144.大体けなしてる
翌朝。
俺はレツさんの指示通りに、討伐チームの左後方部隊に参加していた。
太陽は上空に高く昇っているが、雲が多いため日差しはほとんど地上までは届かない。
秋風が物悲しく吹き、草花のほとんど育っていない枯れた大地を通り過ぎるのみだった。
そんな侘びしささえ漂う空間だというのに、他の部隊も合わせれば合計40人にもなる人間がひしめいているのは異様でさえある。
というのも、俺たちだって何もせず呆然と突っ立っているわけではない。
待ち構えたそのとき――マエノが成り果てた魔物が姿を現すときを、全員が今か今かと待ち構えているのだ。
――レツさんから聞いた話をまとめてみると、次のようになる。
まず超大型モンスターがスプー近辺に出没するようになったのは、10日前。
その異形は、当初、スプーの周辺をうろうろと彷徨うような姿を見せていたという。
不気味に思った村人が早馬を出し、ハルバンの兵士に通報した。魔物の身体に蝶の形をした痣があったことから、レツさんたち近衛騎士団が中心となり討伐チームを編成し、対応することが決定した。
そしてその翌日、彼らがスプーに到着した頃のこと。
今までは遠巻きに村を見るようにして大人しくしていたソレは、騎士団を前に突如として荒ぶり、村の住人たちに問答無用で襲いかかった。
とにかく生命維持力の強い魔物で、仕留めきることはできず、お互いに手傷を負ったままその日は戦闘が終わった。
そんな相手が何故、明日襲撃してくると事前に判明しているのかというと、それは襲撃のタイミングに法則性があったからだ。
まず、9日前の戦闘。
2回目以降は6日前、3日前……という感じに、必ず2日間、間を挟んでいる。
それは魔物が休息に必要とする時間なのかもしれないし、あるいはもっと別の理由もあるのかもしれない。
しかしそういった理由で、4回目の襲撃は恐らくは今日に当たるだろうというのが、討伐チームの見解だった。それで騎士団を始めとする面々は、今日このときに向けての準備を必死に整えていたのだ。
そこまで戦闘が日を跨いで長引いてしまったのには、多くの要因がある。
夜になると、その魔物は巣にしているらしい村外れの岩山に帰っていくそうだが、なかなか追撃が実を結ばなかったのは、長時間の戦闘でこちらもかなり消耗してしまうからだった。
レツさんが言うには、天幕を張ってこうして近くで待機できるのも、本日が最後の機会かもしれない、ということだった。
栄えた元王都であるハルバニアから、スプーはかなり東に離れた田舎町だ。物資の補充も困難な以上、成果をあげないままそう長居はできないらしい。
つまり今日は、本当に最後のチャンスと言えるのかもしれない。
絶対にこのチャンスは逃せない。何が何でも、災厄を振りまくマエノを倒さなくては。
そう思うと、配置されたのは後方とはいえ気が引き締まる思いがする。
ちなみに仲間たちはといえば、遠距離での支援を得意とするアサクラが右後方。接近戦中心のナガレが右前方。
ナガレのことは心配だったが、本人が「大丈夫」と言うのでどうにも止められずにいた。目を向ければ、200メートルほど先に佇む彼女の表情までは確認できないものの、落ち着いている様子ではある。
ユキノとホガミは、より後ろの天幕付近で負傷者の救護に当たることとなった。
ユキノの配置に関しては俺がレツさんにお願いした結果だ。危険が少なく、俺にとっても守りやすい場所を頼んだのである。
ホガミは、直前まで「ハヤトと話をさせて」と粘ったが、レツさんから許可は下りなかった。代わりに、もし話ができる状況が作れれば、と条件を出され、渋々頷いていた。
40人もの人々は7グループに分かれ、それぞれの配置についている。
俺が参加している左後方の合計人数は、6人。その内、近衛騎士は2人のみで、俺以外の3人はスプーからの志願兵だ。
以前リセイナさんが話していた通り。
スプーに住んでいた人たちは、怪我人はいるものの死者は出ずに避難を終えている。騎士団が救助に尽力したおかげだった。
そして避難民の内の3人は、志願兵として騎士団への協力を申し出ている。俺の周りに立つ彼らがそうだ。
その内の1人は、俺にとってなじみ深い人物だった。
「あれ? 薄々思ってたけど……シュウってもしかしてちょっと小さくなった?」
生意気なことを言ってくる少年は、トーマ・ロジ。
スプーで俺とユキノをしばらく居候させてくれたメリアさんの一人息子である。
12歳に成長した彼は、驚くべきことに、身長が160センチほどに伸びていた。
スプーで農業仕事を続けているうちに気づいていたらそうなってた……とのことだが、羨ましすぎる成長ぶりだった。
大体っていうかほぼ、追いつかれてる。認めたくないけど。本当に認めたくないんだけど。
そしてもう1人、その傍らに立つ近衛騎士が居る。
「フン。小癪な《来訪者》なんかが、身長まで縮んでいたらシャレにならないな!」
ふつうに口が悪い青年が、アダン・タイナー。
何故か剣客としてハルバニア城に招かれた俺と、1対1の戦闘訓練で戦ってくれたアダンさんである。
元々はハルバニア城の常駐兵士だった彼だが、必死の努力により剣の腕前を上達させ、半年前に見事に近衛騎士団入りを果たしたらしい。
……とまあ、そんな感じで懐かしの2人と再会した俺だったのだが、他の騎士たちとは異なり、この2人は俺が「ナルミシュウ」であることはアッサリ看破しまったようだ。
そもそも赤メッシュくらいで誤魔化せたのが、逆に不思議なくらいなのだが……。
トーマが志願兵として討伐チームに参加して以来、2人は意見が反発するとかでよく口喧嘩しているらしい。
本日もその喧嘩の一端が繰り広げられていた。
「何だとー!? おまえ騎士団だからって生意気だな。前にシュウに負けたの根に持ってるんだろ、他の騎士のみんなに聞いたからな!」
「んなっ……!? そんなこといちいち覚えてるわけないだろ! 以前はともかく、今の自分ならこんなヤツに負けるワケ」
「ぜんぜん覚えてんじゃん! 恥ずかしいからって嘘吐くなよー」
「違う嘘じゃない!」
……さっきからこんな感じなので、ここだけだいぶ緊張感がない。
周りの騎士や志願兵は慣れっこなのか、「ハアやれやれ」みたいな顔でスルーしているが、なぜかトーマとアダンさんは俺を間に挟んで言い合いしているので、うるさすぎて無視ができない。
右からも左からも、ギャンギャンと騒ぎ立てる声が無闇に響く。歳は10歳近くも離れてそうなのに、何だろう、兄弟みたいな喧嘩っぷりだった。
「お前はシュウのこと気に食わないのかもしれんけど、おれはシュウのすごいところをたくさん知ってるからな」
「へえ。例えば?」
なんか変な話題になりつつあるな……。
中断させようかとも思ったが、俺が口を挟む前にぺらぺらとトーマが喋り出す。
「シュウはな、すごいんだぜ。《略奪》覚えてんのにまともに何か盗めたことは1回もないし」
「それのどこがすごいんだ」
仰る通りです。
「それにシュウは、えーっと……そう! 強いペットを飼ってる」
「でも今回は連れてきてないらしいぞ」
はい、すみません。
「あと……スゲーかわいい妹が、いるし」
妙に言い淀んでいたので、ふと見てみると、トーマの顔は真っ赤っかだった。
「あれ? トーマ……」
思わず名前を呼ぶと、ずざざっ! と土煙を上げつつ、すごい勢いで遠ざかっていく。
「ちちちちがうからねっ! そういうんじゃないから!! 勘違いすんなよ!!」
「まだ何も言ってないけど……」
「ご、ごほん。とにかく? 今ので分かっただろアダン、さん。シュウのすごさをな!」
明らかに話題を逸らしている様子だったが、トーマが自信満々に胸を張っている。
アダンさんは一瞬、考えるように目を伏せたが……直後に強く叫んだ。
「いや……大体けなしてただろ!」
うん、俺もそう思う!
アダンさんのまともなツッコみに勝手に頷いていたら、不憫そうに顔を見られた。何でしょう。
「その頬も……」
「え?」
「さては女に殴られたんだな?」
哀れみの目で見られてしまった。慌てて首を振る。
「ち、違いますよ。これはイシジマにやられて――」
「イシジマ? ……ああ、あのイシジマか」
十中八九そのイシジマです、と頷くと、アダンさんはそばかすの散った顔を歪ませた。
「……レツ団長の温情で騎士団入りを許されておきながら、あの不届き者め。民間人を傷つけるとは」
そうだった。このひと、だいぶ熱烈なレツさんのファンなんだった。
と思い出しつつ、不思議に感じて問うてみる。
「レツさんって団長じゃなくて、副団長なんじゃ」
「ホレイ・アルスターは2年も行方をくらませてるんだぞ。実績から見てもレツ団長が団長でいいと自分たちはみんな思っている」
「はあ……」
みんなっていうか、主にアダンさんが、なんだろうなぁ……。
などと考えていたら、戻ってきたトーマが俺の腫れた頬を指差してきた。
「そうそう、おれもおかしいと思ってた。何でそのほっぺ、ユキノに治してもらわねーの?」
頬の傷に関しては、昨日、レツさんともこんな遣り取りをしていた。
「そういえば……ユキノの嬢ちゃんって、お前限定で回復魔法が使えるんだよな? 何でその頬、嬢ちゃんに治してもらわなかったんだ?」
「ああ、俺が断ったんです。条件をなるべく揃えたくて」
「条件?」
「それについてはまたいずれ、お披露目できるかと思います」
昨日はレツさんが相手だったので思わず格好を付けた物言いをしてしまったが。
「……今はいいんだ、このままで。ちょっと狙いがあってさ」
「狙い?」
「今はまだ言えないんだけど」
結局ほとんど似たようなことを口走ってしまい、苦笑いする。その弾みにも、腫れた頬は鈍く痛んだ。
トーマは納得しかねている様子だったが、俺が話さないと察してか、またアダンさんに突っ掛かっている。
イシジマはといえば、中央前方という、最も危険な配置に就いているそうだ。
それは本人の希望でもあり、周りも望んでいたのだとか。邪魔だと思うと敵味方問わず殴りつけるらしいので、尤もな意見ではある。
「待て。――来たぞ」
その言葉は、唐突だった。
岩山の方にアダンさんが顔を向けている。トーマと俺はほぼ同時に、その言葉に従って視線を巡らせた。
その瞬間、ずしん――――と腹の奥を殴りつけてくるような、重い音が響き渡った。




