148.カラクリ
『レツさーん!』
「うっ!?」
思っていた以上に大音量だった。もはや爆音、と呼んで差し支えない。
具体的にいえば、全力で耳を塞いでも鼓膜がダメージを負うくらいの。
音源のすぐ近くに立っていた俺は思わず耳を塞ぐ。
呼ばれた側のレツさんも離れた位置で肩を揺らしているので、かなり驚いた様子だ。申し訳ない。
しかし驚きながらも彼は目の前のガイコツを薙ぎ払い、それからぱっと振り向いた。
不思議そうな顔をしている彼に、さらに、録音された俺の声が叫ぶ。
『合図したら、作戦通りお願いしますー!』
予想通り、「へ?」という顔をレツさんがしている。周りの騎士や兵士たちも、「何だ何だ」という顔つきだ。
それも当然だ、もともと作戦なんて何も決めていないのだから。
でも俺は手を振りつつ、にやりとわざと口角を上げてみせた。それでレツさんに意図が少しでも伝わるのを信じて。
――俺が立っているのは、最後方の支援部隊のすぐ近く。
次々と搬送されてくる怪我人を、ホガミや他の回復魔法の使い手が癒していく。
といっても、彼らの魔力も無尽蔵ではない。なるべく魔力は温存して、より多くの人間を回復させる必要がある。
そこでユキノが怪我の程度を確認してから彼らに伝えることで、適切な魔法を使用して効率良く場を回している。
時には、魔法が必要ない程度の怪我にはユキノ自らが薬草を用い、包帯を巻き、動けるようになるまで処置を施してもいた。
妹がそんな風にてきぱきと働く姿は、正直格好良い。
いつまでも眺めていたいくらいだったが、状況がそれを許さず、俺は隣のアサクラへと目を向ける。
「助かったよアサクラ」
短く礼を言うと、何かにやにやしながらアサクラが頭を掻いていた。
「いやー、久々におれのリミテッドスキルが役に立ったなぁ」
上機嫌そうにしんみり頷いている。
2年間、エルフの国に渡っていたアサクラだったが、特にスキルの使用に関しては違和感もなく行えているようだ。
……そう、先ほどの爆音の正体は、アサクラが自身のリミテッドスキル"目覚時計"を使用して再生したものである。
まず俺が先の言葉を口にしてから、アサクラが録音した音源を最大音量にして再生した。
今のところ、タケシタのようにあのドラゴンに人語を使う様子はないものの、人の言葉を理解していないとも限らない。
離れた位置にいるレツさんに、策があることを伝えること。そして、それを聞くドラゴンに、僅かでも注意を向けさせること。
それらの目的を達成するには、アサクラのスキルが有用だったのだ。
レツさんは戸惑ってしまうだろうが、現在ナガレがその本当の作戦を伝えに高速で最前線に向かっているので、そうすれば準備は整ってくる。
持ち場を離れて最後方まで下がってきたのには、もちろん理由がある。
俺はホガミに、確認しないといけないことがあった。それには回復役を担当する彼女を呼び出すわけにもいかないので、俺がここまで下がってくるしかなかったのだ。
アダンさんは嫌々、トーマは快く俺の離脱を承知してくれたが、そうのんびりとはしていられない。長期戦になる前に、あのドラゴンは倒さなくては彼らの身も危険だろう。
だから数分前、最後方まで走り寄った俺は、ホガミに訊いた。
――俺がホガミに確認したのは、2つ。
まず1つ目は、魔物化してフィアトム城を襲いに来た、彼女の仲間について。
――『門番から報告があった。正面扉を破って、ドラゴンが……ドラゴンが暴れてるんだ! もう何人もやられてる……!』
フィアトム城の上階で会った兵士は、焦りつつそんな風に口にしていた。
あのあと、姿を現したホレイさんが「下の魔物は倒した」というようなことを言っていたので、すっかり頭の片隅に追いやっていたけど。
でも、もしかしたらあの人は、血蝶病者の成れの果てであるドラゴンを倒さなかったのかもしれない。
俺の目から見ても、あまり俺たちを倒すのに積極的ではなかった――より正確に言うなら、見逃そうとしていたあの人なら、カンロジに嘘の報告をすることも有り得るかもしれない。
だとすれば、そのドラゴンは2年が経過した今もまだ生きている可能性が高い。
そう踏んで質問すると、ホガミも俺の言いたい意味を数秒で察したようだった。
「まさか、あのドラゴンって……ニュウダなの? ハヤトじゃ、なかったの?」
丹生田大志。
ホガミが名前を出したのは彼だった。魔物化した彼女の仲間はニュウダだったのだ。
俺はその問いには答えなかった。ホガミは納得がいかなそうに、
「でも、ニュウダが魔物化したときとは、ぜんぜん外見が違うけど? あんなに首いっぱい無かったし、あそこまで大きくはなかったし……」
そのホガミの言葉も、俺の仮説をますます裏付けるものになった。
確信を抱きつつ、俺は2つ目の質問を彼女に告げる。
2つ目は、血蝶病者が持つリミテッドスキルの内容についてだ。
痣と共に隷属印を与えられた血蝶病者は、自分以外のスキルについて他人に話せない……トザカはそう言っていたが、血蝶病者のフリをしていただけのホガミなら、その条件には当てはまらない。
しかしホガミは最初、回答を渋った。
「……あたしが話す必要、あると思えないんだけど。アンタならそういうの、勝手に調べられるんじゃないの? カンロジが前にそんなこと話してた」
ホガミが言っているのは、俺がトザカから引き継いだリミテッドスキル――"矮小賢者"のことだろう。
襲撃前、フィアトム城で作戦会議を開いたときにカンロジたち相手に話していたので、それはホガミも知るところだったらしい。
でももちろん、その方法は既に試している。結果、《分析眼》が敢えなく弾かれてしまったので、ホガミを頼りにすべくここまで走ってきたのだ。
そう説明すると、ホガミはかなり迷っていたが、渋々ながら教えてくれた。
「まず、ハヤトのスキルは集団催眠。ていっても、完全な催眠状態に相手を置くんじゃなくて、動くのが怠くなるとか、思考が鈍くなるとか、記憶が薄れていっちゃうとか……そういう力だったと、思う」
マエノのスキル限定皇帝"に関しては、当人から説明を受けたわけではないらしく自信なさげだったが、その後はすらすらと淀みなく答えてくれた。
マエノ・ホガミらと徒党を組んで行動していた他の血蝶病者は、フィアトム城襲撃の時点で残り2人だったらしい。俺とユキノの予想はほぼ当たっていたようだ。
1人は、丹生田大志。
眼鏡を掛けていて、どこか他人を見下したような喋り方をする少年だ。
彼のスキルは召喚。
召喚士として、何もないところから使い魔を呼び出すのを得意としていたようだ。
もう1人が、松下小吉。
三年二組のクラス委員長を務めていたが、その実権はほとんどマエノに奪われたような形で、クラスではほとんど発言することもなかった。
彼のスキルはワープ。
ホガミによれば、マエノがフィアトム城で1人だけ脱出を果たせたのも、内密にマツシタが助けに来たからではないかとのことだった。
2人とも、スキル名自体は話してくれなかったが、能力の効果自体は話してくれたそうだ。
「……あ」
そこまで話す内に、ホガミも気がついたようだった。
「あのドラゴンってハヤトと……ニュウダと、マツシタなの?」
「うん、そうだと思う。三つ首はそれぞれの能力に対応してるんだ」
俺は遠くで吠え立てているドラゴンを指差した。
「まず、あの真ん中の赤い首のドラゴンはマエノだ。精神干渉魔法は使ってないけど……炎吐息は、あいつの魔法属性を示してる。炎属性魔法が得意って、前に話してたしね。
それに左の土色の首のドラゴン。ガイコツを生み出す力は、ニュウダの召喚魔法だろう。
あとは、マツシタだけど……消去法で、右の青い首がそうだと思う」
よくよく思い返せば。
カラクリは、思いがけず単純だったのだ。
接近してきた騎士たちに対して炎を吐いて攻撃するのは、赤い首のみ。
そしてガイコツの使い魔を補充するとき、必ず吠えるのは土色の首。
青い首に関しては、目立った動きはしていないが時折、思いついたように吠え立てる。そのせいで単純な役割分担が、見えにくくなっていた。
背中に亀のような甲羅が被さっているのも、足が6本あるのも。
ステータスが分析できず、魔法が弾かれてしまったのも。
きっとあのドラゴンが、純粋な神話上の生き物としてではなく、3人もの人間が合成された魔物であるからなんだろう。
そして、それなら――間違いなく、突破口はあると確信できた。
それに気づけたからこそ、俺は仲間たちと作戦を話し合い、その後はレツさんにも合図を送った。
あとは作戦を実行するだけというところまで来たのだ。
でもその前に一つ、ホガミには言っておかないとならないことがあった。
「ホガミ」
彼女が負傷兵に唱える回復魔法の詠唱が一段落したところで、声を掛ける。
かなり疲労困憊だろうに、怒ったような顔でホガミが振り向いてきた。
それと同時に俺は言う。
「ホガミごめん。俺はマエノたちを、殺すよ」




