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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第一章.兄妹の新生活編

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11.武器屋と防具屋と装飾屋さん(見習い)

 

 俺たちがやって来た武器屋は立派な店構えをしていた。


 とにかく面積が広い。他の店と比べると、一.五倍くらいは軽くありそうだ。

 木彫りの看板には「W」と一文字で店の名前が記されている。「ダブル」と読むのか、それとも「ダブリュー」なのかはわからない。

 ちなみにナイフに関しては別の露店で買ったものなので、この店に入るのは俺も初めてだ。俺は後ろにユキノを連れて店に入った。


「いらっしゃい」

「こ、こんにちは」


 いかにも武器屋の店主、といった感じの図体の大きな男性に迎え入れられ、俺はぎこちなく頭を下げた。

 ちょうど客の少ない時間帯だったのか、店内には俺とユキノだけ。店主は荷ほどきをして、中から革製の靴や鞄を取りだしている。


 店の中に所狭しと並べられた商品の数々を見て、ユキノが声を上げた。


「あら? 兄さま、こちらのお店は防具も売られているようです」

「本当だ」


 ユキノの言う通りだった。店を見回す俺たちに、店主が陽気に声を掛けてくる。


「この店は、武器屋と防具屋が併設されてるんだ。買い物を一度に済ませられて便利って評判だぜ?」


 店主の言葉通り、入口側は隅から隅まで防具が並んでいるのに対し、店の奥側にはまた大量の武器が並んでいる。そしてカウンターも二つ置いてあった。

 店の面積が大きいのにも頷けた。ひとつの家屋に二つ店が入っているのだ。だから店名も「W」なのかな、と何となく納得。


 クマのような図体の店主は、緑色の髪は刈り込んでいるし顔つきも厳ついが、口元に笑みを浮かべて俺たちの様子を眺めている。

 たぶん素人というのは既にバレているな、と俺は察した。俺もユキノも気後れして見回すだけで、その武骨な武器らを手に取ることもしていない。


「あの、俺たち駆け出しで……あんまり武器とか詳しくないんですが、見繕っていただいたりは」

「勿論それは構わないが、やっぱりアンタたち――《来訪者》サマなのか?」


 俺とユキノは顔を見合わせた。

 どちらにせよ隠しきれるものでもない。俺が頷くと、店主は「ほほう」と目を細める。


「オレの店に来た《来訪者》ん中でも、とびっきりのひよっこと見た。いいぜ、とことん面倒見てやる」


 何か特殊な熱を呼び覚ましてしまったらしい。肩をばしんばしんと思いっきり叩かれる。結構痛い。


「オレはダルってんだ。気安くダル兄ちゃんと呼んでくれ!」

「なーにが兄ちゃんだい。いい歳して恥ずかしいね」

「ゲッ、アンナ! もう帰ってきてたのか」


 裏から現れたのは露出過多な格好の女性だった。首から腰、肩から腕にかけてを武骨なベルトで巻いた、見たこともないようなファッションをしている。

 短い赤毛を逆立たせるようにセットして、翡翠色の瞳を爛々と輝かせたアンナと呼ばれた女性は、ダルの隣に立つとにいっと歯を見せて笑った。


「初めまして、お二人さん。アタシはアンナ。この防具屋の真向かいの、武器屋がアタシの店さ」


 てっきりダルが武器屋かと思いきや、違ったらしい。


「オレのカミさんなんだ」


 紹介するダルは少しバツが悪そうだ。

 まあ、とユキノが唇に手を当てる。二人が並ぶと、ほとんど昭和のヤンキー然としていたが、アンナに小突かれて縮こまっているダルは面白かった。


「俺はシュウ。よろしく、ダルさんとアンナさん」

「ユキノと申します、アンナさん。それと申し訳ありません。私、兄さま以外の方を兄とお呼びすることはできないので……ダルさん、でもよろしいでしょうか?」

「はっはっは! もちろんよろしいぜ。シュウに、ユキノの嬢ちゃんだな」

「二人とも礼儀正しい子だ。こっちが照れちまうね」


 俺はこの出会ったばかりの武器屋と防具屋を営む夫婦に好感を抱いた。あっけからんとしていて話しやすいし、歯に衣着せぬ物言いが心地良い。こういう大人に出会ったことがないから多少緊張はするけど。


 ひとしきりの挨拶を終えると、裏口に掛けられた灰黄色の布をまくって、また新たな人物が現れる。

 長身のダルとアンナと比べるまでもなく小さい。歳で言うと七~八歳くらいだろうか?

 ワカメヘアーというのか、緑髪に翡翠色の目の色を見て、俺はその男の子の正体にすぐに気がついた。男の子はこちらを一瞥したっきり、手にしていた大きな荷物を気にせず運んでいる。


「コイツは息子のダグだ。いずれは装飾屋を任せるつもりだが、まだ半人前でな。まあ仲良くしてやってくれ」

「よろしく、ダグくん」


 ユキノは目の前まで歩み寄るとその場で屈んだ。ダグは一瞬、ユキノの顔を見たが、


「…………ドーモ」

「あ、こらダグ! お客様になんつー態度だ!」


 そのままスタコラと裏口に戻っていってしまった。でも俺にはわかる。至近距離であの笑顔を食らったら、無事では済まされまい……。


「ところでおまえら兄妹か? あんまり顔立ちは似てないが」

「はい、兄妹です。姓はナルミといいます」


 ダルの言葉ににこりと上品に微笑むと、ユキノはその場で一礼してみせた。

 それだけで、無骨な店内がまるで舞踏会の舞台にでもなったように華やぐ。ダルは少し顔を赤くした。


「そ、そうかナルミ……イ、イテテ。おい妬くなよ」


 ダルがアンナに脇腹をつねられた。俺とユキノは顔を見合わせて笑った。


「ところで二人は見たところ駆け出しの冒険者って感じだね。今日はとりあえず装備を揃えに?」

「ええ。先ほど服も揃えたばかりで」


 改めて俺とユキノの格好を眺めたダグが確認してくる。


「坊主は剣士(フェンサー)、そっちのお嬢ちゃんは女神官(プリーステス)希望か?」

「はい、一応。自分に何が向いてるかもよく分かってないんですけど」


 ほとんどなし崩し的に決まったようなものだ。それが正しい判断なのかもよく分かっていない。

 狼狽える俺の様子に察するものがあったのか、店主は合点がいったように頷いた。


「分かった。まあ、もし全く合わないと感じた場合は役職を変えるといい。ギルドに行くのはこの後か?」

「そうです」

「ギルドに冒険者登録を行うときは役職も登録する。もし別の役職に就いたときは、そのときに新しい情報で再登録すれば問題ないからな。変更する役職にもよるが……武器はともかく、防具は無駄にならねえし」


 ダルの説明は簡潔で分かりやすい。少しだけ今後の心配が薄れた。


「予算は二人分合わせて一万コールくらいで、お願いできますか?」

「「任せときな」」


 ユキノの問いに、二人はよく似た得意げな笑顔で返してくれた。



     +     +     +



 その後。

 手際の良い店主たちにより、俺たちは武器と防具を一通り揃えてもらった。


「全部合わせてちょうど一万コールってとこだな。少しマケトクぜ!」


 ダルの言葉に偽りはなかった。少し安くしてくれている。

 ……が、俺はそこで素直に頷かず、隣のユキノにそっと小声で話しかけた。


(ユキノ、良かったらあれやってよ)

(あれ? 何のことでしょう、兄さま?)

(ほらあの、「だめですか?」ってヤツ)


 アレを食らえば、アンナはともかくまず間違いなくダルはイチコロに違いない。

 そう思って提案したのだが、ユキノは頬を膨らませた。あれ?


(あれは、兄さま専用です。"兄超偏愛(プリズン)"の秘奥義の一つですので)


 え、そうなの?

 でも日本でもずっと使ってたような……? とは、その場では口には出さなかった。直感だ。


 でも、二人とも「さあ値切ってみせな頑張りな」って言わんばかりのキラキラ顔してるんだよな。

 ここは冒険者として経験値を稼ぐ意味でもチャレンジしておいて損はない。俺は勢いよくカウンターに一歩を踏み出した。


「ダルさん、あのさ!」

「おう、ダルでいいぜ」


 思いがけず出鼻をくじかれてしまった。俺はごほんと咳き込んで気を取り直す。


「だ、ダル。それにアンナさん。……俺もユキノも、ここのお店すごく気に入ったんだ! これからも使わせてもらうから、良かったらもうちょっとだけ、こう、マ、マケてくれたりとか、……どうですか」


 言ってる間にも顔が熱くなってくる。

 そして言い切った後には羞恥心で死にそうだった。

 ぽかんとしていたダルとアンナさんが、同時に笑い出したからだ。あ、穴があったら真っ先に飛び込みたい……。


「ごめんユキノ……俺は駄目な兄だ……」

「私だったらタダでお譲りするレベルでキュートでしたよ、兄さま」

「うぅ……」


 ユキノはうっとりと頬を紅潮させている。妹の甘口評価はさっぱりアテにならない。


「シュウ、思った以上にヘッタクソだなぁ……でもいいぜ、その交渉乗ってやる! 全部合わせて九千五百コールに負けてやろう!」

「えっ! い、いいの?」


 そのため、ダグの言葉は非常に意外だった。

 喜色満面になる俺だったが、「おやおや」とアンナも続く。


「アタシも乗らせておくれよ。そうさね、じゃあアタシの分も合わせて、会計は八千コールでどうだい?」

「助かります! お二人とも、ありがとうございます」


 俺たちは袋から金貨を八枚取り出し、二人に手渡した。

 しかし同時に、本当にいいのかという思いが湧いてくる。


 この世界に来てからももちろん、人の悪意に触れた。死ぬような思いだってした。

 しかし目の前の店主たちも、別れたレツさんだってそうだ。出会ったばかりの、見ず知らずの俺たちに驚くほど良くしてくれる。

 それに俺は混乱していた。

 そんな大人の存在を、今まで知らなかったから。


「でも、何で?」


 不安が顔と声にはっきりと出ていたらしい。

 思わず俯きがちな俺の肩を、ぽん、とダルが叩く。


「理由はひとつだ。()()()()アンタたちを気に入った。今後ともご贔屓に頼むぜ、ナルミ兄妹!」


 それは本当に、ビックリするくらいに優しい励ましだったのだ。





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