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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第六章.兄妹の決別編

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153.アナウンス


 短剣を低い位置で構え、カンロジと対峙する。


 カンロジは、おそらくはとっくの昔に兵士に化けて、ドラゴン討伐部隊に紛れ込んでいたのだろう。

 そして目的が達成され、誰もが気を抜いた瞬間に――目標を仕留めた。

 俺たちも、控えめな変装はしていたものの……しかし彼女のリミテッドスキル"人外鏡像(マスカレード)"の完成度は、そんなものを圧倒的に上回ってしまう。


 カンロジは目の前の俺を小首を傾げて見つめながら、細い顎に指を当ててみせた。


「ナルミくん、随分とお久しぶりですわね。……ええ本当に。腸が煮えくり返るほど長く延々と、待たされるとは思っておりませんでしたが」


 そうと分かっていたなら、あの場で見逃しはしなかったのに。

 ――とでも、言いたかったのだろう。カンロジが眉を寄せて苦笑する。

 俺はそれに比べると固く強張った顔で、その整った顔を見つめ返した。


 カンロジは尚も続ける。

 最後に見た頃からは一層大人びた、人形のように精緻な美貌が囁く。


「何だかこのような物言いは失礼かもしれませんが、身長などもほとんど変わっていないようですが……一体2年もの間どちらに?」


 どう答えたものか。

 いや、そもそも、カンロジは頭が切れる。情報を与えるのが間違いなら、何も答えないのが正解か?


 そう逡巡する合間にだった。


「……あら」


 カンロジが吐息を零す。

 その彼女を取り囲む形で、四方から集まっていた。


 容赦なく細い喉元に槍を突きつけたレツさん。

 大鎌をカンロジの胴体に添えたナガレ。

 弓を低く構えたアサクラ。

 拳を突きつけ、苦い顔をしているイシジマ……。


 一箇所に彼らが密集するとすごい迫力だった。いくらカンロジとはいえ、この包囲網を突破することはできないだろう。

 しかしカンロジは多勢に無勢だというのに、焦りも恐れもせず、


「わぁ、オールスター勢揃いですわね。素敵です」


 などと言って、可愛らしくにこにこと両手を合わせてみせる。

 それから「そうですわ」と柏手を打ち、


「――これだけ集まったのですから、せっかくですし。殺し合いをしましょうか」


 などと言ってのけ、はにかむように微笑んだ。


 ゾッ……と背筋に戦慄が走る。

 勝手に足が、後ろに下がろうとさえする。美しいと形容すべき容姿の少女が放つ凄絶な気に、完全に当てられている。


 しかしそれでは相手の思う壺だ。

 そもそも状況からして、こちらがかなり有利なのは変わらない。恐れる必要はないはずだった。……きっと、何も。


「……どうしてホガミを?」


 カンロジは目を丸くする。

 まるで思いがけないことを訊かれた、というような顔だった。

 しかし俺が言葉を句切ったのを知ると、ぽかんと少々間の抜けた表情のまま答える。


「どうしても何も……当然でしょう? ゲームをクリアするには、なるべく《来訪者》の数を減らさなくてはなりませんもの」


 それから、自分の喉と胴体に照準を合わせた刃物など、気にもならないというように――両手を大きく広げて、周りを見回すようにする。


「ナルミくんこそ、どういうおつもりなのでしょう? 徒党を組んでおままごとの真似ですか? ゲームの主旨を、きちんと理解してらっしゃいます?」

「…………」

「多く殺すのです。自分以外を滅するのですよ。ホガミさんなんて、仲良しってわけでもあるまいによく引き入れましたね」


 感心するようなニュアンスで、しかし大方は馬鹿にしているのだろう――カンロジが言う。

 俺はその言葉に応じようとした。しかし俺より先に、口を開いた人物がいた。


「おい」


 発言したのはイシジマだった。カンロジは自分にとって右横に立つその顔を眺めると、面白そうに口の端をやんわりと上げる。


 確かハルバニア城を脱出する際、イシジマを味方に引き入れてみせたのがカンロジだったのだ、とアサクラも以前褒めていた。

 そうなるとイシジマも、カンロジに対しては複雑な感情を抱いているのか。

 そう思ったが、特にイシジマが言いたいのはその件ではなかったらしい。


「オレは、こいつらとは違う。組んでもいないし、仲間でもない」


 顎をしゃくってつっけんどんと言い放つ。

 そこがイシジマにとっては最も大きなポイントだったのか、と俺は納得してしまった。


 が、それを聞いたカンロジは思いきり噴き出した。

 見ていてぎょっとするくらい、あからさまに、相手を馬鹿にした笑い方だ。


「そんなのもちろん、理解しておりますわ! イシジマくんみたいな乱暴者に、お友だちなんてできるわけないじゃないですか!」


 ひいひい苦しげに悶えながら、帯の下の腹部を抑えてカンロジが笑う。

 目元に涙さえ滲むほど笑い転げるカンロジに、イシジマはすぐにでも飛びかかるのではないかと思いきや、彼は動かなかった。

 代わりに、血走った目でギラギラと、食い入るようにカンロジを見ていた。


「いえ、わたくしとしたことが。そういえば2人、おりましたね。

 確か、ええっと、カワナントカくん……は、もうとっくに死んじゃいましたし?

 となるともう1人は、そう、ハラくんですわよね! ……あれ? でも、ハラくんは確かわたくしのパーティに参加を志願してくれたような? となるとイシジマくんは異世界ぼっちライフを満喫してらっしゃるとか?」

「……カンロジ、テメェ……」


 握った拳を振るわせたイシジマが、一歩を前に踏み出す。

 完全に挑発に乗ってしまっている。ナガレが驚き、咄嗟に大鎌を引いてしまう。


 そこでカンロジは、まだ、何か――挑発めいた言葉を口にしかけたようだったが、その唇の動きは中途半端に止まることとなった。


『――ハイ、そこで一旦ストーップ』


 そのむやみに間延びした声は、頭の中に直接響いた。

 唐突だった。わざと空気を読んでいないようにも思える。

 しかし、二度も三度もこんなことが起これば慣れるものなのか、特に気にせず、俺はその声に耳を傾けていた。

 周囲のアサクラたちや、後ろに庇ったままのユキノもそうだ。それにカンロジも、今や目の前の俺たちのことなどどうでもいいというように、黙って目を閉じている。


『残り8人つーわけで、《来訪者》もだいぶ数が減ってきた。そこで()()()()()()()を生き残り諸君にアナウンスするぜ、心して聞けー』


 スピーカーを通したように。

 ぐわんぐわんと声は反響し、割れていたが……聞き覚えのある声だと、すぐに気がつく。

 分かっていたことだった。認めたくもなかったけれど。


「ああ、じゃあ残りの1人はハラってことかぁ」


 あの瓦礫の山から無事脱出できたのか。

 欠伸をしつつ、不自然なほどのんびりと寄ってきたのはネムノキだった。


 ネムノキは俺の隣に来ると、また欠伸をひとつ零し、眠そうに目蓋を擦っている。

 真剣みも何もなかった。俺は呆れるような気持ちでそんなネムノキから視線を外したが、その先で、レツさんが目だけを動かして周囲を観察している。やがて目が合った。


 もしかして、と思い訊いてみる。


「……レツさん、この声聞こえますか?」

「声? ……いや」


 槍を構えたまま、レツさんが眉間に皺を寄せて否定する。

 やはりというべきか、この声は――《来訪者》にしか聞こえていない。仕組みは分からないものの、そういう風に設定されているらしかった。


 俺たちの様子が表面上は落ち着いているからなのか、その声はどことなく満足そうに続ける。


『3日後、夜明けの訪れと共に――ハルバニア城の真の門を開く。勝者にならんとする《来訪者》はそこに来い。アタシは寛大だから、全員が門をくぐるまでは開けっ放しにしといてやるよ』

「それ、閉めるのが面倒なだけなんじゃ……」


 思わず口に出たという風にアサクラが呟いた。


『よくぞ気づいた、その通りだアサクラ・ユウ。ただし《来訪者》以外の人間が門を通ろうとしたら、その時点で問答無用で閉め出してやるけどな』

「うっ……」


 名前を呼ばれ、アサクラが身体を震わせる。

 この声の主には、俺たちの声が……否、声どころでなく、姿や行動の一つ一つが見えているのだろう。

 それなのに、その実体はどこにもない。俺たちの触れられないような高見から、見物気分で話しかけてきているだけなのだ。


『まぁ、つまりだ。敢えて陳腐な言い様で送り出してやるなら』


 一旦言葉を句切ってから。

 その声は、隠しきれないにやつきを滲ませ、嗤う。


『――最後の殺し合いの始まりだぜぇって、ことになっかな。にはは!』




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