イワンのばか Иван-дурак
今のアーカシ市役所には、眷属と複製人間しかいない
複製人間はロボットのようなものだ
元となる人間の願望が強く打ち出され
自身の行動に疑いを持たない
眷属は邪神となった市長の体を培養して作られた
いわば市長の複製とも言える存在だが
魚類のような顔つきで身体能力も高く
もはや人間と呼ぶべきか悩ましい
ただ、その眷属にあっても
前市長、アーカシ・ウォンターナの体から作られた者は
元となったアーカシ姫の人間性を残していた
今は亡き政策局 秘書課の信濃守千代丸は
生前、気に入った眷属に名前を付けることがあった
例えば諜報員のルリヲ (本当はルリだが)
他にも総務局のシモン
環境産業局のタラス
福祉局のイワン、などがいる
名を与えられた眷属は、全てアーカシ姫の眷属
その中でも
シモン、タラス、イワンの三人は、仲が良かった
◇
邪神と成り果てた市長が
市の運営に口出しすることはない
特に前アーカシ姫の時代は完全な放任主義で
市役所の職員も安心して働くことが出来たのだが
旧支配者、再選した海野アケミが邪神となってからは
市長の代行を名乗る連中、「明石だんご協会」や
シスターを名乗る修道服を着た怪しい人物が
頻繁に市政へ口出しするようになり
人口は激減、財政も破綻寸前である
◇
総務局のシモンは頭を抱えていた
市税を徴収しようにも市民がいない
加えて職員も足りず事務が追い付かない
有能だった人材は悉く退職して市を去り
残るのは短絡思考の複製人間ばかりである
シモンはイワンに助けを求めた
「人材を分けてくれないかイワン、別に福祉が滞ったところで、誰も困らないだろう?」
「いいとも、いいとも、空いた人員をそちらに送るよ」
イワンは快 (こころよ) く協力を申し出たが
一言付け加えた
「だがシモン、誰も困らないのは間違いだ、自分が病人じゃないから病院はいらないという理屈は、あまりに幼稚だということくらい、わかるだろう?」
「失言だった、イワン、許してくれ」
「いいさ、じゃあ神様がお前をお守り下さるように」
神様?
だがアーカシ市には邪神しかいない……
◇
環境産業局のタラスは頭を抱えていた
海洋外来物の研究と処分を目的として
ある程度の武装を容認された処理課の特殊部隊
だが現市長の代行を名乗る連中は軍隊化を目論み
明らかに対人を目的とした過剰な兵装を追加した
抗議すれば連中は、局の予算を減らすと圧をかける
タラスはイワンに助けを求めた
「いっしょに抗議してくれないかイワン、別に福祉の予算が減ったところで、なんとかやりくりできるだろう?」
「いいとも、いいとも、俺も抗議に付き合ってやろう」
イワンは快 (こころよ) く協力を申し出たが
一言付け加えた
「だがタラス、福祉の予算を減らすということは、守るべき未来を削ることになるんだぞ、セーフティネットのない世界で、誰が安心して生きられるのか」
「失言だった、イワン、許してくれ」
「いいさ、じゃあ神様がお前をお守り下さるように」
神様?
イワン、お前はそんなものを信じているのか……
◇
イワンは働いた
身を粉にして働いた
人員は減り
予算は削られ
それでも知恵を絞り、汗を流して頑張った
程なくして
シスターの気紛れで福祉局は解体され
イワンは都市局へ配置転換された
そこで任された職務は地下墓地の建造だった
心配になったシモンとタラスは
イワンの様子を見に地下墓地へ顔を出した
イワンは建造中の
無数の墓に囲まれた中央で
息絶えていた
心労、そして過労が原因だろう
働けばなんとかなる
頑張ればなんとかなる
そう信じていたイワンの善意を
シモンが、タラスが、シスターが利用して
イワンは力尽きたのだ
自己犠牲をいとわなかったイワンは、バカだったのか?
シスターなら、そう言えるかもしれない
彼女は人を超越した魔人なのだから
だがシモンとタラスにそれが言えるだろうか
聖者でも超人でも魔人でもない
凡人の死
彼を取り囲む
墓碑銘のない
イワンの墓




