番外編5.孤独のアリア1
走馬灯なんて、信じたことはなかったけど、もしかしたらコレがそう?
そんなことをあたしは思う。
地面に横たわって、空を見上げてるはずなのに……確かに、いま、あたしには過去の映像が見えているみたいだから。
「明日香は誰か、クラスに気になる男子っているの?」
頭の中を駆け巡るその光景。
それは、そう、中1の4月。
あたしは制服を着ていて、周りのみんなもそうで。当たり前みたいに笑っていて、ふつうに、幸せそうで。
恋バナなんて特にそう。女子で嫌いな人なんて居ないと思う。鉄板の話題だしね。
佳南の問いかけに、やっぱりあたしも、にやって笑ってこう答えていた。
「いる。……鳴海」
きゃー! って、かしましい歓声が上がる。
佳南はびっくりした顔をして、
「え、それって妹の方?」
などと言うので、机についていた肘がずり落ちてしまった。
「何でよ。兄の方でしょ、フツーに」
「ああ、そうよね。兄よね。……ああいうの好み?」
大人っぽい土屋佳南は、中学に入ってから出会ったばっかだけど、意気投合して、今では同じグループに所属している。
一緒に軽音部にも入ることにしていた。たぶんこれからも、つるむ相手になりそうだと思っていた。
それにいま机を囲んでるのは、榎本くるみと、大石翼。こいつらはどうだろ。
榎本は顔はそれなりだけどちょっと地味。翼は男の子みたいな顔で、しかも顔面に目立つニキビがあって微妙。うーん、まぁこれからふるい落としていけばいいか。
「好みっつーか、顔はそれなりかなって。あと付き合いだしたら言う事なんでも聞いてくれそー」
「なにその理由」
けらけらと声を上げて佳南と笑う。
うちのクラスの男子、まぁ、それなりのヤツはちらほらいるんだよねぇ。
中でもあたし、結構、鳴海はいいなって思ってた。まず顔がかわいい。一回話しかけたら、受け答えが面白いわけじゃないけどちゃんと話は聞いて相槌してたし。レベルの低い男子だと、そういう最低限のマナーもなってなかったりするもんね。
あとは前野隼人。こいつはかなりイケメン。仲良い先輩には、既にサッカー部のエースとして期待されてるとか聞いた。有望株だ。
その前野と同じグループの高山もまぁまぁ格好良い。でもまぁ、あいつを選ぶなら前野の方が上かな。
それ以外は……まぁ、大したことないな。佐野は顔は合格点だけどすげー馬鹿っぽくて、よく教師に呼び出されてる。
河村はキモいし、原は根暗だし、石島は暴力的だし。そこらへんもそれ以外も論外。
で、あたしはそうと決めれば実行するタイプ。
せっかく中学生になったんだし、それなりのステータスの男子をさっさとゲットして、他の女とは差をつけたい。
この会話もその一環だ。つまりアピール。他への牽制。あたしは鳴海を狙うんだから、わかってるよね? っていうのを、遠回しに伝えるための。
「あの、くるみ……」
でもこれから面白くなるってところで、教室の外から誰かの声がした。
振り向くとすぐ目が合ったが、逸らされた。しかも柱に隠れた。はみ出てるけど。
……誰だったかな。クラスメイトだったと思うけど。
「瑠架」
榎本が椅子から立ち上がった。ああそうだ、と思い出す。
竹下瑠架。お相撲さん体型で三つ編みの女子。たまに榎本と話してたっけ。
榎本は何か言おうと、あたしたちの方を見た。
でもあたしはその前に滑り込みみたいに質問を繰り出した。
「榎本さ、竹下と仲良いの?」
あたしが訊くと、榎本は困ったように笑った。
「仲良いっていうか……仲良いのかな?」
「何だそれ」
ふは、と翼が噴き出す。単純に面白いと思ったみたい。
あたしと佳南も、表面上はにこにこ笑った。でもその意味合いは翼とは全然違う。面白くないから、笑ってやったんだ。
竹下瑠架。あいつは正直、無いでしょ。
容姿は話になんない。暗いですぅ~オーラがぷんぷん出てるし。ネタキャラとしても大して活躍しなさそう。すぐ泣いて家に引きこもってママに泣きついてそう、ウケる。
「ごめん、今日委員会でさ。それだけだから。抜けるね、また明日!」
榎本は雰囲気が変化したのに気がついたのか、慌てたようにそう言って、荷物をまとめて出て行った。
竹下は安堵したような顔をしたが、そのくせ一瞬、あたしの顔を睨むようにしていた。うはあ、感じ悪ーい。顔ブスで性格ブスじゃ、もう救いがなさすぎない?
……まぁいいや。そういうレベルのやつと一緒にいるってことなら、榎本は切り捨てよう。
って意志をアイコンタクトで遣り取りして、佳南と笑い合う。翼はよくわかってないみたいで、首を傾げて不思議そうにしてたけど。
――そこで映像に、急に、ノイズみたいなものが入る。
何か他の記憶が、乗っ取ろうとしてるみたいだ。意識が混濁してるせい? それともそっちのほうが印象深いから?
何、いいでしょ。別にさっきのままで。
あたしはそう文句を言おうとしたけど、その前に、
「明日香さー、鳴海のこと好きって言ったよねー?」
間延びした、それでいて険のある声が突き飛ばすみたいに言い放った。あたしはその言葉に、戸惑って立ち竦んでいた。
あたしは廊下の隅に立ってた。
目の前には、佳南。さっきまでとは違う、ニヤつくような小馬鹿にするような顔と声音で、あたしのことを見ている。
ちょっと困った様子の榎本と翼もその後ろに佇んでいる。でも佳南のことを止めてくれようとはしない。ただ、おろおろしてるだけだ。
「……前、気になってるとは言ったけど」
「だよねー」
……なに? なんなの?
明らかに佳南の様子はおかしい。あたしへの悪意みたいなものを露骨に前面に出して、それを隠そうともしてない。
あたしは風邪を引いて、木曜から休んでいた。
週明けに学校に来たら、もうこんな感じだったのだ。理由がわからない。勝手に休んだから? そんなことで? 下らないでしょ、それは。
「ゴメン、休んだのサイテーだよね。でも熱あってさ、学校来られなかったから」
でも……そんなつまんないことで友だちを失うってのは、もっと下らなくてサイアクだ。
あたしはちょっと苛立ったけど、素直に手を合わせて謝った。これで佳南が溜飲を下げれば、それで良いやと思ってた。
しかし佳南は首を振る。どうやらあたしが休んだことに、その態度の原因があるわけではないらしい。
「榎本、説明したげてよ」
「あー……」
指名された榎本が、困惑しながらも、ぼそぼそと呟くように口にした。
「……先週ね。ちょっと鳴海くんが」
「鳴海がなに?」
あたしが食い気味にいうと、榎本はびくついていた。
それから佳南の顔を見上げる。まるで、その意に沿う言葉だけを必死に選び取るようにして。
「猫、を……殺して……?」
「は……?」
猫?
鳴海が猫を殺した?
「その……学校にその死体を……持ってきた、みたい、な……?」
言い淀む榎本にイライラしたのか、佳南が続きを継いだ。
「明日香さ、動物嫌いって前言ってたよね。だから、そういうことなのかなって」
佳南の言葉を聞いて、あたしはポカンとした。
そういうことって、なに?
何ソレ。え、そりゃ、動物は好きじゃないって前に話したけどさ。
てか、あたしに関係ある?
関係あるって、あんたたちは思って、あたしをここに呼びだしたの?
「……あたしが鳴海に猫を殺させたって言いたいの?」
はっきり口にすると、3人は顔を見合わせた。
卑屈な笑みだった。頭がくらくらしてくる。
えー、あたし、今までこんなやつらと仲良くしてたの……?
――いやでも、ヤバい。このまま話が進んだらヤバい。
猫のことは知らないけど、もしもそんなウワサが、佳南たちだけじゃない、他のクラスメイトにも、クラスメイトどころか全学級に伝わりでもしてたら――今まであたしが少しずつ積み上げてきたものが、瓦解する!
いつもならきっと、軽く受け流せたはずなのに。
でもそのときのあたしは病み上がりで、おまけに友人だったはずの人間のアッサリとした裏切りにもショックを受けてて、うまく対応ができてなかった。
そんなとき、後ろから、ある男子の声がした。
「その話、ちょっと聞かせてもらってもいい?」
――また、場面が、切り替わる。




