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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第五章.スティグマの亡霊編

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109.vs.ゴブリン


 ゴブリンの群れ。


 その言葉に息を呑む俺とは正反対に、リセイナさんは早くも動き出している。

 しかも足音が迫ってくる左側の洞穴ではなく、右に狭く広がる通路に向かって、だ。


 ちなみに今日の彼女はあのずっしりと重そうな鎧姿ではなく、動きやすさを重視したのか白と緑色を基調とした爽やかな装いをしている。

 村に居た人々も、もっと袖や裾は長いが似たような服を纏っていたので、エルフ族の好む色合いなのかもしれない。実際に、彼らの金髪や白い肌は、その淡い色合いとよく似合っていた。


 ……が、妙に布地が薄く、しかもぴったりと肌に張りつくようなサイズのためか、やたらと胸元や下半身のラインが強調されているので、今のリセイナさんには若干目線が合わせづらい。

 などと敵が迫っている状況で遠慮してるわけにもいかず、俺は戸惑いながら彼女の背中に目で追ったのだが、


「ついてこい。こんな狭い場所で迎え撃てばこちらが不利だ」


 そんな俺の困惑を最初から知っていたようにリセイナさんがきっぱりと言い放った。


「このあたりの地形なら把握している。問題ない」


 そこまで言われれば従わないわけにはいかない。

 俺とミズヤウチは頷き合い、リセイナさんに続いて右端の道へと走り出す。

 アサクラも無言でその後に続いた。


 少しぬかるんだ暗い道を、リセイナさんの光魔法が足元のみに限定して照らし出す。

 一目散に走る俺たちの後ろから、邪悪な鳴き声がきこえてきた。


『ギギィッ!』


 ……間違いない。ゴブリンの声だ。


 スプーで居候生活を送っていた頃、何度かトーマとユキノ・ハルトラと共にダンジョンに潜っていた。そのときに聞いた覚えのあるものだ。

 ゴブリンは緑色の肌をした、醜悪な外見の小型の魔物だ。

 知能が低く、あまり大した戦闘力は持たないものの、時には集団で人家を襲い、家畜を食い荒らすこともある。スプーの村に侵入しようとしていた何匹かのはぐれゴブリンを退治したこともあった。


 そして声と足音の感じからすると、後ろから追ってきているのは二十~三十ほどにもなる集団のゴブリンだ。

 小回りの利く彼らを相手にするなら、確かに開けた場所の方がこちらとしてはやりやすい。リセイナさんの判断は的確だと言えるだろう。


「そろそろ開けた場所に出る! 各員戦闘準備を!」


 鋭くリセイナさんが声を飛ばすのに心の中で頷く。


「う……」


 今までと比べると、随分と明るく感じて思わず手で庇を作る。

 一秒間だけぎゅうと目を瞑ってからすぐに開いた。

 そこに広がっていたのは、天井に余すところなく埋め込まれた鉱石によって照らし出された、巨大な渓谷だった。


 実際は、霊山内の景色なのだから渓谷というのは少し違うかもしれないが、自然の力によって作られた岩山がいくつも重なって、まるで階段のように天高く伸びたその光景は迫力に満ちている。

 それにとにかく天井が高い。そのおかげか酸素も充満していて呼吸しやすかった。

 地表も歪みが少ないので足を取られる心配も少なそうだ。ここならミズヤウチも存分に大鎌を振るえるはずだ。


 だが、一つ難点としては、深く口を開いた底だろうか。

 地面から足を一歩でも踏み外せばまず助からないだろう、と痛感できるくらいの奈落の底が、この下に広がっている。あまり直視すると気分が悪くなりそうなので、すぐに視線は外したが。


「よっ、と」


 俺が荷物を後ろに放る間に、アサクラが素早く岩の上にジャンプして弓に矢を番えている。

 リセイナさんは腰の細剣を取り出し、ミズヤウチは――と目で追う最中にも、俺たちが抜けた通路から彼らが姿を現した。


『ぎ』


 醜い子人。ボロボロの粗末な棍棒を握ったゴブリンたちだ。

 俺たちを目に、にたり、とその得体の知れない顔が笑う。

 そうして一回り大きな個体が、棍棒を振り上げて叫びかけた瞬間だった。


『ぎ、ギャ、――――っ?』


 その脳天ド真ん中を、一本の矢が射抜く。


 何が起こったのかわからない、という顔つきのまま、ゴブリンはどさりと後ろに倒れ込んだ。


『ギュア……? ンギ……?』


 その仲間たちには明らかに困惑と、動揺とが広がっている。

 ボスらしかったゴブリンが、まさか早速やられるとは思いもしなかったのだろう。


「よし、とりあえず一本命中」


 その様を目にしながら誇ることもなく、射手であるアサクラは次の矢を番えている。

 俺はといえばゴブリン以上に理解が追いついてなかったかもしれない。目の前の光景の意味が未だ信じられないのだ。


「おまえ…………アサクラの偽者だったのか?」

「もっと他に言うことないッ!?」


 あ、このやかましさはやっぱりアサクラだ。

 安堵を覚えつつ、ふざけてばかりはいられないので俺も仕事を行おうとした。


「《分析(アナリシ)……」


 敵と遭遇した際は、兎にも角にもまず《分析眼(アナリシス)

 というのがここ最近の常道なので、いつものくせでまず分析魔法を使おうとしたのだが、そこではたと気づく。

 ……そうだった。ここでは近代魔法は使えないのだった。


 などと俺が慣れない場所での戦いに判断をミスる間にも、アサクラの次の矢が鋭く飛び、その脇のゴブリンを仕留める。

 そこでようやくゴブリンたちも我に返ったらしい。


『グ……ゴアアァッッ!』


 耳障りな叫び声を上げたゴブリンたちが、折り重なるようにして次々と通路から飛び出してくる。

 各個体の攻撃力は低いものの、囲まれて飛びつかれでもしたら相当厄介だ。

 アサクラがヤツらの勢いを失速させてくれた。であればここは引き下がらず、攻めていくべき場面だ。


 そうと決まれば迷う必要もない。

 俺は円状に広がる空間の、その中央部からダッシュでゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 せっかくの加速は殺さないまま、右足で強く地面を蹴る。


「う、――」


 そして。

 まず思いっきり、ゴブリンのアホ面に向けて飛び膝蹴りを食らわせた。


「――らッ!」

『……ッンギアア?!?』


 着地はその横の、別のゴブリンの顔だ。

 それにもう片方、宙に浮いた左足はぐるりと回して、側面から伸びてくる棍棒ごと明後日の方向に蹴り飛ばす。

 そこでアゾット剣をようやく抜いた。仲間をやられた挙げ句光る刃物を取り出され、ゴブリンたちが怒りに全身を真っ赤に染め上げる。


「やるなナルミ! もう討伐数追いつかれた!」


 お互い二体を仕留めたアサクラが明るく叫ぶ。

 次は三本同時に矢を番えたアサクラは、俺のカバーできる範囲を超えて走り出すゴブリンたちに狙いを定め、弓を大きくしならせる。

 空気を切り裂いて飛ぶ矢の、その清涼にさえきこえる音は耳に心地よい。


「――結局、おれ、剣の腕前は鍛えてもまったく使い物にならなかったんだけどさ!」

「本当にな」


 リセイナさんが相の手を入れている。彼女はアサクラの師匠だったというから、教える側の苦労もあったようだ。

 アサクラは僅かに頬を膨らませたが、そうしながらニヤッと小気味良く笑ってみせた。


「弓はそれなりに得意なんだ。っつうわけで、援護はまかせろ!」


 百発百中……とまではいかないが、アサクラの放つ矢はかなりの命中精度で敵の脳天や肩を続々と射抜いている。

 遠距離支援としてはこれ以上なく有り難い。ゴブリンたちの動きも、岩の上から自在に飛んでくる矢を前に若干怯んでいる様子だ。


 そして活躍しているのは何もアサクラだけではない。


「リセリル=トーホン=リセイナが命ずる。流麗なるマナよ、我が剣に疾風を巻き起こせ」


 レイピアを胸の前に構え、祈るような仕草を取っていたリセイナさんが鋭く目を見開く。

 走り寄ってくるゴブリンに向け、光り輝くレイピアの切っ先を向けたかと思えば、


「はぁ――ッ!」


 裂帛の気合いと共に、その剣先が突き出された。


 すると剣全体を取り巻くように強い風が湧き上がり、その風圧だけで数体のゴブリンを空中に吹っ飛ばしてしまった。


『ギイイヤアー……!?』


 悲鳴を上げながら、その攻撃を身に受けたゴブリンのほとんどが為す術なく谷底に落下していく。

 こちらもまた凄まじい魔法と剣の冴えだった。「さすがです姐さん!」と集中力を切らさないままアサクラが元気に叫んでいる。


 最初は、魔法を使えない状況でどうすればいいのかと惑っていた部分もあった。

 でも不便なのは違いないとしても、このメンバーならどうにか切り抜けられそうだ、と若干の余裕が出てくる。

 しかしそこで、俺はある一つの重大な事実に思い当たった。


「……あれ? ミズヤウチ?」


 あのミズヤウチが、活躍してない。


 もしかするとまだ脇腹の傷が痛むのでは、と俄に心配になってきた。

 俺は腕に飛びついてこようとするゴブリンの首を短剣で掻ききった後、「ミズヤウチ!」と名前を呼んで背後を振り返った。


 そこには唖然とした顔のミズヤウチが突っ立っていた。

 バトルが始まってから、まだまったくその場から動いていないらしく立ち位置にもさほど変化がない。

 そこで彼女は右手をぶんぶん振り回したかと思えば、その手を見遣って不可思議そうに首を何度も傾げ、さらに同じことを繰り返すという謎の行動を繰り広げていた。


「? ? ?」


 あ、と俺は思い出す。

 シュトルで出会った神父の娘・エリィは魔法銃という特殊武器を使っていた。

 リセイナさんによってエルフの村に連行される最中、俺はミズヤウチから、同じタイプの武器を使っていることを聞いている。


 俺が思い返す合間にも、ミズヤウチは一所懸命に右手を夢中になって振り続けている。

 躍起になったのか、右手の小指から指輪を外すと、さらにシェイクするようにブン回している。

 青白いくらいの小さな顔はすっかり真っ赤になっていて、湯気まで立ち上りそうなくらいだ。


 しかしいつまで経っても魔法が起動しない事実に、弱り果ててしまったのか。

 最初はちんぷんかんぷん、という顔だったのが、時が経つにつれ次第に涙目になってきた。


 途端に、ちょっと面白いなとか思って見守ってたのが申し訳なくなり、俺は慌てて声を掛ける。


「ミズヤウチ! もしかして、なんだけどさ」

「っ?」


 瞳を潤ませたミズヤウチが助けを求めるような顔で俺を見つめる。

 残念ながら、俺にはその期待に応える術はない。

 しかし彼女の疑問を解消する言葉だけは用意できていた。


「……それ……魔法で出来てる鎌だから、ここだと取り出せないんじゃないかな、って」

「……………………!(ガーン)」


 気まずげな俺の言葉をきいて。

 明らかに「しまったー!」という顔でミズヤウチが思いきりショックを受けていた。



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