130.残り××人
暗闇である。
少し目を凝らせば、徐々に暗さにも目が慣れていって何かが見通せるほどの……なんて、そんな生温いものではない。
その空間に延々と広がるのは、単なる闇だ。むしろ光が射さない以上、それを闇と表現するのにも不具合があるかもしれない。
それほど純然な、概念としての暗闇だけが広がったその場所に、ぽつり――と、一種のバグのように、文字の群れが浮かび上がったのはそのときだった。
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×赤井夢子
?朝倉悠
×新幸助
石島淳彦
×榎本くるみ
×大石翼
×河村隆弘
甘露寺ゆゆ
×児玉徹平
×佐野次郎
×高山瑶太
×竹下瑠架
×土屋佳南
×手島道之
×戸坂直
?鳴海周
?鳴海雪姫乃
△丹生田大志
×子日愛
合歓木空
原健吾
×深谷凛
?穂上明日香
△前野隼人
△松下小吉
?水谷内流
×米良頂
×望月雄大
×矢ヶ崎千紗
×藁科伊呂波
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それは、とある中学校の三年二組の生徒たちを、出席番号順に並べた図だ。
青白く燃えるように空中に浮かんだ文字の羅列。死を意味する「×」は彼らの名前の前に無情に、数えるのが面倒になるほど散らばっている。
しかし勿論というべきか、今さら×なんかに注目する輩はこの会議には集まっていない。
「おい何だこの、「△」やら「?」やらは。前回はなかっただろ」
――ああ、来た。さっそくだ。
この場を取り仕切る役割を持つ偉そうな声の主が、そんな風に発言する。
もちろん、そこにツッコまれることなんて予想済み。といっても、対策か何かを用意しているというわけでもない。ただ好き勝手に文句を言われる後ろ向きな覚悟は決めてきたと、それだけのことである。
「ええっと? それはですね? 「△」っていうのは果たして一個の生物として生存してると言い切れるのかって意味合いでして?」
ふむ、と頷いた気配がする。
マエノハヤト、それにマツシタショウキチの現状に関しては、ここに集った誰もが承知しているはずなので、そこはとりあえず流してもらえそうだ。
問題は次である。この場に図表を提出した張本人である幼い声の主は、一所懸命に説明する。
「「?」はですね? えっと~……まぁつまり、生死不明といいますかっ?」
「それをハッキリさせるのがお前の役割なんじゃねぇの」
ビキビキ、とこめかみに青筋が浮かんだ。気分だけの話だけど。
違いますが? 推しのトザカナオちゃんが早々に死んじゃったから、暇つぶし程度に請け負ってみただけですが? むしろボランティア精神ですが……?!
とは、さすがに言えない。幼い声の主は、この場に集うメンバーの中では新顔だ。つまり格下だ。
自分からやりますと言い出したのも、そんな自分の顔を少しでも売っておきたかったからである。下心があった以上、軽はずみな反論はできそうもない。
「そう責め立てることはないでしょう。実際、誰も「?」印の人間の行方は掴めていないんですから」
ぐぬぬと押し黙っていると、横から丁寧口調の声の主が、擁護するようなことを言ってくれた。
その向こう側からも、
「確かにね。だって何だっけ、あの……ファントム城? みたいなところに行った途端、カメラが追えなくなっちゃったんだもんなぁ」
「ファントム城じゃない。フィアトムだよ、フィアトム」
「それだー。そう言いたかった」
がやがやと騒ぐ声がする。いつも出てこないメンバーもちらほら、最終局面ということもあってか出席してきているらしい。
しかもよくよく声を聞けばそのほとんどは、推しが生き残っている、もしくは生死不明の状態にある者だ。
そりゃあ、いつまでも自分の操作していたプレイヤーが死んだゲーム画面を見つめ続けるような暇人オア変人のゲーマーなんているはずもない。当然だ。
だから幼い声の主は、この場ではちょっと場違いでもある。それで萎縮するほど、控えめな性格でもないのだが。
「……よく分かんないけどさ。もうそろそろいいんじゃない?」
気怠げな声の主がそう言う。「ん?」と偉そうな声の主が反応する。
「だからさ。「?」の奴らはリタイア扱いにしようよ。死んだってことで。もう2年経ってんだよ?」
そうだそうだ、といくつか追従する声がした。
幼い声の主も、その意見には賛成だ。
そう。
出席番号2番、16番、17番、23番、26番が行方をくらましてから、現実世界の月日に換算すると約2年もの時間が流れている。
その間は実に暇だった。
最初はがんばって、血眼になって探してみたけれどサッパリ見つからないので、半月くらいで諦めた。
それから本当に暇で暇で、退屈で、遊んだり寝たりショッピングしていたらちゃんとモニターするのも忘れていて、そうしたら途中まで監視できていたはずのネムノキソラまで見失っていた。これは怒られそうなのでまだ内緒にしてるけど。
他はともかく、16番――ナルミシュウはなかなか、渦中の人物として活躍が多く、見所があった。
さすが、偉そうな声の主の推しなだけあるな? 悔しいけども? と思ったことも一度や二度ではない。
でもそんな彼も、行方を消してしまって見つかっていない。そのおかげか視聴率も、だいぶ低迷してきている。
退屈は毒なのだ。この場に集まった人々を殺す術が一つあるのだとしたら、それは退屈、ただそれ一つのみである。
だからこそこの2年間は、誰もが味気ない日々を送っていたことだろう。いくつかの小競り合いはあったものの、今までの半年間で行われていた、生死をかけた派手なバトルなんてほとんど無かったし。そもそも生き残り自体が、少なすぎるし。
というわけで、さっさと切り捨てて次のステージに進む、という意見には全面的に賛成だ。
このまま生きているかどうかもわからない人間を待ち続けるなんて退屈、とても耐えられそうもない。ウッカリ100年でも経ったら、参加者全員くたばっちゃうし。
「――すると、「△」を含めた生き残りの人数は7人、ってことになるが」
偉そうな声の主は、そこでにやにや笑うような口調で言う。
「いやァ、多すぎる。多すぎるだろ、さすがに。ぬるゲーすぎる」
「そうですか? 30分の7なら充分じゃないですっ?」
「それだけの確率で生き残れるッてんなら、そりゃいっそ楽園だな。単なる現実より生易しい」
そうだろうか?
当事者たちからすれば充分、絶望として成り立っている気がするけど。しかしその声の主は、意見を変えるつもりはないらしい。
「せめて5……いや、4人くらいには減らしたいんだよなぁ。もちっと減ってくんねーかなぁ……」
ぼやくように言うのを聞き咎めてか、しばらく黙っていた気怠げな声の主が発言した。
「……もしかしてさ。自分の推しが生死不明だから?」
「ア?」
「だから、ナルミシュウがさ。それでまだ、リタイア扱いにしたくな」
ブチッ、と何かが千切れるような音がした。
それを境に、声も不自然に途切れる。あ、死んだぞ、と誰かが無造作に呟いた。
「こら、あなた。また手癖で」
「だってうるせェんだもん。痛くもない腹を探られると、ムカツくだろ。痛い腹を探られるより余計に」
特に反省の様子もなく、偉そうな声の主は口笛を吹く。
この瞬間、ひとり分の存在が跡形もなく消滅したことなど至極どうでもよさそうに、
「まぁそんなことはいいんだ。で、そっちはどうなんだ?」
「どう、とは?」
「そのままの意味だよ。悪巧みは順調か?」
今度はシン――と、暗闇には、相応の沈黙が降りた。
幼い声の主も、何も言えないでいる。何か、自分の知らないような話が、思いがけず進行しているようだ。喋っている暇もなく息を呑み、密かに耳を澄ませる。
「……悪巧み、ですか」
「そうだよ、悪巧み。あれこれ準備がんばってんだろ? それなりに楽しみにしてんだぜ」
「…………」
「何だよ、黙るなよ。こっちはお前の邪魔をするつもりなんて更々ない。長い付き合いだ、分かってんだろ?」
やがて、ハァ、と大きな溜息のような音が響く。
丁寧な喋り口調のその声は、疲れたように声を吐き出した。
「……ええ。がんばってますとも、悪巧み。どうぞお好きに、期待していてください」
「うは、退屈ついでに期待するする。この2年間文句も言わず待ってやったのは、それが理由だからなー」
何もかも初耳である。幼い声の主は、不思議に思うことしかできない。
悪巧み? それは一体どんなものなんだろう。自分の推しを勝たせるための、秘策のようなものだろうか?
だとして、それを仕切りやの声が邪魔しないのもよく分からない。それどころか楽しみにしている、なんて尚更おかしい。
……まぁでも、と幼い声の主は考え直す。
結局こんなの、遊びの一つだ。暇人たちが織りなす狂った遊戯だ。
それなら賭ける人々に狂気が入り交じっていようと、特段間違いじゃない。むしろそれが正解だ。ふざけて、笑い合って、殺し合わせる。それくらいがきっと相応しいのだ。
「――というわけで、これから忙しくなると思いますよ」
「……えっ? はい?」
急に話しかけられたのでビックリして、ちょっとフリーズしてしまう。
あれ? 今のたぶん、話しかけられたよね? 相手や自分の姿が見えるわけじゃないけど、たぶんそうだと思う。何となく。
「2年ぶりに、事態が大きく動き出しますから。しっかりとモニターしてくださいね」
あ、なるほど。そういうことね。
そう断言されると、何だかこっちまで楽しくなってくる。
自信満々に応じてみせた。
「――――もちろん、任せてくださいっ? 誰が生きて誰が死ぬのか、バッチリしっかり撮影して、皆さんの前に特上のエンターテインメントをお届けしますからッ!?」
どうやらまだ、退屈には殺されないで済みそうだ。




