第20話:雷牙の目覚め
10年前――。
エルダーン領を治める公爵カイル・エルダーンの屋敷では、領民の平穏を守る日々が続いていた。だがその裏で、幼い二人の好奇心が小さな事件を引き起こす。
アーサー・エルダーン、当時10歳。領主の嫡男として剣の稽古を始めたばかりの少年。
クラリッサ・エルダーン、6歳。まだ幼いながらも、兄に負けないほど活発で、好奇心旺盛な少女。
二人はお付の兵士たちの目を盗み、屋敷の外へと走り出した。
「クラリッサ! 待てよ!」
「だってリスがいたんだもん! かわいいから捕まえたい!」
小さなリスを追いかけるうちに、二人は「入ってはいけない」とされる森へと足を踏み入れてしまう。森は昼間でも薄暗く、木々の間から冷たい風が吹き抜ける。
「ここ……なんか怖いな……」アーサーは剣を握りしめながら呟いた。
「平気だよ! リスはどこ行ったかな……」クラリッサは無邪気に笑う。
だが次の瞬間、茂みの奥から複数の影が現れた。
――ゴブリンの集団。
「クラリッサ、下がってろ!」
アーサーは必死に妹を庇い、幼い体で剣を振るう。だがまだ未熟な彼の剣技では、群れを相手にするには力不足だった。ゴブリンの棍棒が彼を打ち据え、アーサーは地面に叩きつけられる。
「アーサー!」クラリッサが叫ぶ。
兄は立ち上がろうとするが、体は痛みに震え、動けない。ゴブリンたちは牙を剥き、幼い少女へと迫っていく。
絶体絶命――。
クラリッサは震える手で地面に落ちていた一本の枝を拾い上げた。
「いや……いやだ……アーサーを守らなきゃ……!」
その瞬間、彼女の体を雷光が走り抜ける。枝の先から、ありえないはずの雷撃が迸った。
「――雷牙波!」
轟音とともに雷撃が放たれ、ゴブリンの群れを一瞬で撃退した。
森の中に静寂が戻り、焼け焦げた匂いが漂う。
クラリッサは呆然と立ち尽くし、震える手で枝を握りしめていた。
「……わ、私……今……」
アーサーは痛む体を押さえながら、妹を見つめる。
「クラリッサ……今のは……雷牙流の技……?」
幼き日の奇跡――。
それが、後に「雷牙流宗家」としてのクラリッサの運命を決定づける最初の覚醒だった。




