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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
56/109

episode 2 提言

 雪のちらつくアントニアディ街道。今年一番の寒さに警備の兵も、かじかむ手に白い息を吐きかけ凌いでいた。ボレリアス兵の間でも忠実で厳格、屈強と言われるアミルカンも例外ではなく、己のトレードマークである銀の鎧から直接伝わる冷気にその表情をしかめる。


「おい! そこの者、止まれ。通行許可証を確認する」

「所持しておりません」


 回廊をペンタス村方面から歩いてくる四人の旅人風情の一団に兵士の一人が馬を降り対応した。寒さのためかフードを目深に被った男が仲間を庇うように前へと躍り出て口を開く。口調は穏やかではあるものの凛と一本筋の通った力強いものだった。

 その声音はアミルカンの記憶をつついた。彼は声の主を記憶の隅から引きずり上げようと思索に耽る。


「ならここを通すわけにはいかない。早々に立ち去るんだな」


 兵士に強めの態度でそう諭された男はふと何かに気づいたかのようにアミルカンを見上げた。そして被っていたフードを外し目元を顕にした。


「ヤ、ヤーン殿。なぜここに」


 驚き目を丸くするアミルカンに穏やかな笑顔を向けたヤーン。その表情からアミルカンは風格とも呼べそうな何かを感じ少したじろいでしまう。


「これからのアレンカールの行く末について話がありまして参りました。カスティリオーネ様にお目通り願えればありがたく思います」

「お気持ちは察するがここでは決められん。他にも用があるであろう? 取り敢えずはそれを済ませてはどうかな」


 頭を下げるヤーンを目に収めアミルカンは部下の兵士へと振り返った。


「カズル、この者たちを関所へつれていけ」

「隊長、よろしいのですか」

「うむ、問題はなかろう」


 ここでアミルカンはゆっくりと馬を歩かせヤーンの傍らへとつける。そして彼を優しげな目線で見下ろした。


「ではヤーン殿、ここで失礼する。心配であろう。だが大丈夫。みんな生きておるよ」

「ご配慮ありがとうございます」


 (おもて)を上げ見上げたヤーンは感謝の気持を黙礼で表した。彼の表情からは張り詰めた中にも、この寒さにあってなお温かな感情がアミルカンには感じられた。



 ───────────────────────────────────



「ニ、ニース。ニースじゃないか。無事だったんだね」


 不意に呼び止められたニースは肩まで伸びたしなやかで艶のある金色の髪をふわりと振り上げる。見開かれた彼女の目の先には、厚手の旅装束を纏ったペギーが今にも涙が頬をつたいそうな表情で佇んでいた。


「ペギーさん。どうしてここにいるんですか?」


 戸惑いを見せ一瞬体の動きを止めたニースは、ゆっくりとペギーの許へと歩み寄っていく。そうしてペギーの(ふところ)に顔をうずめ、満足そうな笑みを浮かべた。


「ニース、ごめんね。あの時さ助けてやれなくて」


 ペギーは若干汚れた顔に滴り落ちる涙を拭おうともせず、震える両腕でしっかりと抱きしめる。上半身を覆われたニースは心地よさに、その目を閉じていた。

 ええ、アンタのヒンソな(ふところ)の百倍くらい心地良いでしょうよ……。オ、オ、オレもご一緒させては頂けないかと……。


「こうしてまた会えたんです。だから気にしないで下さい。もう会えないかと思ってましたから」

「アタシが可愛い妹を放っておくわけがないし」

「そうですね。あははは」


 感動の再会に水を差すようでスイマセンが、妹って何の気無しに言ったけど、アンタのご先祖より年上の妹だからね……コレ。


「ダンナ、元気そうでなりよりだよ」

「ヤーン、アンタも来たのか。それにオーワ、アスケンまで」


 カイジョーはいないんだね。オレのいない間にちょっとしたゴタゴタあったりした……?


「アンタら自警団が雁首揃(がんくびそろ)えてこんなところで一体何してんだ。オレの見舞いってなら心配いらねえよ。この通りピンピンしてる」

「オッサンの見舞いなんかするわけ無いし」


 ペギーさん相変わらずの態度でございますね。でもソレ、ご馳走でございますから……。美味しゅうございますから……。

 堪能しているオレをなぜか半眼で睨んだニースは頭上のペギーを見上げる。


「これから、シンメーさんのところに行くところだったんですよ」

「へ、へえ〜。そうなんだ。ア、アイツはその、元気なの?」


 ニースは頬を赤らめデレるペギーの顔から少しだけ目を逸らした。それでも優しげな笑顔を作り再びペギーと視線を合わせる。


「ちょっと大きな怪我を。命には別状ないですけどね。あははは……。ペギーさんこれから一緒にどうですか?」

「し、心配ってほどでもないけどさ、ニ、ニースが行くんならアタシもついでに行こうかな」


 動揺を隠し切れないペギーをヤーンは優しい表情で見守る。


「ヤーン、アンタらも行くか?」

「オーワ、アスケン、二人はシンメーのところに行ってくれないか。自分は後から合流するよ」


 ヤーンはそう笑顔で答えた。ヤツのことだから考えがあるのだろうが、今のところさっぱり分からん。分からん時は放っておくのがいいだろう。そうしてオレ達はヤーンをおいて療養施設を訪れることにした。ついでにサクヤも見舞おうか。そう呆然と考えている時ヤーンがオレの肩を引いた。


「ダンナ、ちょっと頼みがある。一緒に来てくれないか?」


 重要な頼み事だと判断したオレはニースの肩をそっと叩いた。


「なんか訳ありなようだ。オレはヤーンと行くからシンメーによろしく伝えてくれ」

「分かりました。あとクーロンさん、ちょっといいですか?」


 ニースの「ちょっといいですか」は最近ちょっと危険な語句だったりする。


「後にしてくれ」


 ニースはそう言い躱そうとしたオレの袖をキュッと掴んだ。そしてオレを見上げ、これまた最近良く見せるようになった威圧的な笑顔を向けた。後にはしてくれないんですね……。


「久々にペギーさんに会えて嬉しいのは分かりますけど、鼻の下、もう少し短めでお願いしますね」


 ニースさん〜、目怖いっす〜。声低いっす〜。


「………………ああ。了解した……」


 ニースは振り返り、自警団の面々を引き連れシンメーの許へと向かった。その姿を見送りオレ達二人は踵を返した。


「で、用ってのは何だ?」

「カスティリオーネ様はここにいるかい?」

「ああ、ついでに言うとヘルマエの野郎もいるよ」


 思いは同じなのだろう。二人同時に苦笑いを浮かべた。


「それともう一人、カドゥケイタ・メルクリウス二世殿下もおられる」


 これにはヤーンも驚いていた。


「豪華な顔ぶれが揃ったね。どう言う経緯(いきさつ)だい」

「細かいことはよく分からん。姫さんのところへ行きたいんだろ。そこで聞いてくれ」


 そうしては雪解けの濡れた石畳を、二人並んでゆっくりと歩きだした。


「ニース、なんか変わったかい?」


 唐突にヤーンが口を開く。変わったといえば変わったかも……。


「しばらくの間、オモチャのように扱われていたんだ。まだ気が立ってるのかもしれないな」

「いやいやそうじゃないよ。自分には、なんだか以前より楽しそうに見えるんだけど」

「そうか? 凄みは増したとは思うがな。この間なんて、キーーー! って怒ったんだ。参ったよ」

「はははは。それでも彼女、楽しそうだよ」


 そうしてヤーンは少し表情を引き締めた。


「実はニースのこと少し心配していたんだ」

「ああ、話でしか知らんがよく生きていたもんだ」

「それもあるけど、それ以上に人間を恨んだりしてないかってね思ったよ。だから自分はニースを見つけた時、二の足を踏んだ。ペギーは、まあ、お構いなしだったけどね」


 ヤーンは掌を上に向け(おど)けるように肩を(すく)めてみせる。そしてオレを見詰め少しの間何かを考えているかのように口を引き結んだ。


「ダンナのお陰かもね」

「コレばかりは何にもしちゃいねえ。女神様の慈愛ってやつだろうよ。オレにももう少し慈愛を分けてくれたら楽なんだがな」


 その言葉にヤーンは苦笑いを向けやれやれとばかりに首を振った。


「贅沢だよ」



 ───────────────────────────────────



「ここまでの経緯(いきさつ)はある程度分かりました。自分ごとき者を信用して頂きありがとうございます」


 ヤーンはここに来て何回目になるだろう深く頭を下げた。


「いいよ、そんなのは。私もただで教えたつもりではないのだよ。あなたの腹の(うち)、聞かせてもらえぬか『俯瞰者(ふかんしゃ)ヤーン』」

「昔の、それも過ぎたる二つ名でございます」


 『俯瞰者』。聞いたことがある。確か大戦末期に絶対的不利な状況を幾度となくひっくり返した天才軍略家。それがヤーンだったとは恐れいった。


「謙遜するな。先の大戦では、なんでも人の心の内まで俯瞰していたそうじゃないか。此度の騒乱、そして今現在の王国。あなたの目は何を見て、そして何を思ったのか聞かせて欲しい」


 ヤーンがしばし黙考する。そしていつもの穏やかな表情は鳴りを潜める。


「では結論から申しましょう。王国西側地域。厳密にはこのアントニアディ要塞から西側を王国から独立させるのがよろしいかと思われます」


 大きくはないがよく通る声はその場にいる全員を驚かせた。一瞬にして固まった空気を動かしたのはカスティリオーネの短い一言だった。


「何ゆえ」

「ボレリアス領は未開発の肥沃な大地と資源を有しており今や多くの貴族に狙われております。貴族だけではなく王国の直轄地と言う話も上がっております」

「何の問題がある」


 カスティリオーネは畳みかける。だがヤーンは様相を変えず、まるであらかじめ答えを用意していたと思わせるようにつつがなく答えていった。


「今の進度でこのまま開発が進んだとして十五年後、再び戦争が起こるでしょう。力をつけた王国は帝国領に食指を伸ばすはずです」

「だがただ指を咥えて見ていれば帝国に蹂躙されるやもしれぬぞ」

「その可能性は少ないと見ています。帝国は帝国とは名ばかりの連邦制をとっています。帝国内の公国元首の合議制で国を動かしているのです。この場合よほどの好条件が揃わなければ、自らが戦争を起こすことはそうそうあり得ません」

「なぜゆえにそう考える」

「合議制は多くの場合、得をする政策よりも損をしない政策が優先されることが多いからです。戦争は勝てば得るものが大きい代わりに、負ければ失うものも大きい施策と言えます。そのためリスクを避ける傾向にある合議制では戦争を仕掛けることは、戦争に勝利することよりも高い敷居が設定されている場合が多いのです」

「なるほど。だが王国が負けると決まった話でもあるまい」

「先の大戦を経験したものならば誰でも分かるはずです。絶対に勝てません。国力の差が違いすぎます」


 ここでカスティリオーネは少しだけテンションを落とした。二人の問答に隙間が生まれる。そして声音を攻めるものから諭すものへと変え再び口を開いた。


「ふむ。まあ辻褄はあっている。さすがは『俯瞰者』。だが聞いてもいない話をしてはぐらかさないでもらいたいな」

「と言いますと?」

「私はあなたの腹の(うち)が訊きたいと言ったはずだが」


 今まで滑らかに動いていたヤーンの口の動きが止まった。沈黙を挟んだヤーンは俯き加減にその口角をニヤッと上げた。


「見透かされていましたか」


 ヤーンの表情がまたしても変わる。鋭利な刃物を思わせる冷たい表情を周囲に向け、そしてオレを横目で一瞥した。


「では失礼して本当のことをお話します。クーロンを王国から守ります」

「そんなことのために多くの人を犠牲にするのか?」

「はい。こればかりは致し方ありません」

「何か理由があるのだろう? 言ってみろ」


 思わせぶりな答えにカスティリオーネが引き込まれるように畳みかける。これもヤーンの術中なのだろうか。オレはそう思わずにはいられなかった。


「これは私の予想でしかありません。あまりにも考える材料が少なすぎます。それに荒唐無稽な話でもあります。それを前提でお話しいたします。今後、未曾有の危機が王国、いえ人類全体に襲ってくることが予想されます。魔術師の不穏な動きに加え、魔の眷属の襲来です。自分はその抑止力となるものは三つあると思っております。一つ目は女神ニース。歴史を紐解くと彼女は今まで何度かその姿を現してきました。そのどれもが人類の大きな転機に関係しております。今回、女神が姿を現したことは何かが起こることを意味している、そして女神が人類を救う鍵となっているのではないかと考えています。二つ目は魔神カイム。彼が何者かは今のところ確信はありません。ですが魔の眷属に対して大きな力を発揮しています。そして三つ目がクーロンです。彼は今までに魔族を三体葬っております。その実力だけではなく女神と魔神を人間側に繋ぎ止める役割を担っていると思っております。自分は一介の農民の身、人類を救うなんてだいそれた事は考えておりません。ですがアレンカールの未来、それだけは守っていきたい、これが自分の正直な気持ちであります」


 先ほどとは別の得体のしれない緊張感が場を支配した。全員が押し黙り次の言葉を探しているようだった。


「信じがたいな。信じがたいが事実魔術師共の動きに合わせ魔族が出現している。あながちデタラメとも思えないのが悩ましいな。ガレス、あなたはどう考える」


 ここに来てカスティリオーネも自分だけでは手に負えないと考えたのであろう、ここまで口を開かずじっと話を聞いていたガレスに話を誘導した。


「何とも言えませんな。だがこの話はクーロン次第ってことになります。果たしてそこで黙って聞いている男はどう思っているかが気になるところではありますな」

「クーロン。あなたはどう考える」


 今度はオレに振ってきた。確かにオレはモロ当事者って感じだが、ここで口を開くのは重すぎる。勘弁して欲しい。


「同じだ。何とも言えねえよ。話がでかすぎる。ただヤーンがそう言うんであればそうなんだろうな」


 話を流したような形になってしまったが正直な考えである。それを聞いて困ったような表情を浮かべたカスティリオーネは一度考えを整理するかのように頬杖を突いて目を閉じた。そしてきまりの悪い声音でおずおずと話し始める。


「だがそれでも王国からの独立はやり過ぎなのではないか?」

「そうかもしれませんが、自分はクーロンに報いなければなりません。すでに魔族から自分達を四回守っておりますから」

「それと独立と何の関係が?」

「彼に安住の地を提供してあげたく思っております。自分はそれがアレンカールであればいい、それにアレンカールの平和を守るには王国からの独立は成し遂げなければなりません。自分はそう思っておりますゆえ」


 ヤーンの話術はすでにこの場を制していた。そしてヤーンは最後に理屈抜きの想いを述べる。完璧な流れを作り心情に訴えたのである。確かに一廉(ひとかど)の男とは思っていた。しかしこれほどの器とは思っても見なかった。


「あなたの目的はあくまでアレンカールの平和なのだな。まあ私一人ではどうにもならん。部下の者達にも相談しなければならぬしな」

「それでしたらヘルマエ様とカドゥケイタ殿下にもお話下さい。きっと助けになってくれるでしょう」

「伊達に『俯瞰者』と呼ばれておらぬわけか。食えんな、あなたは」

「申し訳ございません」


 ヤーンはそう謝罪の言葉を述べながらも、あまり似合わない不敵な笑いを浮かべた。

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