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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第6章 神の宴編
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episode 3 求婚

 カイムは普段見せることのない力強い眼差しをオレへと向けた。翠の両眼に宿る真剣な想いがオレに絡みつく。オレもそれに釣られ、カイムに強い視線を飛ばしていた。


「あの器はボクのだからねぇ。ボクがもらう」

「はあ? アンタの場合、そんなのが約束って言うのか?」

「話はこれからだよ」


 オレは馬鹿にしくさったように肩を竦めたが、カイムは彫像のように微動だにしない。瞬きすらしない。喉元に添えられた黒い斬先もまるで意に介すことなく、不敵に笑みを湛え、言葉を続けた。


「キミはニースを護るんだろ?」


 何が言いたい。オレはヤツの意図を読めずにいた。苛立つ。怒りで震える黒刃がカイムの皮膚を浅く斬りつけた。だがカイムはそれでも動かない。表情も変わらない。

 カイムの纏う独特の雰囲気、オレはそれを覚えている。思いだせ。と、記憶を探る。


「今はまあいいよね。だけどキミは死ぬ」

「何が言いたい?」


 そう言いいながらもオレは、次に来るであろう言葉を凡そ理解してしまった。そしてカイムのその雰囲気の正体も。それは覚悟だった。今までに出会った覚悟を持った男の姿が、男の目が、今のカイムと重なった。


「キミは確実にニースより先に死ぬんだ」


 オレは突きつけた魔剣をだらりと下ろした。カイムの逞しい首元に付いた小さな切創。だが流れ出てくるはずの血は、流れてはこなかった。


「冬山でキミが倒した四体の魔族。今、ボクの体はそれで出来ているんだ。確かに強靭だよ。今までになく力が漲っている。だけど死した体だけで構成された今の体はそう長くは持たない。必要なんだよ、器が。それだけじゃあ無いよ。この世界を取り戻すためにも、『式』に耐えられる使徒の肉体が必要なんだよ」

「アンタの都合ばかりつらつら並べやがって。どうせオレが断れないことぐらい、分かって言っているんだろ? 前置きはいい。早くしろよ」

「察してくれて助かったよ。じゃあ約束しよう。キミが死んだら、キミの代わりにボクがニースを護る。一生ね。永遠と言ってもいい。だから手伝って欲しいんだ。どうだい?」


 そう、答えは決まっていた。それくらいカイムも分かっていたことだったであろう。オレは悔し紛れに黙り首肯する。カイムの言いなりになることに、どうにも腹の虫の収まりが悪かったからだ。だが、ニースを救うにはそれが一番マシな方法だろう。もし、もしもだ、ヤツが面白くないことをしでかしたのなら、この二振の剣で細かく斬り刻んでやれば済む。使徒だろうが魔神だろうが関係ない。ただそれだけのこと、そう思うことにした。


「カイム、ヤツらを警戒していろ。魔族もフチクッチも全員だ」

「お安い御用だよ」


 オレはそう言うとニースに近づく。血塗れの床がピシャリピシャリと音を立て、血飛沫が跳ねる。その中心に膝を突き、今一度魔族を眺め薄刃揺らめく聖剣の斬先を向ける。これは牽制。下手なことはするなと枷を嵌めたのである。威圧され削がれゆく殺気。萎えゆく敵意。

 オレは彼女の顔に自分の顔を寄せ、そして小声で話しかけた。説得、そう確かに説得だ。目的は魔神の器の解封。だがオレにそのような気持ちは微塵もなかった。


「痩せ我慢もいい加減にしろ。封印を解け。あとは何とかしてやるよ」


 やはりと言うべきか、ニースは何も反応しない。聞こえているかどうか、それ以前に意識があるかどうかすら疑わしく思える。

 ひゅうひゅう喉から漏れ出る音が、徐々に弱く不規則になってゆく。オレは腹のど真ん中に突き刺さったニセ聖剣を抜き放ち、背中に放り投げた。床に落ち、かこんと鈍い音がする。土手っ腹に空いた風穴、その周囲には生乾きの血痕。オレはそれを目に収め、ある光景を目に浮かべた。

 シーロンの上半身を胸に抱き、膝をつくカリュケ。後悔しているのだろう。近くにいてやることが出来なかったこと、助けてやることが出来なかったこと、そして……。あの男はヤケクソになりながらもオレに言ったのだ。遠慮せずに自分の想いを伝えることだ、と。

 オレは一つ大きく息を吸い、ハラを括った。


「これから言うことに従う義務はねえし、都合のいいことを期待している訳でもねえ。それでもオレとアンタの仲だ。返答する義理くらいはあるはずだ、そうだろ? だからいいかニース、これからする話をよく聞け。魔神を復活させて、アンタが元に戻って、全部綺麗サッパリ解決したら……」


 オレはゴクリと唾を飲む。


「オレの嫁……オレと一緒に暮らしてくれ」


 そして一息つき、捲し立てるように言葉を連ねた。今言ったことを無意識に(ぼか)し誤魔化すかのように。


「魔族だろうが魔神だろうが、誰が相手であろうがオレは負けん。全てを終わらせて、あの町に帰るんだ。カムランもいる。ペギーもいる。シンメーも、オーワも、アスケンも、カイジョーもいる。ヤーンもいる。そこでゆっくり静かに暮らすんだ。朝起きて、昼はちまちま働く。オレは便利屋稼業でアンタは庁舎の受付嬢。別に贅沢なんてしなくていい。その日のおまんまにさえありつければ、それで充分だ。そして夜は美味くもないメシを喰って、何も考えずに寝る。その繰り返しだ。それでいい、それがいいんだ。なあ、夢のような話だろ?」


 そう、夢のような暮らしだ。今までオレが味わったことのない平穏がそこにはあった。


「まあ、それはいい。溜め込んだ腹ん中、ぶちまけてやったんだ。今度はなあ、アンタの番だ。大丈夫だ、安心して封印を解け。そして起きて元気になって、いい歳こいて恥ずかしいヤツだ、って笑い飛ばしてみやがれ。とにかくだ、オレもアンタの返事を聞くまでは絶対くたばらねえ。分かったらいい加減目ぇ覚ましやがれよ、このクソ女神が!」


 いつの間にか怒鳴り声となっていた。

 言い終わるやいなや、ニースの体がビクンと跳ねた。微かな希望が頭を過る。だがそれだけだった。血溜まりの中、再びニースは動きを止めてしまった。同時にその血溜まりの底からが光が漏れる。それは幾つもの紫の光。それが伸び繋がりニースを中心に幾何学的な模様を織りなす。魔法陣である。屋敷の床に魔法陣が描かれていたのだ。こんな下らんものを仕掛けたのは魔族の野郎共か、それともババアか。どれだけニースを利用すれば気が済むんだ。

 しかし誰の仕業かなんて、そんなことはもうどうでも良くなっていた。オレは二振の剣を握り直し、何を齎してくれるのやら見当もつかない、このどうしようもなくつまらない魔術を砕く準備に入る。

 と、そこでカイムの緊張の抜けかけた声がオレを制した。


「オッサン、そのまま術を発動させるんだ」


 オレは振り返り、カイムを鋭く睨みつけた。いつでも魔術を破壊できる体制をを維持しながら。カイムはオレの尖った視線をいつもの鷹揚な目で柔らかく受け止める。そして顔を綻ばせた。カイムのその一通りの仕草がオレをさらに苛立たせる。それだけではない、魔族も、ババアも、そしてオレも。自身も含めたここにいる全員が、剥き出しの粘膜のように今や過剰に敏感になったオレの怒りに触れた。


「フチクッチ。これ、キミの仕掛けなんだろ?」


 フチクッチは顔を上げ、苦笑いを浮かべながら首を縦に振った。その程度の動きだけでも痛むのだろう。直後、開きかけた口をへの字に歪め目を細めた。


「人の身でありながら、よくここまで到達したねぇ。希望? それとも執念? とにかく本当に凄いよ」

「説明してもらおうか。これは一体何なんだ」

「魔術さ。そう、ただの魔術なんだよ」


 オレはわざと聞こえるように舌打ちし、大きく床を踏み鳴らす。そして


「説明になってねえよ」


 とがなり立てた。

 カイムはおちょくるように肩を竦め首を傾げる。それでも答えようとしたのだろう。ゆっくりと口角が僅かに上がった口を開きかけた。だがその時、嗄れた声が割って入りカイムは口を閉ざした。その口は、表情は、焦燥が滲み出ていた。


「魔神が、()よる」


 フチクッチの言葉を聞く間でもなかった。とてつもなく強い存在を感じた。世界を覆い被さるような巨大な存在。届くことのない遥か彼方の存在。触れてはいけない高みの存在。

 圧倒され、感情が震える。不安感が湧き上がる。これが……魔神。カイムの器。

 全身から吹き出た冷や汗が、何処かしこから滴り落ちる。オレはなかなか焦点の合わない目線をニースに向けた。しばらくの間、その痛々しい姿を目に焼き付ける。目、髪、口、肌……一つ一つ、大事に大事に。そして記憶に留めると、名残を惜しみながら視線を切り、能力を開放した。

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