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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 12 神話

「半ベソくらいじゃすまさんからな。覚悟しやがれ」


 未だオレを凝視し動かずにいる三体の使徒に、減らず口を叩くと同時に、辺り一面に多数の波紋を展開させる。視野が広く深い。妙な感じもするが、これが当たり前の景色だったようにも思い、軽く戸惑う。『(のろい)』だか『(いわい)』だかとどうも混ざってしまったらしく、そのお陰で得た力なのだろうが、『能力の開放』よりも鋭くなってしまった感覚をオレは若干持て余していた。

 大きく一つ深呼吸をして、落ち着かせる。そして今度は、今やオレの両手にすっかり馴染んでしまった二つの武器に発破をかけた。


「いつまでも眠りこけていると、金無しになっちまうよ」


 これは、朝寝坊なんかしていると盗人に入られる。そうならないように早く寝ろ、という王国では、なかなか寝付かない子供に枕元で言い聞かせる類の話である。

 人智を明らかに超えていた目の前の三体は、土煙がすっかり晴れてしまったにも拘らず、なおも動かず黙ってオレを観察していた。正直一体でも手に余る。ヤツらから見ればオレを始末することなど、鶏の首を絞めるよりも簡単だというのに、何をそう警戒しているのだろうか。女口調の男とナリの良い白い男の表情には、若干の厳しさが覗える。だがボロを纏った黒い男だけは、何がおかしいのかニタニタと気持ちの良くない笑いを浮かべていた。


「いい加減目を覚ませ。ナマクラ、ゲテモノ食い」


 暴走していた二振りの剣から鮮明な意識が伝わる。と、すぐさま甲高い憎まれ口を吐かれた。


【ちょっと先に目覚めたくらいで、いい気にならないで欲しいのです。ウスラハゲ】


 続いて低い女の声が間髪入れずに頭に届く。


【もうわんつかさっと起こしてけねな、ダーリン。こいだばさっぱさねじゃよ】


 ダーリン以外聞き取れない……。が、腹を立てたり落ち込んだりする余裕は、今のオレにはない。暴言と意味不明発言に、やや沈んだ気を取り直し、聖剣クテシフォンと魔剣クトゥネペタムに問いかける。


「アンタらのどこにあるかわからない脳みそは、この情況を理解しているのか?」


 だが返ってきたのは、珍しく揃って無言だった。伝わる感情も揃って焦燥。果たしてこの二振りの剣は、目の前の物体が何かを理解しているのだろうか。疑問を投げかけようと口を開きかけたその時、またしても甲高い声と低い声が響いた。


【使徒……なのですね。心するのです、ゲス野郎】

【わいは〜。なにつけらっとしてらば。大変(うだ)でじゃよ!】


 聖剣も、おそらく魔剣も最低限は把握しているようだった。幾つも理屈を重ねなければと覚悟していたため、少し安堵した。と、堰を切ったように三体の使徒が、三者三様オレに牙を剥いた。

 女口調の男がオレとの距離を詰める。が、薄刃が男を貫かんと聖剣から伸びる。しかし男は両手を前方に翳した。そこに力の集積を感じる。二本の刃は男の体に辿りつけずに、僅か前方で止まってしまった。


「無駄よ、無駄。いい加減大人しくしなさい」


 女口調の男の低い声が聞こえる。なるほど『式』で防ぐか、だがそれがどうした。オレは鋭くなった感覚から、ある一つの答えを見出していた。

 その答えを実践するために、オレは感覚的に一つ深い場所へと意識を向ける。と、突然、世界が開いた。唐突に視野が広がった。折り畳まれ、今まで見えていなかった世界がそこにはあった。オレはその新たな景色に視線を集中し見渡す。そこにヤツらは存在した。ニースもそこにいる。カイムの器も、そして二振りの剣もそこに在った。だがオレの姿はそこにはない。どうやらオレはその世界に身を置いてはいないようだった。どうりで、オレの攻撃はなかなか届かず、ヤツらの攻撃はなかなか防ぐことができなかったわけである。ただいきなり展開された見慣れぬ景色に、オレは混乱していた。距離も方向も定まらず、困惑していた。この新たに映しだされた世界で、何ができるか判断できずにいた。

 女口調の男はそんなオレをお構いなしに、間を詰め襲い来る。その後ろでは白い男は、なにやら悠然と『式』を組んでいる。そして黒い男も女口調の男に一歩遅れて、オレの背後から枯れ枝のような細く歪な手を伸ばしていた。

 この時、オレは(もつ)れて解けない細糸のように頭をこんがらがせながらも、何となしに理解していたこともあった。オレ達の世界は、おそらくは三つの階層から成り立っている。だが、こいつら使徒は少なくとも、四つ目の階層にまで脚を踏み込んでいる。それがオレ達の(ことわり)の外にいる存在、使徒であり、神などと呼ばれ崇められているものなのだろう。だが、それがどうした、と言ってしまえばそれまでだ。見えたから、理解したからと言って、オレにできることなんぞ今までとそう変わるもんではなかったからだ。


【ダーリンだば、大丈夫だびょん】


 耳朶を解すことのない魔剣クトゥネペタムの言葉が聞こえる。しかも、今度はあらかた理解できた。だが同意はしかねる。何が大丈夫なものか、見てみろ。と、意識を外に向ける。目に映り込んでくるは円形を象った幾つもの歪んだ空間。それが子供が遊具をバラ撒いたかのように、散らかり宙に浮いている。先程、展開させた波紋である。そして、その歪みに阻まれ、足止めをされている二体の使徒と、『式』を無効化されたもう一体の使徒の姿だった。


「ア、アンタがやったのか?」


 ヤツらは波紋など水面に手を突っ込むかのように、簡単にあしらってきたではないか。それが何故。オレは驚き、クトゥネペタムに訊く。


(ちげ)。わは、すったことできね。ダーリン、お()だ】


 四つの階層を認識したからか理解したからか、そんなこととは関係のない別の何かか、はっきりとは分からないが、目覚める前とは違い波紋で以ってヤツらを押さえこめることは分かった。次々と展開される波紋に、攻めあぐね各々一旦距離を取った三体の使徒。二体は憎々しげにオレを睨んでいたが、一体はあいも変わらず飄々としていた。が、すぐに女口調の男は怒りに強張る肩の力を抜き、長い鼻息を出した。


「私としたことが、本来の目的を忘れるところだったわ。人間の坊や、あなたなんてどうでもいいの。待ったわ、ずっと。魔族に身をやつして、人間をだまくらかして、欲しい物が目の前に転がってくる、この日を」


 そう言い、先の尖った長く厚い舌を自分の唇に一回り這わせた。その湿った唇は引き裂かれんばかりに、口角を上げている。そして女口調の男は、ゆっくりと歩き出した。カイムの器に向かって。


「暇つぶしに、一ついいことを教えてあげる。ローレスって知っていて? あれねえ、私が書いたものなの。私がかのケラニウス・ティトニエの正体よ」


 千年前の神学者であり歴史家が、使徒だったとはね。「驚いた?」とでも言いたげに鼻をツンと上向かせ、気取って歩く女口調の男。だがオレはそんな人間を皮肉に思うし、この使徒の調子に乗った態度も鼻についたが、驚きはさほどなかった。目の前には五柱の神様、そんな今の状況のほうがよほど突飛(とっぴ)だと言えたからだった。


「理由を聞きたがっている顔ね。いいわその凛々しい顔に免じて教えてあげる」


 別段、興味はなかった。だがオレは黙って言わせておくことにした。近づこうにも、折れたであろう右脚は動かせない。剣を振ろうにも踏ん張りが利かない。オレに出来る事は限られていた。黙ることは、その少ない選択肢の一つだったからだ。


「カイムを魔神に仕立てあげるためよ。人間の祈りがカイムに集まると、それだけカイムに力が注がれる。油断ならない彼のこと、そのうち自力で封印を解いて器を取り返すかもしれないじゃない。だから彼を崇拝の対象にさせたくなかったの。封印から逃れていたことは主神のお陰で知っていたわ。瘴気なんかで長い時間かけて、貧弱な体を作ることしか出来なかったのだから。健気よねえ、涙が出ちゃう」


 主神とは何だと言う疑問を心の中にとどめておき、目尻を拭う仕草を見せる女口調の男の三文芝居に、思わず舌打ちをしてしまった。だが男は気付かないのか、気付かぬ素振りか、何事もなかったかのように、脚を進め話を続けた。


「そしてそれだけじゃないの。魔族を統べていたのも私。塔を裏で操っていたのも私。ついでに人間に術を授けたのも私ってわけ」


 正義だの救済だのキレイ事を謳った組織ってもんは、大概誰かが裏で糸を引いて利益を貪っている。ありがちな話だ。それだけではない、この世界自体が神様てヤツらの箱庭なのかもしれない。ならオレ達は一体何なんだ、と卑屈な考えがこれでもかってくらい膨張していた。だがそんな考えは詮なきこと。頭を、これからすべきことに切り替える。


「あなたの変な体質は半分は私のせいかもね。だけどもう半分は、そこで寝ているお譲ちゃんのせいだから恨まないでね」


 挑発……ともとれた。オレの心を揺さぶりにかかっている? いや、そんな上等なもんじゃない。さんざん邪魔された腹いせ、なのだろう。かわいいところもあるもんだ。


「時間切れね。お話はこれでおしまい。あなたは殺さないわ。だから空間が歪む変な術で、私の邪魔をしないでちょうだいね」


 器の前まできた男は、オレに振り向き恭しく一礼した。その行為に、おそらく意味はないだろう。あるとしたら単に遊んでいるだけに思えた。


「一風変わったお伽噺、ありがとうよ。子供に聞かせた日には、怯えて涙で枕がぐっしょりだ。もうちょっとマシな話なら、アンタの偉そうな嘆願を聞いてやらないこともなかったかもしれん。とても残念だよ」

「嘆願じゃないわ。下知(げじ)よ」

「なおさら残念だ」


 カイムの器が十以上の波紋に囲まれたのは、嫌味を吐いた直後のことだった。波紋を通して映る器の輪郭が、細かく揺らぐ。それを目にした女口調の男はオレを一瞥し、悔し紛れにその場で蹴り上げた。イオカステの躯から力任せに引き千切られた太い右脚が、勢い良く宙に飛んだ。

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