領地の娘として出来る事
「ねー、まだ外見ちゃダメ?」
「まだ領地内だからな。もう少ししたら景色もよく、人もいない道に出る。もう少し我慢していろ」
「はーい」
がたがたと揺れる馬車の中、さっきから私とお父様は数分おきに同じ会話をしていた。
だって私がこの世界に来てから、ずっと屋敷の中にいたんだよ?その屋敷の中でも元の世界とは全然違った。
外はもっと違うのか、はたまたあまり変わり映えがしないのか。ぜひ自分の目で見てみたい。
だからと言ってリリアの私が元気に外を眺めているのを見られてしまうのもまずい事はわかってる。だけど見たい。ううう、領地なんて早く抜けてくれればいいのに。
「そんなに期待しても特別な景色なんて何もありませんよ?」
「アンが特別じゃないって思ってる事が、私にとっては特別な事かもしれないじゃんか。
ああ、もういっそのことちょこっとだけ素早く覗いちゃおうかな?そしたら少しは落ち着くだろうし」
「やめろバカもの!誰かに見られたらどうする!」
「それにもしお姫様にとってここの景色が特別だった場合、少し見ただけで我慢出来るかい?」
…出来ない。
相変わらずブルージ先生は人の性格を把握している。もしここの景色が特別だったらお父様が止めるのも構わず窓を全開にする。絶対する。
しょうがなく諦めて座りなおすと、馬車が今までより大きく揺れた。
おお、座りなおしててよかった。そう思って顔を上げると、お父様やブルージ先生、アンまでもが外の様子を窺っていた。
「え?何?なんかあったの?」
「いえ…馬車が止まりますから…」
私には他の揺れとの違いなんてわからなかったけど、3人にはさっきの揺れが止まるための揺れだとわかったらしい。でも何でだろう?
「休憩?」
「いや、まだ休憩予定の場所までは遠い」
「お姫様、とりあえずこっちで体調悪そうなふりをしてて」
「あ、はーい」
よくわからないながら私はブルージ先生に言われるがまま、クッションであふれているスペースに埋まり、ブランケットで口元までを覆った。
馬車がゆっくりになっていくにつれ、外から人の気配がほんの少しだけど伝わってくる。
3年間病弱なリリアの代わりをやってきたけど、何気に人に見られるかもしれない状況は初めてだ。ちょっとドキドキする。
「…ビアホフ殿…?リリィ、話をつけてくる。くれぐれも大声をだすなよ。
ブレージ先生、申し訳ありませんが入り口にいてください」
お父様はそういうと、私とブレージ先生の返事も待たずに馬車から降りて行った。
馬車はまだ動いてるんだけど、お父様大丈夫かな…?
「ねぇ、アン。誰だかわかる?もしかして強盗とかなんじゃない?」
「強盗って、辺境じゃあるまいし。ビアホフ殿って言ってらっしゃったから、領地の方で間違いありませんよ」
領地の方と言われても私にはピンとこない。アンだって私と同じくらい屋敷にこもりっきりのくせに、何でわかるんだろう。
「私この村の近くの出身なんですよ。この辺の人の事なら少しはわかります」
「えっ!?じゃあ知り合いなの?それならアンも挨拶しにいったほうがいいんじゃない?」
「知ってはいますけど親しくはありませんし、メイドの私が領主様と村長さんの間に入っていけるわけないじゃないですか」
「確かにね」
そんな事するのなんて、親しい知り合いだとしても嫌だ。
きっと空気の読めない子に認定されてしまうだろう。メイドで空気が読めないって致命傷だな。
「でもさ、何で馬車を止めたんだろうね?緊急事態でもあったのかな?」
「どうでしょう。よっぽどの事がない限り、領民が領主の馬車を止めるなんて事はないのですが…」
「え?あんまりないことなの?」
「当たり前じゃないですか。性格の悪い領主なら不敬罪で捕まえてます」
思っていたより深刻な返答が来て、私は口をぽかんと開けてしまった。
いやいやいや、馬車止めたくらいで不敬罪って…。お父様はそんなことしないだろうけどさ、確かにここは私の世界とは違う。
「て、てっきりあっちの道がぬかるんでますよーとか、そこに綺麗な花が咲いてますよーとか的な事だと思ってたのに…」
そしてほんの少し、お嬢様いってらっしゃーいみたいな声がかかるかもと思っていたことは内緒だ。
「そんなのあるわけないじゃないですか」というアンの冷たい言葉で一層思った。
それじゃあ何で馬車は止まったんだろうと考えて、嫌な予感が頭を走った。
「もしかして、あれじゃない?む、謀反?とか…」
「謀反、ですか?」
「そう!百姓一揆だよ!クーデターだよ!!」
「お嬢様、声が大きいです。
それはないんじゃないですか?旦那様はとてもいい領主ですし」
「そんなのわからないじゃん。どんな好意もなれれば当たり前になってくるものだし、いい環境からでも不満を出す人はいくらでもいるんだから!」
そう言って私はクッションの中に埋もれていた体を引きずりだし、ドアの側に立っているブルージ先生の元へ向かった。
もしこの馬車が襲われた場合、悪いけどリリアの振りなんてさっさとやめて走り逃げるつもりだ。
「おや、どうしたんだい?」
「外の様子はどう?押し入ってきそう?」
「押し入る?」
いつも余裕の態度を崩さないブレージ先生はこんな時にまでのんびりしている。
埒があかん!と私はブレージ先生を押しのけドアに耳を寄せた。
『だからもう決まった事だと言っているだろう』
『だけんど、それじゃあお嬢様が可哀想過ぎます』
『リリィも納得したことだよ』
『納得じゃなくて、それ以外の選択がなかったんでしょう?』
『シェレンベルク侯爵はお優しい方だし、今後の領地の管理もしていってくれる。
私の家の問題で皆にも心配をかけたが、これでもう心配することはなにもない』
『私らの事はどうでもいいんです!』
『シェレンベルク侯爵様はお嬢様を名ばかりの奥方にするためだけに結婚すると聞きました』
『口を慎め、ビアホフ』
『いんえ、言わせてもらいます。
私らは今まで子爵のおかげでいい生活が出来てきました。お嬢様は体も弱く、屋敷からも出られなかった。
そんなお嬢様をさらに不幸にするような事出来るはずがない』
『お嬢様が結婚しないことでこの生活が終わっちまうなら、それはしょうがねぇです。
ですからどうかお嬢様が少しでも穏やかにすごせるように、考え直して下さい』
「…………………」
「………謀反、ねぇ…」
やめて!!その人でなしを見るような目!!
っていうか私は人でなしだよ!もう生きてる価値なんて何もないよ!出来るなら謀反だとかバカみたいな事を言い出したさっきの自分を殴り飛ばしたい。
「まあ何なのかわからないけど、納得したんであればベッドに戻ることをお勧めするね」
「…………」
「お嬢様…?」
「ブルージ先生、ちょっとそこ通してくれるかな?」
「は?」
「何を言ってるんですか、お嬢様!出られるわけないじゃないですか」
自分の人でなさ加減に後悔している間も、お父様と領民との言い合いは続いていた。
領民は本当にリリアの事を思っていて、必死に考え直すようにとお父様を説得している。
まあその所為でガンガンと落ち込みが深くなっていくんだけど、それは置いておいて。
それを見ていると私もちゃんと納得してもらいたい気持ちになってきたのだ。一度も会った事のないリリアをこんなにも心配してくれるいい人たちを心配させたままでいたくない。
「ブルージ先生、お願い」
「…仰せのままに、お姫様」
「ブルージ先生?!」
まったく接点なんてなかったけど、ありがとうと伝えたい。大丈夫だよと胸を張りたい。本物ではないけど、私だって領主の娘なんだから。
あんなにも見たかった外の世界。だけどそれを堪能する余裕もなく、私はゆっくりお父様たちの元へと足を進めた。




