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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第七章.アルファからの来訪者編

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163.ギブアンドテイク

 

 雪姫乃ちゃんがそう言った途端、ボクは思った。


 ――この子、本物だ。

 本当にこの子、別世界からやってきた子だ。それほどの情報が、今の言葉には詰まっていた。そう正しく理解できるのも、ボクだけだろうけど。


「……ボクが木渡中学校に転校するって、キミは知ってるんだね?」

「ええ、知っています。それから先のことも」


 間髪入れず声が応じる。


「あなたはまず、創作活動のためだと両親を巧みに説得し、S県に移住して木渡中学校2年生からの転校生になります。

 そこで鳴海周と同じクラスの生徒になったのは、あなたの理事長への要望が少なからず影響してのことでしょう」


 まだ、誰も知らないはずの、()()()()()()()()()()()()()を。

 完璧になぞっていくように、少女の声は語る。


「そして3年生に進級したあなたのクラスにも、当然彼の姿があります。しかし合歓木くん、あなただけは修学旅行には参加しませんでした。

 つまりあなたは交通事故で死ぬことはなかった。3年2組の生徒の中であなただけは、異世界に転生しなかった」

「……うんうん。それでぇ? そっちの世界のボクは自殺でもしちゃったの?」


 半ばおふざけで問うた。雪姫乃ちゃんがどう答えるかなんて、ほとんど察しはついている。あの夢の光景を冷静に思い返してみれば、想像はつく話だ。


 雪姫乃ちゃんは、低く抑えた声で言う。


「いいえ、唐突に、鳴海周を喪ったあなたは……死ぬことすらできなかった。深い哀しみに溺れて、苦しんで、自分の足で歩くことも、筆をとることもできなくなりました。まさしく生きる屍に、なってしまったのです」


 ――うん、そうだろう。

 そうなるんだろう。もしもボクが周ちゃんを、彼を、喪ってしまったのなら。


 だっていま、それを考えるだけで胸が痛い。喉がからからに乾いて、心臓だって、止まりそうになる。

 周ちゃんのいないこの世界なんか、ボクにとって何の価値もないのだ。それをボクはよく知ってる。


 老人みたいな白髪になって。

 血が溢れ出したような赤い目になって。

 自分では歩くこともできなくなって。

 毎日、無気力に、息の根が止まるそのときを待ち続ける自分。


 それは――アルファだかベータだかはよく分からないけれど、でも、あり得る未来だ。

 この髪や瞳は、別世界に存在するボクの、苦しみの象徴なのだ。不思議とそう納得ができた。


「それでキミは、ボクと取引がしたいの?」

「……ええ」


 疲れてきて、シーツの上に倒れこんだボクだったが、問題なくその声はきこえてくる。

 目をぼうっと開いて天井を眺める。そのあたりから声が響いてくる気がするのだ。……そこにキミはいるのかな? 姿形のない、周ちゃんの妹ちゃん?


「あなただけが、イレギュラーだから」


 ここでボクを説得にかかるつもりなんだろう。雪姫乃ちゃんの口調は今までになく真剣だ。


「異世界に行ったことのないあなたの力と、神の力を行使できるわたしが協力すれば、きっと、未来を変えられるはず。いえ、変えられます、必ず」

「……改めて、取引条件を提示してもらえる?」

「あなたへの私からの要求は、異世界に渡った後、鳴海周の味方として立ち回ってほしい――ということです。もちろん目立たず、サポーターという形で」


 それは予想のつく回答だ。


「ボクはそれで、どんなメリットを得られるの?」

「鳴海周が生き残る確率が大幅に上がります」


 当然、ボクを釣るには周ちゃんの名前を出すしかないだろうけど。

 それにしたって不確定な言い方だった。「絶対生き残る」じゃなくて、確率の話?


 つまりそれには理由がある、と考えるべきだ。

 ボクの目的が、周ちゃんの生存にあるのは前提として――相手の目的は、同様ではないという可能性だ。


「……キミの目的は?」


 数秒の沈黙は、迷いを反映してのものなのか。

 しかし雪姫乃ちゃんは答えてみせた。


「神々を殺すことです」


 凍りついたような。

 温度のない声音だった。それでいて、そこには強靭な意志が感じられる。


 やはりこの子の目的は――周ちゃんの――より正確に言うなら、()()()()()()()()()の生存じゃないのだ。


 だってそれが目的なら、ボクになんか助けを求める必要はない。周ちゃんに直接注意喚起すればいいのだ。修学旅行に行くなとか、そんな風に。

 でもそうはしない。ボクを使って、ただ周ちゃんの手助けをさせようとしている。その姿勢は、周ちゃんの生存に消極的に賛成だからこそ、取られる形だ。


 おそらく、出来ればそうしたい、と考えてはいるのだろう。

 それでも第一の目的ではない。神々の殺害の邪魔になるなら、こちらの排除も厭わないのかもしれない。


 だけど、彼女が素直に自分の目的を明かしたことに、ボクは少なからず驚いていた。

 ボクを味方に取り入れるつもりなら、騙して都合の良い嘘をつけばよかった話なのだ。


 というのも、雪姫乃ちゃんは頭の回転が速い。少し話せばそれくらいはわかる。

 別世界からやって来た彼女には大きなアドバンテージがあるのだから、情報量で圧倒してボクをねじ伏せることもできたはずなのに。

 でもそうはしなかった。そんな彼女の態度に純粋に、感心していた。


「私の目的を達成するには、ベータ世界の兄さんが最終局面まで生き残る必要があるのです。同時に兄さんの、味方も増やしたいと思っています」

「味方?」

「はい、味方。頼りになる、協力できる、信頼できるお味方です。その方が生存確率もぐっと高まりますから」


 なるほどぉ、といちいち頷くふりをしながら、心の片隅で考える。

 もっともらしいことを言ってはいるけど……この子、まだ、なにか隠してるな。

 でもその詳細までは掴めない。推理するには、ボクが得ている情報自体が圧倒的に少ないのだ。


 そしてそれならば、解決方法は1つしかなかった。


「いいよ、協力するよぉ」


 とにかく味方顔をする。

 ギブアンドテイクだ、納得だ、って表情を作っておく。

 それは人付き合いの苦手なボクにとってはひどく疲れることだが、でも、やってみるしかない。

 周ちゃんのためなら、ボクはそれくらいのことなら乗り越えられるのだから。


 それでこの子から、異世界とやらのことや、アルファ世界の情報を引き出してみよう。

 断片的なものだって構わない。パズルのピースだって繋ぎ合わせていけば大きな絵になるみたいに、それ単体では価値のない情報だって、いずれは意味が広がっていく。

 そして雪姫乃ちゃんは信頼が置ける、と判断したときは――約束通り、ボクは彼女に力を貸せばいい。


「あ、ありがとうございます……! 良かった、あなたの助けが得られて。本当はすごく……いえ! 少々、不安だったものですから」


 雪姫乃ちゃんはあれでも気を張っていたのか、かなり安堵に和らいだ声を出した。

 その顔がもし目の前で見えたなら、きっと気の抜けた笑顔をしていることだろう。ボクも薄く笑ってみせた。


「積もる話はあるだろうけどぉ……ちょっと疲れちゃってさ。とりあえず、下で食事してきてもいい?」

「ええ、結構です。幸いまだ時間はありますから」


 ボクはその言葉を合図に腰を上げる。

 それから部屋の外に向かおうとして……「ああ、そうだぁ」と声を上げた。

 自分でもちょっと、わざとらしい口調だと思った。母に似たのは顔くらいだから、演技はそう得意じゃないのだ。


「何でそっちの世界のボクが修学旅行に行かなかったかは、わかる?」


 一瞬、雪姫乃ちゃんは沈黙した。


「それは……。参加が面倒だったから、とか?」


 こういうときはこの子、嘘つくんだなぁ。

 ボクは思わず苦笑する。彼女が本当に鳴海雪姫乃であるなら、ボク以上に、その理由を彼女は知っているはずなのだ。


「いいよぉ、取り繕わなくて。正直に言ってよ」


 ボクがそう言うと、若干気遣わしげに雪姫乃ちゃんは答えた。


「……その。気分を害してしまったらすみません。

 アルファ世界のあなたと兄は、あまり、仲が良い風には見えなくて。それが原因かな……とは」


 ――そうそう。それが理由だろうね、きっと。

 と言ったって、ボクもまだ周ちゃんに再会してないわけだから、半信半疑なんだけど。


 探偵からの報告でわかったことがある。

 ボクを庇って、トラックに弾き飛ばされた周ちゃんは、強く頭を打った。

 その結果、彼にはある症状が見られたのだという。


「そうだよ。たぶん周ちゃん、ボクのこと憶えてないだろうから」


 記憶障害、だ。




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