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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第一章.兄妹の新生活編

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15.攫われた少女


 まずは落ち着いて話せる場所に移動しよう、という話になった。


 でも今にも倒れそうな様子のエノモトさんを連れて、長距離を移動するのは憚られる。

 そこで俺たちは出てきたばかりのギルドにトンボ返りすることにした。

 オトくんは「忘れ物ですか?」と話しかけてきたが、ユキノが肩を貸しているエノモトさんの様子を見ていろいろと察してくれたようだった。


 すぐに喫茶スペースに通され、三人でテーブル席に着席する。

 クエストを探していたり、話している冒険者は何人かいるが喫茶スペースには他に誰もいなかった。


「ごめん、ちょっと落ち着いてきた。……ありがとう」


 紅茶を一口飲んだエノモトさんがそう呟いた。

 本人の言葉通り、先ほどより顔にも声にも生気が戻っている。

 俺はユキノに目線で合図を送る。察したユキノが穏やかな口調で問うた。


「それで、エノモトさん。先ほど「殺される」と仰ってましたが……何があったのか、話していただけますか?」

「うん…………」


 頷いたものの、しばらくエノモトさんは何も言わなかった。

 彼女が話し出したのは、それから十秒ほどが経過してからだ。


「イシジマくんが……瑠架を攫ったの」


 俺とユキノは驚き顔を見合わせる。


 瑠架というのは、エノモトさんと仲が良い竹下瑠架(タケシタルカ)のことだろう。

 爽やかなポニーテールが印象的なエノモトさんと、少しぽっちゃり体型の、三つ編みの女の子がタケシタさん。確か部活動は別だが、教室ではしょっちゅう二人で行動していた。


 明るく溌剌としているエノモトさんがこんな風に見る影もなく落ち込んでいるのは、親友の身を案じてのことだったらしい。


「最初から話してもらってもいい?」


 俺が促すと、エノモトさんは小さな声で語り出した。


「ナルミくんは知ってると思うけど……イシジマくんたちが勝手にお城を出て行っちゃった日に、マエノくんが中心になって、出発の準備を進めようって話になったんだ」


 ――『みんなの気持ちはわかった。では全員が食事を終えてからでいいが、出発の準備を進めていこう』


 あの後、マエノと同じグループに属するタカヤマ・ホガミたちが中心となり、残ったメンバーでパーティの割り振りから決めようという流れになった。

 といっても、話し合いは思っていた以上に難航した。というのも、マエノは集まった二十五人にリブカードの提示を求めたが、納得しない生徒も何人か居たからだ。

 そんな状況で、バランス良くパーティを組むなんて出来るはずもない。


 困ったマエノは、なら好きにグループを作って、五人ずつ五組に分かれようと言ったが、それも上手くいかなかった。()()()人が出たからだ。次はその押し付け合いになった……。


 エノモトさんの話をまとめると、概ねそんな感じだった。


 想像に難くない話だった。きっとそうなるだろう、と思ってもいたのだ。

 それは元の世界でも何度も繰り広げられたお馴染みのものだからだ。最近でいえば修学旅行だってそう。仲良しで組みたい。あいつと一緒はいやだ。あの子と一緒がいい、あの班以外なら――。


「その後はどうなったんですか?」

「どうしようもなかった。話が完全に行き詰まっちゃったんだよね。それで待ちくたびれたあの、赤い髪の騎士さんが食堂までやって来て、地図を見ながらこのあたりの地形の話や、気候の話とか……冒険者としてのノウハウなんかを話してくれて、それはちょっと楽しかったな」


 赤い髪の騎士といえば、間違いなくレツさんのことだろう。

 立場上、話し合いに手を貸すわけにもいかないが、淀んだ空気を拭ってやろうと思ったのだろう。レツさんらしい思いやりだ。


「そうだ、兄さま。今日のお買い物のときは地図も買わなくちゃですね」


 エノモトさんの話の途中、急にユキノが話しかけてきた。


「そうだった。いつまでもギルドで見させてもらうわけにもいかないしね」

「はい。コンパクトなサイズのものがあれば良いのですが」

「…………」


 いつも通りの遣り取りをしていたら、エノモトさんが沈黙してしまった。

 俺とユキノのあいだで困ったように視線をうろうろさせている。


「すみませんエノモトさん、どうぞ続けてください」

「う、うん。その日は結局話し合いがまとまらなくて、次の日にもう一回食堂で話し合おう、って解散になったの。でも翌朝、出て行ったはずのイシジマくんが、突然怒鳴り込んできて……」

「何か要求をしたのですか?」

「そう。カワムラとナルミユキノを出せ、って。すごい剣幕で」


 そのときのことを思い出したのか、エノモトさんが身体を小刻みに震わせる。


 その日はカワムラが死んだ日の朝だ。

 イシジマはあの後、森を抜け出てきて――知ったのだろうか? 不良仲間だった河村隆弘(カワムラタカヒロ)の死を。

 ――いや、何も分からなかったからこそ、共に姿を消した二人の行方を探ろうとしたんだ。

 あの日、俺はイシジマに姿を見られていない。イシジマにとっては、忽然とカワムラとユキノが駆け落ちでもしたように思えたのかもしれない。


 現場には俺やカワムラの血痕が残っていたはずだが、それが誰のものかなんてイシジマには判断できなかっただろう。


「じゃあ、イシジマは一人で城に来たの?」


 俺がそう聞くと、エノモトさんは瞬きして、


「ハラくんは一緒だったよ」

 

 短くそう答えた。


「でも、二人が一緒にいるってことは……カワムラくんは、一緒には行動してないんだよね?」


 探るような目つきで逆に問い掛けてくる。彼女にとってはそれが最も気になる所なのだろう。

 俺は一瞬、どう答えたものか迷った。カワムラの件を正直にエノモトさんに話していいものか。


「それよりも今は重大な件がありますよね。何故タケシタさんは拐かされたのですか?」


 戸惑った俺に対してユキノの落ち着きようは圧巻だった。

 エノモトさんが手を添えたティーカップが小さく震える。


「……あの日、マエノくんは何も知らないってイシジマくんに答えた。でもイシジマくんは納得しなくて……」


 イシジマは目敏く、食堂に集まった顔ぶれに俺の姿がないことにも気づいたという。

 マエノはそこで素直に白状した。おまえらが四人で消えた後にナルミも出て行って戻ってきてない、と説明したのだ。

 その対応は当然ではある。マエノには、ユキノはともかく俺を庇う理由は一切ないのだから。


 そしてイシジマが予期せずもたらした情報により、たった一日で三人ものクラスメイトの行方がわからなくなったと判明した。

 そうなると事情が変わってくる。マエノはまずラングリュート王に相談しようとしたが、多忙らしく謁見が叶わない。そこで《来訪者》の世話役を務めるレツさんに相談した。

 しかしそこでも、城を出発した勇者候補はそれぞれが修練しているのだから、捜索などはできないと撥ね除けられてしまった。


 致し方なくマエノは再び食堂での会議を生徒たちに言い渡した。

 イシジマも会議に参加させ、パーティの話ではなく三人の行方について話し合おう、と提案したのだ。

 カワムラたちに続いて誰かが居なくなっても困るから、という理由で、誰も城の外には出ることは許されなかった。そして昼夜を問わず答えの出ない話し合いが一週間近く続いた……。


「それで昨日、怒ったイシジマくんが近くに座ってたルカを立たせて、私に向かって叫んだの。エノモト、あいつら三人全員を【ザウハク洞窟】の奥まで連れてこい。明日中に連れてこなければこのデブを殺す、他のヤツが来ても殺すからな、って大声で……そのままルカを連れて行っちゃった。それからずっと、私はナルミくんたちを探してた」

「つまりこのままだと、()()()()()()()()()()()()()()、とエノモトさんは怯えていたんですね」


 ユキノの言葉にエノモトさんが涙ぐみながら頷く。


「マエノたちも一緒に探してたの?」

「えっと、うん。昨日は付き合ってくれて……今日は、私はすぐにお城を出たからわからない」


 気が急いて単独行動をしていたらしい。

 エノモトさんは力無く首を振る。自慢のポニーテールも今日ばかりは弾んでいない。

 そんな状態のエノモトさんと俺たちが再会できたのは、幸運と言えなくはなかった。


「それで、カワムラくんは? 二人と一緒じゃないんだよね?」


 ギルド内を不安げに見回すようにするエノモトさんに、俺は答えた。


「ごめん、俺は知らない。ただ、城の五百メートルくらい先に森があって……そこにある廃屋に閉じ込められていたユキノを助けたんだ。でも、カワムラの姿は見てなくて」


 最後だけは完全なる嘘だ。俺はあの日、カワムラがどうなったか知っている。

 しかしその事実はやはり、現時点では伏せておきたかった。クラスメイトが既に一人死んでいると知っても、よりエノモトさんは混乱するだけだろう。


「でも……それじゃ、ルカが……」


 再会したときより蒼白な顔色でエノモトさんが呟いた。

 俺とユキノは、そんな彼女を残して一旦席を立った。



     +     +     +



「ユキノ、俺はイシジマの所に行こうと思う」


 ドアを閉めて、俺は一言目にそうはっきりと告げた。

 そもそも俺たちやイシジマたちを抜いた、二年三組の他の生徒は今回の件に関係がない。

 カワムラを見殺しにしたことで、俺が彼らを巻き込んでしまったのだ。


 ユキノは俺の発言を予期していたようだったが、頷いてはくれなかった。


「……罠の可能性はありませんか?」

「罠? イシジマの?」

「それも含めて、エノモトさんたちの――です」

「エノモトさんが、俺たちを罠に嵌めたって何の得もないよ?」


 ユキノも特に、確たる証拠があるとかそういうわけではないらしい。そのまま俯いてしまう。


「ユキノは……でも、不安です。行きたくありません。だって、今は前の生活とは違う。毎日楽しくてたまらないのに……」

「ユキノ……」


 そんな風に駄々をこねるユキノは珍しい。

 俺はぴん、と人差し指を立てて彼女に提案した。


「それじゃ、ユキノだけでもここに残る?」

「……兄さまは意地悪を仰います」


 ユキノは控えめに頬を膨らませた。俺はその可愛らしい反応に苦笑する。


 というのも、俺たちはずっと【ライフィフ草原】でクエストをこなしていた。そろそろ挑戦してみよう、と話していたのが、問題のザウハク洞窟なのだ。


城下街【ハルバン】の南門を抜けた先にあるのがライフィフ草原だが、ザウハク洞窟は、ハルバンの東門を通ってしばらく道なりに進んでいくと待ち受けるダンジョンだ。

 そしてカワムラの口ぶりから、アイツが《魔物捕獲(テイム)》で闇を纏った獣を手に入れたのも、恐らくザウハク洞窟だったんだろうと俺は予想している。


 つまり今までよりずっと強い魔物がうろついているような場所なのだ。

 イシジマの罠があろうとなかろうと、洞窟の奥を目指すのは確実に危険だった。

 それでも、人質がいる以上は引き下がることはできない。

 どこまで話が通じるかはわからないが、イシジマにはカワムラのことを説明する。

 説得できないとしても、どうにかしてタケシタさんは無事に帰してもらわなければ。


 その決意がある以上、まず説得すべき相手はすぐ目の前に居る。

 俺はユキノの顔を正面から見据えた。


「ごめん。けど、大丈夫だ。いざとなったら、俺がユキノを守る。守り抜いてみせるから」

「…………」

「宿屋に戻って武器と防具を取ってこよう。それに道具屋で買った回復薬も丸々残ってたよな」


 ユキノは何も言わなかった。しかし、もう行きたくないとは言わない。

 俺はそれを良いことに話を進めてしまった。基本的に俺の意見を蔑ろにしてユキノが我を通すことはないからだ。


 そういう意味では、俺はユキノに甘えていたのだと思う。


「エノモトさん」


 ギルドに戻った俺たちは、さっそくエノモトさんに伝えた。


「イシジマのところに案内してくれ」




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