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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第一章.兄妹の新生活編

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16.一本の矢

 

 俺の言葉に対するエノモトさんの対応は迅速だった。

 すぐにでも街を出て【ザウハク洞窟】に行こう、と彼女は椅子から立ち上がったのだ。

 親友のタケシタさんが心配で居ても立っても居られないのだろう、と俺は頷いた。


 【ハルバン】の東門の前ですぐ合流しよう、と約束し、俺とユキノは宿屋に戻った。

 武器と防具を装備し、いくつか回復薬も持っていくことにする。

 俺の知る限りだが、ハルバンで出回っている回復薬はゲームの中のように体力や怪我を気軽に回復させるものはない。

 使い道としては魔力を一定量回復させたり、前衛が気付け薬として使う。無いよりはマシって程度のアイテムだ。

 その内の三本をユキノ、二本を俺が持ち運ぶことにした。


「お買い物の時間……少なくなってしまいますね」


 久しぶりにユキノが話しかけてくれた。

 よっぽど楽しみにしていたのだろうか。力なく柳眉が下がっている。

 ただ、タケシタさんの救出があと数時間程度で終わるビジョンはいまいち俺には思い描けない。あのイシジマが関わっている以上は尚更である。


「そのときは明日もお休みにすればいいさ」

「……はい」


 東門の前に行くと、門のすぐ近くの柱に寄り掛かってエノモトさんが待っていた。

 俺たちの姿に気づくと、どこかホッとしたような表情で駆け寄ってくる。


「ナルミくんたち、来てくれてありがとう。じゃあさっそく向かおう」

「それはいいんだけど……エノモトさん、今から行く場所にはたくさん魔物もいると思う。もちろん、俺が前に出て守るけど――」

「それなら大丈夫」


 俺の言葉を遮り、彼女はその場でくるりと一回転してみせた。


「昨日、街に出たときにクラスのみんなで装備は整えたんだ」


 フード付きの黒いマントの下は、よく見ると制服ではなかった。

 深緑色の袖の短い服を着ている。かなり動きやすさ重視の軽装だが、腰には短剣も挿してあった。

 本人が活発な印象なのもあり、まるで森に住む狩人みたいだ。演劇っぽくてかわいらしい。


「その、魔物? が出たら、自分の身は自分で守るよ。一応」

「そっか。それなら助かる」

「あと変に疑われたりしたくないから、私のリブカードを見てくれる?」


 エノモトさんは笑顔で俺の方を向いて言った。

 が、その言葉は明らかに背後のユキノに向けたものだった。

 というのもユキノはエノモトさんと合流してからもずっと黙り込んだままだった。エノモトさんも、ユキノがあまり乗り気でないことに気づいていたらしい。


 冷や汗を掻きながらカードを受け取る。

 エノモトさんのカードは土色だった。魔法属性としては、地属性に適性があるということだ。


 ――――――――――――――――


 榎本 くるみ “エノモト クルミ”


 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 習得魔法:《土壁(アースウォール)


 ――――――――――――――――


 エノモトさんのカードには、クラスやランクの記述が全くない。

 つまり礼拝堂でカードを配布されたときと変わらない状態だということだ。ずっと城に篭もって話し合いをしていたというのは本当らしい。


「ね。変なスキルとか、魔法とかもないでしょ?」

「この《土壁(アースウォール)》っていうのは?」


 大体の予想はついたが、念のため聞いてみる。


「ああ、これは防御魔法で……土で塗り固めた壁みたいなのを出して相手の攻撃を防ぐ魔法だよ。ダサくて地味なやつ」


 卑下するような言い方だが、まだ魔法のひとつも覚えていない俺にとっては羨ましい限りだ。


「使える場面があればすぐ言ってね。ちょっと防御するだけだけど」

「いや、助かるよ。使い方次第で強力な魔法だと思う」

「……ナルミくんって優しいね」


 出し抜けの言葉に、俺は一瞬固まった。


「ルカにだって、主人公から縁遠い負け組のヤツだって言われたのに」


 自嘲気味に囁く。エノモトさんのそんな表情を見たのは初めてだった。

 それに気の弱そうなタケシタさんがそんな風に指摘したというのも衝撃だ。いや、仲が良い相手だからこそ本音で話している、ということなんだろうが……。


「俺はそんな風に思わない。タケシタさんも、悪気があって言ったわけじゃないよきっと」

「……そう、かな。やっぱりナルミくんって――」

「お二人とも」


 それまで黙っていたユキノが初めて口を開いた。ものすごい笑顔で。


「あんまり悠長にしているわけにもいきません。そろそろ行きましょう」


 エノモトさんはその言葉に「そうだね!」と笑顔で返した。俺も、ユキノがタケシタさんのことを心配してくれていてちょっぴり感動してしまった。


 エノモトさんが先頭になり歩き出す。

 俺とユキノはその後に続いて、少し距離を空けて並んで歩いていた。


「ユキノ、さっきはありがとう」

「いえ、兄さまとのお買い物の時間を一分一秒でも減らしたくなかっただけです」


 あ、そういう理由かぁ……。

 よっぽど買いたいものでもあるのだろう。今度からはもう少しお休みの日を増やすようにしよう。


 道なりに五分もしない内に、洞窟前には辿り着いた。


 洞窟というより、小さな岩穴と呼んだ方が近い気がする。

 暗くてじめじめとしているし、地面も水を含んで泥っぽい。

 奥から水が滴るような音もしてくる。今にもなにか飛び出してきそうな雰囲気だ。

 入口は日光が射しているので何とか中の様子が窺えるが、進んでいったらほとんど暗闇同然になるだろう。


「ナルミさんって、確か黄金色のカードだったよね? 光魔法で照らしたりできないの?」


 ユキノはエノモトさんの言葉をすっぱり無視した。

 俺はフォローしようとして慌てて口を塞ぐ。ユキノが回復魔法以外の光魔法を使えないのは事実だが、それをこの場で勝手に明かしていい道理はない。


「あ、ちょうどここに松明が落ちてるし……これ使えるんじゃないかな?」


 入口付近に落ちていた松明を拾い上げて提案する。誰かが落としていったのだろうか、まだ湿気てないし使えそうだ。

 炎魔法の使い手が誰もいないので、俺たちはしばらく火を起こそうと四苦八苦した。


 ちょうど洞窟から出てきた冒険者が親切にも炎を分けてくれたお陰で、何とか明かりは用意できたが……恥ずかしかったのは言うまでもない。



 +     +     +



 洞窟の中は思っていた以上に湿度が高いが、肌に感じる温度はそのお陰か涼しくて心地よかった。

 水平に延々と小さな横穴が拡がっていて、果てが見えない。

 何となく、理科の授業で学んだアリの巣の図を思い出す。地中ではなく、水平線上にあの巣が拡がっているようなイメージだ。


「ここ、昔住んでいた人たちが掘り進めた穴なんだって。その途中で魔物が出るようになって、工事は中止になったらしいけど……」

「へえ」


 俺たちは松明の炎を頼りにして洞窟内を進んでいった。暗くて奥まで見通すことができないので、歩くスピードはかなり遅い。

 炎を持った俺が先頭、回復役のユキノが真ん中、殿を務めるのが短剣使いのエノモトさんというフォーメーションだ。

 ユキノはリミテッドスキルの影響でエノモトさんが怪我を負っても回復できないが、幸運にもそういった場面に陥ることもなかった。


 途中、行き止まることもあったが、狭い洞窟なので引き返すのはそう苦ではない。

 だいぶ進んでから、ユキノがぽつりと言った。


「魔物の数が少ないですね」


 俺も同じことを考えていた。

 ここまで来るのに、蝙蝠型の魔物と二匹遭遇しただけ。それもユキノの支援魔法を受けて問題なく俺一人で倒していた。


 俺の武器は刃の部分が通常より短めの片手剣なので、思いきり振り回しても天井には当たらない。

 逆にこういった、横には広くても縦に短い洞窟内では魔物の方が動きにくそうなくらいだ。

 実際、もしこの洞窟にボスモンスターが居るなら、間違いなくあのカワムラが操っていた黒い獣がそれに当たる気がする。あの魔物は大きさも強さも圧倒的だった。


「エノモトさん、そろそろ奥には着くかな」

「どうだろう。私もここに来るのは初めてだし……」


 そりゃそうだ。不安になって思わず変なことを聞いてしまった。


「入口からかなり進んできたよね。そろそろイシジマのいる洞窟の奥に着くんじゃないかな」

「だといいんだけど……」


 しかし道が入り組んでいて、現在位置が洞窟のどのあたりに該当するのか判断がつかない。

 人の手によって掘られた途中で放棄されたというなら、()()()()()()()()()()()()()()のだろうし、イシジマと言えどもそう長々と拠点にできる場所でもないと思うが。


「あ……」


 俺はそこでピタリと立ち止まった。

 分岐が前方、それに左右と三方向もある。進んできた道を含めれば四方向だ。

 いままでは多くとも二択の選択肢だったので、俺はそこで背後を振り返った。

 まずはどこに進むか三人で話し合って決めねばなるまい。口を開けようとして――


 とす、と柔らかい感触が、俺の身体に当たる。

 ユキノだった。空いている片手で何とか抱き留める。


 彼女は何も言わなかった。突拍子のない行動に俺は戸惑ったが、その理由はすぐに知れた。


 反射的にユキノの背中に添えていた左手が濡れている。

 腕を持ち上げて眺めた。生温かくて、どろりとしている。


「え…………?」


 血だった。


 それも大量の血だ。

 俺は呆然と松明の火でユキノの背中を照らした。


 一本の矢が、華奢な身体に冗談のように深く突き刺さっている。

 そこから今も尚、血液がだらだらと流れ落ちている。

 ユキノは寄り掛かってきたんじゃない。負傷して前のめりに倒れた先に、俺が偶然立っていただけだった。


 左――いや、俺から見て右の……右側だから……。

 致命傷……ではないはずだ。でもすぐに治せる傷じゃない。少なくとも俺には治せない。

 そもそもこの矢を射たのはいったい、


 ふ、とすぐ近くでか細い呼吸の音がする。

 ユキノには意識があった。苦しいのか、ほとんど開けていない目蓋の上を汗が伝っている。

 何かを言おうとしている。懸命に口を開いて、俺に何かを言おうと。


「ユキノ、ユキノ……!? 大丈夫かッ、ユキ――」

「……っ……、」


 ユキノの唇が小さく動いた。

 声まではよく聞き取れなかった。

 しかし俺は、そのときユキノが何て呟いたのか確実に理解していた。


「危ない!」


 背後からエノモトさんの声がしたかと思えば、強い力で突き飛ばされる。


 その瞬間、だった。

 妙に景色がスローモーションに見えた。

 天井まで飛んでいった松明が、その炎が、回転しながら洞窟内の光景を縦横無尽に暴き出す。


 四方を黒いフード姿の人間が覆い尽くし、取り囲んでいる。

 エノモトさんがぐったりとしたユキノを抱えて、土の壁を出している。

 そして俺の頭が地面につく、その寸前。


「――第一撃目、発射!」


 洞窟内に聞き覚えのある男の声が響いたと同時。

 大量の魔法攻撃が、俺目掛けて一斉に飛んできた。




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