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顔合わせ(侯爵視点)

執務室に行ってみると今日も相変わらずアルは机に足を乗せてさぼっていた。


「おい、いい加減にしろ。少しは書類整理をしろと何度言ったらわかるんだ」

「うわっ!…ディ!!お前今日はバルのおっさんの娘に会うって言ってたじゃねえか。何でここにいんだよ」

「子爵たちが来るのは昼を過ぎるだろうからな。書類をまとめにきたんだ」

「おいおい、さすがに書類整理の片手間に会うのは失礼じゃねぇか?それに早く来て先に着いちゃったらどうすんの?」

「そんな非礼はするつもりはない。書類をまとめて屋敷に持って帰る。宿を出たら知らせが入る様にしてあるからな。それで用意が間に合わない事はないだろう」

「それも十分に片手間だと思うけどねえ」


「可哀想だなあ、リリアちゃん」としてもいない同情の言葉を吐き出すアルを睨みながら、俺はここじゃなくても進められる書類を選り分けてまとめていく。

たかが婚約者に会うために1日をつぶすなんてもったいない事は出来ない。

会ってからは時間を割かなくてはいけないのだから、会う前の時間くらい書類整理に充てても文句はないだろう。


「リリアちゃんは体が弱くても女の子なんだからちゃんとかまってあげなきゃ上手くいかないと思うけどね」

「だから午後からは時間を割く気でいる。それより子爵令嬢の事を『リリアちゃん』というのをやめろ」

「えー?もしかして焼きもちぃ?」

「………………」


そんな親しい呼び方をしていたら、それを聞いたどっかの貴族が邪推するかもしれない。

俺たちの仲を崩すためにアルと子爵令嬢が恋仲だとか言いだされたら余計面倒だ。そういう輩は二人が一度も会ったことがないという事実も簡単に忘れられる生き物なのだ。

それをわかっているのに冗談めかしたことを言うアルをひと睨みすると、アルは誠意のない謝罪を口にした後に苦笑した。


「つーかさ、お前も子爵令嬢って呼び方はないだろ。形だけとはいえ結婚する相手にさ」

「…ふむ」


確かに一理ある。

婚約者の呼び方としては妥当ではないし、何より長くて面倒だ。


「では、リリアと」

「いいんじゃない?『子爵令嬢』とか呼んでメルヘン入ってる妄想が壊れたら、もっと扱いにくくなるだろうしね」


確かに他の令嬢のようにアグレッシブに動けない以上、嫌われるよりは好かれる方が扱いやすいだろう。

呼び方一つで好き嫌いが動くとは思えないが、女というのはそれがあり得るから始末に負えない。


「助言感謝する」

「いえいえ。俺が考えてやったカードの文面みたいに『君を俺の瞳に映せて幸せだよ』とか言っとけば、引きこもりメルヘン令嬢なんてイチコロだからさ」

「多分言わないだろうが、心には留めておく」


カードに書くのと、実際に口にするのとは天と地ほどの差がある。

だがたくさんの令嬢や王女のアピールを柳のように躱しながら程々に遊んでいるアルの言葉だ。カードも好感触のようだし、心に留め置く価値はある。


「では、俺がいないからってさぼるんじゃないぞ」

「おーらい、おーらい」


まったく信用出来ない返事だが、かまっている時間はない。

明日になったら覚えていろよと思いながら俺は全く馴染のない自分の屋敷へと向かった。







「失礼致します。たった今子爵様達が宿を出たそうです」

「そうか。子爵令嬢の様子はどうだった?」

「体調はあまり良くないように見受けられました」


ひたすら作業のような書類整理に没頭していると、ノックの音と共に宿を見張らせていた者が入って来た。

もうそんな時間かと思いながら椅子に掛けておいた上着を羽織る。

その間に令嬢の様子を聞くと、あまり芳しくない返事が返って来た。だが元から身体は強くないのだから、あまり良くないで済んでいるならいい方だろう。


「そうか。もう下がっていいぞ」

「はい」


欲を言えば女将の印象や令嬢の態度も聞きたかったが、宿とここの屋敷は本当に近い。聞きこむ暇はなかっただろう。

それにここでもたもたしていたら子爵たちが着いてしまう。まあ一泊で知れる人となりなどあまり役に立たない。

後は自分で探ることにして、俺は足早に玄関へと向かった。




「お久しぶりです、シェレンベルク侯爵」

「はい、お久しぶりですね、ヴァイスハイト子爵」


俺が玄関に着くと馬車がゆっくりと玄関の前に止まるところだった。

丁度いいタイミングに息を吐きながら俺は出迎える為にドアを大きく開ける。

止まってからすぐ子爵は降りてきて俺に頭を下げた。続いて医者らしき男が下りてきて、少女が二人ゆっくりと降りてくる。


「…………」


ふわりとスカートを揺らしながら降りてくる令嬢に、俺は少しの間目を奪われてしまった。

子どもと言うには大人びた表情。すべてが小さい体躯はまるで精巧に作られた人形の様に緻密に整っている。

せめて容姿くらいは聞いておけばよかったと内心で悪態をつきながらも、俺は誰にも見つかることなく気持ちを立て直す事が出来た。

それは子爵達が頭を下げていたのと、令嬢の行動がゆっくりとしていて遅かったせいだ。


「よく来たね、リリア」


子爵の横に令嬢が並ぶ頃にはいつも通りの声を掛ける事も出来た。

口端を上げるよう意識しながらそう言うと、すぐに目線を外して頭を下げると思っていた令嬢は俺の事をまっすぐ見返す。

令嬢に見つめられるというのはよくあることだ。なのにどこか落ち着かない気分にさせられるのは何故だろう。

敵意を向けられてるわけではない。視線に嫌な感じは含まれてないし、むしろほんのりと色付いた頬は好意を示している。


「…っ!!」

「不躾な娘で申し訳ない」

「すみません」


何故こんなに落ち着かないんだと思っていると、その視線は唐突に終わりを告げた。

子爵が驚くほど細い令嬢の首を掴み、思いっきり押したのだ。


「構いません。それより頭の手を放してあげて下さい」


思わず近寄り、子爵に向かってそう言う。間近で見た令嬢は本当に小さく細かった。こんなことをしたら折れてしまうんじゃないかと心配になるほどに。

俺の言葉で子爵は令嬢の首から手を放したが、令嬢の頭は下げられたままだった。それは当たり前なのだが、何となく気の毒に思え、俺は肩に手を当てて顔を上げさせた。


「これからよろしく。不自由があったら何でも言ってくれ」

「…はい、お世話になります。侯爵様」


無理な体勢を強いて体を壊されても困るし、優しい言葉を掛ければ悪くなさそうな第一印象はもっとよくなるだろう。そう思ったのだが顔を上げた令嬢の表情は最初よりも曇っていた。


「本当に気にしていないから大丈夫だよ。それよりここでは体に障るだろう?部屋に案内するよ」

「ありがとうございます」


コルセットで締めているわけではないだろうに驚くほど細い腰に手を当てて促すと、小さくお礼を言って令嬢は素直について来た。

表情はよく読めないが、体調が悪いというよりは落ち込んでいるようだと思う。きっと普段は甘いであろう子爵に手荒く扱われ、怒らせたと思っているのだろう。

それならば俺がどうにか出来る事ではない。いい印象を植え付けるという考えを少し横に置き、俺は事務的に屋敷の説明をすることにした。

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