13.初めてのクエスト
受付が眼鏡執事だらけなのと、そのファンらしい女性冒険者だらけのギルド、という不可思議な空間にて、俺たちは初心者向けのクエストを一つ受注した。
内容は『小型モンスター・青スライム5匹の討伐』。任務達成時の報酬額は五百コールである。
その後、意気揚々とやって来たのが【ライフィフ草原】だった。
城下街【ハルバン】の南門を抜けるとすぐにある。真っ平らな草原が続いていて見晴らしが良い地形をしている。
棲み着いているのも初心者向けの弱い魔物が多く、引き返せばすぐ街に戻れるので万が一の場合も撤退しやすい。
クエストを受けるのも初となる俺たちにとって絶好の経験値稼ぎの場所だ。
そして快晴の下、俺たちは一匹の青スライムと向かい合っていた。
『…………』
まさしくゲームで見るような。
といったおなじみな外見の半透明スライムは無言でぽよぽよ草原を跳ねていたが、目の前の俺たちの存在にようやく気づいたようだ。
クルリと方向転換してこちらに目を向けてくる。
『…………』
引き続き無言でぽよぽよしている。
うわぁ、これ見てると気が抜けてくる……!
俺は『W』で購入したばかりの片手剣を右手、小盾を左手に構え、ユキノに呼びかけた。
「ユキノ、頼む!」
「お任せください兄さま!」
長い白杖を地面につき、シャンシャン、と先端についた大きな二つの鈴を鳴らすユキノ。この杖というのは、魔法使いにとって、魔力の流れを感知し、魔法の威力を大幅に上げるのに一役買っているアイテムだそうだ。
その鈴から、涼やかな音色と共に黄金色の光が溢れ、俺の頭上へと燦々と降り注がれた。
「《攻撃特化》! 《防御特化》! 《状態異常無効》! の、愛!」
「つまりどういう!」
「はい! 兄さまの攻撃力と防御力を底なしに上げ、全ての状態異常を無効化いたします。そして愛です!」
なにそれスゴい。よくわかんないけどいろいろスゴい。
支援魔法を唱え終えると、傍らに立っていたユキノは杖を手に後方へと下がる。
入れ替わりに前に踏み込んだ俺は素早く距離を詰めると、手にした片手剣をスライムの脳天あたりに勢いよく振り下ろした。
「…………!」
ポシュン!
冗談みたいにスライムの粘性の身体が弾けた。
そのまま半透明の青い欠片が辺りに飛び散る。
俺はしばらく無言でその場に突っ立っていた。…………うん?
「やりましたね兄さま!」
「う、うん」
本当にやったのかなコレ。
あまりの手応えのなさに不安になってきて、リブカードを取り出してみた。
――――――――――――――――
鳴海 周 “ナルミ シュウ”
クラス:剣士
ランク:F
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
パーティ:鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
クエスト:『小型モンスター・青スライム5匹の討伐』 残り討伐数4
――――――――――――――――
確かに残り討伐数が減っている。
ということは、今ので1匹倒せたという認識で間違いないらしい。
青スライムは思っていた以上に弱い魔物だったようだ。
ちなみにスライムと言えども、青より上級の緑や赤色も居て、たまにもっと巨大なスライムもいるとはエンビさんの談だ。
相手が魔物である以上、舐めてかかるのは危ないが青はとりあえず弱小ですよ、とのこと。
周囲を見回して、すぐ近くには別の魔物が居ないのを確認すると俺はユキノを振り返った。
「ところで、ユキノってもしかして使える魔法とかスキル増えてる?」
「はい、少々ですが」
ユキノは短いスカートの裾あたりからひらっとリブカードを取り出した。どこに仕舞ってるんだ……。
――――――――――――――――
鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
クラス:女神官
ランク:F
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"魔力探知"、"詠唱短縮"、"魔力自動回復"
リミテッドスキル:"兄超偏愛"
習得魔法:《小回復》、《中回復》、《大回復》、《半蘇生》、《状態異常無効》、《攻撃特化》、《防御特化》、《速度特化》
パーティ:鳴海 周 “ナルミ シュウ”
クエスト:『小型モンスター・青スライム5匹の討伐』 残り討伐数4
――――――――――――――――
「ううっ……」
「兄さま!?」
妹の成長が著しすぎて目眩がしてきた。
学生証と同じサイズのリブカードに入りきらない文字の波は、空間にまで浮き出てぴかぴかと誇らしげに輝いている。
文字がはみ出るとそういう風に浮き上がってくる仕様らしい。短文で済んでる俺はそれすら知らなかったけど!
「……お気に召さなかったでしょうか」
ユキノは俺の態度に不審なものを読み取ってしまったらしい。
しゅんと項垂れてしまった。しかし今の俺には取り繕うだけの元気も足りていない。
「そうじゃないユキノ。そうじゃなくて……俺、なんか自分が情けなくてさ」
「兄さまが情けない……!?」
「そこはそんなにビックリするポイントでもないんだけど……その、ユキノはたくさん魔法やスキルも習得してるのに、まだ俺はベーススキルしか持ってないし」
魔法属性は、地・水・炎・風・雷・光・闇・無の八つ。
それぞれ対応するリブカードは土色・青色・赤色・緑色・黄色・黄金色・黒色・白色に分類されるというのはレツさんから教わっていた。
そこから外れている――灰色のカードを持つということ。
その答えは簡単に導き出せた。
現状、俺には得意な魔法系統は存在しない。
ユキノのめざましい活躍を一番近くで目にして気分が落ち込むのは、だから、当然だった。
守ると誓ったのに、これじゃあ逆に優秀な妹におんぶにだっこされているようなものだからだ。
「……でも、兄さまは強いです」
「え?」
よく聞き取れなかった。
聞き返す俺を強い目で見据えて、
「――見ててください兄さま」
ユキノはそう一言を言い残すと、突然走り出してしまった。
「ユキノっ?」
ちなみにユキノは水泳は得意だが陸上競技が少し苦手だ。
走るのも速くはない。より正確に言うと、それなりに遅い。
そんなユキノがトテトテどこまで走ったかと思うと、約十メートル先で立ち止まっていた。
その目の前には1匹の青スライムが!
「危ないよユキノ、こっちに戻っておいで!」
「っ小さい子に呼びかけるような言い方禁止です!」
顔を赤くしたユキノが白杖を構える。
そして、その先端を「てやっ」と一所懸命にスライムに振り下ろした。
『…………っ』
鈴の部分が、ぽよーんとぷよぷよの弾力ある身体に跳ね返された。
「ひわっ!」
驚いたユキノはたたらを踏んだが、何とか体勢を立て直す。
俺はそんな一部始終をハラハラしながら見守っていた。
傍目で観戦しておいて何だが、ユキノはかなりピンチのように見える。
とにかく戦いに不慣れで危なっかしいのだ。
スライムもどことなく「こりゃいける」って顔つきで、草むらに隠れた仲間と示し合わせて襲いかかろうとしているし……でも「見てて」と言われたからには手出ししちゃいけないのか……ううむ……。
悩ましいながらスライムから視線を戻すと、ユキノも俺をじっと見ていた。どうした。
「兄さまぁ……」
泣き出しそうな顔をしていた。
というよりちょっと涙ぐんでいる。
「兄さまあぁ、助けてくださいぃ……」
「……えっ!? うんッ!」
慌てて前に出た俺は、まずユキノが相対しているスライムを足蹴りで粉砕。
さすがアンナさんオススメのレザーブーツ!
踵が固くて丈夫だよ、との触れ込みだったが、弱い魔物相手にならこの攻撃手段も有効そうだ。
その背後、もう一匹近寄ってきていた青スライムは他の個体と比べて一回りほど身体が大きかったが、これは後ろに回り込んで対処。
『…………!』
「よっ!」
片手剣を斜めに振り下ろし、二撃浴びせ難なく撃破。
……うん、初めて持ったときは意外と軽くて不安だったけど、思った通りに動いて腕に馴染む。選んでもらって正解だったかも。
「見事です兄さま! それと……お見苦しいところをお見せしました」
剣を鞘に収めるとユキノが駆け寄ってくる。ちょっぴり照れくさそうだ。
「えと、何をお伝えしたかったかといいますと……ユキノ一人だと、この弱っちいスライムさえ倒せません。つまりユキノのほうがこのスライム一匹より弱いのです」
「そうだね」
「あうッ」
しまった。ユキノがショックで頭を抱えてしまった。
「だ、だけど兄さまは先ほど、一撃でスライムを倒しました。続いてもう一匹も倒してしまわれた。何故かというと、兄さまのほうがずっと強かったからです」
「それは……ユキノの支援魔法があったからだよ」
ユキノは否定しなかった。
「そうかもしれません。でも、ユキノにはスライムが倒せませんでした」
ユキノは頑なに、ある意味愚直なまでにそう主張をし続ける。
上空の青空以上にずっと澄んだ瞳が、食い入るように俺のことを見つめている。
見つめ合っていると、彼女の言っている言葉の意味が、すうっと頭の中に入り込んでくるようだった。
……ああ、そうか。
そもそも考え方が間違っていた。
俺一人が弱いとか、ユキノの支援魔法が強いとか、そういうことじゃないんだ。
これが、俺たち二人分の強さ、と考えたら――。
「……ごめん、ユキノ。目が覚めた」
「!」
「大丈夫。ちゃんと戦うよ」
「……はい」
ほっとしたように頷く。
その柔らかな表情が、また俺を助けてくれていることにユキノは気づいていないのかもしれない。
「そういえば、これで残り討伐数は2匹でいいのかな」
少しばかり俺も照れくさくなり、誤魔化し気味にリブカードを取り出してみた。
――――――――――――――――
アクティブスキル:"片手剣初級"
――――――――――――――――
あ、スキルが増えてる。
これまた地味そうなヤツだがちょっと嬉しい。片手剣の扱いにちょっと慣れましたよ……みたいなスキルだろうか、名前の通り。
「このアクティブスキルっていうのは何だろう。他のスキルとは違うみたいだけど」
「それなら先ほどエンビさんが教えてくださいました」
カードを隣から覗き込みつつ、ユキノが解説してくれた。
「アクティブスキルは、一定以上の経験を経ると自動的に取得できるものだそうです。一般的にこの世界の方々にとって、スキルといえば基本的にこのアクティブスキルのことを指すそうです」
そうか。
ベーススキルもリミテッドスキルも《来訪者》限定らしいから、【キ・ルメラ】で生まれ育つ人々にとっては、自ずとそうなるのかも知れない。
「――兄さま、スライムです」
ユキノが杖を向けている。
俺も同時に再度片手剣を構えていた。
前方に青スライムがぽよぽよ跳ねていた。
それにその奥、原っぱの中で転がっているのが1匹居る。
「じゃあ残り2匹も落ち着いて倒していこう」
「はいっ、兄さまっ! 私も支援がんばります!」
始めて受けたクエスト。
『小型モンスター・青スライム5匹の討伐』を無事終えた俺たちのランクは、その日の内にEに昇格したのだった。




