133.ホガミの証言1
代理戦争?
狼役?
突然出てきた単語に戸惑う俺たちに構わず、ホガミは「少し話を戻す」と言う。
「もともと、ハルバニア城に残ってたときハヤトの提案で、パーティ分けの会議をしてたの」
最初に城を出て行ったイシジマたちを、追いかけるかどうかで多数決を取ったのは俺も覚えている。
ホガミによると、その後にお互いのリブカードの確認と、パーティ分けをしようという話し合いになったが、クラスメイト同士の小さな諍いが勃発し、なかなか意見はまとまらずに数日が過ぎたのだという。
「ハヤトは王さまの側近とか、赤髪の騎士の人とかに掛け合ってくれたらしいけど、うまくいかないみたいだった。それにその日も会議が行き詰まって、部屋に帰ったあともみんなイライラしてた。そうしたら突然、あの――最初に召喚された、礼拝堂に呼び出しを受けた。王様の使いだっていう、兵士から」
「その場には、城に残った全員が集まった?」
再び続きを話そうとしたホガミだったが、その前にコナツがひとつの問いを投げかける。
ホガミは顎に指を当て、少し考える素振りを見せてから答える。
「……集まってない。正確にメンバーを覚えてるわけじゃないけど。あのとき城には、合流したばっかのイシジマとハラを含めて二十七人居たけど、その半数近くは居なかったと思う。……って、これ、あたしが話す必要ある?」
急にホガミは不機嫌そうな声色を出す。びびったのは睨まれた張本人であるアサクラだ。2年経とうと怖いものは怖いままらしい。
「ねえ、アンタが話せばいいじゃん。アンタもミズヤウチさんも城には居たんだし」
言われてみれば、カンロジと共に城を脱出したメンバーにはアサクラやミズヤウチも含まれている。
しかしミズヤウチは、真剣に話を聞いているとき特有の鋭い目つきを一瞬和ませ、ふるふる首を振る。
アサクラが、
「おれもミズヤウチも、その呼び出しとやらは受けてないぞ。城を脱出するときのことならともかく、礼拝堂であった出来事については説明できない」
意外とてきぱき反論をかました。ホガミは呆れたような溜息を吐いて、再び役目に戻る。
「……で、礼拝堂に行って、何だろうってみんなで顔を見合わせてた。そしたら急に床面が光り出して、ひとりずつ、クラスメイトの身体の――あちこちに、蝶の模様みたいな痣が浮き上がってきたの」
ホガミは感情を押し殺した表情で、説明を淡々と続ける。実際、そうしてシンプルな言葉にして説明することで、ホガミは平静さを保てている様子だった。
「前に王様が話してたやつじゃん、ヤバいじゃん、ってみんなビックリしてた。魔物になっちゃうってパニックになって、泣いてた子もいたと思う。
何人かが礼拝堂から逃げ出していって、あたしもそうしようとしたけど……カナンが足に縋りついてきて、外には出られなかった」
「……アラタもその場には居たって言ってた」
小さな声でアサクラが付け足す。
「偶然隣の部屋だった米良が、怖いからついてきてくれって言ってきたんだと。起こそうとしてもおれが起きないから、メラと一緒に礼拝堂に行って――でもそこで、メラが顔を抑えながら悲鳴を上げ始めた。一緒に逃げようとしたのにメラの身体が動かなくて、どうしようもなくて一人で逃げたって」
ホガミはアサクラの話を聞き終えてから、頷く。
「……そう。よくわかんないけど、何人かは出口から簡単に逃げられたの。それがきっと、狼役とそうじゃない人の、違いだったんだと思う」
そのときのことを思い出したのか、ぎゅうと強くホガミが目を閉じる。
彼女の目蓋の裏に映る光景を、俺は知らない。芽生えているのは後悔だろうか? 親友であるツチヤカナンの腕を振りほどいて逃げれば、ホガミはまた違う人生を辿っていたのかもしれないのだ。
再び目を開いたホガミの顔には、用意してきたような無表情が貼りついている。
「そこでその、天井から降り注いでくる声の主が話しかけてきて……いろいろ一方的に説明し始めた。
諸君には猟犬として活躍してほしい。病に罹らず異世界での冒険をのうのうと楽しむ奴らを殺し尽くせば願いを叶えよう。でも間に合わなければ魔物に成り果てる。それまで暇つぶし程度に我々の代理戦争に励んでもらうだとか、何とか。あたしたちはもう、何が何やらわかんなかった。……あとアンタの話も出た」
唐突に顎先で示され、一瞬きょとんとしてしまう。
「「下馬評では、ナルミシュウの人気が圧倒的に高い。何故かってーと、あらゆるリミテッドスキルを奪い尽くせるなんていう、万能スキルを持ってるからな」……って、ソイツが言ったから。
それにナルミを殺しさえすれば、その人物には勝者の資格を与えて病気も治してくれるって。それもあって、ナルミを一番に殺そうって意見が固まった。もちろん、アンタにはそんな事情は隠してたけど」
……何だそれ。
思わず溜息が出そうになる。そんな好き勝手なことを、その声の主はわざわざ宣言していったのか。
ザウハク洞窟で、妙にマエノが俺を殺害するのに固執した理由。
それにフィアトムに向かう客船を襲ってきたタカヤマが気になる物言いをしていたのも、その宣言に関わっているのだろう。
――『お前が死なないと困るんだ。本当にそれだけなんだ。オレたちには――もう――……時間が残されてない』
だとしたら甚だ迷惑すぎる。その所為であらゆる場所で積極的に襲撃されていたのだとしたら、俺やユキノは他のクラスメイトに比べても相当に不利だったはずだ。
同時にホガミの言葉で、俺の考えは確定として固まりつつある。声の主の、その正体のことだ。
そんな風に、この世ならざるモノのような立ち位置で話しかけてくる人物を、俺は多くは知らない。
発言内容からも、もう、疑いようもなかった。
その代理戦争とやらに俺たちを無理やり引きずり込んだのは、間違いなく――
「……え? ナルミって、たくさんリミテッドスキル持ってんの?」
思考を遮ったのは、そんなアサクラの呟きだった。
フィアトム城で、俺はアサクラやアカイたちに向かってひとつの嘘を吐いた。
トザカから譲り受けたスキル"矮小賢者"を、自分の覚えている唯一のリミテッドスキルとして振る舞うことで、それ以外のスキルについて一切説明しなかったのだ。
彼らは素直に、自分のスキルのことを俺たちに教えてくれたのに……。
「……またあとで、その件については説明する」
「……おう」
固い口調で言うと、アサクラはぽかんとしたまま頷く。俺がそんな風に返してくるとは思っていなかったようだ。
ハァ、とホガミが大きな溜息を吐く。俺たちの遣り取りが不快だったかと思いきや、そういうわけでもないらしい。
「あたしはさ」
ホガミは髪を片手でいじりながら、壁際に背中を預けた格好で囁く。
「あたしはハヤトに、怖がるみんなの分も怒ってほしかった。どういうことだ、もっとちゃんと説明しろ、ってソイツに向かって怒鳴ってほしかった。でもハヤトは、声がきこえてくる天井に向かってこう叫んだんだよね」
――おい、話が違うだろ――
「……あたしと目が合ったらはっとして、黙り込んでたけど。たぶんハヤトは、あの声のヤツに最初から味方してたんだ。いま思えばだけど、違和感がちらほらあったから」
「違和感?」
ユキノが首を傾げる。応じたのは当事者の一人であるアサクラだ。
「みんなで食堂に集まって連日会議してたんだけどさ。そのとき妙に眠くなったり、怠くなったり……あと、疲れやすかった気もするんだよね。ミズヤウチもそうだったろ?」
アサクラが首を動かして問いかけると、ミズヤウチもこくっ……と頷いた。
それまで黙っていたリセイナさんがふむ、と吐息を洩らし考え込む。
「魔法の一種か? 古代魔法にも、似たような催眠効果を持つ魔法は存在するが」
俺は思い出す。確かレツさんも、似たようなことを口にしていたはずだ。
《来訪者》の世話係として城に滞在していた彼や他の騎士たち誰も彼もが、一週間ほどの期間の記憶がそろって朧げだったのだという。アサクラたちが経験したという意識の不安定な消失は、それに起因するのではないだろうか。
そしてその答えに繋がるものを、俺は既に目にしている。
「――"限定皇帝"」
一斉に全員の視線が俺に集まってくる。
「それがマエノのリミテッドスキルだ。それに、習得魔法のひとつに《睡眠霧》っていうのがあった」
「あ、その魔法おれ知ってる」
アサクラがはいはいと手を挙げる。
「前にギルドで聞いたんだ。不眠症の人とかが重宝する、催眠状態に強制的に陥らせる医療用の魔法だって。おれの《時間針》と組み合わせたらサイキョーじゃん、って話したんだよな~」
「だとするとマエノの魔法効果は、複数人を睡眠状態に追い込むような代物かもしれないな」
「……そうなんだ」
ホガミが平坦な声で言う。
「ハヤト、あたしにはスキル名も教えてくれなかったな」
でもそれはどこか、寂しそうな響きだった。




