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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
57/109

episode 3 契機

 重々しく鈍色にくすんだ石壁に浮かび上がる染みが複雑な模様を織りなし、ここで多くの歴史が紡がれてきたのであろう。そんなことをふと思う。

 なぜなら今オレはこのうんざりする程の長問答に、そのようなしょうもないことを延々と考えてしまうほど飽き飽きしてしまっていたからに他ならない。だがそんなオレにはお構いなしに、この石壁は男の穏やかながらも通る声を存分に反響させていた。

 貧乏揺すりをしながらハナでもホジりたい気分ではあるが、この場のメンツと彼らが醸しだす重厚な雰囲気がそうはさせてくれない。早く終わって欲しいものだと、出かかったあくびを噛み殺す。


「失礼を承知で申し上げます。あなたがたに選択の余地はそれほど多くあるとは思えないのですが」


 ヤーンが発するその言葉に、王国第四王子の甘い顔とトリスメギスティ家第三後継者の卑屈な顔が共に複雑に歪んだ。


「僕が追い詰められているのは自分が一番理解しているつもりだよ。だけど王国からの独立はそんなこと問題にならないくらい危険なことと思うのだけどね。まあいいや。策はあるんだろ? 俯瞰者さん」


 ヤーンの顔に少し安堵の感情が滲む。ここまで長時間に渡り、いたちごっこを繰り返していた対話がカドゥケイタのこの一言で先に進められるきっかけを得られたのである。当然と言えよう。よくぞここまで根気よく相手にしてきたものだ。ガマン弱いオレには到底出来ない芸当である。


「帝国を動かします」


 一同が驚きのあまりそれぞれがそれぞれの(てい)で反応した。かく言うオレもその一人で、ウトウトしながらついていた頬杖が外れアゴをしたたかに打ってしまった。ただニースだけはその場にあって、冷静にその話を受け止めているようだった。彼女の場合ことの重大さをよく分かってない可能性もあるのだが、大きいのだが。

 その場の様子を窺い一拍おいたところでヤーンは話を再開させた。


「帝国が王国に攻め入らないのは、端的に申しますと切っ掛けがないからに他なりません。なので自分達で作って差し上げます」

「だがどうやって帝国に行くんだい。国境の警戒は両国ともに厳重だよ。しかも王国と帝国は表向きいがみ合っているものの、裏では所々で手を握り合ってるものなのさ。特に国境周辺の握手は固いよ。どんなルートをたどっても帝国に侵入したところで情報は漏れる。素性が割れでもしたら残念ながらそこで僕達は全員お縄だよ。その程度のことくらい考慮に入れてないと言うのなら、はっきり言って国というものを舐めきっているとしか思えないんだけどね」


 胸ヤケをおこしそうなほどの甘い物言いでカドゥケイタは反論した。ただこの反論には甘いながらも多くの者を頷かせるだけの説得力があった。誰もがこの密談はここで手詰まりになる、そう思った。だがヤーンの穏やかな表情は当然とばかりにカドゥケイタの言葉を受け流した。


「ええ、殿下の仰るとおりであります。まともな道を使えば足がつき、そこでこの計画は頓挫することとなりましょう。ただこの場合は道など通る必要はないのです」

「何を言うかと思えば。これだから身分の低い者の相手は疲れる。道を通らず帝国に行く? カロリス山脈でも越えるっていうのか? バカバカしい。この話は終わりだ。我はもう戻る」


 腰を浮かすヘルマエの肩をつかんだカドゥケイタはそのまま彼を椅子に押し戻した。やむなくヘルマエは指でトントンとテーブルを叩き不機嫌さをアピールし始めた。そんな彼をカドゥケイタは横目で一瞥する。


「まさか本気でカロリス山脈を通り抜けるつもりかい? 確かにこんなこと誰も考えないし、成功するとも思えない。それだけに成功なら王国にも帝国にも気づかれずに帝国領に侵入できるよ。そして失敗してもそれだけで終わり。どっちにしろ誰にも気づかれないよね。アリと言えばアリかもしれない。だけど僕が言うのも何だけど作戦と呼ぶには非情だよね」

「普通に考えるなら仰るとおりです。しかし自分達は非力ながらも他にはない手駒が揃っております。先日、神撃部隊の隊長イオビス殿とお話いたしました。彼らは当初の任務通り殿下に付いてくるとのことでした」


 神撃部隊。後にアレンカール連隊として大陸にその名を轟かせることとなる。とりわけその第一部隊、隊長の名をとりサクヤ部隊と呼ばれる一隊は最強の名を(ほしいまま)にする。かの部隊はその戦闘能力もさることながら大きな特徴を持つ。部隊が通りすぎたあと敵味方双方合わせた死者の数が圧倒的に少ないのである。手足を斬られその場に放置されるくらいなら……、と思わなくもないがそれは考え方の相違であろう。「慈悲を〜慈悲を〜」と叫ぶ声が聞こえてくるような気もするが、考えを回し過ぎと思いたい。とにかくこれは、まだまだ先の話である。


「そうかい、彼らがね。僕は彼らに何をしてあげられるかな」

「信頼してあげて下さい。そうすれば彼らは報いてくれるでしょう」

「ありがたい話だね。それで僕はその忠誠心の高い彼らに、死んでくれと命じればいいのかい」


 カドゥケイタの鋭い視線がヤーンを貫く。しかしヤーンはそれをも柔らかく受け止めた。


「いえ、彼らは要塞の防衛についてもらうのがよいでしょう」

「なら誰が行くの。ってのは芝居臭かったね。クーロンに行ってもらうんだね」


 やっぱりそうきますよね……。うすうす気付いておりました〜……。


「はい。殿下の仰るとおりでございます。クーロンとカイム、そして自分が行ってまいります」

「だめだね」


 ここに来て初めてカドゥケイタは口調を強くした。ここまで一平民にいいようにやり込められていた第四王子はここぞとばかりに捲し立てる。


「作戦の発案者が本隊を離れるのは下策だよ。分かっているよね」

「ですが、帝国を説き伏せるにはやむなきことかと」


 そのときこれまで黙って話を聞いていたニースが口を開く。意外なところからの発言に一同身構えてしまっていた。


「それ、私にお任せ願えますか。帝国にも私の名は届いていることでしょう。それに私は行きます。なら少しでも皆さんのお役に立ちたいですし」

「だめだよニース。キミを危険に晒すわけにはいかないよ」

「殿下、私は魔族に狙われています。おそらくは魔術師にも。クーロンさんの傍こそが私にとって一番安全な場所なんです。それに私はこの人と離れるつもりはありませんよ」


 静かだが確固たる意思を訴えかけるニースの方に場の空気が流れていく。しかし自分を抜きにして自分の話が進んでいくこの状況に少し苛ついたオレは駄々をこねるように言い放った。


「誰も行くとは言ってねえよ。当然アンタを連れてくなんて一言も言ってねえ」

「クーロンさん。行ってくれますね、私を連れて」


 そんなオレに隣に座るニースは威圧的な笑顔を向けてくる。その笑顔にタイトルをつけるとすれば『強制』であろう。怖いっす。

 癒やし系? ノンノン女神は 威圧系。お粗末。癒やし系なんて高望みしません。せめていやらし系くらいでお願いしたいのですが……。

 とにかく隣からくる圧力に耐え切れなくなったオレはしぶしぶ了承することにした。


「じ、自分で良ければ行かせていただきます……」

「死ににいくのかい? まあ止はしないけどね。だけどニースはここに残していってもらうよ。僕の愛しい人でもあるし切り札でもある。そう簡単に手放したくはないからね」


 思いっきりフラれたくせによくもいけしゃあしゃあと言えたものである。王族ってもんはみんなこう神経が図太いのだろうか。それでもすまし顔のニース。この状況で表情一つ変えないアンタが一番図太いよ。


「心配症だねぇ、キミたちは。大丈夫だよ。帝国にはボクが無事に送り届けるから安心してねぇ」


 どこからともなく聞こえてくる声にその場にいる全員が目を見張る。そんな当の本人はニョキっとテーブルの下から顔を出した。ずっとそこで待機していたのだろうか……。さすが魔神、アホさ加減も人知を超えている。


「ボクの目的も取り敢えず帝都だからねぇ。その話、乗らせてもらうことにするよ」

「帝都に何があるんだい?」


 カドゥケイタが訝しい目つきをカイムに向けながら問いかける。周囲もざわつく。いきなりテーブルの下から男が現れたのである。そりゃ当然である。だがカイムは何事もないかのようにいつもの鷹揚な口調で答えた。


「クトゥネペタム。魔剣だよ」

【フンッ。あんな田舎者の手を借りる必要はないのです】


 魔剣と聞き、その単語に壁に立てかけてあるクテシフォンが必要以上の反応を見せる。たしか因縁あるんだったような、なかったような。

 それに対して周囲は逆に静まり返った。その静けさの中、甘い声だけが余計に響く。


「僕達が魔剣に手を出したら帝国の敵は僕達ってことになるよね」

「かもねぇ。ボクはそれでも構わないけどねぇ」


 カイムは獲物をもてあそぶ獰猛な獣のように狂気を帯びた笑顔で全員を見渡した。だがそれも数瞬。再びその笑顔をいつものおおらかなものに戻す。


「冗談だよ。まあ安心してよ。ニースがいれば上手いこといくんじゃないかな。どうせ魔剣を扱える人なんてそういないんだからさ。この際有効に使わせてもらおうよ」


 嫌な予感、再び……。あんなのがもう一本、気が滅入る。


【あんなのとは何なのですか。ですがこればかりはマスターに賛成なのです。魔剣ごとき必要ないのです】


 だがクテシフォンがいくら(わめ)いても、この声を聞き取れるのは三人だけである。いや一人と二柱と言うべきか。ニースは聖剣と魔剣がどういう関係か知っているのだろう。整った眉をハの字にさせ困ったような笑顔をオレへと向けた。


「だが魔剣を手に入れられたとしてどうするつもりかな? なんでも初代皇帝以降、誰にも扱えないと聞いているんだけどね」

「そこのオッサンに使ってもらおうかなと思っているんだけどねぇ。聖剣に認められたのだから魔剣も認めてくれるんじゃない? それに認められれば、あちらさんもボク達を無下(むげ)には出来ないよねぇ。キミ達がやろうとしていることも捗ると思うよ」


 全員がオレに注目する。カイムはいいところで自分への追求を避けるためオレに衆目を集めさせて誤魔化した。いい根性している。だいたいこの男の目的は王国からの独立と何ら関係もない。ただ自分の体を取り戻すことにある。そのために邪魔者である魔族やら魔術師やらをオレに掃除させようとしているに過ぎないのだ。魔剣もおそらくはそのためであろう。だがオレにも少なからず考えがある。それをカイムに気づかせるわけにはいかない。ここはカイムの話に乗っておくのが最善、オレはそう判断した。


「賭けというわけか」


 ヤーンがポツリと呟いた。そして目を瞑り熟考する。


「元々が博打のような作戦だよねぇ。ならボクの話の乗っかってみるのも悪くないんじゃないかな。いずれにしてもボクはクトゥネペタムのところに行くつもりだったんだからねぇ」


 最後はカイムに全て持って行かれる形となりこの密談は終わりを告げた。これが歴史の転換点として後の世に伝わる十一月会談のあらましである。また俯瞰者ヤーンの名が歴史に刻まれた最初の出来事でもあった。


 この密談から三日後、その日の早朝、晴れ渡る青空のもとオレ達三人の帝都行きが決定した。


 女神と魔神と……オッサンと。

 三人の旅がいよいよこれから幕を開けることとなった。

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