169.シュウちゃんに会いたい
港で聞いてみたところ、現在シュトルから客船が出ているのはフィアトム行きのみだと分かった。
フィアトムというのは、現在のハルバニア王国の王都に当たる都市らしい。
すっかりハルバンが王都だと認識していたボクには驚きだった。ユキノちゃんにはそう指導されていたのだが、どうやら3年前にちょうど、ラングリュート王は王都を移したらしいのだ。ユキノちゃんが知らないのも無理はなかった。
次の客船が出るのは明日の午前の便ということだったので、それまでは自由行動となった。
ボクはその間に、とにかく自分の装備を整えることにした。服装や武器、防具、それにアイテム類など必要なものはいくらでもある。
幸い、シュトルは港町としてそれなりに活気のある街で、そういった類は問題なく揃えることができた。
道具屋ではアルとも合流を果たした。
やはり彼女の姿を認識することはできなかったが、道具屋でアイテムを購入したら、その透明な瓶の中でアル――端末たる小さなユキノちゃん――が待ち構えていたのだった。
「ようやく来てくれましたね、ネムノキくん。今か今かと待ってました。本当に、今か今かと……うう……来てくれてよかったぁ……」
などと唐突に瓶が喋り出したので、ビックリして落っことしそうになったけど。
……というか完全に栓もされてたし、ボクが通りかからなかったらこの子、どうするつもりだったんだろう。サイアクの場合、あのままどこかに出荷されてたんじゃないかな。
その後、ボクはしくしく泣いている(おそらく泣き真似だ)アルを連れて、城に残った《来訪者》への講習で赤髪の騎士の人が教えてくれたギルドにも行ってみた。
「ようこそいらっしゃいました。ギルドにいらっしゃるのは初めてでしょうか?」
そこでは茶髪の優男風な執事が、ボクのことを迎えてくれた。
執事? 何で執事? でも見渡す限り店員らしき人はみんな執事服を着ているので、これが制服みたいなものなのかな。
ボクはそこには面倒なのでツッコまないことにして茶髪お兄さんに、ギルド登録を行いたい旨を伝えた。
数分の手続きを経て、リブカードに刻まれた登録結果はこんな感じだ。
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合歓木 空 “ネムノキ ソラ”
クラス:神官
ランク:F
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"詠唱短縮"、"魔力自動回復"、"魔力増幅"
リミテッドスキル:"開放解錠"
習得魔法:《解放》、《大回復》、《全体回復》
――――――――――――――――
「わあ、優秀」
どうやら手元を覗き込んでいるらしく、近くからアルの声が聞こえる。
ギルドの茶髪お兄さんも興味津々の様子だ。
「全体回復魔法を覚えてるのは、ランクBやAの、ごくごく少数の治療師だけなんですよ! しかもS級魔法の《全体回復》が使えるんなら、どんなパーティからも引っ張りだこだと思いますよ……!」
興奮しながらそんなことを捲し立てている。ボクはそれを右から左に聞き流して、欠伸混じりにへぇーと返事をする。
確かにザウハク洞窟に避難するときは何度か魔物との戦闘になって、その度に役立った回復魔法ではある。
でも《大回復》も含めて、とにかくボクの覚えている回復魔法は燃費が悪い印象だ。
アクティブスキルの、"魔力増幅"と"魔力自動回復"の助けもあるんだろうが、それを実感したこともない。RPGとかのゲームだったら、たぶん延々とMPが消耗し続ける感じの魔法なのだ。できればもう少し、扱いやすい回復魔法を覚えられたらいいんだけど。
「さすがネムノキくん。私は光魔法は一切使えませんでしたから、羨ましいです」
「え? そうなの?」
人前でも、人前でなくてもあまり話しかけないよう言われていたが、このタイミングでなら誤魔化せるかと思ってふつうに声に出してみる。
やはり自分への問いだと勘違いしたギルドのお兄さんがペラペラと、ここらだとどこのパーティが強いとか、こんな狩り場があるとか話し出しているが、ボクが耳を傾けていたのはアルの声にだった。
「闇魔法と水魔法の二属性しか使えなかったんです。回復魔法が使えるのは光属性だけだから」
「…………」
それは確かに、5歳児のアルが言っていたけど。
何だか気になって、執事さんに訊いてみる。
「ねえねえ執事さん。知り合いの冒険者が闇魔法と水魔法を使えるんだけど、それってどうなのぉ?」
「そもそも二属性持ちは珍しいですからね。使える魔法の種類にもよりますが、闇魔法は人気も高いですし、引く手数多でしょう。というかそんな方がいるならぜひウチに」
ふーん……なるほどなぁ。
ボクは先ほど、アルの声がした方を振り返ったが、その頃にはすっかり気配は消え失せていた。
さては旗色が悪くなって逃げたな?
しかも光魔法ウラヤマとか口では言いながら自分は二属性魔法をアッサリ使えるって、やはり侮れない……。しかもそのくせ謙遜までしてたし。
「シュウちゃん…………」
あーあ。思考が停滞する合間を縫って考える。
シュウちゃんは、何属性の魔法が使えるんだろう?
武器はどんなの? 職業は? あと、服装は? 彼に似合うセンスの良いものを、着ていたらいいんだけど。シュウちゃんならもちろんどんな服だって似合うけどね。
幻のシュウちゃんに話しかけても答えは返ってこない。
何せボクはこの異世界にやって来てから、未だに彼と一言も会話をしていないのだ。
シュウちゃんのことを想うと温かい気持ちになると同時に、無性に切なくなってくる。
いま、ボクは彼がどこでどうしているのかも知らない。いずれは合流、というよりはストーカー……じゃなくて、影からサポートして暗躍するつもりなんだけどさ。
その日はいつになるんだ? ボクはこのまま、のこのこフィアトムに行って大丈夫なんだろうか?
「大丈夫ですよ、ネムノキくん」
不安を察したのか、それまでだんまりを決め込んでいたアルが口を開く。
「私もおおよその事情は掴めてきましたが……あなたの判断は悪くありません。まだ動き出すには早いですから」
「うん……」
そうかなぁ。
だけど早いに越したこと、ないよね。
もともとイシジマたちが、ユキノちゃんを連れてハルバニア城を抜け出して、それをシュウちゃんが追う形で、彼ら5人は姿を消してしまった。
その後イシジマが「ハラが戻らない」と怒鳴り込みしてきたわけだから、それなりの確率で、シュウちゃんかユキノちゃんがハラを殺したのだと思う。あるいは、身動きの取れない状態まで追い込んだのだ。
もともとの世界では、シュウちゃんはどんなに虐められても抵抗していなかったけど、ユキノちゃんが関わればまた話は別だろう。
つまり生徒の総数は確実に減りつつある。血蝶病者なる狼役が野に放たれてしまった以上は、尚更そのスピードは速くなっていくだろう。
その中でボクはまだ、足踏みをしている状態だった。シュウちゃんのために何でもしてあげたいけれど、未だ大したことはしていない。後手後手に回っている感じで、ずっと対応に追われてる。
だからこそいま、ボクは彼に会いたかった。
その顔を見れば、わりと、どんなことでも頑張れるし。ボクはすっかり元気になれるんだから。
待ち合わせ場所の港前に向かいつつ、ほんの小声で囁いた。
「早くシュウちゃんに会いたいなぁ」
「――ごもっともです」
万感の思いを込めてアルが頷く。気持ちは一緒のようだった。




