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お嬢様の猫のかぶり方(アン視点)

「ああ、アン。奥様に昼食を持って行ってあげて下さい」

「はい、わかりました」


玄関の掃除をしていると、執事が来て私にそう告げる。そして私のしていた仕事は他のメイドが代わってくれた。

いくら後数日だといっても執事やメイドに睨まれたらやりずらい。だからお嬢様の世話以外の仕事も率先してやっているのだが、ここ最近、私はその仕事を取り上げられてばかりいた。


「奥様の具合はどうだい?あまり体調が良くないみたいだが」

「いえ、向こうと変わりありません」

「そうか…。他の仕事はメイド達がやるから、お前はなるべく奥様についててあげてくれ」

「はい」


他のメイドがやるから、と執事に言われてもはいそうですかと任せられるはずがない。

お嬢様が来てからメイドは私一人で、あまり多くの人たちと仕事をした経験はないけれど、女社会がそんな簡単にいかないという事は私も嫌というほどわかっている。

いいと言われてやらなかったら、次の日には総スカンを食らうだろう。そう思って私は時間を見つけてはお嬢様付以外の仕事もやっているのだが、どうも話が思っていたのとは違う方向に転んでいるような気がする。


「あ、アン!今日奥様の姿を一回も見てないのだけど、体調を崩されてたりしてない?」

「ええ、大丈夫です」


崩すどころか、体がなまるとか言ってスクワットとかやり出していたりする。その後余計お腹が空いたと倒れこんでいたが。

そんな事言えるはずもなく、安心させるように微笑んだのだが、そのメイドは私の持っている昼食を見て顔を曇らせた。


「まだこれだけしか食べられないの?」

「…奥様はもう少し食べられると言っているのですが、コックが無理してはいけないと…」

「まあ!それもそうよね。食べるように無理するのも体によくないと言うし」

「………」

「奥様は今から昼食なのだ。アンの邪魔をしないように」

「すみません。アン、こっちの仕事は任せてね」

「…よろしくお願いします」


どうもお嬢様はそんなに会った事もないメイドや執事を誑し込んでるようなのだ。

そのせいで私はお嬢様についていてあげろと耳にタコが出来るくらい聞かされている。



「誑し込むとかやめてよ!アンの言うとおり、私メイドや執事にそんなに会った事ないんだからね!」

「じゃあ何であんなに気を使われてるんですか?」

「知らないよ。大体私にところにはアン以外ほとんど入ってこないから気を使われたって感じもしないし」


放って置かれてるって感じ、と言いながらお嬢様はぱくりと一口昼食を食べ、顔をしかめた。


「それにコックには気を使われてるっていうより、嫌がらせされてるし」

「嫌がらせじゃありませんよ」


今のコックは侯爵が病人食を作れるのを条件に雇った方らしい。

そのコックがいたところの令嬢は体が弱く、食も細かったのだが、令嬢の両親は心配しながら無理矢理食べるよう強要していたらしい。

そしてその令嬢は請われるがまま無理して食べ、体調を崩してしまっていた。

それを目の当たりにしてきたコックは、病人に無理にご飯を食べさせるのはよくないと痛感したようだ。


「何だそれ。勝手な感傷で私はこんなにお腹を空かされてたわけ?」

「まあ、そうですね」


そう言うのは他でやってよね、と言いながら昼食をパクつくお嬢様はどう見ても庇護欲を掻き立てられるようには思えないのだが、黙ってれば病弱そうに見えるのはわかる。

見た目だけで誑し込まれるなんて案外チョロイなと思いながら、私はお嬢様の食べたお皿を下げることにした。

今日の午後にはクリスさん以外の使用人が来るのだ。準備もあるし、来た後の調整もある。

忙しくなりそうなのに暢気に欠伸をしているお嬢様を見たら何となく気が抜け、今日マールさんが来る事を伝えるのをやめて部屋を出た。

いきなり会わせて、その欠伸が止まるくらい驚かせてやろう。そう思うと笑いが込み上げてきたのだが、怪しい素振りを見せて勘ぐられても困る。

だからその笑いを飲み込み、私は慇懃に頭を下げてお嬢様の部屋を出たのだった。





「おーい、アン!久しぶりだなぁ」

「………はい、お久しぶりです、レオン。マールさんとベルトも」

「ああ、久しぶりだね、アン。お嬢様は大丈夫かい?」

「…どうした?何か驚いてないか?」

「いえ、レオンとベルトが騎士みたいな恰好をしているので」


午後になって3人の部屋を整えていると、3人が着いたと連絡があった。

通されていた応接間に行くと、少し余所行きの格好をしたマールさんと正装をして帯刀をしたレオンとベルトがいた。

騎士団でしっかりと鍛錬したというのは知っていたし、子爵家でも一応護衛として雇われているのはわかっていた。

だけど二人とも護衛のごの字の仕事もせず、庭ばかりいじっている。私たちの中では庭師としての印象しかないから少し驚いてしまったのだ。


「護衛嫌庭師として呼ばれてるんだから正装は当然だろ?」

「そんな事をいいながら、俺が言わなきゃ普段着で来ようとしていたけどな」

「うるさいな、ちょっと庭師気分が強かったんだよ」


そんないつも通りの二人の会話にクスリとしていると、少し真面目な顔になったベルトがこちらを見た。


「今の国王が一番信頼してる侯爵の婚約者になったんだ。どんなに警戒してもし過ぎじゃないと俺は思ってる」

「…そうですね。今のところ静かですし、お嬢様があまりにも暢気なのであまり考えていませんでした」

「しっかりしろよ。お嬢様が暢気なのはいつもの事なんだから、アンまで引っ張られるな」


人が言われてるとクスリとするが、自分が言われるとイラっとするベルトの嫌味にムッとすると、苦笑しながらマールさんが間に入ってくれた。


「まあまあ、私は護衛は出来ないけど、どんな力でも貸すつもりだよ。

 お嬢様が今まで通り暢気に過ごせるように私たちで協力して頑張って行こう」

「そうそう、ただでさえ使用人の人数は増やせないんだから、ピリピリするなよな」

「…まあ、気さえ抜かなければ俺はいい」

「はい、気をつけます」


ベルトは嫌味ばかり言うし、すぐに水を差すような事も言うけど、なんだかんだ言ってお嬢様の事を大事に思っているのだ。

マールさんも礼節は守っているが、身内のようにお嬢様をかわいがっている。


「さあ、お嬢様に挨拶させてくれ、アン」

「はい」


誑し込み能力は猫を被ってない身内にまで効くのねと半ば感心しながら私は3人をお嬢様のところへと案内した。


「マルティン!マルティン!!」


そしてただ一人だけにこの歓迎だ。

事情を知ってる私としてはしょうがない事だが、いつも明るいレオンまでどこか憮然とした顔をしていて笑ってしまう。

ただマールさんとの感動の再開が終わってお嬢様がこっちへ来たら機嫌も直ったけど。

そしてレオンとベルトが来たのだから当たり前だけど警護の話になった。

けど肝心の警護されるお嬢様は夜の警護なんていらないとケロリと言いだす。

さらに何故か話は変な方向に転がり、誰の命を狙うだの、旦那様に殺されるだの完全に話がずれている。

物騒な話題なのにお嬢様が話すとどこか暢気なようになるのがおかしかったが、今から警備時間の話し合いもしなければならないし、ずらしておく訳にはいかない。


「もしお嬢様がいいのであれば、夜は雇の護衛の方をつけてはどうですか?

 朝レオンとベルトが起きた時にその護衛と変われば、二人の負担も減りますし」

「ああ、そうだね。そうしよう。いい?二人とも」


当たり前のように二人の意見を聞くけど、お嬢様がいいと言えば二人の意見は聞く必要はない。

本当はないのだけど、そうやって当たり前に使用人まで気遣えるお嬢様が私は結構好きだった。

そして、


「まだクリストフは来てないけど、これからもよろしくね、皆」


こうやって下げる必要のない頭を下げてよろしくと言ってくれるところも、結構どころじゃなく好きだ。


「お嬢様ってホント面白い性格してるよな」

「教養がないわけじゃないのに、何であんなに頭を下げるのに抵抗がないんだろうとは思う」

「それがお嬢様のいいところなんですよ」

「あ、マールさん、そこの廊下に並んだ5つの部屋が使用人の部屋です。

 手前はブルージ先生が入っていますが、4つのうち好きなところを使って下さい」

「え?じゃあ並びは旦那様の家の時と同じでいいかい?」

「あ、そですね。あれ?アンは?」

「私は客室の奥の部屋を頂いてます」

「それじゃそういう事で。マールさんはもう荷物の整理をしていて下さい。護衛の時間の話なんで」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」


そう言うと、マールさんは足早に部屋へ行った。きっとさっさと部屋を整えてキッチンや調理器具を見に行くのだろう。

明日のお嬢様の朝ごはんのために。

そう思うと少し笑みがこぼれ、私もマールさんみたいに自分の仕事を頑張ろうと思えた。

そう思ったおかげで、思いのほか揉めて時間が掛かった護衛との話し合いも何とか上手く終える事が出来た。

お嬢様はメイドや執事よりも話すことのない護衛たちまで誑し込んでいたのだ。

二人で大丈夫なのかと喧嘩を売られ買いそうになるレオンを宥めつけたり、嫌味を返しそうになるベルトの口を塞ぎ、最終的に今雇っている4人全員がまた夜の護衛に雇われることとなった。

別に断ってくれて構わなかったのだが、是非にと言って聞かないのだ。

むしろ自分がお嬢様の正規の護衛にと言う方たちを宥め透かし、自分がお嬢様の正規の護衛だと自慢しようとするレオンを宥めつけたり、自慢しながら嫌味を言おうとするベルトの口を塞いでやっと話をまとめた時には、もうお嬢様の夕ご飯の時間だった。

いつも通り執事にお嬢様にご飯を持って行くように言われ、精神的に疲れた体を引きずってお嬢様の部屋をノックして入る。


「あ、アン。ご飯?」

「はい、そうです。今日はパン入りのスープですよ」

「げぇ」


さっきまで舌論を繰り広げていた私とは違い、お嬢様はここで普段通り暢気に過ごしていたんだろう。

そう思うと疲れが飛んだような、倍になったような気分になる。

疲れた笑いで配膳を済ますと、お嬢様は珍しく文句も言わずに「いただきます」と言って食べ始めた。

珍しいと思いながら黙っていると、量が量だ。数分で食べ終わって、お嬢様はスプーンを置いた。


「ごちそうさま。…コックにね、『ごちそうさま。いつもありがとう』って伝えて」

「え?どうしたんですか?」

 

珍しいというか、そんな事言うなんておかしい。

いつもなら食べ終わると文句しか出ないのに。そう訝しがった私をお嬢様は頬を膨らまして睨みつけた。


「アンのせいだよ!アンがコックの話なんかするからさ、何か文句ばっかり言ってるの悪いなって思っちゃったんだよ」

「勝手な感傷だって言ってたじゃないですか」

「そうだけど、やっぱり病弱設定の私から前のお嬢様を想像しちゃうのはしょうがないし」


アンが私に聞かせなければ怒ってられたのにさー、とお嬢様はぶちぶちと文句をこぼす。

別にコックの事情はお嬢様の言うとおり勝手な感傷で、聞かされたからと言ってお嬢様が悪いなと思う必要はないのに。

そんな事情何か考慮しなくていいし、お嬢様が気を使う必要はないのに。


「でも絶対おいしかったとは言わないでよ?おいしくはないんだから!まずいのは本当なんだから!

 …何笑ってるの?アン」

「いえ、何でもありません」


お嬢様はまだいかにご飯がまずいかを力説しているが、私はどうしてお嬢様があまり話した事のないメイドや護衛たちに好かれているかやっと気付いたのだ。

外見もまああるのかもしれないけど、お嬢様は病弱を演じてはいても自分の考えを変えてはいない。

まるっきり別人を演じてる訳ではないから、端々にお嬢様のいつもの使用人への態度が出ていたのだろう。メイドだろうと執事だろうと誰でも対等に扱ってくれる態度が。

メイド達はチョロかったのではなく、お嬢様のそういう態度が気に入って好いていたのだ。


「お嬢様って本当に変わってますね」

「え?でもおいしいって気持ちと感謝の気持ちは別物だよね?」


半ば感心したようにそう言うと、お嬢様からは頓珍漢な答えが返って来る。

それがおかしくてまた笑うと、お嬢様は怒った顔をした。だけどおかしいのだからしょうがないでしょう?

クスクスと笑いながら、私はさっきまであった精神的な倦怠感がいつの間にかなくなっているのを感じた。

きっと誑し込まれてるのは私もなんだろうな。



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