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顔合わせ

「……………」

「……………」

「これはお姫様を褒めるべきかアンを褒めるべきかわからないくらいいい出来だね」

「アンでいいですよ、本当に」

「昨日騒がしかったのはこれが原因か?」

「そうですよ、もう帰りたい…」

「何言ってるんですか、お嬢様!ここは帰るんじゃなくて突撃するところでしょう!」


そう言って得意満面な顔をしたアンに、お父様もブルージ先生も頷いた。

もうね、本当にその反応が自分でも頷けるくらいいい出来なんですよ。顔のベースは私だし、服だって髪だってそんなにいつもと違う訳じゃない。なのに少しずつ丹精込めて整えていくと、出来は確実に変わるんだね。もう朝起きたら髪の毛梳くの面倒だなとか二度と思わないよ。

小さなことを頑張ったらこんなに変わるって事は、小さな事をさぼったら確実に悪くなっちゃうって事だもんね。


「いや、お姫様とっても愛らしいよ。本当にこれを見るのが私たちと侯爵様だけだというのが惜しいくらいにね」

「ああ、とてもじゃないが木に登ったり、スカートを捲し上げて走り出すような奇行を行う娘には見えんな」

「もう昔の事は持ち出さないでよ」

「そう昔の事でもありませんけどね」

「アン!!」


何で自分でも自画自賛するほどの出来栄えの格好をしてるのにいじられなきゃいけないんだ?

まあブルージ先生みたいに真正面から褒められてもこそばゆいだけだからいいんだけど、もうちょっとさ…。


「あまり大きな声を出すな、リリィ。時間もそんなにあるわけではないし、そろそろ行くぞ」

「うおう、唐突だね」

「…頼むからその格好でそんな言葉を吐き出すな」

「…わかりましたわ、お父様。行きましょう?」

 

本気で落胆したような顔をしたお父様に少しむかついて、完璧なお嬢様っぽい返答をしてやる。どうだと胸を張った私にお父様は「それも少し気持ち悪いな」と言った。何なんだよ、どっちなんだよ。


「では行くぞ」


そんな漫才めいたやり取りも本当に終わりの様で、お父様は私の横に並び腰に手を回した。

はいはい、今度はお父様とアンでの介護ね。まあ誰に挟まれようと捕らわれた宇宙人になるのは変わりない。なるべく早く馬車まで行こうと私は目を伏せ最大限体調の悪いふりをした。


「ヴァイスハイト子爵。どうもありがとうございました」

「ああ、女将。世話になったな」

「お世話になりました。ありがとうございます」


階段では誰にも会わなくて思っていたよりもすんなりと移動できた。でもやっぱり下の階に着くとそうもいかず、階段を下りてすぐ女将さんと会った。

お父様と挨拶を交わしてる間に気分悪そうにアンと馬車に乗りこんでもいいのだけど、お礼を言うために私はその場に残った。

この女将さんはいくら大丈夫だって言っても部屋まで付き添ってくれたり、不便はないかとか体は辛くないかとか何度も気遣ってくれた優しい人だ。

まあぶっちゃけ私は健康だしほっといてくれた方が何倍も嬉しかったけど、気遣いを無下にするほど落ちぶれてはいないよ。

感謝だけはちゃんと伝えなくちゃとお礼を言うと、女将さんは目を丸くした。


「あの…?」

「いや、ごめんなさいね。あんまりに可愛らしい令嬢様だから、驚いちゃって」

「あまりしつけが出来ていない娘でお恥ずかしいが」

「とんでもない。場所柄色んなお嬢様を見てるけど、こんなに品があって愛らしいお嬢様はそうそういませんよ」

「そうか?」

「ええ、そりゃあお嬢様っていったらとっても美人で着飾ってる方が多いんですがね、私らとは口なんか聞いてくれませんよ」

「未婚の令嬢は多くは話さないようにしつけられているんだろう。しょうがないんだよ」

「はあ、でも私はそんな貴族の礼儀よりもお嬢様のようにしっかりと感謝できる方がよっぽど礼儀が行き届いてるとおもうけどねぇ」


…先に馬車に行っていればよかった。

ほほえましそうに私を見つめられながらお父様と女将さんが会話しているのを聞きながら、私は内心舌打ちをする。

なんか長くなりそうな気配だし、よくわからないけど褒められてるせいで背中がむずむずする。わーっと叫びながらかきむしりたい気分だ。

あんまり時間もあるわけじゃないんでしょ?早く行こうよとこっそりアンに目くばせしても、アンは取りあってはくれず、完全に無視される。

まあアンが口を出せないのはわかってるんだけど。こういうおばさんって話が長いんだよなぁと思って思考を飛ばしていると、女将さんはいきなり私の手を握った。

ちょっと油断していたから驚いて見上げると、女将さんはにっこりと優しい顔で笑った。


「きっとお嬢様の愛らしさは内面の美しさからきてるんだねぇ。ご利用ありがとう。体が弱いみたいだけど、元気でいるんだよ」

「…はい、ありがとうございます」


話が長いなんてとんでもない。さすがというか何というか、さっきまで無限に話し続けそうな雰囲気を出していた女将さんは本当に心の籠った言葉を私にかけ、仕事に戻って行った。

それを見送ってから私たちも用意をしてあった馬車に乗り込む。


「………」

「………」

「…内面が美しい…ねぇ…」

「うわあああああん!」


やめて!そんな目で見ないで!!もう昨日から何なんだよ!私って何でこんなに性格が悪いわけ?!優しく気遣ってくれた女将さんの事を話長そうなおばさんだなーとか思ってたんだよ?


「もういっそのことこの馬車から飛び降りたい」

「や、やるなよ?!そんなことをしたらさすがのお前でも無事じゃすまんぞ?!」


いや、本気でするはずないじゃん。それくらい落ち込んでるって事だよ。

一回本気でお父様の中の私のイメージを変えてもらわなきゃいけないな。少しお転婆なイメージっていうのはしょうがないけど、馬車から飛び降りるような奇行に走るイメージは取り除きたい。


「お姫様、楽しそうなところ悪いけど、そろそろ落ち着かないと。もう侯爵様の屋敷につくからね」

「え?!今乗り込んだばっかじゃん!」

「すぐ近くだからあの宿に泊まったんだ。アン、降りる準備を」

「はい」


急展開に慌てる私を尻目に、アンは完璧なメイドの顔を貼り付け降りる準備を始める。

ここには時計がないから細かい時間はわからないけど、お父様のすぐは体感的に5分くらい。本当にもうすぐって距離だった。


「だっ、だったら歩いてでも行ける距離じゃん。わざわざ馬車を呼ばなくても」

「歩いて結婚相手の元に向かう斬新な令嬢は今まで見たことないねぇ」

「それにお前はリリアなのだぞ?たとえ5分でも正装して歩けるものか」

「そ、そうだね」


ドクンドクンと高鳴る心臓を落ち着かせるためにゆっくり息を吐いていると、少し開けておいてくれた窓から立派な門が見えた。

そこを通ると馬車はさっきよりもスピードを落とし、ゆっくりと進んでいく。


「屋敷に入ったようだな」

「ううう、緊張して口から心臓が跳びでそう」

「緊張しているなら黙ってろ。間違ってもそう言う発言を侯爵の前でするなよ」

「わかってるよ」


本当にお父様の言う通り、しゃべらないで置いた方が無難だなと思う。リリアになってから3年間特定の人以外とはまったく話していない私のコミュニケーション能力は小学生程度に落ちてるだろうし、もし変な事を口走ったりしたら目も当てられない。

失敗しちゃった、テヘ!じゃ今からは済まされないしね。




「………………」

「よく来たね、リリア」


基本無言で、緊張してるように目線は外しておけばいい。そう気合を入れて降りた私の考えは、侯爵を見た瞬間に吹っ飛んだ。


………すっげー、本当に絵本から出てきた王子様みたいだ。


格好いいとは聞いていたし、結婚の申し出が鬱陶しいほど来るって事から相当な容姿だとは思っていた。だけどそんな想像を軽く越してしまうほど、侯爵は格好良かった。

サラリとした髪は薄い茶色で、肌は羨ましくなるほど白い。背はすらっと高く、足は体の半分くらいあるんじゃないかと思うほど長い。細身なのに頼りなく見えないのはしっかりと体に厚みがあるからだろう。顔なんてもう丁寧に焼かれたビスクドールみたいに整ってて…


「…っ!!」

「不躾な娘で申し訳ない」

「…すみません」

「構いません。それより頭の手を放してあげて下さい」


瞳の色はと、侯爵の顔を覗き込もうとしたら、勢いよくお父様に頭を下げさせられた。

寸でのところで「いでっ」とか言わなかったのは、吹っ飛んだ考えがほんの少し残ってたせいだろう。

謝った私に侯爵は優しい言葉をかけてくれるけど、頭を上げれるはずはなくそのまま下げ続ける。まあ言葉が優しいだけで声音は冷たいのだから上げれるはずもないけど。


「これからよろしく。不自由があったら何でも言ってくれ」

「…はい、お世話になります。侯爵様」


そんな私に肩に手を当てて顔を上げさせた侯爵は、微笑みながら事務的にそう言った。

瞳の色は綺麗な緑だけど、その目は何の感情も感じさせず冷たい。

でもそんな態度よりも自分の登場の時の失敗に私は深く傷つき、内心で大きくため息をつくのだった。

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