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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
閑話1 5年前
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episode 1 誘拐

「ところでカスティリオーネ様とクーロンさんってどういったお知り合いなんですか? 浅からぬ何かがありそうなんですが」


 窓から吹き込む風が細く金糸のような髪を撫で上げる。包み込むような無垢な笑顔とは裏腹にどことなく締めあげられるような口調を向けられたカスティリオーネは浮かない表情で口ごもった。


「い……いや、助けられたんです。命がけで、その……私を救ってくれました」

「いえ、言いたくないのは何となく察しますよ。でも是非お聞かせ願いたいのですがどうでしょう?」


 まごついている彼女に申し訳無さげにやや困った笑顔をニースは向ける。一つ深呼吸した彼女は丸まってしまった背中を伸ばしたもののそれでもバツが悪そうにニースに向き直った。


「女神様の頼みとあらば断るわけにもいきますまい。あの人は自分の身を挺してまで私を救ってくれた命の恩人なんです」


 そしてカスティリオーネは訥々とだが五年前の出来事を語りだした。



 ───────────────────────────────────



 だから貴族の依頼なんて真っ平なんだ。


「お転婆なんて生ぬるいもんじゃねえな、アンタの場合は。領主様が手を焼くってのも分かる気がするよ」

「言葉を慎みなさい。卑しき者」


 豊富に蓄えた真っ赤な髪を燃えたぎる炎のように豪快にかき上げ、隠れていた表情を顕にする。ついでに不信、不満、不機嫌などというネガティブな感情をも顕にさせていたから困ったものだ。彼女の名はカスティリオーネ・ボレリアス。先の大戦の英雄でありここアレンカールの領主でもあるバルトーク・ボレリアスの唯一の嫡子である。

 その娘がなぜ辺境であるアレンカールにいるかと言えば、ざっくばらんに言うと性根を鍛え直してやって欲しいと領主からの依頼があってのことであった。


「アンタらも貧乏くじ引いたもんだな。子供のお守りをするために志願したわけじゃあないだろうに」


 オレに視線を向けられた兵士は無言で直立の姿勢を維持しながらも肯定とも取れる苦笑いを浮かべた。


「爵位を持つものの護衛は兵士として当然の義務であろう。子供のお守りもそうだが貧乏くじとは聞き捨てならんな」

「偉い人はそういちいち小市民の言葉に目くじらを立てないもんなんだよ、姫さん」

「姫さんは止めろと言うておろうに!」


 で、今は何をしているかというと談笑などほのぼのしたものではなく、町長(まちおさ)であるカムランからの依頼で、内密にこの姫様に護身術をたしなみ程度に教えることになっている。なってはいるのだが、一向に話が進まずほとほと困り果てているというのが現状である。

 しかも内密と言うところがクセモノである。ゆえに住人は、このお姫様がこの町にいることすら知らされていないのである。


「そもそも何だこの剣は。傭兵風情が騎士である私を愚弄するつもりか」

「いやいや、オレとしてはこれでも真面目にやってる方だよ。その腰に吊り下げている立派な刺突剣は残念ながら実践では使えない。お飾りはお飾りにしておいて使うのはその剣にしたほうが効率的だ」


 手にしている長めのナイフのような小剣を納得のいかない目線で見下ろす彼女は、空いている左手で握りこぶしを作りながら不満をたれた。


「これで騎士としての威厳が保てると思っているのか」

「確かに威厳ってもんは大事かもしれん。威厳で守れるものもある。だがそれでも守れない時もあるんだよ。そんときゃそんなもん捨て去らなければならない。そこまで頭が回らなかったが、その小ぢんまりとした剣は威厳を捨てる覚悟ってもんを突っつくに丁度いいかもしれんな」


 擦れる音が聞こえそうなくらい歯噛みし俯く彼女をよそにオレは依頼をつつがなく終わらせるために話を進めることにした。


「分かったよ。ならアンタの威厳がどれほどのもんか見せてくれ」


 オレは肩をすくめ小さい溜息をついたあとカスティリオーネに向かい彼女が持つものと同じ形状の小剣を構えた。


「抜けよ。その腰のご立派な剣がいかにナマクラか教えてやるよ」


 カスティリオーネはゴクリと唾を一つ飲み下し腰に吊るされる装飾の施された細身の剣を抜く。そのまま素早く中段に構え、間髪入れずにオレへ突きを放った。悪くはない。それなりに剣の手解きを受けてきたのであろう。だが良いわけでもなかった。オレはその場を動かず彼女の突きを小剣でいなす。そして踏み込み彼女の細い首筋に刃を突きつけた。


「その中途半端に長い得物は言うなれば飾りだ。しかも生半可な突きじゃあ、相手が丸腰でない限り倒れん。そもそも相手は本職だ。受けも上手いし痛みに強い。鋭い突きを急所に繰り出さない限り、自分の身は守れないと思ったほうがいい。できるか? 相手と同じ間合いで。だがこの小剣は違う。一瞬だけだが相手と違う距離で戦える。相手がわの得物次第だが上手いことやれば急所もつける。こればかりは運次第だが、こんなオイシイ武器はないと思うんだがな」

「重装兵を相手にした時はどうする」

「逃げればいい。奴らはそれほど速く走れないからな。頑張れば逃げ切れるよ」

「ならなぜ兵士は長剣を使っている」

「アンタと戦う目的が違う。いや目的は同じだな。だがその方法が違う。アンタは自分の身を守るのが前提だ。だが兵士は目の前の敵を倒すことで生き延びるんだ。そのためには殺傷力の高い、大きく長い剣が必要なんだよ」

「相手と取っ組み合いになったらどうする」

「そのためにこれから勉強してもらう。それにアンタの場合、時間さえ稼げればそこの奴らが助けに来てくれるよ」


 オレは未だ直立を保つ兵士へ目配せをした。つられてカスティリオーネもその兵士へと目を向ける。二人の視線を向けられた兵士はそれでも強い眼差しで大きく頷いてみせた。


「弓相手ではどうする」

「はははは。こればかりは小剣だろうが大剣だろうがどうしようもない。たっぷりお布施をして神様に祈っておくんだな」


 昨日までの彼女はオレの話を聞くこと、いやオレの存在そのものを拒絶していたのだが、今日はうって変わり何とか会話らしいものが成立したように思えた。一度剣を交えたのが効果的だったのかもしれない。今後の見通しに、明るいとまではいかないものの真っ暗闇ではない手応えを感じとりつつ、明日はまた少しだけでも歩み寄れればいい、オレはそう思い家路へとついた。




 そして数日が過ぎた。その日以来カスティリオーネは反抗的ではあるものの無反応ではなくなっていた。オレは毎日彼女に小剣を振らせ慣れない武器に体を馴染ませることに専念した。

 そんなある日の夜、事件が起きた。その日は正午過ぎから雨が篠つき日が沈んだ頃からさらにその激しさを増していた。オレは不意に体をゆすられ目を覚ます。眠っているとはいえ、不覚にもすぐ傍まで近づき体に触れられるまで気配を察知することができなかった。いや厳密に言えば触れられたことで気がついただけで気配自体は今でも薄い。な、何者だ。


「片目のダンナ。何度も声かけたんだけど全然目を覚まさないから勝手に上がらせてもらったよ」


 男は濡れた髪をかき上げ、ものすごく当たり障りのない口調で話しかけてきた。

 アンタは……誰だっけ。この特徴のない顔。この印象のない声。地味な服装とありきたりな髪型。確か……う〜ん……思い出せない。


「大変なんだ。領主のお姫様が行方不明だ」

「何だ、家出でもしたのか? そこまで厳しくしたつもりはないんだがな」

「部屋が荒らされていたそうなんだ。カムランさんは誘拐だろうと言っている」


 う〜ん、この町は辺境であるがゆえにこういったゴタゴタが少ない。だから何と言うか、危機意識みたいなもんが欠如している所はある。もし本当に誘拐されたのなら、そこら辺につけ込まれたような形である。誘拐犯たちはさぞかしすんなり事を運ぶことができたであろう。


「取り敢えず現場に行くよ。一緒に来るか? え〜っと……来るか?」

「先に行っててくれダンナ。オイラはヤーンの所に行くよ」


 そうしてオレはこの男と別れ雨の中部屋を後にした。誰だったっけ……。


 現場では降りしきる雨の中カムラン他数名がカスティリオーネの従者の手当をしているところだった。


「コート、悪いね」

「いやいいよ。それにしてもひどい雨だ。カムラン、姫さんが誘拐されたってのは…………あ〜、本当みたいだな」


 周囲の様子をうかがい冗談のたぐいではないことを確認する。カムランも不安をその表情に色濃く映し出していた。


「見つけるなんて出来るんだろうか」

「大丈夫だろうよ。夜の公道は魔獣がわんさかしているからな。今あそこに入る奴は自信家かアホかそれとも余程追い込まれているかのどれかだ。今のうちに公道の入り口を封鎖してしまえばそのうちひょこっと顔を出すよ」

「なるほど。じゃあそうさせてもらうよ。ところでコートはどうするつもりなんだい?」

「オレは足跡を辿ってみる。だいたい二十人ってところか。それだけいればそうそう隠れるところなんて無いだろうからな。上手く行きゃあ今晩中に見つかるよ」

「二十人って何で分かるんだ?」

「足跡からだいたいだこんなもんだろうって推測にすぎん。ここに来ていない奴らもいるかもしれんし、もっと大所帯なのかもしれんな」

「一人じゃ危険だ。人を集めよう」

「いや、足あとが流される前にどうにかしたい。それに危なくなったら一目散に逃げるよ。大丈夫だ」


 そう言い残しオレは足跡を辿り魔森の入り口へと向かっていった。

 あそこの小屋に隠れていやがるのか。芸がないねえ。公道から遠ざかるように残る足跡にそう推測したオレは丁度魔森までの中間地点に建っている小屋に当たりをつけそこへと向かう。

 厚い雲に覆われ一寸先も見えない暗がりを視覚以外の感覚を頼りに走る。真っ暗な上に打ち鳴らす雨音のおかげで身を隠す必要がないのは追う方としてはありがたいのだがあちらも条件は同じである。ばったり出くわすことを考慮に入れオレはすでに剣を抜いていた。

 アホなのだろうか……。黒く塗り込められた闇のなか、煌々とした灯りが一つ、小屋の窓から漏れていた。見張りと思しき十五人の男がそこを取り囲んでいるものの、その様子は緊張の糸というものがあったとしたら絡まってしまうくらい緩んだものだった。


「土砂降りに打たれながら飲む酒ってのはどんな味がするんだろうねえ」


 そう嘯くオレの声を即座に雨音が打ち消す。オレがすぐ傍まで近づいていることも知らず、男たちは酒を酌み交わしつつ大声で怒鳴り合っていた。


「おいおいおい! グイルの奴、もう寝ちまったぜ! ! がははははは」

「添い寝してやんな。ヘソ出してたら風邪ひくからな。気をつけてな」


 上機嫌に声を張る男の延髄に小剣を突き刺しながら、耳元でささやく。闇と雨がオレの仕事を捗らせてくれた。誰にも気づかれずに五人葬ったがさすがに潮時、欲張らずにここは一旦引いて様子を見ようと小屋を離れた。


「し、死んでるぞ! 死んでる。誰かきてくれ」

「こっちもだ」


 死体にアリのごとく群がる男たちのお陰で窓の周囲には誰もいなくなった。オレはそうっと近づき窓を覗きこんだ。しっとりと濡れた赤髪の少女が後手に縛られ倒れていた。呼吸に合わせ僅かに上下動する肩に胸を撫で下ろす。その傍らには四人の男が控えていた。しかしどの男も緩みきっている様子が窺われる。舐められたものだ。


「お頭!」

「なんだ騒がしい」

「五人やら……あっ!」


 突然入ってきた男に全員が注意を引きつけられている瞬間を狙いオレは窓から突入した。抜き放っていた雑種剣で男の一人を斬りつけ、そしてランプを窓の外へと放り投げ灯りを消した。途端に押し寄せる暗闇に混乱する男たちを次々と雑種剣が襲う。三人仕留めたところで、男たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から走り去っていった。


「姫さん、無事か」

「………………」


 暗がりで表情は見えないものの顔を合わせようとせずに(うずくま)る様子から整理しきれない感情があるように思えた。


「オレは奴らを追う。アンタはここにいろ。そのうち町の奴らが助けに来る。安心していい」

「待て。待ってくれ……」


 やはり一人は不安なのだろう。だがやけくそになった男たちが町を襲わないとも限らない。姫さんの安全をある程度確保した今、オレはそっちを優先したかった。


「あの男たちがクマでもなければ帰ってくることはない。大丈夫だ」

「そんな腑抜けたことを言うつもりはない。私も連れて行け。狼藉を働いた罪はこの私の手で償わせてやる」


 この胆力はただの生意気なクソガキのものではない。なるほど、さすがは英雄と謳われた男の娘ってところか。領主さん、アンタは心配しなくていい。放っときゃ立派に育つ器だよ、この娘は。


「ついて来いよ、姫さん。真っ暗だから気をつけろ。あとこれを持っていけ」


 決して彼女の復讐の手伝いをしようとしたわけではなかった。オレの傍にいれば少しは安全だという判断の基の行動だったのだ。オレは腰の留め金を外し鞘ごと小剣を彼女に手渡した。


 一向に止む気配のない土砂降りの中オレは辺りを見渡した。すると森の方角に小さく微かな灯りを見つけた。ランプを持っていったことといい森に向かったことといい、いやいやそれ以前に誘拐の手際の悪さといい彼女を確保しただけで成功したと思い込んでしまったような浅はかさといい、この誘拐犯の連中、ただのゴロツキの集団が関の山ってところだろう。

 奴らが森へと向かったのなら町は取り敢えずは安全である。町の様子も気になるし何より姫様を町へ送り届けたい。オレは踵を返し町へとその足を向けた。



 ───────────────────────────────────



「言い訳させてもらえるのなら、あの時の私は若くて無知でした。一度町へ戻ろうとしたクーロンの言うことを聞かずに賊の後を追ったんです。それがこのあと起こる悲劇を呼び寄せてしまったんです」


 そういうカスティリオーネは後悔の念から表情を暗くさせた。


「いやいやいや、待ってくださいよ。女はですね引くに引けない時があるんですよ。カスティリオール様はこれっぽっちも間違ってません。追って追って追いまくるべきです!」


 包帯に巻かれた上半身を起こし拳を握りしめ力強いポーズを決めるサクヤは、怪我人らしからぬハツラツとした声で彼女らしい持論を展開させた。


「そなたならそうするであろうな。それとな、あまりに堂々と間違えるものだから聞きそびれそうになったが私の名はカスティリオーネだ。そろそろ覚えてはくれぬか」

「ス……スイマセンでした。はは」

 拙作を読んで頂き誠に感謝です。


 今回は過去話がメインとなっております。

 一話完結でサクッと終わらせて、とっとと次に進むつもりだったのですが、思いの外ボリューミーになってしまい2話に分けてしまいました。今回はその前半でございます。

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