14.クラスメイトとの再会
一週間が過ぎた。
スライムやラビットといった弱いモンスターを順調に倒し、俺とユキノは初心者ながらEランクの冒険者として、それなりに戦えるようになっていた。
今日も借りている宿屋を出て、まず始めに向かったのは冒険者ギルドだ。
今や親しみさえ覚えるギルドだが、今日はいつもと違っている点が一つあった。
「僕はオト・ウトといいます。本日はよろしくお願いします、シュウ様、ユキノ様」
その少年はぺこりと丁寧に頭を下げた。
見た目でいうと八~九歳くらい。大人しそうな黒髪の男の子だ。
見馴れた執事服も、他の受付たちとは異なり服に着られている、といった印象でかわいらしかった。
しかし相変わらず、店員の源氏名が適当すぎるぞこのギルド。
「エンビは近隣の街に応援に行っていて不在なんです。今日は代わりに僕がご案内しますね」
申し訳なさそうだったが、別にあの眼鏡の人を専属担当にしてくれなくてもいいんだけど……。
「ありがとう。オトくんって呼んでもいい?」
「私も、ぜひそう呼びたいです」
「えっと……お二人のお好きなようにどうぞ」
俺たちの申し出にオトくんは面食らったようだ。ちょっと馴れ馴れしかったかな。
「今日はクエストは受ける予定はなくて、今後のことを相談したくて来たんだ」
そう話した通り、今日は俺もユキノも武器・防具類を宿に置いてきている。
午後は一緒にショッピングをする、というのがユキノとの約束である。この異世界にやって来て初めての、休息日らしい休息日だ。
ちなみに王からの援助金十万コールの内、残りは二人分合わせて六万七千コール。
食事代や宿代・装備代金などはすべてこちらからの算出だ。残額は多少心許ない。
クエストで得た報酬については二人で半分ずつに分け、個人的に自由に使えるお金ということになっている。
俺の方は特に欲しいものもなかったので、今のところは六千コール丸々貯金にしていた。ユキノも多分同じような状況だろう。
「今後のこと、ですか。僕で良ければうかがいます」
オトくんは少し意外そうに目を丸くしたが、すぐに承知してくれた。うん、やっぱりエンビさんより話しやすくて俺的には助かるなぁ……。
「まずはユキノから、魔法のことで相談があるんだよね」
「はい、兄さま。オトくん、私の魔法欄を見ていただいてもいいですか?」
ユキノが差し出したリブカードを、さっそくオトくんが受け取り目を落とす。
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習得魔法:《小回復》、《中回復》、《大回復》、《半蘇生》、《状態異常無効》、《攻撃特化》、《防御特化》、《速度特化》、《自動回復》
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《自動回復》というのはユキノが二日前に新しく習得した回復魔法だ。
一度この魔法を施してもらえると、二十秒以内であれば魔物に攻撃を受けた際に自動で回復する。
他の魔法はかなり傍まで寄らないと発動しないので、この魔法は俺としても非常にありがたい。
「これは……ユキノ様は、すでに多種多様な回復・支援魔法を習得されているんですね! 魔法の多種多様さではBランクの神官にも匹敵しそうです……!」
オトくんはユキノのカードにすっかり夢中で、その後も「うわぁ」とか「へええ」とか感心やら呆れやら含んだ吐息を洩らしている。
俺にとっても妹が褒められていて悪い気はしない。というかもっと褒めてほしいうちの優秀な妹。
だがユキノはすぐにオトくんの独り言を遮った。妙に憂いを帯びた表情で。
「オトくん、そのことでひとつ聞きたいのですが……私は、攻撃魔法をちっとも覚えられません。何か原因があるのでしょうか?」
「攻撃魔法ですか?」
ああ、そういえばという顔でオトくんは再びカードに目線を落とした。確かにひとつも習得していませんね、という顔つきだ。
「まず、リブカードに出ていない色の系統だと、魔法は習得できません。ユキノ様の場合だと、純一色の黄金色のカードですから、簡単なものなら《光源玉》や《光源流》は習得していてもおかしくありませんが」
《光源玉》には聞き覚えがある。召喚された日にレツさんが礼拝堂で使っていた魔法だ。
レツさんのカードの色は赤色だったが、今思い返してみれば、ごく僅かに黄金色の輝きも含んでいた気がする。つまり、彼は炎と光属性の魔法が使えるということだろう。
「【キ・ルメラ】では多くの人間が魔法を使います。僕の親は、魔法とは神さまに与えられた奇跡で、人は祈りを捧げる代わりにその奇跡を行使する権限を与えられるんだ……とよく言っていました」
「権限……ですか」
「はい。すでにたくさんの魔法を覚えられているんですから、時間の問題じゃないかと思いますよ。光魔法は殺傷能力は低いこともありますが、闇属性の魔物に対抗できる属性です。使い手は少なくて有用ですから、これからきっといくらでも習得しますよ!」
オトくんは明るい調子で言うが、ユキノは無言だ。
ただ、ユキノがそんな不安を抱いているのは、ひとえに俺が頼りないせいだろう。
俺はそんな思いを払拭したくて、なるべく意識して頼りがいがある表情を作ってみせた。
「大丈夫だよ、ユキノ。魔物とはこれからも俺が戦うからさ」
「……はい……」
ユキノは一応頷きはしたが、心ここにあらずといった様子だ。ああ、失敗したかも……。
「シュウ様も、何かお困りのことがあるんですか?」
「えっと俺は、役職の変更について聞いておきたくて」
「えっ、クラスチェンジですか?」
オトくんはこれまた律儀に驚いている。
「クラスチェンジすると、冒険者ランクはまたFからスタートになりますよ」
「え? そうなの?」
「前のクラスに戻せば、もちろんまた以前のランクに戻りますけど……複数のクラス登録はあまりオススメできません。まず一つ目のクラスから順に極めた方がいいと思います」
オトくんは周りにきこえないようにかヒソヒソと小声で教えてくれた。
「以前、あらゆる武器をそれなりに使いこなせるようになりたいと言って、なりふり構わず五つくらいのクラスで登録した冒険者様がいたそうです。でも、どれもランクはFかEランク止まりで、おまけに遠距離戦向きの討伐戦に間違えて斧を装備して行って……それから帰ってきませんでした」
容易く想像できた。
俺も、今日は片手剣、明日は弓、明後日は大太刀……なんてやっていたら、脳も身体も混乱するだろう。そしてそんな混乱は、戦場ではまず最初に呑み込まれてしまうに違いない。
「そっか……じゃあとりあえずは片手剣を極めるべきだよね」
二人でパーティを組んでいて、相棒のユキノが戦う力を持たない以上、なるべく戦いの手段は多く用意するべきかと思っていた。
だがダルの説明と異なり、オトくんは俺の考えには賛成しない方針のようだ。
ギルドで数多くの冒険者を送り出してきたであろうオトくんがそう言うのであれば、尊重しないわけにはいかない。クラスチェンジというのは、しばらくは控えるべきだろう。
「わかったよ、ありがとう。それじゃ俺たちは行くね」
「こちらこそ、あまりお役に立てなくてすみません。この後は何かご予定が?」
オトくんの問いに、ユキノが笑顔を見せた。
今日は沈んだ表情が多かったので、俺はその横顔を見てほっとする。
「この後はショッピングの予定なんですよ」
「そうなんですか。夫婦水入らずのお時間、楽しんできてくださいね」
その場でスッ転んだのは言うまでもなかった。
+ + +
「で、ではその、お買い物にまいりましょう兄さま」
オトくんの勘違いによる一言で、ユキノの態度が若干挙動不審になっていた。
それでもちょっと言葉を噛んだ程度だ。あ、いや一瞬、右手と右足が一緒に出てる。でもささっと戻した!
「まずは服を見に行きたいんだっけ」
「はい。それと安めのもので構いませんので、できれば髪留めなども……」
ギルドを出た俺とユキノは、取り留めのない会話をしながら建物の角を横切ろうとしたが、
「わっ!」
「兄さまっ?」
その瞬間、俺に向かって黒い影がぶつかってきた。
衝撃を殺しきれずに後ろに倒れてしまう。
黒い影にそのまま覆い被され、俺はパニックになりながらも目を見開いた。
「えっ、何……?」
俺が受け止めたのは意外にも柔らかい感触だった。
黒いフードのついた服で全身を隠しているが、小刻みに身体を震わせている。
尋常な様子ではない。戸惑う俺に、消え入りそうなほど小さな声が頭上から囁いた。
「お願い、助けて……!」
「え、君――」
そしてフード奥に覗く青い顔には見覚えがあった。
「このままじゃ――殺される!!」
その少女の名前をよく知っている。
クラスメイトの榎本くるみだった。




