147.それぞれの戦い
時は少し遡って、右後方部隊。
そこではアサクラがガイコツの群れに喚きつつ、息もつかせぬ速度で矢の速射を繰り返していた。
2体同時に額を撃ち抜き、さらに次の矢を番える。
味方の邪魔にならないよう、まだ距離のある敵を中心に、数を減らすことに注力する。が……
「~~~ああ、っもう! 続々と湧いて出てくるなこいつら!」
思わず叫ばずにいられなかった。それくらい、戦っても戦ってもキリがないからだ。
周りの騎士や兵士ももちろん頑張っている。
岩場の上に飛び上がって弓を構えるアサクラには、その様子が隅々まで見渡せる。
中でも、最前線で戦うレツという名の赤毛の騎士の活躍は圧倒的だ。別格といっていい。
槍の一振りだけで数体のガイコツを薙ぎ払い、おまけに道を切り開いてはドラゴンへの攻撃まで仕掛けている。今のところ、ドラゴン本体にまで攻撃を到達させているのは彼一人だ。ダメージ自体は対して通っていないようではあるが。
それに認めたくはないがイシジマも、思っていた以上に強い。暴れたりないとでもいうように走り回っては、味方にぶつかるのも構わず好き勝手に拳を振り回している。絶対に近くで戦いたくはないが、敵を倒す速度でいえば中々のものだ。
『グオオオオオオアッッッ――』
だが、ドラゴンが咆哮するたびに、彼らや自分たちの努力が無に帰してしまう。
40人の味方に対し、敵のガイコツの数はいよいよその数を超えそうだ。
しかも昨日の騎士からの説明によれば、最大で100まで増えた日があるというのだからやってられない。何だそりゃ。反則にもほどがあるって感じだ。
ていうかあのドラゴン、本当にマエノなの? ぜんぜん面影とかないんだけど? でも姐さんが調査したんだもんなぁ……じゃあ間違いないのか。
てかてか、こんなことになるならやっぱり姐さんにも残ってもらいたかったんだけど! なんですぐ帰っちゃうかねぇ。同じ守り手のよしみじゃん、助けてくれてもいいのに。いや助けてくださいお願いしま
「あ……」
止め処なく考え事をしながら手足を動かしていたからか。
手がスカッと虚空をすり抜けて、慌てて背を振り返る。
気がつけば、矢筒に入れ背負っていた矢の本数もだいぶ少なくなっていた。どうりで軽いわけだ。
くそう、とぼやきつつ、アサクラは岩場から軽々と飛び降りる最中、真下のガイコツに向かって飛び膝蹴りを食らわせた。
だいたいシュウの真似だ。
「どりゃッ」
『――!』
それを足場にして着地。足元で仮初めの頭蓋骨が砕け散るが、知ったことではない。
着地後、すぐに走り出すと、元々ガイコツだった砂の上から矢を回収する。
完全に隙だらけだと思われたのだろう、わらわらとガイコツたちが走り込んでくるが、その特攻は騎士たちが盾で防いでくれた。
どうやらアサクラの頭上からの支援を高く買ってくれているようだ。ありがたい。
「サンキュー! みんなでどうにかがんばろうぜ!」
アサクラは礼を言って、再び岩場の上に飛び上がる。
とにかく与えられた領域は守らなければ。これ以上ドラゴンやガイコツの勢いが激しさを増してしまえば、打つ手が閉ざされてしまう。
溜息ついでに矢を番え、願望も吐き出してみた。
「ナルミ、どうにかしてくんないかなぁ……」
うろうろ目を向けてみれば、頼りの少年は他の左後方メンバーと共に、ガイコツに襲われている真っ最中だった。
……やっぱりしばらくは頼りにできなさそうだ。
+ + +
アサクラが「あれほんとにマエノ?」と疑っていたように、ホガミの胸にも同様の思いがあった。
「あのドラゴンが、本当にハヤト?……」
とてもじゃないが信じられない。
よくよく見ると確かに、赤い肌のドラゴンの顔には、今や黒く染まった蝶の痣のようなものがあるけど……でもそんなの、見ようによってそう見えるってだけかもしれない。
だって前野隼人といえば、サッカー部のエースで、クラスの中心的存在。
それにイケメンで、優しくて、友だち思いだ。ホガミはそんな少年のことが好きだった。
――あのコナツとかいう金髪の女、あたしのこと騙したんじゃないでしょうね?
今さらながら疑わしくなってくる。
もしかすると自分から情報を引き出すために、マエノの名前を出してみただけとか?
それに彼が村をひとつ踏み潰したとか、信じられるわけもないし。そうやって納得したくなってくる。自分でも往生際が悪いって、分かってはいるけど。
ホガミは、彼や友人たちが血蝶病という不治の病に罹ってしまったとき――見捨てることができず、その場に残った。
今では少し、その選択を後悔することもある。もっと上手くホガミが立ち回ることができていたなら……マエノはドラゴンにならず、親友のツチヤ・カナンだって、助かったかもしれないのに。
コナツに向かって、彼女を殺したと説明していたナルミのことを、恨んでいるわけではない。こっちだってアイツを殺そうとしたんだからお互い様だ。
でもそんな相手に、消極的といえども協力して、マエノを殺させる手助けをしているのは正しいことなのだろうか?
「ホガミさん、サボってないで手伝ってください。手がいくらあっても足りないんですから」
考えても答えが出ない問いをモヤモヤ考えていると、横合いからきれいな顔が飛び出してきて小言を唱えてきた。
思わずホガミはむっ……と頬を膨らませる。
ナルミ・ユキノ。
びっくりするくらい髪が艶やかで、顔が小さくて、肌もきめ細やかで……なのに他人なんてお構いなしみたいな、そういう雰囲気を醸し出してるのが本当にムカつく。
日本に居た頃、ホガミはユキノのことをいじめた。別に暴力を振るってたわけじゃないが、仲良しグループみんなで無視したり、くすくす笑ったりとか、そういうことを何度か繰り返していた。
でもユキノはいつも気丈で、ホガミたちの嫌がらせなんて痛くも痒くもないと言いたげに微笑んでいた。
大好きな兄さんとやらに泣きついてメソメソしてればいいのに、とホガミが睨みつけると、少し目を丸くしてから、口元にうっすら笑みを浮かべてみせていた。そういうところが、顔はまったく似ていない双子は、よく似ているとホガミは思う。
「一応、回復魔法使えるのでしょう? 少しは役立ってくださいませんか?」
……何ていうか、歯に衣着せぬ物言いをするようになったな。
でもそのほうが、昔よりまだマシな気もする。めちゃくちゃ腹は立つけど。
「あーはいはい。わかったって」
繰り広げられる戦いの様子を眺めていたホガミは、髪を指先で弄びつつ溜息を吐く。
最後方の支援部隊に配属されたホガミは、あの赤毛の副団長から回復係を頼まれている。偉そうにしているユキノは自分の兄しか回復できないという無能っぷりだから、仕方ないけど。
少しずつだが、負傷した兵士はここまで運び込まれつつあった。担架にのせられたり、仲間の肩を借りたりしてやって来る彼らを、ユキノはてきぱきと捌き、それぞれを地面に敷いた布の上に丁寧に寝かせている。
手伝ってやろうかと一度は思ったが、彼らが見目だけは抜群に良いユキノに鼻の下を伸ばしているのを見たら、ちょっとイジワルしたくなってしまった。
ホガミはわざとらしく声を上げる。
「……あ! あれ見てよ」
「はい?」
指差すと、ユキノは素直にそちらを見た。
遠くを眺めるその目が細められ――それからごく僅かに、見開かれる。
視線の先には、シュウとナガレ。
言葉と共に笑顔を交わす、仲睦まじい二人の姿があったのだ。
「あっれー? 確かあの2人って、けっこう離れた位置の部隊に配属されてたのにね。我慢できずに合流しちゃったのかしら?」
「…………」
肩を竦めて言い放つと、ユキノは無言になり顔を伏せる。
畳み掛けてやる、とまた口を開こうとすると、
「兄さまは戦いの最中に、余計なことを考えたりはしません」
そう、ユキノが呟いた。ホガミは目を眇める。
「余計なことってなに? ていうかあの2人、霊山だかに行ったときから急に仲良いよね?」
動かないユキノに接近していき、内緒話をするように耳元に顔を近づける。
動揺しているユキノを見るのは正直気分が良い。ホガミは調子づいて、にやにや笑いつつ囁いた。
「気づいてる? 呼び名もいつの間に、『シュウ』『ナガレ』になってるし。もしかしてもう付き合って――」
「ホガミさん」
だが。
ゾッ、と肌に、冷気のようなものがまとわりつく。
思わずホガミは後退った。後退ってしまっていた。そうしなければ危ういような、そんな気がしたからだ。
困惑し、立ち竦むホガミに、ユキノは冷笑を浮かべて言い放つ。
「何度も言わせないでください。兄さまは、あのドラゴンを殺すために動いている」
「……。……」
「そして私は、あなた程度の言葉で動揺しない。心を動かさない。いい加減それを、思い知ってくださいませんか?」
……ああ。
だから本当に、イヤなんだ。
この双子、こういうところが本当に似ていて。
ホガミも。それにたぶんマエノや、イシジマも。どうしたってそういう人間のことが、分からない。
「……悪かったわよ。もう言わない」
分からないからこそ。
ホガミはとりあえず謝った。プライドの高いホガミが謝るなんてことは、滅多にないことなので、ユキノもそれにはさすがに驚いたようだ。
「ホガミさんの辞書には、謝罪なんて言葉はないものと思っていました。意外です」
「アンタほんっと、うっさいわね。……あれ?」
ぷいと顔を背けると。
とある景色が目に入り、ホガミは慌ててもう一度ユキノに話しかけた。
「ね、ねえ。あれ見てよ」
「……あのですね。だからそれはもういいと」
「違うって! ホラ!」
呆れた様子ながら、ユキノが再び振り返る。
しかし彼女の曇った表情は、その光景に気づき一変した。
視線の先で。
シュウが手を振りながら、こっちに向かって走ってきていた。




