表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
番外編Ⅱ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

173/234

番外編6.ロスト・メモリー2


 クラスで起こっていたのは、いじめだった。


 しかし実際にその様を、目にしたわけではない。それくらい陰湿な行いだったのだろう。 


 たとえば昼休みや放課後になると、よく、その生徒は3人の男子に前後を挟まれるような形で姿を消した。

 でも、次に教室で姿を目にしたときに驚いたことがある。生徒は――鳴海周(ナルミシュウ)くんは、片足を引きずっていた。

 偶然目にした手首のあたりに、濃い痣が見えたこともある。制服の袖で隠していたけれど、見間違いではなかった。


 わたしは怖くて何もできなかった。

 でも凛は、そんな現状を黙って放っておくような人間ではなかった。


 放課後、掃除当番でふたりで教室の掃除をしていたとき、凛が言い放った。


「鳴海くん、石島くんたちにいじめられてるよね」


 直球だった。

 思わず、手足が震える。握っていた雑巾を、落っことしそうになった。


「……そう、だと、思う」


 どうにかわたしはそれだけ答えた。

 凛は深く頷いてから、固い口調で言った。


「って――私、一度、鳴海くんに直接訊いたんだ」

「えっ……」


 もう既に行動を起こしていたのか、とわたしはただ驚くばかりだった。

 しかし凛の表情は暗い。暴発しそうな感情を抑えているような、危うさを感じた。

 叫び出したいのに、叫ぶ場所がないから困惑しているような顔つきだった。


「でも――淡白な反応だった。怯えてるって感じでも、なくて……「違うよ」ってアッサリ、否定されちゃった」

「…………」


 何となく、本当に何となくだが、彼がそんな風に対応する姿が想像できた。

 鳴海くんはいつも、何でもないみたいな顔をしているから。

 それが強がりにも見えない。虚勢では、ないのだろうと思う。

 どんなときも彼は平静だ。そしてその、至って落ち着き払った態度が、石島くんたちをより過熱させてしまっているのかもしれない。それはあまりに、勝手なことだけど。


「だからね、私、先生に相談しようと思ってて」

「先生……今井先生に?」


 うん、と凛が言う。手にしたホウキの先端に、顎を乗せるようにして。


 今井信克先生。3年2組の担任の、眼鏡をかけた三十代の先生だ。

 でもわたしはそれを訊いて、少し不安になった。


「……今井先生、は…………」


 普段から真面目で、でも生徒のおふざけを笑って返してくれる程度に茶目っ気があって、人気の先生だ。

 生徒からは「ノブ先生」と呼ばれて慕われている。決して悪い先生では、ないんだろう、とは思う。


 だけど2年生の頃、職員室に呼び出されて……ふいに手を、握られたことがある。

 驚いて身を引こうとするわたしの手を、手の平で舐め回すみたいに転がして、笑っていた。


「いやー、水谷内は本当に優秀な陸上選手だからなぁ。先生も鼻高々だよ」


 最上級生を担当する今井先生の席は職員室の隅っこで、他の先生たちは誰も気づいていなかった。

 違う。気づかれないと分かっていて、今井先生はあの席までわたしを呼んだのだ。


 あのときのことを思い出すと、今でも恐ろしくなる。怖くて怖くて、声も出せなかったことを。

 しかし凛は、今井先生に相談する方針を変える気はないようだった。優等生の凛は先生に気に入られていて、よく2人で話す姿も見かける。


 ――今さら、そのことを凛に話してみるべきだろうか?

 わたしは迷った。でもこのタイミングで言い出したら、逆に不審に思われてしまうかもしれない。

 先生を純粋に慕っている様子の凛が、もしわたしを軽蔑してしまったら?

 ……そう思うと、とてもじゃないが口にできなかった。


 それなら、とわたしはもうひとつの提案をする。


「なら、わたしも一緒に行くよ」

「ううん。私ひとりで大丈夫だよ」


 しかし凛は間を置かず首を振った。


「流は陸上部の県大会、近いでしょ? ていうか掃除切り上げて練習行っていいからね」

「でも、凛だって吹奏楽部の活動が」

「まだ私は大会まで時間あるもん。平気だよ」


 でも――、と言いかけて、言葉を呑み込む。

 凛はそうと決めたら、曲げない。何があってもやり通す子なのだ。

 一度断られた以上、もう、凛はわたしを連れて行く気はないのだろう。


 黙り込んでしまったわたしを気遣ってか、近づいてきた凛が軽くわたしの肩を叩いた。


「今日はそれとなく、話してみるだけにするからさ。いずれは虐めを止めさせる方向に持っていく。先生の協力があれば、うまくいくと思うから」

「…………うん」


 凛が笑うので、わたしも笑った。随分とぎこちないものだったかもしれないが。

 きっと凛なら、やり遂げてくれるだろうと思う。わたしのことも救ってくれた凛なら。

 ……でもこの、得体の知れない不安は何だろう?


 それから1ヶ月が経った。


 凛は順調に、話し合いを進めているらしかった。わたしはその頃になると安心し始めて、すっかり気を抜いていた。

 県大会で自己記録を更新して、部の活動にも気合いが入っていた。東京都で開催される全国大会でも満足のいく結果を残したかった。去年は広い会場に変に緊張して、予選落ちだったのだ。


 ある日、教室に水筒を忘れて、埃っぽい体育着にジャージを引っ掛けて、慌てて取りに戻った。

 教室には人の気配はなかった。電気も消えている。

 後ろ扉を開けて、自分のロッカーにそのまま進もうとした足が、違和感を感じて止まった。


「…………?」


 朝礼台の後ろ。小さな物音がした。

 ……誰か居る?


 わたしは恐る恐ると首を伸ばして、そこを覗き込んだ。

 もし誰か、体調が悪くてうずくまってでもいたら、放ってはおけないと思っていたけど……その人物は、わたしのよく知る相手だった。


「…………凛?」


 びくっ! と細い肩が跳ねる。

 顔を上げた凛は何か、恐ろしいものでも見るようにわたしの顔を見た。


「え、あ……」


 狼狽えたように甲高い声を発して、喉を抑えている。

 様子がおかしかった。わたしはびっくりしながらも、ようやく声を掛けた。


「どうしたの、凛……こんなところで」

「流。ううん、あの――何でもないの」


 がたんっ、と朝礼台が軋む。凛がそれを支えに立ち上がったのだ。

 スカートの埃を払って、それから凛がにっこりと笑った。


 でも頬に涙の跡があった。乱暴に拭ったような、それでも消えない跡が残っていた。


「泣い、てたの?」


 わたしはぎこちなく問うた。

 凛が泣いたところを、今までわたしは見たことがなかったのだ。


「……今日も、今井先生と話してきたんだよね?」


 凛は何も反応しなかったが、間違いないはずだった。

 昨日、凛がそう言ったのだ。明日も会議してくるね、と。


 しばらく、薄暗い教室に沈黙が流れた。

 いつもは凛が華やかに喋って、わたしはそれに相槌を打っていたけれど、いつまでも、そうはならない。

 ひどい動悸がしていた。何かを間違えてしまったんじゃないか。いつの間に、もう戻れないところまで、来てしまったんじゃないか……。


 そしてわたしは、凛の反応を試すために――その言葉を口にした。


「わたし、代わりに行ってくるよ」


 変化は劇的だった。


「だ、駄目。それは駄目!」


 元々青白かった顔色が、ますます悪くなる。

 凛はわたしの手を掴んだ。その冷たさにわたしは身を竦ませる。

 後ろに下がった拍子に太腿の裏側が机にあたって、僅かに痛んだ。


 見開かれた目には、危うい光が宿っている。

 凛を輝かせていたはずのその光は、今や傷ついた彼女自身のように鈍い。


 ――何か、あったんだ。

 言葉にできないようなことが。恐怖が。凛をこんな風にしてしまったんだ。


 わたしは凛をひとりで行かせてしまったことを今さら悔やんだ。

 だけど言葉が――出てこない。無理やり聞き出すべきなのか? でもそれは、ますます、凛を傷つけてしまう……。


 狼狽えるわたしに、凛が縋りついてくる。


「ごめんね。でも、行かないで。お願い」

「凛……」

「流、ごめん。鳴海くんのこと、私助けられない。ごめん、ごめんなさい……」


 どうしようもなくて、わたしは凛を抱きしめた。

 凛の身体は震えていた。冷え切った細い身体だった。

 わたしの目からも大粒の涙がこぼれた。


 ああ、どうしよう。

 どうすればいい? たった1人の親友のために。

 どうしたら、凛のために、わたしは――――――


「…………ナガレ?」


 はっ、……として、顔を上げる。

 意識が浮上する。すぐそこに、心配そうに眉を下げるシュウが居た。


「あ……」

「どうしたの?」


 そうだ。

 もう……リンは居ないんだ。今さら、そんなことを思う。


 わたしがリンを殺した。あんなに優しかった人を、殺めてしまった。

 それから自暴自棄になった。いつ死んだって当然だ、それが相応しい罰だと思い込んでいた。


 だけど崖から身を投げようとしたわたしの手を、あのときも――その声が、引っ張り上げてくれた。


「何か、怖いことを思い出した?」


 シュウは、優しい。

 今も、わたしが怯えないように静かに、ゆっくりとした口調で話しかけてくれている。それがすぐに分かる。

 彼と話していると、わたしは安心する。この人はきっと、わたしが喋り出すのを、ただ静かに待っていてくれる。

 たとえいつまでも喋らないとしても、根気強く、傍にいてくれる。……リンがそうだったように。


「…………うん」


 本当は「ううん」と首を振って、誤魔化すつもりだった。

 でも何となく、嘘を吐きたくはないと思った。まっすぐな目をしたこの人の前では。

 やっぱりどこか、この人は、わたしの大切な親友に似ている。

 まぶしくて、穏やかで、痛みを全部、抱え込んでしまう人。


「でも、シュウには話せない。ごめん、なさい」

「謝るようなことじゃないよ」


 頭を下げると、シュウはやんわりと首を振った。

 それから「さっきの話なんだけどさ」と言う。首を傾げて、その続きを聞いた。


「俺にとっても、ナガレは格好良いよ」


 わたしはきょとんとしてしまった。

 格好良い? わたしが? 思いがけない言葉だった。


「フィアトム城でさ。俺がマエノに襲われてたとき、ヒュッて風みたいに現れて助けてくれただろ?」

「ま、またその話」

「だってそれだけビックリしたからさ」


 シュウが笑って肩を竦める。つられてわたしも思わず笑う。

 そこで、あ、わざとだ、と気がつく。わたしが落ち込んでいたから、わざと、くすっと笑ってしまうようなことを言ってみせた。


 ……そういうところが。うん。

 とても素敵で、憧れてしまう。

 そう伝えようとしたが、


「おーい! シュウとナガレお姉ちゃーん!」


 声のした方を振り向く。

 裏庭に向かって、お家の中からフィリアちゃんが手を振ってきていた。


「そろそろおゆうはんの時間だよー!」

「ありがとうフィリア。すぐ行くよ」

「ううん。私はホガミお姉ちゃんに言えって言われ――何でもない!」


 何かを言いかけたフィリアだったが、慌てたように顔を引っ込めてしまった。

 うん? とシュウと顔を見合わせる。ホガミお姉ちゃん……ホガミさん?


 しかしシュウは肩を竦めるに留め、それから微笑んだ。


「行こう、ナガレ」

「……うん」


 わたしには、未来永劫の罪がある。

 苦しむ友だちを見過ごした罪。

 たった1人の友だちを、殺めた罪。


 今はまだそれを、抱えて生きていくなんて言えそうもないけれど。

 だけど、命を落とすその瞬間まで、彼のことを守りたい。


 あなたを知ってから。

 わたしは、生きるのも死ぬのも、怖くなくなったんだ。




番外編IIはこれで完結です。

次回から「第七章.アルファからの来訪者編」に入ります。引き続きよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ