表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
62/109

episode 8 急襲

「きな臭い空気が漂ってきたねぇ」


 雪を踏みしめる音にカイムの声が重なる。表情は変わらないものの、その声の調子はやや固い。すぐ横を歩くニースからもその秀麗な顔立ちから緊張が感じ取られた。


「私のせい……なのでしょうね」

「ボクも派手に術を使いすぎたかな。まあ、ボクにとっては喜ばしいことでもあるんだからねぇ。気にしなくていいよ」


 二人の会話で魔族の到来を予感し、一瞬で消滅した瘴気の気配で確信した。


 アレンカールの町を出て三十二日が経過した。行程は既に半分は過ぎたであろう。おおよその位置しか分からないが周囲の様子から帝国領内だということだけは確かである。手持ちの食料はとうに底をつき現地調達を余儀なくされている状況が続く。食料の探索ではカイムは術を組むことで大きな成果を上げていた。しかしカイムが言うには、便利な魔術もそれが魔術師や魔の眷属に発見される要因にもなる、とのことだった。それでも背に腹は代えられない。逆もまたしかり、腹も背には代えられないのである。


「ま、何とかなるだろ?」

【当然なのです。ワタシとマスターがいれば恐るるに足りないのです】

「侮らないほうがいいよ」


 カイムがオレを横目で流した。その視線に辛辣なものを感じ、何か含みのある違和感を覚える。


【今までの戦いを見ていないからそう言えるのです】


 オレの代わりにクテシフォンが答えた。だが油断をしているわけではないが、オレも正直言って魔族に対して(おく)れを取るとは思えない。ただカイムの次の言葉で、その考えが浅慮だったことを思い知らされた。


「なんで一体だけだって決めつけるのかなあ」


 確かにカイムの言うとおりである。今までがたまたま一体だけだったのだ。が、反論の余地もあった。二体以上の魔族を維持するだけの瘴気ははっきり言って此処にはないと思えたからだ。

 それでも背筋に冷たいものが走る。しかもここは冬のカロリス山脈。余計に冷えます……。


【百体でも千体でも来れるものなら来たらいいのです】

「さすがにそんなにいないよ。相変わらず楽しいねぇ、キミは」




「やっこさんの様子はどうだ」

「まっすぐ近づいてきています。間違いなく私たちに気づいています」


 近づく魔族は一体。そう言ったカイムの言葉に少しホッとするも、今のニースの言葉に指先が強張る。

 オレは雪を踏みつけ足場を固める。なんの足しになるのかわからないが、何もしないよりはマシだろう。いや、何もせずにはいられないのだ。そんなオレをカイムは興味深そうに見ていた。黙ってるなら手伝ってほしいものである。 


「それって何か意味あるの?」

「分からん。分からんからこうしている。人事を尽くして天命を待つってやつだ。人間ってのはなそうして生きてきたんだ。覚えとけよ、魔神」

「これが人事ねぇ」


 中途半端に踏み固められた一帯を眺めカイムは笑った。そして(はしゃ)ぎながら雪を踏み固め始めた。バカにするな、クソッ。


「ニースもやんなよ。楽しいよ」


 その時ニースは魔族のいるであろう方向に視線を移した。そして普段の彼女からはあまり聞くことのできない緊迫した声をあげる。


「カイムさん!」

「分かってるよ。せっかちだなあ、魔族も」


 だがカイムは普段の鷹揚な態度を崩さず、余裕を持った仕草で術を組み上げる。

 瞬間、辺り一面の雪が一斉に舞った。空気の塊のようなものが次々と襲ってきたのだ。雪面に覆われていた大地が抉られ周囲の木々やつきだした岩までもが粉々に吹き飛んでゆく。十年前のアブ・ヌワス要塞での惨劇を思い出す。


【マスター、しっかりするのです。情けないのです】


 クテシフォンの声がする。だがオレにとってはただ声が届いただけだった。恐怖に駆られ竦みあがり、脳が情報を処理することも、体を動かすことも忘れてしまっていた。定まらない視点は小刻みに震える両手をぼんやりと眺めていた。


「こんなに遠くからの魔術の撃ち合いは無意味なんだけどねぇ。何か考えがあるのかな」


 いつもの鷹揚な口調が耳朶から介入し脳に刻まれる。ふと我に返りカイムを見上げた。これほどの魔術を撃ちこまれているにも拘らず動じる気配すらない。笑顔すら覗かせている。この男が何をしているのか、厳密には分からない。ただ放たれた魔術を防いでいるのは確かである。噴火した火山をひっくり返したような災害に似た状況にも拘らず、オレ達の周りだけは緩やかな風が流れているに過ぎなかった。


「さ、さすが魔神だな。初めて頼もしいと思ったよ」

「向こうが悪手を打ってきてくれているからねぇ。それよりも謝るよ。せっかくの人事を台無しにしてしまったよ」


 楽しそうにオレを見下ろす。なんて厭味ったらしい魔神だ。だがその嫌味がオレを恐怖から半歩引きずりだしてくれた。そこまで考えてのことだろうか。いやいや、そうではなかろう。


「こんな状況なのに、よくそう口が回るもんだな」

「褒めてくれてるのかな? だけど余裕があるのは今だけだと思うよ。油断しないでねぇ」

「了解だ」


 気を取り直したオレは、いつものように双剣をだらりと構える。右の手には聖剣クテシフォン、そして左には新式聖剣オウブ、それぞれが青白い光と赤い光を薄っすらと放っていた。


【これほど苦労するマスターは初めてなのです】

「お互い様だ。こんなに小言の多い得物はアンタが初めてだよ」


 二振の剣は振るわれるのを今か今かと待ちわびているようにオレには見えた。


「ニース、解呪できるかい?」

「残念ながら遠すぎます」


 ニースは口をぽかんと開けて遥か頭上を見上げていた。つられてオレも見上げる。そこにはなんともう一体の魔族の姿があった。銀髪に赤眼、導師が着ているような長い黒装束が、細いながらも筋肉が盛り上がった体を包んでいる。右手にはいつもの銀剣ではない。やや細身の剣身が黒く反りのある片刃の長剣を携えていた。その銀髪をたなびかせながら魔族の男は宙に浮いているように見える。


「と、飛んでいる……んだよな」

「はい、浮遊の術式です」

「どうするんだ。カイム」


 こういう時の嫌な予感はよく当たる。恐れていた二体目を前にして、焦りのあまり声が大きくなってしまう。怒鳴るつもりはない。だがそう思われても仕方のない口調にも拘らず、そしてこの状況にも拘らず、カイムはいつもと何も変わらず落ち着き払っていた。


「別にどうもしないよ。浮遊している間は他の魔術が使えないからねぇ。近づいてきたら二人とも頼むよ」

「はい」


 ニースは小さく返事をする。彼女とは対照的にオレは口ごもってしまった。


「向こうはボクがいるってのは気づいていないかもしれないねぇ。きっと驚いてるよ。どっちにしろ接近戦に持ち込むはずだからねぇ。その時はオッサン、よろしくねぇ」


 オッサン言わんでください……。アンタより年下でございます。


「ああ、任せろ」


 今度はすんなりと声が出た。二人の様子にオレも少しだが冷静になれた。


「いいかい、もうすぐ魔術が一瞬収まるよ、きっと。その時仕掛けてくると思うから気をつけてねぇ」

「了解だ」

「はい」

「二人とも、いい返事だよ」


 今度は子供扱いである。まあアンタに比べりゃそりゃ子供だ。だが今のカイムは父親のように頼もしい存在であることは確かである。ちょっと悔しいが。


 しばらくして、本当に魔術による攻撃が止まった。さすがのカイムも表情を強張らせている。辺りは盛大に放たれた魔術の余韻か、雪煙が視界を飲み込んでいる。オレは役目を失った目を閉じ魔族の気配を探った。


「ニースの上だよ」

「上です!」


 二人の声が同時に響く。だがオレは既に二歩目を踏み出していた。魔族の気配を察知しての行動である。そしてここで意識が保てるギリギリのところまで能力を開放した。

 ゆっくりと舞う雪の結晶、その一つ一つを視認しながら、向こうにいるであろう魔族めがけ右手に持つ巨大な剣を突き出す。真っ白に遮られた空間に青白い光が徐々に吸い込まれ、そして金属同士では立つことのない独特の衝突音がオレの耳を打った。

 ここで視界がぼんやりとだが開ける。すぐ横に立つニースは魔族の男に右手をかざしていた。浮遊の術式を解体するつもりであろう。そしてその先には黒い刃でクテシフォンを受け止めた魔族の男が攻撃的な視線をオレへと向けていた。

 浮遊の術式が解けたのであろう。魔族の男は地面に降り立ち黒刃をニースめがけて振り下ろす。オレは赤刃で受け止めニースの左に流しながらクテシフォンを斬り上げた。魔族の男が身を翻す。しかし刃がその場に残った男の右腕に食い込み、なんの抵抗もなく切り離した。苦悶する魔族の男から意識の集中が感じられる。自爆覚悟の術式を組もうとしているのであろう。オレを退ける一点に於いてはいい判断と言えよう。いくら能力を発動しているからと言っても肉体は人間のままである。魔族相手の削り合いは分が悪い。

 だがそれも不発に終わる。ニースにより解呪されてしまっていたのだ。ここぞとばかりに追撃を試みる。しかしオレの背後からもう一つの気配がした。三体目である。ニースは急ぎカイムの後へと隠れるように移動した。彼女と入れ替わるかのようにオレが魔族と正対する。魔族の男が刃をオレの頭めがけて振り下ろす。ゆっくりと迫ってくる刃。踏み込み魔族の懐へもぐり込もうとした時、背後から更にもう一つの気配がニースを襲った。


「カイム!頼む」


 これで四体目。ニースと体を入れ替えたカイムはそのまま黒刃を赤刃で弾く。危ないところだった。念の為にとカイムにも持たせてくれた聖剣が早々に役に立ったのである。

 オレは踏み込みが中途半端になってしまい危うく真っ二つにされるところを、何とか蒼刃で受け止めた。その時、再び遠距離魔術が襲いくる。

 さすがのカイムも抑えきれず、突風がオレ達に吹き付ける。再び雪煙に覆われる視界。その隙をつき右腕を失った魔族がニースの背後に立った。成すすべがなかった。直後ニースの背中から血しぶきが舞う。そして口からも血を滴らせ、うつ伏せに倒れてしまった。


「カイム!何もしなくていい。ニースだけを護ってくれ!」


 オレは黒刃を躱し、右腕を失った魔族に向かい最短で距離を詰める。再び放たれた魔術も、この時ばかりは気にしていられなかった。


【マスター。このままなら全滅なのです。アレをやるのです。ワタシがマスターを引き戻してみせるのです】


 オレは既にそのつもりでいた。カイムに目配せを送る。ニースを絶対に護れ。魔族と、そして……オレから。

 オレは少し意識の深層に潜った。そのまま沼底まで引きずり込まれるような感覚がオレを襲う。抗えない。抗うことを許してくれない、そんな感覚だった。底に沈むほどに一つずつ剥がれるように感覚が失われていく。同時に感情までもが消えていく。そうしてオレは全てを手放し闇へどっぷりと浸かっていった。





 どれくらい時間が経過したのだろうか。オレは不意に仰向けに倒れている自分を認識した。

 魔族の気配は感じられない。ケガもそれほど重いものはないようだ。気がかりなのはニースである。彼女は果たして無事でいるのだろうか。

 と、その時、聞き慣れた甲高い声が脳に直接響く。


【やっと気が付いたのですか。ニースならマスターの上にいるのです】


 そう言われて初めて何かにのしかかられているような抵抗を感じる。


「気が付きましたか?」


 見ると血に染まりながらも、オレを心配そうに見上げるニースの悲痛な顔があった。オレはそのままの体勢を維持しながら、魔族に斬りつけられたニースの背中辺りを弄った。


「んっ」


 掌から(ぬめ)()が伝わる。同時にニースの口から掠れた声が漏れ出た。


「痛むか?」

「それなりには。少し休めば大丈夫です」


 そう言うとオレの胸に頬を預け目を閉じた。呼吸が荒い。痛みに耐えている様子が窺える。どこをどう見ても大丈夫とは思えない有り様だった。


「クテシフォン。カイムはどうした」


 震えるニースの頭をそっと撫でながら、周囲にいるであろうクテシフォンに声を掛ける。


【ここには居ないのです】

「説明しろ。どういうことだ」

【ワタシに貫かれた後、煙のように消えてしまったのです。魔獣が消えた時のようだったのです】


 クテシフォンはいつもと変わらず淡々と話す。自分が貫いたと。それが却って痛々しく思えた。後悔しているのだろう。そうではないというのに。


【カイムから伝言なのです。帝都へ行って魔剣を手に入れろ、とのことなのです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ