第31話:魔王、出陣
ヴァルゼリア帝国――魔王の間。
黒水晶の玉座に座っていたザルグが、ゆっくりと立ち上がった。
その動きは静かだが、空気が震えるほどの威圧感を放っている。
アミバは驚き、思わず声を漏らした。
「……魔王様?」
ザルグは振り返らず、ただ一言だけ告げる。
「行くぞ」
アミバは慌てて後を追う。
「お待ちください、魔王様! 護衛の準備が――」
だがザルグは聞く耳を持たず、長い金髪をなびかせながら走り出した。
玉座の間を抜け、広い廊下を疾走し、城のバルコニーへと飛び出す。
そして――
ザルグは迷いなくバルコニーの縁から跳んだ。
闇夜を切り裂くように、巨大な影が現れる。
黒竜バルキリー。
その漆黒の翼が広がり、ザルグの落下を受け止めるように滑空してきた。
ザルグは空中で軽やかに竜の背に着地する。
その姿はまさに魔王そのものだった。
アミバはその光景に息を呑み、すぐに叫ぶ。
「親衛隊! 集合!! 王に続け!!」
城内に警鐘が鳴り響き、黒い鎧をまとった魔王親衛隊が次々と走り出す。
その数――二千。
彼らは慌ただしく竜に跨がり、次々と空へ舞い上がる。
黒竜の群れが夜空を覆い、ザルグの後を追うように編隊を組んだ。
アミバも自らの竜に乗り、空へと飛び立つ。
「魔王様……どこへ向かわれるのですか……!」
ザルグは振り返らず、ただ前方の闇を見据えていた。
その瞳には、獲物を見つけた獣のような光が宿っている。
「セレナの末裔……面白い。
この手で確かめに行く」
黒竜バルキリーが咆哮し、夜空を切り裂く。
魔王軍二千騎が、その後に続いた。




