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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第七章.アルファからの来訪者編

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165.サヨナラの日

 

 中学2年生の4月。

 転校したボクのクラスには、雪姫乃ちゃんが宣言した通り、周ちゃんの姿があった。

 ……もちろん、ちょっとしたコネというか、圧力とかも駆使した結果ではあるのだけど。


 ボクは正直、久しぶりに間近で見る周ちゃんの姿にめちゃくちゃハシャいで、その場で踊り出したいくらいだったが、


「主催者たちは既にこの学校を観察している可能性があります。目立つ行動は控えてください」


 などと雪姫乃ちゃんから念を押されていたのでそういうわけにはいかなかった。


 その注意を守って、教室にいる間ずっと、唇をぐっと噛み締めて叫びそうなのを堪えるボク。

 が、すぐ近くで、何者かがキャンキャンと高い声で叫んでいた。


「やっぱりこの世界の兄さんかわいい~~! すごくかわいい~~! 世界一かわいい~~!」


 正気を疑うほど知性のない叫び声だが、これはもちろん、雪姫乃ちゃん――隣の教室の椅子に着席しているだろう雪姫乃ちゃんでなく、宙ぶらりんに浮かんでいるらしい神さまの雪姫乃ちゃんのものである。

 何とこの娘、ボク以外には自分の声がきこえないのをいいことに、転校してきてから3日経つというのにずっとこんな調子で興奮しきっているのだ。

 人に注意しておいて自分は好き勝手やっているってわけだった。とんでもない神さまだ。

 ボクは呆れつつ、家に帰ったら説教してやろう、と思う。周ちゃんがかわいくて格好良いのは分かりきってるのだから、別に声高に叫ばなくてもいいって教えてやろう。


 ……そして。

 結果だけを簡潔に述べるなら、周ちゃんはボクのことを憶えていなかった。


 美術の時間、ペアを組んでお互いのスケッチをするという授業があったのだ。

 そこでボクは偶然、周ちゃんとペアとなり、話す機会があった。

 しかしボクはとにかく緊張していた。何せ約5年ぶりの再会。この半年間、雪姫乃ちゃんと毎日のように周ちゃんの話はしていたものの、本人に直接会うというのはやはり格別だ。


 終始、ボクはただ触れるほど近くにあるその顔を眺めていた。

 余すところなく見つめていたのだ。自分の記憶の中にある小さな頃の彼と見比べてみて、ここは一緒、ここは違う、ここは似ている……とか、考え込んだりしていて。

 前髪が短いから子どもっぽくて可愛いとか。二重の目蓋、左右それぞれ形が少し違うとか。睫毛の長さとか。制服から覗く鎖骨のラインが素敵だな、とかとか……。


 もう、それで、絵に集中するどころではなかった。

 今回こそは満足のいく形で周ちゃんの姿を描きたいと思っていたのに、結局、まったくうまく描けなかったのだ。

 最終的に出来上がったのは、真っ黒な靄が、ぐるぐる渦巻く真っ赤な色に塗り潰されたような、よくわからないナニカだった。

 ……やー、いったい何だろうねコレは。


「何ですか、これ。火あぶりの刑ですか?」


 耳元で囁く雪姫乃ちゃんの声に、首を捻る。雪姫乃ちゃんにはそう見えるのか。でも、ボクにもわかんないよそんなの。

 だけど画家としてのボクの名前も今では売れてきていて、愛好家を名乗るコレクターまで出てきている。もしこの絵が出品されたら、おそらく、「型に嵌まらない現代美術の真骨頂」だとか変に持ち上げられて高値で取引されるんだろうなぁ……。


 その前にゼッタイ、燃やしておかなきゃ。

 って考えるとやっぱ火あぶり? この絵は火あぶりの絵なのかなぁ?


 混乱するボクに向かって、そのとき、唐突に周ちゃんが話しかけてきた。

「これって俺?」と、ボクの描いたスケッチブックを指差したのだ。ちょっとだけ、不満そうな顔つきで。

 その瞬間、ボクの頭はすっかり真っ白になっていた。


 再会したら、まず、運命的な会話をしよう!

 そしてキミを抱きしめて、「会いたかったよ」と伝えよう!


 ――なんて風に夢見ていたっていうのに。


 でも何とか言葉は返さなくてはと声を振り絞った結果、


「よくあつのけもの」


 ――出会ったころ、ボクはキミのことをそう呼んでいたんだよ。ね、周ちゃん。合歓木空だよ、憶えてる?


 と、言外の意味を諸々込めて、ボクは答えていた。

 この回答には、周ちゃんはぽかんと呆気にとられたような顔をしていたな。

 うん、いま思い出してもこれは、痛恨の極みみたいな出来事だった。悶絶するくらい痛々しい。せっかく周ちゃんと会話できたっていうのにね。


 ……でもさ。


 わりとボク、ショックは受けなかったんだよね。そりゃー、1週間くらい食事がまともに喉を通らなかったりはしたけどさ。

 でも、思っていたより早めに立ち直れたんだ。それには明確な理由がある。

 今のボクには、毎日話しかけてくれる人がいたからだ。


「そんなに落ち込むこと、ないと思います。兄はちょっとビックリしただけです、きっと」

「またチャンスがあります。同じクラスなんですから。もちろん、あまり仲良くされるのは困りますけど……でもでもっ、私、応援します!」


 そんな風に、近くで、何度も雪姫乃ちゃんは元気づけてくれた。

 それが結構、ボクにはうれしかった。たぶんボクはそれなりに、その子のことを気に入っていたのだろう。

 隣のクラスの雪姫乃ちゃんは、見かけるといつも笑顔は浮かべているものの、近寄りがたい雰囲気があって会話したことはなかったけれど。

 神さまの雪姫乃ちゃんは、ボクにとって、それくらい近い存在だったのだ。


 だからこそというべきか、ボクは、3年生に進級した頃――彼女にこんなことを言ったことがある。


 その日珍しく1限目から登校して、しかしやはり途中で授業に飽きてきたボクは、保健室でずる休みしながら出し抜けに呟いた。


「甘露寺ゆゆ」

「……!」


 天井の方でごく僅かに、息を呑んだ気配がする。

 それは3年2組のクラスメイトの名前だ。いつも上品に着物を身に纏った、愛らしい顔立ちの女の子が甘露寺ゆゆ。

 2年生の頃も同じクラスだったので、2年連続、ボクも周ちゃんも彼女とはクラスメイトということになる。


「――あの子、特別な知り合いか何かなの? それとも、因縁か何かあるとかぁ?」


 真っ白いベッドに寝転がっていると、そのつもりでなくても眠気を覚えて、ボクは欠伸しながら間延びした声で問う。

 木渡中学校に転入してからも、雪姫乃ちゃんからの異世界レクチャーは毎日続いていた。

 最近は、以前彼女のクラスメイトだった彼ら――いずれ3年2組に進級するだろうメンバーについて、その性格や行動傾向、習得するスキルや魔法の種類なんかを説明されている。

 しかし前に雪姫乃ちゃん自身が口にしたように、同じ人間でも、アルファとベータとではそれぞれ差異があるらしい。つまりあくまで、参考程度の情報ということだ。


 もしくは、クラス分けの結果が異なってくる場合もあったので、アルファ世界では3年の別のクラスに進級した生徒についても、雪姫乃ちゃんはよく話していた。

 だが、その中で1人だけ例外があった。それが甘露寺ゆゆだ。

 甘露寺さんについては、雪姫乃ちゃんは一切触れようとはしなかった。まるで見えないものか何かのように振る舞って、話題にしなかったのだ。


 話す必要がないということならそれでもいいと思って、いたけど。


「なんかぁ、妙に、気にしてるよね。よく視線を向けてない?」

「えっと……」


 雪姫乃ちゃんは困っているようだった。ボクの発言に驚いているようだ。


「私、だって、あなたには顔も見えていないのに――どうやって?」

「え~……」


 説明するのは――難しいな。

 それにどこか、気恥ずかしい気もする。

 でもボクは欠伸を噛み殺して、きっと天井あたりに浮かんでいるだろう彼女に向けて言う。


「何となく……キミの見ているものとか。感じてることとか……ふわふわ~って、読み取れるんだよぉ。最近になって、だけどね」

「そう……なんですか?」

「うん、たぶんだけど。だから甘露寺さんには、何か特別な感情があるのかなって」

「…………」


 雪姫乃ちゃんはしばらく黙り込んでいた。


「甘露寺、さんは。……彼女は――」


 でもそれから、彼女は少しずつ話し出した。

 重い口を開いたのは、もしかしたらボクの言葉がほんの少しは、その胸に響いたからかもしれない。


 その後の話はよく憶えている。忘れようもないことだったからだ。

 用事で抜けていた保健医が戻ってくるまで、ボクはずっと、彼女の辿々しい話に相槌を打っていたのだった。



 +     +     +



 中学3年生の9月が来た。


 ボクは修学旅行に向かうバスの中に居た。


 周ちゃんは車体のちょうど真ん中あたりの通路側の席。

 通路を挟んだ右側の席には雪姫乃ちゃんが座っている。2人は偶然、座席の位置が近かったようだ。


 ボクはといえば左側の座席の1番後ろ。窓際の席だ。

 隣には、3人席がないので余ってしまった原健吾が座っている。その右側には、石島と河村が座って3人で何やら騒いでいるようだ。

 ボクはこの3人のことが好きではない。嫌いとはっきり言った方が正しいだろう。こいつらは抵抗しない周ちゃんを虐めて、それを楽しんでいるような最低な人間なのだ。


 すぐさま止めさせようとしたが、雪姫乃ちゃんはそんなボクの行動を見咎めた。なるべく、アルファとベータの世界を相違させたくなかったんだろう。

 そう、すぐに理解できたけれど、納得するには時間がかかった。

 でも今ならよく分かる。あのとき本当に飛び出して、周ちゃんを守りたかったのは――きっと、ボクじゃなかったはずだ。


「何のスキルを付与されるのかが第一の関門ですね。それに魔法も。光属性の魔法が使えれば、間違いなく有利です」


 バスの中。無言で車窓から外を眺めるボクに対し、いつになく雪姫乃ちゃんは饒舌だった。


「序盤は、とにかく目立たないように。なるべく数の多い集団の中に留まってください」


 うんうん、わかってるよぉ。もう何度も聞いたし。

 バスの運転はとにかく荒い。シートベルトをした腹部に、何度かいやな衝撃を覚える。

 ……もうすぐこのバスは、玉突き事故に巻き込まれるのだ。

 そしてクラスメイトは全員死んで、異世界へと転生する。ボクも含めて。


 不思議と感情は落ち着いていた。

 とにかくボクはその後、頑張らなくちゃ。周ちゃんを全力で手助けして、彼を生かさなければ。

 目を閉じて、集中を高めていく。1度のミスも許されない、危険なゲームになるだろう。

 でも雪姫乃ちゃんがいれば、きっと大丈夫だ。ボクは既に、彼女を信じると決断している。

 彼女と協力して、ボクは――


「それでは、ここでさよならです。合歓木くん」


 思わず、振り返っていた。


 一瞬、原が気味悪そうにこちらを見るがすぐに目を逸らす。どうでも良かった。

 ボクは唇がほとんど動かない程度に、小声で囁く。


「……一緒に行くんじゃないの?」

「そうしたいのは山々ですが――そういうわけにはいきません。私はここで、お留守番です」


 お留守番? どうして?

 次はボクの胸中の疑問を明確に読み取ったのだろう。未だに姿を見せないその子が、答える。


「私は……神さまになった鳴海雪姫乃は、いくつもの、小さくて微量な私に分かれていますから」


 それは初めて聞く話だった。というより意図して、話さないようにしていたのだろう。


「他の神々の目を欺くために必要な手段でした。そのおかげで準備も着実に整ったと思います。

 でもその代わりに、この私には、異世界から日本(ここ)まで戻ってくる、一方通行の力しかありませんでした」


 つまり――また異世界に渡る力は、残っていないということ?

 静かに目を見張るボクに、努めて穏やかな口調で雪姫乃ちゃんは言う。


「あなたを見送って、それで、この私の役目は終わりです。いずれ力も尽きて、消えゆく定めなのです。

 でも安心してください、個体同士の記憶は共有されていますし……【キ・ルメラ】に到着したら、次の私が役目を引き継ぎ、あなたを導きます」


 バスがガードレールを曲がる。

 身体が前のめりに傾く。前の座席を掴んで、ボクはそれから、


「こういう言い方は、変かもしれないけど」


 と前置きした。雪姫乃ちゃんは何も言わない。


「キミと一緒にいて、楽しかったよ。キミは、もしかすると――」


 どうしようかな。あんまり恥ずかしい言葉は言いたくない。

 でも、この子は……雪姫乃ちゃんは聡明な子だけど、言葉にしないと伝わらないことだって、あるんだろうな。


 きっとそうだ、と自分を納得させて、ボクは多少気恥ずかしい気持ちを抱えながら、ちゃんと言ってみた。


「――ボクにとって、2人目の、友だちだったのかもしれない。ううん。きっと、そうだったんだ」

「……それは」


 もしかすると。

 そのとき彼女は、泣いていたんだろうか?


 ボクにはそこまでのことは、分からなかったけど。

 でも、すん、と小さく、鼻を啜ったような音がしたのは……気のせいじゃなかったはずだ。


「その言葉は、とても嬉しいことです。本当に、とても。……兄に嫉妬を覚えたのは、これが初めてかもしれません」

「そうなの? ふふ」


 それはボクにとっても光栄な話だ。

 そう言い返そうとした。いつもみたいに。

 でももうそんな時間も、なかったようだった。


 ふわり、と――頭から爪先までもが一瞬、浮き上がるような浮遊感があって。

 その次の瞬間、全身は激しい衝撃に包まれる。


 ドガッ! ガガガッッ! と、固いものが粉砕するような音が耳元で炸裂する。

 車内のあちこちで悲鳴が上がる。絶叫も。しかしそれも、数秒後には事切れたのか、止んだ。

 腹部になにか刺さったのか、そのときにはボクももう、周りのことを気にする余裕はなかった。身体が車体ごと回転して、前後左右も判然としない。


 玉突き事故……じゃないな。もしかしてバスが落下した? ガードレールを突き破って?

 前の方の席にいる周ちゃんはどうなっただろう。もう死んでしまったのかな。


 でもボクもすぐ後を追うのだ。そして必ず辿り着く。

 キミが生き残る未来を、作り出すために。

 それに、ずっとひとりで戦っている女の子の想いを、繋ぐために――だ。


 大量の血を吐いて。

 身体を苛む苦痛の中、意識が途切れる直前。


「…………行ってらっしゃい、合歓木くん」


 確かにそう、声がきこえた。


「小さな小さな、ちっぽけな私の、声を――聴いてくれて、ありがとう」


 そして穏やかに微笑む女の子の顔が、見えたような気がした。

 ボクの記憶はそこで途切れた。



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