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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第4章 カロリス山脈編
55/109

episode 1 尋問

 カツン、カツン、カツン……。


 これから出会うであろう男のことを考えると足下から発せられる硬質な反響音ですら必要以上にオレの神経を逆撫でてしまう。それを嫌がり首を左右に振り気を紛らわそうと試みるも、まるで意味をなさないと知り深い溜息を漏らしてしまった。

 足取り重く石製の狭い廊下を歩く。その突き当りに到達したオレは、自らを魔神と称する痩身長躯の優男カイムと目が合った。男はオレにいつもの鷹揚な笑顔を向けた。


「やっときたねぇ。もう(みんな)揃っているよ」


 そこには豊かな赤髪を蓄えた麗人、ボレリアス領領主カスティリオーネ・ボレリアス、陰険に顔を(しか)めたトリスメギスティ家三男ヘルマエ・トリスメギスティ、とにもかくにも甘ったるい王国第四王子カドゥケイタ・メルクリウス二世とその従者であろう数人の姿、そしてもう一人、鉄格子の向こうにはオレを不快にさせる張本人、王国将軍の地位にあるシュナイベルトの姿があった。


「さてと、尋問を始めようか。この術はねぇ直接白状させることは残念だけど出来ないんだよ。これが術の限界なんだよねぇ。だけど事実と(たが)えたことを口にしたり隠し事をしたりすれば、耐え難い苦痛に襲われるんだ。潜在意識にも干渉するから暗示の類は効果がないと思ってくれればいいからねぇ。それじゃあ組むよ」


 カイムは説明を終えると印を組むように両手を複雑に結ぶ。するとシュナイベルトの周辺に立体的な魔法陣が浮かび上がった。


「さあ、どうぞ」


 カイムの言葉にまず反応したのはカドゥケイタだった。


「結局のところ君の目的って何だったのかな?」

「……ぐ、ぐ、ぐ、あああああああ!」


 黙秘を貫こうと試みたシュナイベルトに容赦なくカイムの術が襲う。その凄惨な様子にカスティリオーネは顔を背け、残りの男たちは息を呑んだ。だがカイムは、何事もないとでもいうような笑顔でシュナイベルトを睥睨し、警告する。


「正直に話すことを否定した瞬間、術が発動すると思ってくれればいいからねぇ。じゃあ頑張ってねぇ」


 その直後、早くも苦痛に耐え切れなくなったであろうシュナイベルトが口を開いた。将軍、アンタさては我慢弱いな、オレと一緒で……。


「カ、カドゥケイタの暗殺……」


 この答えは予想していたのだろう。カドゥケイタは甘く涼し気な表情を崩すことなく平然としていた。


「何故だい?」

「あ、あなたは王の……寵を受けすぎた」

「へえ〜。で、神撃部隊が邪魔だったということかい? それでそこの『血塗(ちまみれ)』を充てがわせて共倒れを狙った」


 シュナイベルトは黙って頷いた。あの〜……人のこと変な呼び方しないでもらえます? だがそんなことは些細なこととばかりに尋問は続く。


「まだあるよね」

「め、女神の確保」

「へえ、誰の指示で動いたの? 自分一人の考えじゃないよね」

「だ、第二……王子……」


 この時、冷たく鋭利なものがカドゥケイタの甘い視線に見え隠れした。


「ラクスネス(にい)がね……。まあ、だいたいのことは分かったよ。ついでに聞くけど魔術師も彼の差し金?」

「違う」

「じゃあ誰?」

「知らない」


 カドゥケイタはフンッと鼻で笑う。だがそれどころではないのだろう。シュナイベルトはその蔑まれた態度にも表情を変えることはなかった。ここにいる全員で同時にフンッしてやったらどうだろうか。オレなら……笑ってしまうかもしれない……。


「よく分からないまま自陣に引き入れたわけか。君にしては不用心だったね。昨日ね魔術師も尋問したよ。君たちは彼らに騙されていたことを知っていたかい」

「し、知らない」


 昨日カイムが捕らえたバラグタスと名のる魔術師を同様の方法で尋問した。魔術師の目的もシュナイベルト同様ニースの確保にあった。だがその理由は違っていた。準備が整い次第ニースを亡き者に、そして魔神の器を復活させそれを手に入れるというものだったようだ。

 黒幕は魔術師だけで構成された謎の組織、通称『塔』。しかも、この計画には魔族も一部絡んでいるという衝撃の事実まで明らかとなった。だが詳細を語らぬまま、魔術師は事切れてしまった。何かの術が施されていたと見ていいだろう。

 そして封印の洞窟と砦での二回もの魔族の出現。これは魔術師の仕業であったと言うおまけ付きだ。条件が複雑で限定的ではあるものの魔族を出現させることが出来る。オレを含めその事を知った面々はそれぞれがそれぞれの体で恐怖を顕にしていた。

 なぜアレンカールに長く留まったのかも尋問した。彼は愚かにもニースの美しさに惹かれてしまった。そしてニースとカイムの器を独り占めにしてしまおうとアホな考えに思い至る。その拠点をアレンカールに築こうとしたが、矢先にニースの存在をカドゥケイタが知るところとなり計画が破綻した、とのことであった。

 この時、カイムは最後にこう述べた。


「ニースを殺してボクの器を手に入れたところで、ムダなことだよねぇ。その直後、女神は復活するよ。そして封印されて何も出来ずにそれで終わりさ。なにか起こるとすればニースの死で世界はバランスを崩す。今までにないくらいこの世は荒れるだろうねぇ。下手すりゃ消滅するよ。だからねぇボクの器を復活させても誰も得しないよ。破滅を望むのなら別だけど、そうでないならそんなこと止めた方がいいと思うけどねぇ」


 どういうことか問い質したものの人知の及ばぬところとばかりに肩を(すく)められただけだった。


 シュナイベルトの尋問も終盤に差し掛かる頃、シュナイベルトが疲弊しきった声を自ら上げた。


「クーロン、お前は俺を無様だと嗤っているんだろ?」

「アンタと違って、そこまで悪趣味じゃあない。確かに嫌悪感はまだあるがな、それ以外はもう何とも思っちゃいないよ。早くここから出られるといいな、将軍様」

「クッ、クソッタレめ」


 肩を竦めるオレにシュナイベルトは痙攣するほど歯噛みした。そんなことをよそに、その後もいくつか尋問をつつがなく続けたオレ達はぐったりと疲れそれぞれ地下牢を後にした。



 ───────────────────────────────────



「ふう〜、疲れたな」


 関所の一室。鬱陶しくなるほどに豊かな赤髪をかき上げるカスティリオーネは妙に、様になっていた。オレの目は釘付けとまではいかないものの、程よく固定されてしまう。


「しかしあの姫さんがねぇ〜。立派になられたものだ」

「その言い方、冗談でもやめてくれんか」


 ソファーにダメ人間のごとく寛ぎ冷やかすオレに、カスティリオーネは苦々しく微笑む。


「いやいや、半分以上は本気で言っているんだがな。今のアンタの立ち居振舞いを、アンタのオヤジさんに見せてやりたいよ」

「まだまだだ。人に見せられるようなものじゃない。(みな)に支えられているからこそフラフラしながらも立っていられる。ちょっと風が吹けば倒れてしまうよ。私なんてその程度さ」

「そんなことはない。あれだけの暴風に曝されながら、アンタは今こうしてしっかり立っている。いろいろ思うところはあるだろうが、それが結果だ。並の領主じゃポッキリ折れてたよ。謙虚も悪いことではないが、もう少し自信を持った方がいい。アンタの部下も、そのほうが支え甲斐があると思うんだがな」


 彼女はオレから目を背け俯くと、少しだけ沈黙を挟んだ。そして照れくさそうに一言告げた。


「そうだな……。ありがとう、クーロン」



 ───────────────────────────────────



 魔族との遭遇戦から十日が過ぎた。カドゥケイタ、ボレリアス、トリスメギスティの三部隊は未だ続く事後処理と復興作業、それと今後の方針決定までの間、アントニアディ要塞での駐留を余儀なくされていた。

 そして早朝からこの冬初めての雪がちらついた十一日目の夕刻、ボレリアス城からボレリアス領総督ガリア到着の報がもたらされた。



「た、隊長。それにホレスさん。二人とも無事だったんですね。どっかで野垂れ死んで、野犬のエサになってるかと思ってました。良かった、本当に良かったです。ふえ〜ん」


 サクヤの病室に訪れたのは神撃部隊隊長イオビスと隊員ホレス。彼らはガリア総督の従軍に従いアントニアディ要塞へ入城したとのことだった。彼らの姿を目にしたサクヤはニースの胸で泣き崩れてしまった。サクヤ、感動してるとこ悪いけどその言い方はないんじゃない? で、いいの? そんな慎ましやかな胸で……。


【ニースにチクってやるのです】


 普段は聖剣を持ち歩かないことを心に誓いニースへ向くと彼女はオレにキッとした視線を向けていた。聞こえたよねクテシフォンの声……。


「ああ。すまなかったな苦労をかけて。これもサクヤのお陰だ。ありがとう」

「心配したぞ、ひよっ子。お前も生きててよかったな」


 そんなオレ達のやりとりをよそに神撃部隊の面々は感動の再会を果たしていた。

 落ち着いた頃イオビスはオレに覚悟のこもった目を向け頭を深々と下げた。


「クーロン殿、本当は生きてこうして謝罪を述べる立場ではないことは分かっております。何を言ってもどうしようもありません。この首を差し出す覚悟でここに参りました。自分はどうなっても構いませんので部下の命だけはご慈悲をお願いいたします」


 その場にピンと張り詰めたような静けさが走る。オレは居心地の悪さに苦笑いを浮かべ、頭をポリポリ掻いてごまかした。どうしたものかと対応を決めかねていたその時、ニースが静かな笑みを浮かべ自身の胸に収まったサクヤの頭を撫でつつ、小さな桜色の唇を動かした。


「あなたの首はもうこんなオッサンに差し出すほど安いものではないはずですよ」


 サラッと誰かを罵ってるように聞こえたのは気のせい? まだ根に持ってるの? 少しビクつくオレをチラッと見たニースはその目線をサクヤへと落とした。


「ここまでの経緯は聞いてました」


 サクヤから聞いたの? 彼女、言ってること地味にメチャクチャだよ。あんまし当てになんないと思うよ……。


「あなたを命がけで守った()がここにいるんです。あなたを思って泣いているこの()のためにも、自分の命をもう少し大事に扱って下さいね」


 そしてニースはオレを見上げた。その目が意味するものは「これでいいでしょ」はたまた「アンタは黙っとれ」的なものにオレは思えた。怖いわ〜この娘。


「何の関係もない女が出しゃばってくれたせいで白けちまったよ」


 ニースはしれーっとサクヤの頭を撫でている。体は細いくせに神経の方は結構アレなのね……。その姿を一瞬だけ目に収めオレは話を続けた。


「アンタの首はお預けだ。いつ差し出してもいいように毎日キレイに洗っとけ」


 特に耳の裏あたりは自分じゃ分からないけどこれから変な臭いするらしいからね。念入りに洗ったほうがいいよ。


「ありがとうございます!」


 イオビスは再びお辞儀をした。そのお辞儀は深く長くそして重い。言葉には表しきれない自分の思いを一つの作法に込めたように見えた。

 しばらくしてイオビスが顔を上げた頃、再び静まり返った空気を嫌ったのかホレスがちょっとした疑問を投げかける。


「ところであのキレイな女の人だれっすか?」


 サクヤはハッと顔を上げ涙をいそいそと拭う。


「あっ、紹介しますね。女神のニースさんで〜す」

「ど、どうも……ニースです……。あははは……」


 カラッとした笑顔で元気に紹介するサクヤに、ちょっと困った笑顔のニース。

 サクヤちゃん、その紹介の仕方なんか微妙なんですが……。

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