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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第六章.兄妹の決別編

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141.騎士見習いの男

 

 レツさんは手を振って謝りながら、会議の席へと慌ただしく戻っていった。

 忙しいだろうに、時間を割いて俺たちの面倒を見てくれたのだ。であればこれ以上、余計な手間は掛けないべきだろう。

 レツさんの去った方向に目をやっていたリセイナさんに声を掛けてみる。


「俺たちはこのままレツさんのテントまで行くってことでいいですか?」

「ああ、それで問題ない。しばらくそこでフォードを待とう」


 リセイナさんも異論なさそうなので、なし崩し的に先頭を歩きつつ――俺は改めて、認識せずにいられなかった。


 エルフの国に渡った直後は、いろんな出来事が立て続けに起こったのもあり、あまり深く考える時間も余裕もなかった。

 それに、身の回りで容姿が大きく変化しているのはアサクラとコナツくらいだった。他には初めて会うエルフの人々ばかりだったのだから、違和感を持つこと自体が難しかったのだ。


 ――でも今、見回してみればよく分かる。


 レツさんの燃えるように赤かった髪は伸び、髪型も変わっている。

 それに勇ましかった横顔には、精悍さがより密度を増して加わっているようだ。俺にとって、彼とシュトルの港で別れたのはほんの2週間ほど前のことだが、たった2週間でそこまでの変化はきっと生まれなかっただろう。

 周りの、前に一緒に訓練したこともある近衛騎士たちもそれぞれ、身長や体型などに変化がある。

 誰も彼もが、確かに変化している。壊れ果てたスプーだってそうだ。帰ってきて目にするものに、同じものは何一つとしてない。


 だから、どうしたって実感する。


 ……本当に、この世界では2年もの年月が経過していたんだ。

 俺は完全に、その時間の流れからは取り残されてしまった。別になにか後悔があるわけじゃないけれど。

 彼らと共に、時計を進めることができなかった。何となくそれが、怖ろしく、寂しくも感じる。


「ユキノは、不安じゃない?」


 咄嗟に話しかけていた。ユキノは2年間眠り続けていたのだから、俺以上の不安を抱えているのではないかと思ったのだ。

 でも結局はその行為自体が、俺の不安を表していたのかもしれない。

 聡いユキノはそれにも気づいただろうに、俺を気遣うように微笑んだ。


「いいえ、ちっとも。だってユキノは――」


 何かを言いかけたところで、言葉がふいに途切れる。


「……いえ。2年なんてきっと、本当はそう長い時間じゃありません」

「…………ユキノ?」

「大丈夫です。私は不安ではありません、兄さま」


 なんだかユキノらしくない言葉だ、と思ったのは俺の気のせいなのか。

 ユキノはそう言って頭を振ってみせる。無理に追及することもできず、俺も黙り込んだ。


 ちょうど静かになった、そのタイミングを見計らったように、数人の喋る声が天幕の合間から耳に入る。


「……おい、新人。お前やる気あんのか?」


 言葉尻ほど敵意はないが、呆れるような声が響く。

 目を向けると、食料や消耗品などの物資を保管しているらしい貯蔵庫の脇に三人の人影がある。

 怒られているのは、どうやら一人の騎士見習いらしい。何となく、俺はその遣り取りを聞くとはなしに聞いていた。


「アァ? あるわけねーだろ、何でオレがこんな雑魚の仕事を」

「ホラこの荷も昼までに運んどけ、チンタラやるなよー」


 何というか、騎士らしくないかなり反抗的な見習いのようだ。

 しかし彼の言葉は中断させられ、おまけにその両腕に木箱が4つも載せられる。

 ふらつきつつも転ぶには至らなかったからか、さらに箱が2つ、足される。

 グラグラと、高い位置で箱が不安定に揺れ始めていた。傍から見ているだけでもハラハラしてくる……。


「ウッせぇ、オレに指図すんな。……いてッ」


 また文句を言いかけたところで、先輩らしい騎士に小突かれている。さらに1番上の箱が大きく揺れる。

 あーあ、と後ろのアサクラが肩を竦めた。反抗的な新人を任された様子の先輩2人の方に同情しているようだ。

 その2人はといえば「じゃあ、任せたからな」と溜息と共に言うと、こちらに向かって歩いてくる。


「ったく、何でこんなのを副団長も拾ってくるかねぇ……」


 ぼそりと呟いた直後、俺たちの視線に気づいてか一瞬、顔を強張らせる。

 軽く会釈して、早足で去っていってしまった。


 ――その姿が遠ざかり、天幕に隠れて見えなくなった途端。


「……クソ!」


 その騎士見習いらしき青年は唾を吐き捨てて、足元の箱の塊を足蹴にした。

 素行の悪さに、ユキノやリセイナさんは眉を顰めたようだ。ナガレもびくりとしている。


 本当はこのまま通り過ぎるのが正解だろうな、と思いつつ、俺はその人物へと駆け寄った。


「あの、良かったら手伝いましょうか?」


 別に100%の善意からの申し出、というわけでもない。

 志願兵の立場になった俺は、いずれ彼のような人間とも関わって、マエノと戦う戦場に出て行くことになるだろう。

 そのときに、何の縁もゆかりもない人間というよりは、多少の関わりがあったほうがまだ上手くいく気がする。このまま通り過ぎるよりは、ってだけだけど。


 荷に隠れてほとんど見えなくなった彼の、横顔を認識できる位置まで移動する。

 簡易的な兜を頭に被った、その表情を――見た瞬間に、気づく。


 もともと中学生とは思えないほど体格に恵まれてはいたが、それがこの2年間で驚くほど逞しく成長している。

 身長も8センチほどは伸びているんじゃないだろうか。だけど見間違えることはない。


「……イシジマ?」


 だが呼ぶ声は、俺自身が思っていた以上に訝しげなものだったかもしれない。


「…………ア?」


 ギロリ、と凄んだ眼が、次第に驚愕と――徐々に、強い怒りを滲ませていく。


「お前……、シュウか?」


 その見習いは、俺の元クラスメイト――石島淳彦(イシジマアツヒコ)だった。



 +     +     +



 それから1時間ほど経って。


「……どうしたシュウ、その傷」


 天幕に入ってくるなり、開口一番。

 レツさんはそう言って、つかつか歩み寄ってきた。


「いやあ、えっと」


 俺は困って、首を傾げることしかできない。その仕草の弾みにも、腫れた左頬がジンと痛んだ。

 俺とイシジマの関係を知らないリセイナさんが、きっぱりと答えた。


「お前の所の騎士見習いに殴られたんだ。出会い頭にな」

「見習い……イシジマのことですか?」


 レツさんの表情が途端に険しくなる。


 ――『シュウ、テメェ!』


 顔を合わせた直後に、イシジマはそう叫びながら俺に殴りかかってきた。

 まず頬を一発。続けざまに彼は左手をも繰り出そうとしたが、その前に――頭上から、大量の木箱と、その中身の果物が俺たちに向かって降り注いだのだ。

 驚くべきことに、鋭く伸びたイシジマの腕は木箱を貫通し、粉砕した。

 が、さすがにそれ以上は進まなかった。


 俺が後方に飛び退くと同時、イシジマの巨体は雪崩のように降り注ぐ赤い果実に埋もれていった。

 それが1時間ほど前の出来事である。その後は、その場から離脱してレツさんの所有する天幕に逃げ込んだというわけだった。怪我したのは頬くらいのもので、それだって決して重傷というわけではないのだが。


「よくもあんな暴れ馬みたいな男をよく入隊させたものだ。そこまで騎士団は人手不足なのか?」

「まぁ、イシジマはあれが通常運転ではありますけどね……」


 単純に不思議そうにするリセイナさんに、アサクラが苦い顔で言う。

 ユキノもナガレも、どことなく暗い顔だ。ホガミだけは心ここにあらずの様子だったが、2時間もこんな調子だったので、とにかく空気が重くて仕方がない。


 レツさんは天幕内を見回し、それから再び俺を見てから言った。


「……もうちょっと全員、待っててもらえるか? ちょっとアイツ締め上げてくる」


 そのまま駆け出そうとする背中を慌てて止めた。


「いやいや! 俺は大丈夫ですから。それよりレツさん、聞いてもいいですか?」

「……何だ」


 レツさんはすっかり機嫌が悪そうだ。

 それでも止まってくれる。結局彼は甘い。自分の感情より他人の立場を尊重するところは相変わらずで、俺は彼のそういうところを尊敬する。


「何でイシジマが騎士団に?」

「…………」


 レツさんは憮然とした面持ちながら、


「ちょうど1年くらい前かな。着物の女――確かカンロジとか言ったか? そいつと戦って死にかけてるのをハルバンの近くで拾った。カンロジ本人は、逃がしちまったけどな」

「!」


 ――カンロジ・ユユ。


 ここでもその名前が出てくるのか。

 そしてカンロジの目的は、やはり《来訪者》全員を殺すことなんだろう。孤立していたイシジマを狙っている時点で、ほぼ間違いないと言っていい。

 しかし素でも暴力的なイシジマと渡り合えるということは、俺が思っている以上の戦闘力をカンロジは有しているのかもしれない。その事実は脅威だった。


「聞けば行く当てもないって言うんでな。見殺しにするわけにもいかねーし、それで騎士団に見習いとして入隊させた。この1年で少しは大人しくなったかと思ったが……気のせいだったかもしれん。すまんシュウ」

「レツさんが謝るようなことじゃないですよ」


 頭を下げてくるレツさんに慌てて首を振る。

 実際、彼や周りの騎士たちに罪はない。イシジマの性質は元々ああなのだ。別段、今さらそれに対してどうこう思うこともなかった。


「どうにもああいう、アウトローを放っておけないんだ。昔の自分のことを思い出すせいかな」

「昔の自分、ですか?」


 ユキノが反復して問うと、レツさんはようやく頭を上げてくれた。

 そうして、言う。


「……ああ、ついでに話そう。オレも姉貴も、他国のスラム街の出身なんだよ」



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