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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
64/109

episode 10 遭遇

 魔族との戦い。そして、カイムの離脱から二日が過ぎた。


 魔族の出現ですっかり消失した瘴気も徐々にだが増え始め、粘り気のある嫌な空気の感触が肌を撫で付け始めた。そして死臭に誘われる獣のように、少ないとはいえ魔獣が姿を見せ始める。

 オレは傷付き弱ったニースを背負い、道なき道を踏破していた。彼女に気遣いながら、魔獣に対処しなければならない。道程は険しく、そして果て無く思えた。


「痛むか?」

「……大丈夫です」

「強がり言いやがって」


 言葉に重なってくる息が荒い。今に始まったことではないが、大丈夫とは到底思えなかった。だがオレ達は先を急ぐ。それしかないのだ。


「少し休んで下さい。……無理しすぎです」

「適度に油がのった今が働き時だ。一生分働いて、あとでたっぷり休んでやるよ。そんときゃアンタがオレの面倒見てくれ。頼んだよ」

「……はい。一生面倒見ます。覚悟して下さい……」


 一つ小さい吐息が耳をかすめた。オレの背で発せられた弱々しくも掠れた声。吹雪の音にかき消されそうになりながらも、何とか鼓膜に届いた。無理してまで、冗談に付き合う必要もないというのに。律儀な女神である。

 オレ達はこうして宛もなく北へと向かっていた。何度も引き返そう、そうニースに提案した。そのたびに彼女は頑として拒み、先に進むことに拘った。


【マスター、ニースの言うとおりなのです。休めとまでは言わないのです。せめて少しの間、ワタシの力を収めるのです。これだけ長時間にわたってワタシの力を開放したのは、マスター、アナタが初めてなのです】


 聖剣の恩恵『身体能力の強化』を存分に受け、オレはここまで草原の馬よりも速く駆けていた。だが、寒さも相まって、消耗を実感する。


「前例が二人じゃな、参考の足しにしかならんよ。悪いがこのまま進む」


 膝と腰。鈍い痛みが重石のようにのしかかる。そして全身に侵食してくる倦怠感。どうやらクテシフォンには、まるっとお見通しのようだった。


【だから言わないことじゃないのです、アンポンタン】

「年を重ねたら、どこかしらガタがくるもんだ。ジジイになった証拠だよ。あ〜、やだやだ。アンタも結構(とし)くってるんだろ? せいぜい気をつけることだな」

【フンッ! 余計なお世話なのです、ド変態】


 人を遥かに超越した速さで走る。聖剣と戯言を交わしながら。ある意味、なにげに贅沢なことなのかもしれない。一応こう見えても、歴史に名高い伝説の武器であるのだから。

 だがそれでも一言、言わせてもらうことがある。ド変態は止めてくれ……思い当たるフシがあれやこれやあるため、地味に心がささくれ立つ。


【わかったのです、ド変態】


 聖剣の暴言を浴びせられ、心に擦り傷を負いながら、オレは吹雪の中ひた走る。冷たさで末端の感覚が、痛みを通り越して鈍い。ニースは大丈夫なのだろうか。


 大きな崖を飛び降りた。今は回り道している余裕はない。雪煙を派手に舞い上げ着地する。


「んっ」


 体にかかる衝撃と同時に、ニースのうめき声が聞こえた。


「悪い。ガマンしてくれ」

「気にしないで下さい。それよりもクーロンさんが心配です」


 この期に及んで他人(ひと)の心配とは、どこまでお人好しな神様なことだ。祀ればさぞご利益があるに違いない。


「アンタが助かればそれで本望だ。アンタこそオレのことなんか気にするな」

「…………」


 屈めた体を起こし、再び進もうとしたその時、奇妙な気配がオレを襲った。


「クテシフォン、魔獣じゃないよな?」

【人間、なのです……ド変態】


 もういいだろ、それ。


「二人か、こっちに向かってくるな。気づかれたか」

【どうするのです?】

「知るかよ」


 あれだけ派手に動いたのだ。気づかれないはずはない。

 オレ一人なら、やけになってその身を晒してしまうところだが、今はニースがいる。オレは氷のように冷たくなった岩場に身を隠し、息を潜め気配を抑えた。

 冬のカロリス山脈はただでさえ寒い。岩場に身を潜めることで、更に熱を奪われていくように感じた。吹きすさぶ風の音、叩きつける雪の音が反響され、余計にそう思っただけなのかもしれないが。


 男、二人。大柄な男とやせ細った中背の男が、吹雪のカーテンの向こう、北の方角から現れた。気配の主はあの二人で間違いはないだろう。

 大柄な男は、長剣を腰に、そして身の丈はあろうかという巨剣を背負っている。あれを両手で振り回すのだろう。あれじゃあ鎧兜はあってないようなもんだ。もろに頭に受けたなら、叩き割られたスイカのように、脳漿をぶちまけることになるだろう。そういう死に方は、ごめん被りたい。

 やせ細った男は、見るからに神経質そうだ。隙を見せればそこにつけ入れられる、僅かだが、そんな冷たい威圧感を放っていた。母親は蛇か何かか。案外、口を開けば二つに割れた舌を、拝むことができるかもしれない。

 二人は先程オレが落下し雪を散らした場所で、何やら話をしているようだ。話しの内容が分かるかクテシフォンに心話で尋ねる。


【マスターを探しているようなのです。そして、崖から飛び降りた事を驚いているのです。ちなみに、一人はおそらく魔術師なのです】


 なぜここに人がいる。そしてオレ達がここに来ることを知っているかのようだ。理解できん。だがそれ以上に魔術師がいることに驚いた。

 何の茶番劇だ、一体。まあ魔術師がいる以上隠れてもじき見つかる。オレはとりあえず、彼らと話しをしてみることにした。さてニースをどうすべきか。


【連れて行くしかないのです】


 だわな。二人だけとは限らん。こういう時は手元におく。それに限るのだ。



「なんか探しものかい? 手伝ってやろうか?」


 できるだけ気軽に声を掛ける。敵対心がないこと、それ以上に恐れていないことを理解させるためだ。

 大柄の男がまず反応した。背中を向けていた体を急ぎ翻した。腰を落とし左斜(ひだりはす)に構える。右手は左腰に吊るされた長剣の柄を握っていた。いつでも抜剣出来る体勢である。

 つられて細身の男は、首だけを動かしオレを捉えた。驚いた表情が一目瞭然だった。


「怪しいと思う気持ちはよく分かる。オレもアンタらと同じだ。お互い様ってことで、協力して欲しいのだが、どうだろう?」


 オレは両手を上げ無抵抗を装った。気の抜けたオレの態度に、一瞬ぽかんと呆けた大柄の男だが、すぐさまその口を引き締め一歩にじり寄る。

 その時、細身の男の口角が上がり、そこから低く穏やかな声が発せられた。


「メチャクチャな理屈だ。笑ってしまいそうになったよ。その口調、王国から来たのか? 信じられんな。お前の名前は? ここで何をしている」

「オレはコート。見ての通り遭難して難儀している真っ最中だ。アンタらこそ何者だ。市場へ買い物のようには見えんのだがなあ」


 隠そうとしているが帝国訛りが窺える。久しぶりに聞く。だが懐かしむほどいい思い出などない。

 オレはとっさに偽名を名乗った。クーロンの名は帝国にも知れ渡っているためだ。


「俺がカリュケで、彼がイオカステ。驚いたよ。本当に人がいたからね」


 本当に人がいた? 意味を図り兼ねたオレは口を噤む。何故オレがここにいることを知っている? うさん臭いにもほどがある。

 周囲を警戒すると同時に、心話でクテシフォンにも注意を促す。そして男に対しあえて警戒している事を悟らせるように、ずりっと一歩を踏み出し睨みつけた。


「ああ。気にしないでくれ。悪いようにはしない。麓の村まで案内するよ。会わせたい人もいるからね」


 狐につままれた気分である。狐だけではない。狸や鹿や兎にまでつままれた、そんな気分だった。


「付いてきてくれ」


 カリュケと名乗った細身の魔術師が背中を向けた。大柄の巨剣持ち、イオカステはオレから視線を外さずに、顎をくいっと動かす。先に行けということなのだろう。

 オレはニースに目をやり、再びイオカステへと視線を向けた。


「レディーファーストか。見かけによらず紳士だな、アンタ。だが、顎だけしゃくるってのは、帝国では真っ当な作法かもしれんが、王国では頭に水を掛けられることになりかねん。覚えておいたほうがいいよ」


 嘯くオレを大男は無視した。面白味のない奴め。


 そうしてオレは、降りしきる雪の中、物騒極まりのない男二人に挟まれ、再び北へと進路を取った。


「ニース、悪いが血なまぐさいことになるかもしれん。とにかくアンタは守る。約束するよ」


 ニースだけに聞こえるよう、小声でささやく。

 オレの肩にもたれかかる彼女の頭が、微かに頷いたような、そんな感触がした。




    ー 第4章 カロリス山脈編 完 ー

 第4章 副題「鬼の説明章」終了

 いくらこだわりを詰め込んだところで、読者には「ふ〜ん」の一言で片付いてしまう。それが小説というものか。

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