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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第六章.兄妹の決別編

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150.作戦続行

 

「アア…………?」


 空高くから。

 降ってくるその生き物を、イシジマはぼんやり口を開けて見つめることしかできない。


 間違いない。先ほど、ガイコツを生み出しながら炎を吐きまくり、死ぬほど手こずらせてくれたドラゴンだ。

 それが、今、イシジマの頭の上に居る。そして真っ逆さまに、落下してきているのだ。


 ――意味が分からない。


 動揺して、ほとんど思考がまともに働かない。

 口だけはどうにか勝手に動いたが、しかしその動きはひどく緩慢だった。


「これ……お前が?」

「いんや、おれじゃないよ」


 妙に余裕ぶったアサクラは、それから指差す。


「あいつだよ。全部あいつの作戦ね」


 彼が指差したのは、ドラゴンだった。

 否――降下してくるドラゴンの、首元に必死にしがみつくような形で何かがくっついている。


「……?」


 眉を顰め、まじまじと見遣る。

 それは人間だった。少年だ。

 ドラゴンにしがみつき、目だけはしかとこじ開けたまま、そのまま共に急降下してくる。

 誰だかはすぐに理解した。

 その瞬間、イシジマは再び、一度は開いていた拳を問答無用で握りしめていた。


「――何だかよくわからねェし、とにかく死ぬほどムカついてるが……とりあえずアイツがぶん殴れるなら、それでいいわ」


 右足の踵を引き、思いきり背を逸らして、遥か上空を見据える。

 イシジマの構えに気づいたそいつは、慌ててか、土のような何かで全身を覆い始めた。


「ハッ、クソみたいな悪あがきだな……」


 そんなもので防御のつもりか?……だとしても、もう遅い。


 ――鳴海周(ナルミシュウ)

 コイツを殺せば、たぶん、少しはこの胸糞悪い気分もマシになるのだから。


 頭上に向かって魔法を放った経験はない。

 でもまぁ、そんなことはどうでもいい。


「――――《破砕(クラッシュ)》ッッッ!!!」


 イシジマは全身全霊の力を込めて、引き絞った拳を放った。


 青空ごと穿つような衝撃が、世界を揺らす。

 哀れなドラゴンと共に、少年――シュウの姿が、その衝撃波に為す術なく呑み込まれていく。



 +     +     +



「イシジマを使おう」


 俺の作戦の要はそれだった。


 最初、それを聞いたアサクラとユキノは唖然としていた。

 ホガミから血蝶病者の――つまりはドラゴンの元となったクラスメイトたちのリミテッドスキルを、確認した後のことだ。


 既にナガレは、レツさんへの伝言を引き受けてくれている。

 元々、観察する限り目立った行動をしていない、青首のドラゴンが気になっていた俺は、そいつを攻撃してほしいとレツさんに頼んでいた。

 いずれレツさんはその攻撃を成功させるだろう。そして不幸中の幸い――というべきか、その青首のドラゴンが持つであろうリミテッドスキルは、俺の考えていた一つの作戦にがっちりと符合する。その自信は充分にあった。


「《分析眼(アナリシス)》で調べたんだ。イシジマのスキルは使える。一撃入れられれば、きっとドラゴンも倒せる」

「でも、兄さま。あの狼藉者が、兄さまの作戦に大人しく協力するでしょうか?」


 ユキノの不安そうな問いに、俺は笑顔で首を振る。


「もちろん、あのイシジマが自分から協力なんて絶対にするはずはない。でも、うまく騙して協力させるんだ」

「騙して、ですか?」


 俺が考えた作戦はこうだ。


 レツさんや他の騎士たちが青首のドラゴンを弱らせて、一時攻撃を止めさせる。

 そのとき、アサクラのスキルで録音した俺の音声を流し、イシジマを挑発する。

 すぐ逆上するイシジマなら、十中八九、俺を探して殺そうとするだろう。

 そこで誘導役がスプーに向かって走り、イシジマがそれを追う。ちょうど貸与された兵士の格好なら兜と全身鎧で、顔や体格はだいたい隠せる。


 その隙に俺はドラゴンの近くに行き、さらに青首のドラゴンを攻撃する。

 ピンチに陥れば高い確率で、ドラゴンは固有の能力を発動させるはずだ。

 そしてホガミが言った通り、あの青首――松下小吉(マツシタショウキチ)が持つ、最後に立ち寄った街に自動でワープするリミテッドスキルを使わせて、イシジマと正面から激突させる。


「はー、なるほど……あのドラゴンがスプーを潰して回ったってことは、裏を返せば、ドラゴンをワープさせちまえば、必ずスプーに現れるってことになるのか」


 アサクラが感心したように息を吐く。

 そう。あのドラゴンはスプー周辺と、近くの岩山を行き来している。それなら最後に通ったのは、スプーで間違いないはずだ。

 俺は頷き、


「それで、スプーに走る誘導役なんだけど」

「おれがやるよ」


 もともと頼むつもりだったのだが、アサクラは堂々と手を挙げてくれた。

 それからへなへな……と弱々しく下がりかけたりもしたが、キリッとした顔で、


「ぶっちゃけイシジマは苦手だし正直怖いが、やるぜ! 任せろ!」


 そう震えつつ胸を叩いてみせたので、任せることにする。

 しかしユキノは未だ不安そうに眉を寄せて暗い顔をしている。

 彼女が何を不安に思っているのか。それが読み取れないわけもなく、俺はゆっくりと話しかけた。


「……イシジマとドラゴンがぶつかって、スプーがどうなるか気にしてるんだろ?」

「……はい」


 ユキノは伏し目がちに、よく通る声で囁くように言う。


「スプーで過ごした日々は、そう長いわけではありませんでしたが……。兄さまとずっと一緒に居られて、私にとっては夢のように幸せな時間でしたから。

 いえ、兄さまの作戦に異を唱えようなどと、そういうつもりではないのです。でも――」

「大丈夫だよ、ユキノ」

「え……?」


 ユキノが小首を傾げる。俺は軽く微笑んで、その言葉を告げた。


「ユキノの魔法で、スプーを守ろう」


 ――しかしまさかその結果、ドラゴンと空中遊泳するハメになるとは!


 いや、遊泳っていうか、もはやただ真っ逆さまに落っこちてるだけだけど。

 なんてことを考えながら、必死に俺はドラゴンの……元・マツシタの首に懸命にしがみついていた。 


 あの後、作戦は順調に進んでいった。


 俺の振りをしてアサクラがスプーに向かった後、俺は俺で全身鎧を身に纏い、ドラゴンと戦う最前線に走り出した。


 そこでは青首のドラゴンが弱ったことで、連動しているのか、他のドラゴンたちも動きが鈍くなりだしていた。

 ガイコツは、他の騎士や兵士たちで対処できるほどの数まで減らし、レツさんやナガレが弱ったドラゴンに鋭い一撃を加えた。もちろん俺もその攻撃には参加し、何度か手傷を負わせるのに成功した。


 そしてある種唐突に、それは起こった。


『グルウウウウアアアアアアッッッ!!!!!!』


 怒り狂った青首のドラゴンが天高く吠え、その大きな図体が光に包まれ始めたのだ。

 戦いが始まって以来、初めての変化だった。その瞬間ワープだ、と気づき、俺はドラゴンの身体を伝ってジャンプすると、その首にしがみついた。

 異物を嫌がってか、ドラゴンは身を捩って暴れる。その首に短剣を突き刺し、歯を食い縛って必死に耐えた。ここで俺が振り落とされれば、作戦は高い確率で失敗してしまう。


「「シュウ!」」


 レツさんが。そしてナガレが、不安そうに俺を呼ぶ。

 それがワープ直前の最後の記憶だ。次に目を見開いたときには、俺は遥か頭上――スプーの真上に、いたのだから。


『ウグウウウウウッッ』


 ドラゴンが暴き、わめき散らしているが、亀の甲羅を背負っただけのその生き物には羽がない。

 重い頭を下にして、ただ落下するだけだ。凄まじい風圧に吹き飛ばされそうだったが、とにかく両腕と両足とをドラゴンの太い首に巻きつけて、一緒に墜落していく。


「…………っっ!」


 目を開くのさえ困難だったがどうにか開けば、真下にはこちらを指差すアサクラと、それにイシジマの姿がある。

 アサクラは作戦をやり遂げてくれたようだ。それを思うと自然と口元に笑みが浮かぶ。俺もこんなところで、挫けてはいられない。


 見れば既に、イシジマは頭上に向かって拳を構えている。俺に気づいて、ドラゴンごと殴ることにしたらしい。

 自分が騙されたことに、途中で気づいたとしても。

 俺がここに――ドラゴンと共にいる以上は、イシジマは何が何でも俺を殴る手を取る。その推測は、的中したようだ。


 めくれ上がった上唇により、歯の隙間から直接受けるには冷たすぎる空気が浸透してくるが……それでも俺はどうにか、その力ある言葉を紡いだ。


「大地よ、厳の加護にて我が身を覆え。《土人形(ゴーレム)》!」


 魔法は問題なく発動し、俺の全身を、突如として現れた土の壁が覆っていく。

 それが一見すると、全身をくまなく包んだように見えただろう直後――俺はドラゴンの背中に回ってそこを蹴り飛ばすと、土の壁を残したまま地上に向かって一足先に落下していく。

 ドラゴンが炎を撒き散らす最中なので、イシジマは気づかなかったようだ。


 ――そして地上との距離は、まだ50メートルほどはある。

 無論、このまま着地すれば骨折どころか死の危険もあるので、ここでも同じ魔法名を唱える。


「《土人形(ゴーレム)》!」


 足先から太腿にかけてまでを、一瞬のうちに分厚い土が覆っていく。

 着地の瞬間は衝撃が土に吸い込まれ、ほとんど無音だった。図らずもイシジマの背後を取ったような形だ。


 振り向いた矢先に、ちょうど、ドラゴンが落下してきた。


 そして。

 イシジマがいくら、強力な戦闘系スキルを持っていようともリスクはある。

 ユキノが心配したように、その強力なスキルでスプーごと吹っ飛ばしてしまう可能性だ。それを考えなかったわけはない。

 何か一つでも間違えれば、壊れかけた小さな村に引導を渡してしまう結果になる。恩義がある村に対して、そんな真似ができるわけもない。


 そうならないために、俺がどうしたかと言えば。

 ――()()()()()()()

 ただ頭上を見据え、その瞬間を待っただけだ。


 イシジマが叫び、拳を放つ。


「――――《破砕(クラッシュ)》ッッッ!!!」


 世界が、揺れた。



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