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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第五章.スティグマの亡霊編

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98.聞く耳持たず


 俺が何を言っても、その金髪女性は何が何でも全力で撥ね除けるつもりしかないらしい。


 もちろん、俺たちは突如として押し寄せてきたわけで、そちら側からするといい迷惑なのかもしれないけど。

 しかしコナツが懸命に召喚し、アカイが守り抜いてくれた活路だ。何も知らない相手に全てを否定されるわけにはいかない。

 俺は思いきって訊いてみることにした。


「あなた方は森人(エルフ)なんですか?」

「だったら何だ?」


 女性は吐き捨てるように言い放った。

 そんな質問を向けられるのを、俺が口にする前から予期していたようだ。


「我らを捕らえて売り物にでもする気か? やれるものならやってみればいい。その前に貴様たちは、我らが同胞に袋だたきにされるだろうがな」

「…………」


 うーん、あんまり人の話を聞いてくれないタイプの人だ。というのが今の遣り取りだけで伝わってくる。

 でもここで諦めてはいけない。せめて俺たちに敵意がないことだけは信用してもらわなければ。


「……さっきも伝えましたが、コナツは金髪の女の子で、それに「扉」を喚ぶときは耳があなたのように尖っていました。たぶんあの子は――あなたたちと同じ種族の出身なのだと思う」


 女性も、後ろの鎧騎士たちも無言だ。

 遮られないのをいいことに、俺は必死に言葉を続けた。 


「彼女を見れば、俺の言い分が嘘じゃないって証明できるはずです。今は何故かはぐれちゃったけど、合流してコナツと直接話してもらえれば」

「よく口が回る人間だ」


 しかし答えは嘲ったような台詞だった。

 さすがにむっとしてしまう。こうして向かい合っているというのに、全く対話している気になれない。


「もちろん、勝手に這入ってきちゃった件は謝りますけど……でも、コナツが喚んでくれた扉を使って入ったんです。それなら正規ルートじゃないんですか?」


 女性は一度、顎に手を当ててから、こう返してきた。


「……そうだな。確かに、我らに伝わる扉を用いて貴様らは侵入してきた。それは事実だ、認めよう」

「ですよね? だったら」

「しかしカギが問題だ」


 え、と俺はしばし呼吸を止める。


「正しいカギが使われていない。だから貴様らはこうして森の中に不時着した。仲間と分断されたというのも、十中八九それが原因だろうな」


 フン、と鼻を鳴らされる。

 ミズヤウチがちらっと俺の横顔を見てくる。

 鎧騎士に捕まったままのホガミが「じゃあナルミのせいじゃん」とボソッと呟いた。


 ……………………つまり、鍵開けスキルを譲ってきたネムノキに責任があるってことかな(ここで幻聴の「責任転嫁じゃない~?」という声が聞こえる)。


 思わず黙り込んでしまった俺に、畳み掛けるように金髪の女性が言う。


「どうせそのコナツとやらを脅迫して、無理やり扉を喚ばせたのだろう? 卑怯な人間どもの使う手だ」


 大きな誤解だ。

 しかし俺が口を開くのを遮り、女性は早口で続ける。


「貴様ら人間の目的はいつも一つだけだ。我らの髪の色を持て囃し、拐かし、値をつけて売りに出す。そうして用済みとなればボロ雑巾のようにして捨てる。最低最悪の種族だ、反吐が出る」


 声音には強い憎悪の感情が宿っている。眉間にも深い皺が寄り、口元も怒りに震えていた。

 俺はその声と表情とを確認し、一旦言葉での反論を中断することにした。

 たぶん無意味だ。人間の俺が何を言ったところで、エルフであるこの人にはその意味が純粋に届くことはない。

 機会を窺うべきだ、と思った。むやみやたらに言葉を差し向けるより、きっともっとマシな方法もある。


 あからさまに俺が沈黙したのを、敗北を認めたものと受け取ったのか、女性は背後の鎧騎士たちを振り返ってこう言った。


「――姫巫女の裁定に任せる。とにかくコイツらを村に連れ帰るぞ」

「はっ……」


 ガシャン、と音を立てながら頷いた二人の声も、驚いたことに女性のものだった。

 「ちょっ……」抗議するホガミを拘束する縄を引っ張りつつ、二人が歩き出し、リーダーらしい女性はそれに続こうとする。


 俺は慌てて言い放った。


「ちょっと待ってください。仲間が怪我をしているんです」


 全員の足が少し遅れて止まったが、女性は俺とミズヤウチとを眇めた目で振り返るだけだった。


「……だったら何だ?」

「何だ、って…」

「自立できないなら捨て置け。いっそここでのたれ死んでくれた方が我らにとっては好都合だ」


 ミズヤウチが傷を負った脇腹を押さえたまま、唇をきゅっと結ぶ。

 俺はそんな彼女の様子を見つつ、鎧の三人に向けて頭を下げた。


「……俺は回復魔法が使えません。お願いです、彼女を治してやってもらえませんか」


 ミズヤウチは驚いたような顔をしている。

 だが、声の出せないミズヤウチの代わりに俺がそれを頼むのは当然の義理だ。


 そもそもマエノに追われる俺を助けてくれたのはミズヤウチである。

 黒髪のバケモノに不意の攻撃を受けたのも、ミズヤウチだったからこのくらいの怪我で済んだものの、もしアレを俺が喰らっていたなら致命傷となっていただろう。

 だから、俺にも責任がある。このまま見て見ぬ振りをして放り投げることはできそうもない。


「捕虜に使うマナなどありはしない」


 しかしエルフの女性は聞き覚えのない単語を出しつつ、俺の要求をあっさりと断った。

 その後ろに並び立つ二人も、沈黙したまま何も言わない。上司らしい女性の前ででしゃばった真似をする気はないようだ。

 そうなると……大変遺憾ではあるが、この場で頼るべきは一人しかいなかった。


「……ホガミ、回復魔法使ってくれないか?」


 俺は断腸の思いでその名を呼んだ。

 マエノの発言からも、ホガミが回復魔法を使えるのは明らかだ。

 であれば、ミズヤウチの傷を治すには彼女に頼むしかない。


「えー、どうしようかなぁ?」


 が、今まで敵対する立場にあったホガミが、俺の願いを無償で叶えてくれるワケもない。

 というか今も変わらずホガミは敵なのだ。俺はホガミのことは一切信用していないし、鎧騎士たちが居なければ即刻スキルを奪って尋問していただろう。


 俺がそんなことを考えているとは露知らず、ホガミは悩ましげに頭ごと首を傾けている。

 表情は明らかにニヤニヤしていた。拘束された状況にあっても、彼女の女王気質な部分はまったくダメージを受けていないらしい。


「そうねぇ……あたし、アンタのことフツーに大嫌いなんだけど……でもあたしも鬼じゃないし、お願いしますホガミアスカ様、って言って土下座するなら、聞いてやらないこともないわ」


 何だそんなことか。

 俺はすぐさまホガミの指示に従った。


「お願いしますホガミアスカ様」


 その場に腰を下ろし、正座の格好を取って額を地面に擦りつける。

 鼻腔の奥を、温かな土のにおいが満たして広がっていく。微かな湿り気を帯びているのは、数日前に雨でも降ったのかもしれない。


「…………っ」


 ミズヤウチのものか、細い手がくいくいと二の腕あたりを引っ張ってきたが今は答えられない。

 こんなのは別に、造作もないことだ。家族の前でも、クラスメイトの前でも慣れっこで、だから、いちいち傷つくようなことじゃないのだから。


「…………もういいわ。やめて」


 俺はホガミの言葉にゆっくりと顔を上げた。

 言うことを大人しく聞いたというのに、ホガミは不機嫌そうにそっぽを向いていた。


「……相変わらずそんな感じなのね、アンタって」


 そんな感じ?

 俺は首を傾げたが、ホガミはその言葉の意味を解説する気はないらしい。

 「こほん」と急に咳払いしたかと思えば、そわそわもじもじし始めた。


「……あのさぁ。あたしのスキル、いろいろ特殊で。だから詠唱中はゼッタイ、話しかけないでほしいっていうか」

「早くしろ」


 右側の鎧にせっつかれ、ホガミが頬をむっと膨らませる。


「……話しかけられると失敗すんだよね。だからアンタも、アンタたちも、誰も話しかけないでよ? やり直しになっちゃうんだから。そうなったら邪魔したヤツも土下座よ?」

「はぁ……」


 俺は曖昧に頷いた。

 アンタも、は俺で、アンタたちも、は鎧騎士たちに向けた言葉のようだが、それにしても要領を得ない説明だ。

 話しかけられると失敗する魔法って、どんな魔法なんだ?


「……うん。コホン。じゃあ、詠唱開始するわ。すぅ――」


 ホガミが大袈裟に胸を上下させ、酸素を取り入れた直後だった。

 エルフの女性が呆れたような声で言った。


「ここでは貴様らの使うような近代魔法は発動しないぞ」


 えっ?


「んなッ……」


 ホガミが思いきり顔を引き攣らせた。

 そして次の瞬間、思いっきり噎せた。




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