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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第七章.アルファからの来訪者編

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161.姿の見えない女の子


本日から第七章「アルファからの来訪者編」に突入します。よろしくお願いします。



 朝起きたら、白髪になっていた。


「…………うん?」


 あれ、寝惚けてる?


 ボクは鏡の前に立ったまま、その一房の髪を手に取った。

 根元から毛先まで、見事に真っ白なのだ。驚くべきことに、他の色の髪は見る限り1本たりともなかった。


 というか、髪の毛だけじゃない。それを眺める眼球の色だって――赤かった。

 充血とか、そういう程度で語れない程度に、光彩の色がそもそも異なっている。


 いやいやいや、何だコレ?

 ボクは髪を掴む手の反対側の手で眼球も掴もうとしたが、さすがに眼窩に押し込まれたそれまでは握れず、両腕こんがらがったまま上半身をぐにゃーんと傾けた。


 気のせいでなければ、ボク――合歓木空(ネムノキソラ)の髪の色は、昨日まで黒髪だったと思う。

 眼球の色も、茶色がかった黒目だった。両親とも日本人なのだから、ごくごく一般的な色素だろう。

 でも今、インドの奥地で膝を折り畳む弱った象と同じ、アルビノの色をしている自分。


「…………うーん」


 寝る前に、特に変わった出来事もなかったと思うけど……。


 とりあえずボクは振り返って、自室の様子を確かめてみることにした。

 おかしくなったのがボクの外見ではなくて、視力の可能性が少なからずあったからだ。

 つまり、ボクは今も黒髪黒瞳の子どもなのに、それを両目が正しく認識できていない可能性。

 周囲の物の色が常日頃と違うように映るならば、その仮定が事実として確立する。

 しかし幸いというべきか微妙だが、周囲のものはボクの記憶通りの色合いをしていて、やはり異物は自分ただひとりなのだった。


「まぁ……いいか?」


 いや、良くはないんだけどね。

 自分に自分でツッこみつつ、とりあえず顔を洗うことにする。

 水道の蛇口をひねって、冷たい水を浴びる。

 ふと鏡を見ると、老人のような白髪が肌にまとわりついている光景は気味悪かったが、四の五の言ってはいられない。


 洗顔を終えてタオルで顔の水滴を拭き取っていく。

 ふぅ、と息を吐いてから、もちろん保湿も忘れない。乾燥は美容に大敵だ。


 白髪頭のボクはこれからのことを、ぼんやり頭の中で考えてみる。


 幸い今日は土曜日。学校は休みなので、さらし者になることはないだろう。

 そもそもボク、普段からほとんど学校には行ってないけど……今日と明日は親が形ばかりの注意をしてこないのも、まぁまぁ幸運。

 できればヘアカラーリング剤を使って、早々に黒髪を取り戻すべきだろう。それから瞳の方は……カラコンでも入れて誤魔化すしかないか? 面倒だなぁ。

 やれやれと肩を竦める。突発的に、しかも自分自身の許可なしにイメチェンを果たすとは、どういう了見なんだろう……。


「おはようございます」 


 出し抜けに、可愛らしい女の子の声がした。


「今、あなたの脳に直接語りかけています。……なんちゃって」


 くだらない冗談をききつつ、ボクはとりあえず声の聞こえてきた方角――背後を振り返った。

 しかし、そこには誰もいなかった。


 ……何だろう。イメチェン(オート)に引き続いて幻聴? シャレにならないレベルになってきた。

 さすがにどうしたものかと思っていたら、その声は続けて問いかけてきた。


「あなたは、鳴海周(ナルミシュウ)を知っていますよね?」

「もちろん知ってるけど。というより、周ちゃんのことを忘れた日なんて1日もないんだけど」


 もちろん知っている。

 というより、忘れた日なんて1日もないだろう。彼のことを。


 だがそれは口に出さないほうがいいか。不法侵入者に、こちらの情報を不用心に与えるべきじゃない。

 って思っていたのに遅かったよ。もう全部ぺらぺら話しちゃった。だって周ちゃんの名前を出されてスルーするなんてこと、ボクができるはずないじゃないか。

 まぁ、言ってしまったからには、いっそ全部語ってやろうとボクは口を開く。


 周ちゃんに出会ったのはもう4年も前のこと――小学3年生の頃だ。


 私立の小学校に通うボクは、とにかく不自由な学校生活にうんざりしていて、あの日も迎えのバスに乗らないで好き勝手に知らない場所を歩いていた。

 舞い散る葉っぱを追いかけていて、辿り着いたのが寂れた公園だ。

 さすがに歩き疲れたのもあって、青色が剥げたベンチに座って、ぼーっと空を眺めていた。

 ふいに気配を感じて顔を上げたら、目の前に、同い年くらいの男の子がびっくりしたような顔で立ち尽くしていたのだ。


「やあ」


 と確か、ボクは言った。その子も「やあ」とどもりながら、返してくれたと思う。

 それから何となく、話をした。気がついたら勢いづいて、たくさんの話をしていた。

 その子は――周ちゃんは、ボクの話に興味深そうに頷いて、へぇとかわぁとか、至極感心していたから。

 今まで、ボクは何を話しても、周囲の人間に笑われたり、呆れられるばかりだったから……そんな周ちゃんの反応は新鮮だった。


 その頃ボクは、両親のことを殺したかった。

 父親はエリート官僚で、母親は一世を風靡した元宝塚のトップスター。

 その子ども、しかも長男のボクは、それなりの期待を背負わされてこの世に産み落とされてきた。

 でもボクは、両親の期待には応えられなかった。応える気もなかったのだ。自分の好きなように絵を描いて、ただそれだけで幸せだった。だからそういう風に振る舞ってきた。


 でもそんなボクを、誰もがさげすみ馬鹿にした。

 橋の下で拾われてきたんじゃないのかなんて、面と向かって教師から言われたこともある。ボクみたいな人間は、完璧な両親に相応しくないと言いたかったのだろう。

 実際にその頃、両親も同じようにボクの教育に躍起になっていた。学校に行きたがらないボクの尻を叩いて、家を追い出した。毎日休むことなく習い事に通わされた。完璧な子どもを目指して、調教していったのだ。


 不自由さに囚われていく中で、その起点ともいえる両親を憎んだのは当然の帰結といえよう。


「でも、あなたにとっての両親の意味を、変えさせた人が居た」

「そう。それが周ちゃんなんだよぉ」


 ボクはしきりに頷く。


 周ちゃんは、ボクと同じく、父親を殺したいのだと話していた。

 しかしそれ以上にボクの興味を引き立てたのは、彼が父親を殺したいその理由だった。


 ――母親のために、と彼は言った。


 もちろん、他人のためにやることは、結局自分にとって価値がある。大抵のことは。

 しかし彼の場合、どうにもそこには当てはまらない様子だった。彼はただ、母親の笑顔を奪ってしまう父親という暴力的な装置を、排除しようと考えていたのだ。


 究極的なまでの自己犠牲。

 彼をそう至らしめたであろう母親の存在に気づきながらも、敢えて、犠牲になる覚悟。

 あの病的に息子を縛りつける母親や、姿を見たことはない父親よりきっと、彼はずっと利口で、おそろしく優しい生き物だった。

 よくあつのけものだ。自分がぺしゃんこにされていると知りつつ、自分を踏みつける人のために戦うのだから。だから可哀想で、格好良いのだ。


「彼に出会って、その言葉をきいたら、自分の常識があんまりちっぽけで嫌になったんだよねぇ。あと意外に、自分の両親がまともだと思ってしまった」

「まとも、ですか?」

「ボクにとっては未だに人生最大の失敗だけど。トラックに轢かれかけたボクを庇って、周ちゃんが事故に遭ってしまったとき……ものすごくフツーの親みたいに、周ちゃんの母親に頭を下げてる姿を見たんだ」


 怪我一つないボクと違って、ボクを庇ってくれた周ちゃんはひどく頭を打ってしばらく病院に入院した。

 その間、ヒステリーを起こした周ちゃんの母親は、決してボクと両親を病室に通さなかった。

 周ちゃんが怪我をした原因であるボクに至っては、病院にも近づくなと激怒されたほどだ。

 その怒りももっともだった。ボクは周ちゃんを、ただひとりの大切な親友を自分のせいで失うところだったのだ。


 話し合いは難航したようだったが、ボクの両親が治療費を負担し、今後ボクは一切、周ちゃんに近づかないという約束で話は収まった。

 もちろん、ボクはそんなのは嫌だった。でもそう言える状況でもなかったのだ。そしてボクはやっぱり、どうしようもなく子どもだった。

 いろんな感情がごちゃ混ぜになって落ち込むボクを、母親は泣きながら抱きしめてくれた。父親は頭を撫でてくれた。


「相手の子の怪我も、ちゃんと治る。だから空もそんな顔してちゃ駄目だ。せっかくその優しい子が助けてくれたんだから――」


 と、忙しくて滅多に話をしない父親は、何度もボクに語りかけていた。


「まぁ、その頃からボクの絵ってマニアを中心に売れ始めてたしぃ。せっかくの稼ぎ頭を失いたくないって気持ちが強かったんだろうけどぉ」

「……そうでしょうか? ご両親はちゃんと、あなたを愛しているように感じましたが」

「どうだろねぇ。とにかく、そんな感じで……ボクのバクゼンとした殺意は薄れていったんだよ。だからといって、彼らに愛情が芽生えたわけではないけれど」


 そう。

 殺意がなくなったら、残ったのは無関心だった。

 ボクは今、殺したいと願うほどの執着を両親に感じていない。

 同じ家に居て、血が繋がっているだけの赤の他人。でもそれは幸せなことなのかもしれない。こうなった以上、もうボクは彼らを殺すことはないだろうから。


 その認識には、少なからずとも、周ちゃんとの出会いが影響しているのだろう。

 あの出来事は、既に中学1年生になったボクにとっても、まったく色褪せない記憶だった。


 ……って、それはそれとして。


「で、そういうキミは誰? 今どこにいるの?」

「うーんと。あなたが私の声を聞き取れるまで、丸々4年かかりましたので……姿が視えるようになるには、もっとかかるかもしれません」


 ン?

 何か気になることを言われたな?


 ツッコんでおこうかと思ったが、それより先にその声がぺらぺら喋っている。


「でも何者か、ということなら答えられます。私は鳴海周の妹の――」

「はいダウト」

「んなーっ?!」


 でもその発言にはあっさり言葉を挟めた。

 声の主はかなり慌てたのか、上擦った声で言う。


「な、なぜダウトなんですか。ダウトではありませんよ。純然たる真実なのですがっ!」

「4年前に会った周ちゃんは、両親と3人で暮らしてるって言ってた。その後生まれた子どもにしては日本語が流暢だしぃ」

「そんな! 日本語がペラペラの4歳児だってどこかには実在するはずです!」

「どこかには居るかもしれないけど、キミがそうだって保証はないよねぇ」

「うっ……」


 そこで黙っちゃうのか。

 ボクは思わず笑いながら、


「……なーんちゃって。キミ、それじゃあ鳴海雪姫乃(ナルミユキノ)なの?」


 と問うた。

 その瞬間、なんだか微細に空気が震動したような気がする。姿も見えない相手なのに、その幻の身体が震えでもしたのだろうか?


「…………そうですけど。そうなんですけど。あまりに釈然としません」

「面白いからすっとぼけただけだよぉ。知ってるよ鳴海雪姫乃。探偵雇って、周ちゃんの身の回りのことは一通り調べてるしぃ」

「せ……性格……性格が、悪い!」


 ギャンッと思いきり叫ばれた。

 周ちゃんはわりと物静かだったけど……妹の方は、けっこううるさいなぁ。




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