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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第五章.スティグマの亡霊編

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121.マナの耳打ち


「それ、スティグマの亡霊じゃないか?」


 再び動き出したミズヤウチたちと四人で輪を作り、俺は彼らに向かって、自分の身に起こっていた不可思議な出来事を口速に話していた。


 突然、頭上から「アル」と名乗る何者かの声が聞こえてきたこと。自分以外の人の時間が停止したこと。

 ユキノとハルトラは2年前に扉からこの霊山に着地していて、ユキノはもうすぐ目覚めること。

 その人物から、エクストラスキルという特殊なスキルの一部を与えられたこと――。

 で、その話が終わった直後の一言が、リセイナさんの「スティグマの亡霊」発言であった。


 途端にである。

 それまで真剣な表情をしていたミズヤウチが、真っ青な顔で静かに震えだしてしまう。

 俺とアサクラは思わず、ジト目でリセイナさんを睨んだ。

 慌てたように彼女が胸の前で両手を振る。


「す、すまない。だがそのアルという人物は、マナを自在に操るような真似をしてみせたというじゃないか。そんな離れ業が使える時点で、エルフでも人間でもないし……となればやはり、スティグマの亡霊の正体と考えるのが妥当じゃないのか?」

「うーん……」


 どうだろう、と俺は首を傾げる。


「えーっと確か、『昔死んだ霊が未練を残して彷徨っていて、生者を見かけると擦り寄ってくる。その透明な口から吐き出された言霊を聞いてしまった者には、死に至る呪いがかけられるのだ』……だっけ?」


 リセイナさんの隣に座り込んだアサクラが、頭の後ろで腕を組んでリセイナさんの発言を諳んじてみせた。

 それからニヤリと笑うと、


「シュウ、身体の調子はどうだ?」


 なんてことを聞いてくる。

 俺は肩を竦めた。エクストラスキルが死に至る呪いだというなら、もうすっかりその罠には引っ掛かっているが。

 それにしても亡霊にしては、アルはあまりにも俺たちの事情に精通していたような……。


 ――考えていたその瞬間、不意に。

 耳元でなにか、ごくごく小さな違和感があった。


「っ?」


 咄嗟に耳元に手をやる。

 何だろう。突然、一陣の柔い風が右耳の中だけをするりと抜けていったような、奇妙な感覚がした。


「どーしたナルミ?」


 俺の様子がおかしいのに気がついたのか、アサクラが不思議そうにしている。ミズヤウチも同様だ。

 しかし正面にしゃがんだリセイナさんは違った。俺と同じように、右耳を押さえて呆然としている。


 すぐに目が合った。リセイナさんはゆっくり手を下ろしながら、俺に向かって問うてくる。


「――ナルミ。お前にも聞こえたのか?」

「はい。これは」

「“マナの耳打ち”だ。……あのときと同じだ」


 マナの耳打ち。

 リセイナさんの姉・リセイラさんが亡くなる前にも、その現象が起こったという話は俺も聞いている。

 眠っているとき、耳元でマナが囁いて、近しい人に危機が迫っているのを報せたのだとリセイナさんは言っていた。彼女が断言するなら、たったいま俺の身に起きたコレも、そのマナの耳打ちというやつなのだろう。


 そして俺とリセイナさんに共通する知り合いといえば、人数はかなり限られている。

 でもたぶん、俺たち二人の頭には同じ人物の姿が浮かんでいたはずだ。想像の中だけでも打ち消そうとしてもその顔は、なかなか消せなかった。


 リセイナさんは腰を上げると、地面に置いていた荷物を手早く背負い直した。


「すぐに村に戻るぞ」

「でも、すぐって言っても」


 頂上から、霊山の出口に戻るだけでも時間がかなりかかる。

 それにリセイナさんに一角獣(ユニコーン)を呼んでもらっても、村までの道のりは二時間は掛かるはずだ。

 しかし言いかけた俺に、リセイナさんは焦ることなく、


「移動の魔法を使う。この人数を運んだ経験はないが、どうにかなるだろう」

「移動の魔法?」


 テレポートの類か。

 でもそんな便利な魔法があるならここに来るときから使ってくれれば……などと俺が考えたのもお見通しだったのか、リセイナさんがはきはきと言う。


「マナスポットと呼ばれる、特別マナの多い場所同士を繋ぐ魔法だ。村の中央部と、それにクリステの森の中に一つ。あとはこのウエーシア霊山の頂上なら、見た限りそれに該当する」


 なるほど。かなり限られた条件でしか使えない魔法だったらしい。

 俺は振り返ると、氷の棺の中の様子を窺った。やはりユキノは未だ目覚める様子はない。

 試しに控えめに肩を揺すってみるが、小さな寝息が返ってくるだけだ。


「ユキノ、ごめん」


 意識がない状態のユキノに触れるのは憚られたが、その後頭部と膝裏に腕を差し込む。


「手伝うぜ」


 アサクラも棺の反対側から力を貸してくれた。息を合わせて、ゆっくりと持ち上げる。

 腕の中の妹を、俺は無言で見つめた。

 冷たい氷の中で眠っていたユキノの身体は、何故か平温を保っているようだ。

 本当に、ただ、眠っていただけのように温かい。それに意識がないからかそれなりに重くて、その重さにほっとする。ユキノには怒られてしまうかもしれないが。


「用意はいいか。移動魔法を使うぞ」


 リセイナさんはもう一分一秒も待てない様子で、それから固い声で唱えだした。


「リセリル=トーホン=リセイナが命ずる。この地に溢るるマナよ、我らをエルフの村へと運べ」



 +     +     +



 瞬きの後には、もうそこはウエーシア霊山の頂上ではなかった。


 エルフの村の中央部にある、姫巫女が住まう宮殿のすぐ目の前だ。

 テレポートの直前の格好のまま、俺たちはそこに辿り着いていた。メンバーも無論、足りている。リセイナさんの魔法は問題なく発動したのだろう。


 眠るユキノを両手に抱えたまま、俺は辺りを見回した。

 早朝に出発したが、すでに周囲は夜の帳が覆っている。思っていた以上に、霊山の内部で時間が経過していたのだろう。


 そして驚くべきことに、あの静かな宮殿の前には……数十人ものエルフたちが集まっていた。


「何の騒ぎだ。これは」


 いの一番にリセイナさんが口を開く。

 入口近くに殺到していた彼らが一斉に振り返る。その中には、フィランノさんや幼いフィリアの姿もあった。


 俺は驚かずにはいられなかった。

 ほとんどのエルフたちの顔色が悪い。寝間着の人もいれば、中には涙ぐんでいる人も居たからだ。

 祭りを催し、俺たちを歓迎してくれた明るくも穏やかな様相は、そこにはない。ただ深い悲しみに包まれた空間が、目の前に広がっている。


 入口の両脇に立っていたフィンさんとマクイルーラさんが、俺たちの存在に気がつく。

 目配せし合うと、マクイルーラさんだけが人混みを掻き分けて近づいてきた。


「マクイルーラ。いったい何があった」

「リセイナ様……。自分とフィンは、ここで朝から姫巫女様の護衛を務めていたのですが……実は、ここに集まった全員に、数分前に“マナの耳打ち”が起こったのです」

「何だと……?」

「自分とフィンにも、ありました。彼らは導かれるようにしてやって来ました。ですが守り手ではない自分たちでは、宮殿に立ち入ることができず……」


 懸命に説明するマクイルーラさんの目にも、涙が滲んでいる。

 しかし俺は、信じられない思いだった。

 こうしてここには、村中の人々が集まっている。“マナの耳打ち”があったということは、宮殿内で、何か悪いことが進行しているのだと気づいてのことだろう。

 それなのに、決まりとやらを守って彼ら彼女らは、宮殿の外でただ祈っていたというのだろうか?


「……ミズヤウチ。少しの間ユキノを頼めるかな」

「え? でも……」


 何かを言おうとしたミズヤウチの両腕に、ユキノを預ける。

 狼狽えつつもミズヤウチはしゃがみ込み、そっとユキノの両肩を支えてくれた。


 これで心配はない。

 そう判断した俺はすぐに宮殿に入ろうとした。しかし、


「待て、ナルミ」


 振り向かないまま、リセイナさんが俺の名を呼ぶ。

 そうして振り返った美貌は厳しく、凍てつくほどの殺気を放っていた。まるで出会った頃のように。


「宮殿に入ることが許されるのは守り手だけだ。昨日は姫巫女様から事前に許しが出ていたから、特例として謁見が認められたに過ぎない」


 でもそれは、止まるに値する理由にならない。

 横を通り過ぎようとした俺の肩を、リセイナさんが掴む。強い力だった。


「ナルミ。この先に進めば、処罰に当たる。私とアサクラが様子を見てきて、それからお前に」

「“マナの耳打ち”っていうのは、そんなに悠長に構えてられるものじゃないんですよね?」


 共に一日、ダンジョンで助け合った相手に向けるには、俺の口調はあまりにも攻撃的だった。

 そう自覚できるのに、頭が熱くなって、うまく感情を制御できない。この手を退かしたくてたまらない。

 ずっと、考え得る限りの最悪の光景が脳裏に過ぎって、不安で仕方がないのだ。


「こんな所でのんびりしてられません。さっさとここを通してください」


 言葉を選んでいる余裕もなかった。

 言い放つ俺に、ますますリセイナさんの表情が険しいものになっていく。

 周りの誰も口を挟めず、一触即発の空気が流れた。


 そのときだった。

 そうして睨み合う俺たちの頭上を、


「ミャア!」


 とある小さな影が、勢いよく通り過ぎていったのは。



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