたら目立ってしまうからだ。ボクはきょろきょろと、ウィンドウショッピングをする人の振りをしつつ、ほとんど口を動かさないでアルとの会話を続ける。


「……ちなみになんだけどさぁ。シュウちゃんがギルドで何をやってるかは分かった?」


 アルは一度「うーん?」と唸ってから黙り込む。

 さすがに外からは中の話し声まで聞き取れなかったので、アルの記憶が頼りだ。何かヒントになるようなことを耳にしていればいいんだけど。

 その数秒後に返ってきたのは期待以上の返事だった。


「クラス……そう、クラスチェンジと言ってました。剣士(フェンサー)から暗殺者(アサシン)にクラスを変えるって」

「うんうん。そのほかに、何か会話はしてた?」

「ユキノが――こちらの世界のユキノが、《略奪(スティール)》の成功率を上げるためですか、とか何とか」

「フーン……」


 なるほどね。

 たぶんだけど、大体分かった。

 それなら話は早い。というより、大分短縮できそうだ。

 ボクは来た道を引き返して、再びギルドへと接近していく。


 再到着した頃には、シュウちゃんたちは昼食を終えていた。

 そういえばボクも、まだお昼食べてないな。異世界の料理の味つけはかなりシンプルなので、たまには日本の料理が恋しくなってくる。日本に住んでた頃は大して好きでもなかったのに。


「兄さま、これからどうしましょうか?」


 ボクは話し合う3人の背後から、気配を消して近づいていく。

 今後の方針について話し合っているらしい彼らは、未だボクには気づいていない様子だ。


 ……ああ、でも、それは困るな。

 もっと周囲に対して警戒心を強めてくれないと、シュウちゃんの身が危ない。

 ハラハラしつつ、気配を殺して歩くボクの頭にひとつの思考が浮かぶ。


 そうだ!

 表だってサポートしてるってバレちゃまずいんだし、それならいっそ、ボク自身が危ないヤツって感じで話しかけてみるとか?


 思い立ったが吉日、である。


「――これからどうしましょう、だって。それなら答えはボクが決めてあげるしぃ」


 というわけで、ボクの第一声はそれだった。



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