表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
61/109

episode 7 揺動

 バタつく天幕の音と凍てつくような寒さにオレの意識が呼び戻された。(まぶた)越しだが光はオレの眼球に届かず、まだ朝は迎えていないと分かる。吹雪も未だ収まる様子はない。目を開けたオレは天幕の外へ出て適当なところで身震いをしながら用を足す。そして再び天幕へと戻った。


「クーロンさんは何故こんなこと引き受けたんですか?」


 急な声に驚く。振り向くと未だ丸まったままの背中が暗がりに薄っすらと浮かんでいた。


「何故と言われてもなあ」


 その小さな背中に返事をするとオレは少し黙考する。ニースに動く気配は感じられない。寝ちゃった?


「怖い女神様にああも睨まれちゃ、やるしかないだろ」


 未だ強く吹く風が天幕に遮られ雑多な音が交差する。それに混じりひっそりと衣類の擦れる音が聞こえた。ゆっくりと起き上がったニースはランプに手を伸ばす。

 突然の眩しさに狭められた視界の向こうで、ニースはすまなそうな笑顔をオレに向けていた。冗談が過ぎたようだ。

 

「ヤーンの手伝いをしたかったからってのが理由の一つだ。あとはよく分からん。いろんな考えがごちゃまぜになってるよ」

「羨ましいですね」


 ニースが何をさして羨ましいと言ったのか皆目見当がつかない。だが当たりをつけて話を続けた。


「その、なんだ、理屈だけで動いたわけじゃないんだ。ヤーンの言ってることは正しいんだろう。だが、それだけで引き受けたわけじゃない。これはただの感情だ。少なくともオレはいくら大義とか正義とかこねくり回したところで腹は括れないね。ヤーンが頼んだからこうして苦労ができる、そういうことだ」

「そうですか」


 彼女の表情に特に変化はない。いつもの笑顔がそこにある。どうやらハズレである。それはそれとして話の流れを途切らせることをオレはしなかった。


「アンタだってそうさ。アンタが死んでしまったらこの世界も終わっちまうんだろ? カイムから聞いたよ」


 黙っていたことに対する後ろめたさなのか、自分の境遇に対する後ろ暗さなのか、彼女の表情が少し(ふさ)いだ。周囲の空気の重みが少し増す。居心地の悪さを感じオレは話す速度を上げた。


「なんて言えばいいんだろうな。だからってそれでアンタを守ってるわけじゃないんだ。そんな現実味のない話なんか正直どうでもいい。世界が滅びるなら滅びるでしょうがないとさえ思うよ。みんな一緒だ、寂しくないだろうしな」

「じゃあ何故……」


 ここでオレは生唾をごくり飲みこんだ。ふと気づいたのだ、焦るあまり話が変な方向に向かっていることに。こ、これはアレだ。男女の逢瀬だ。その雰囲気に限りなく似ている。そこで取る行動はあまり多くはない。あんなこととか、こんなこと……いや言うまい。


「アンタと約束したからな。いんや、それもちょっと違うな」


 そこでオレは照れ隠しに首を強めに掻いた。ニースはオレのそんな仕草に動じることはなく黙ってオレを見続けている。


「ただアンタが笑っていらればいいな、ってそれだけなんだ。だからアンタを護る」


 しまったと思った。なんとなしに告白じみたことを言ってしまった。決して口説こうとかそういう思いはない。いやあわよくばという思いは完全にないとは言えない。ただ自分の想いを吐露したい欲求にかられただけである。

 ニースの大きな瞳が更に大きく見開かれる。急なオレの告白に驚いてのことだろうか。そしてそれは肯定的にとらえてもいいのだろうか、それとも否定か。


「単純ですね。あなたらしい」


 彼女の表情は柔らかい笑顔に変わっていた。それ以外特段変わった様子はない。どうも俺の感情はうまいこと伝わってはくれなかったようだ。助かる。

 微妙な空気にならず何気にホッとした。ホッとしたと同時にシュンとしてしまった……。


「そうだな、ものすごく単純だ。オレはアンタら神とは違う。ただ自分のための行動に過ぎないんだ。世のため人の為なんざとんだお笑い草だ」

「クーロンさんは少し勘違いをしてます。私もそう変わりませんよ」


 笑顔のまま首を傾げる。か、かわいい……。ここでその仕草は堪ったもんじゃない。オレは自分を支えている手を握り衝動を抑えた。


「あなたやカイムさんを見て思いました。自由に生きてみたいと」

「ああ、あの野郎はとんでもなく自由だな」

「ええ本当に。そしてあの人あなたのことを本当に大切に思ってますよ」


 いやいやそれはない。サクヤの件で決別寸前にまでなったばかりである。オレはそのことを口にする。


「どうだか。この前脅されたばかりだしな」

「あはは……」


 さすがにニースも笑いに苦味が程よく混じる。


「話を戻しますね。本当はその少し前から私の中にもそういう思いがあったんです。ですけど(おぞ)ましいものとして忌避してました。でも魔術師に封印された時、私を最後まで繋ぎ止めていたのは、その(おぞ)ましいと否定していた想いだったんです」

「カミサマってのもいろいろあるんだな。悩み事なんか無いかと思ってたよ」

「あはは……」


 ニースが力なく笑った。その姿を見て思う。本当に目の前のこの娘が神なのかと。

 少しの沈黙を挟み、オレはちょっとした疑問を口にした。それは何の気無しの軽い気持ちからでた言葉だった。


「なあ、一つ聞きたいことがあるんだがいいか」

「私が答えられるものでしたら」

「アンタら神って一体何なんだ?」


 ニースは俯き加減で少し考えこむような仕草を見せた。そして再びオレを見上げポツリと言った。


「じゃあ、クーロンさんに聞きますね。人間って何なんですか?」


 オレは顔を(しか)めた。不躾な問いかけだったということに言われて気付いたのだ。


「ああ悪かったよ。今のは忘れてくれ」


 だがニースはそこでくすくすと笑った。気分を害した様子はない。屈託のない笑い声だった。


「意地悪でしたね。本当はちょっと答えたくなくて、つい」

「そうか。言いたくないなら無理しなくていい。オレはもう一度寝るとするよ」


 オレは再び横になろうとした。しかし彼女がそれを制止する。


「言います。もうクーロンさんに隠し事したくありませんから。その代わり」


 すうっとオレの節くれだった手に自分の細くちいさな手を重ねた。


「こうしていてください」


 そして寂しそうに微笑みながら俯いた。しばらく口を閉ざす。ふ〜っと一息入れると彼女は言葉を選び確かめるようにゆっくりと紡ぎだした。


「神とは『揺らぎ』です。でもただの『揺らぎ』ではないんです。意思を持った、心を持った『揺らぎ』なんです」


 よほどトンチンカンな顔をしていたのだろう。ニースはぷっと吹き出し困ったように笑う。


「何のことだか分かりませんよね。私たちはですね混沌から生まれました」


 更に分からん。


「混沌とは空間も時間も質量も熱量も魂も全てが混じりあったドロドロのスープのようなところと言えばいいんでしょうか。うまく説明できてます?」

「ああ、何となくだが分かる気がするよ」


 これ以上アホだと思われるのも癪なのでオレは少し見栄を張ってしまった。本当は全く分かっていませんでした。


「なら話、続けますね。混沌は穏やかな湖みたいに普段は波立たず静かに凪いでいます。ですが偶然が重なるとたまに水滴が落ちたような波紋が起こります。それが『揺らぎ』です。その『揺らぎ』はすごく小さいので普通はすぐ消えてしまいます」


 とりあえず頷いてみる。どうやら頷くタイミングだけは間違っていなかったようである。


「ですが極々稀にですが『揺らぎ』同士がいくつか重なる時があります。波が重なりあうように上手く『揺らぎ』同士が重なり一定以上の大きな『揺らぎ』になると世界が生まれます。私たちが住んでいるここはそうして出来たんです」


 眠くなってきた。まるで長々とお経を聞いているような感覚に陥る。なんせ話が分からなさ過ぎる……。


「揺らぎ方によって世界は変わります。真っ暗闇の世界もあれば、光り輝く世界もあります。煮えたぎる世界があれば、氷のような世界もあります。ここは空間、時間、熱量、魂が上手く配分されていてとてもいい世界です。カイムさんが作った世界ですから当然なんでしょうけどね」


 オレは一気に目が冴える。

 ま、待て。最後なんて言ったの? 聞き捨てならないこと言ってなかった?


「あはは。驚きました?」


 オレは首を縦に何回も振った。眠そうだからって驚かしたわけじゃないよね?


「話を戻しますね。ですがその時、世界自体が思考することがあります。それが私たち神なんです」


 オレの脳内もどうも揺らいでいる。このまま話が続いたら神が生まれるかも。どちらかというと髪が生まれて欲しいお年ごろではあるのだが。


「つまりだ、よく分からんがアンタらは世界ってことになるのか。まあ少なくても世界と同等ってことだよな」

「そうなりますね」

「オイオイ。オレは今どえらいもんとこうして話してるんだな。参ったよ。じゃあニース、アンタの本当の姿はどんな形だ」


 ニースは少し声を詰まらせた。言いにくいことなのだろう。今の姿は仮初で本当は年相応の皺くちゃのババアの姿とか?


「形はありません」

「三段腹とかでは無いんだな」


 ニースがはて? と首を傾げた。オレは畳み掛ける。


「髭面でもないと」


 オレとニースの距離が開き彼女の表情が疑わしいものに変わる。ス、スイマセン……。いえね、話しにくそうだったから、つい。


「じゃあ霧みたいなもんなのか」

「それも違います。ただ揺らいでるだけなんです」

「そうやって永遠に揺らいでいるのか? アンタらは」

「まさか。寿命はありますよ。波紋が徐々に収まるように『揺らぎ』も徐々に混沌に溶けていきます」


 分かるような分からないような、はぐらかされ、おちょくられているようなそんな話が続く。


「この世界もそうなのか?」

「同じです。でも安心していいですよ。ずーっと先の話ですから」

「なるほどな。オレ達は一体なんのために生きているんだろうな」


 そこで浮かんだ疑問を何気なく口にした。ただ明確な答えは期待していなかった。こんなのは哲学者にでも考えてもらえばいい類の話だろうからだ。だがオレの予想を裏切りニースの口からはっきりとした答えが返ってきた。


「神の寿命を伸ばすためです」


 オレはそこで口ごもり言葉が途絶える。その様子を察知してかニースの口調に優しさが篭もる。


「驚きました? 人間は神のために創られたようなものなんです」

「そのことを……」

「誰も知らないと思います。魔術師でさえも」


 返す言葉も思いつかず固まるオレにニースは笑いかけた。オレ達人間を哀れんでの笑いだろうか。いや今の考えは卑屈にすぎた。ニースはいつも笑っている。ただ優しい、それだけで笑っているのだ。

 オレは大きく溜息をついた。ニースは怯えた目でオレを見る。別に取って食うわけではない。そんな視線を向けないでほしい。


「心配しなくてもいい。オレは別に何とも思っちゃいない。話してくれてありがたいとさえ思うよ」

「ありがとうございます。あなたの優しさにいつも救われます。聞きます? 続き」

「ああ、頼む」


 オレは頷く。話を半分も理解していないというのに。ただ彼女の想いを受け止めよう、そう思ったのだ。


「この世界も広がっているんです。波紋が広がるように。広がって薄まってそして世界が維持できなくなり混沌に溶けて無くなります。神も同じです。ただ意思があるのである程度抑えることは出来ます。ですがそれでも広がっていきます。」

「あんたも、なのか?」

「はい。私も例外ではありません」


 寿命がある。しかし人間のそれとは比べ物にならない果てしない時間だろう。それがどうしたと言ってしまえばそれまでのことなのだが、少しホッとした自分を認識した。


「オレ達人間と何の関係がある。こう言っちゃなんだが関係あるとは思えないんだがなあ」

「人間の魂と祈りはその広がりを抑えてくれるんです。ですから神は世界を創造し生命を誕生させ進化を促すのに余念がありません。私もそうでしたから」


 ニースはここで黙ってしまった。おれは促すことも横槍を入れることもせず黙ってニースの次の言葉を待つことにした。

 しばらくしてニースは気持ちを入れ替えたように口を開く。


「ですがいくら神でも、そんな簡単に人間なんて創ることなんか出来ないんです」

「他の世界に人間を送り込めばどうなんだ? 出来るんじゃないか」

「存在すら出来ません。ものを構成する因子が違いますから」

「よく分からんが。ずるいことは出来ないってことなんだな」

「はい。そうですね。ずるいことは……してはいけませんね」


 後ろめたい思いが伝わってくる。ニースはそんな笑顔を見せた。


「幻滅しました? それとも恐ろしくなりました?」

「なんて言えばいいんだろうな。びっくりしたよ」


 騒々しいはずの周囲の音が遠のいたような気がした。ニースはオレの手を握ったまま動かない。居心地がいいとは言えないがそれほど悪くもない沈黙に気持ちを任せゆっくりと呼吸する。

 すると小さな鈴の音のような声が耳朶を打った。


「ただの人として生まれてきたかった……」


 俯くニースの顔は見えなかった。だが声からはトゲが刺さっているような痛みが感じられた。オレは重ねられた手を抜き取りニースの手の上に重ね返す。そして力強く握った。


「前に自分が神だってオレに打ち明けたことがあったよな。あん時な実はそれなりに混乱したんだ」

「……」

「で、カムランに相談したよ。相談できそうな相手は他にいなかったからな。その時なあ、こう言われたんだ。ニースが何であろうと関係ないってな。アイツにとってアンタは神様だろうがドブネズミだろうが娘なんだ。すごいと思ったよ。ヤーンが一目置くだけのことはある」

「……」

「少し明るくなってきたな」

「……はい」

「吹雪はしばらく収まりそうにないな」

「……はい」

「オレも今はカムランと同じ気持ちだ。娘だと思ってるわけじゃねえぞ」

「あはは……。それはさすがに分かります」

「アンタが何者かってことは些細なことだ。神様に対して不遜なことなのかもしれんがな」


 ニースは首を横に振る。そして笑顔を向けた。


「ありがとうございます」


 その笑顔に安堵を覚えたオレは立ち上がり天幕を出ようとした。


「どちらへ?」

「用を足しにな」


 とたんに訝しい目が向けられる。いつもの朗らかなニースがそこにいた。


「さっき行きましたよね」

「今度は大きい方だ」

「お気をつけて……」

大幅に改稿いたしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ